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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
8/202

007.五月六日 金曜日



 ゴールデンウィークが終わった。

 初夏を過ぎても八十一町の朝はまだ寒い。今日も晴天、遠くの青空にすっと尾を引く飛行機雲がなんだか涼しげだ。

 そういえば引っ越してきてまだ一度も雨が降ってなかったっけ。

 色々あったせいで、貴重な三連休を怠惰に過ごしてしまった僕は、なんとか気を持ち直すことはできた。


 先日の「パンイチ事件」は、結構衝撃的だった。

 特にしーちゃんに見られたのがなぁ……爆笑までされたしなぁ……


 制服姿のクラスメイトの中に裸でパンツ一丁の三人が混じっているという異様な光景が、彼の何かを刺激したことは間違いないだろう。いや、まあ、楽しんでもらえたんなら、それはそれでいいけどね。


 あの時は羞恥のあまり死にたくなったが、よくよく考えれば気になる女の子に痴態を見られたわけでもないのだ。ちょっと女の子っぽい野郎に裸を見られただけ。それが事実であって、それ以上のことはない。むしろ際どいビキニスタイルで無駄なまでに男を……いや、漢をアピールした超イケメン・柳蒼次の勇姿こそ、友達として彼を誇ってもいいくらいではなかろうか。高井君は逆に喜んでいたから論外として。

 まあ柳君は、漢をアピールした代わりに、三連休は熱を出して寝込んでしまったらしいが。そのことも僕が休日を怠惰に過ごしてしまった原因となっていた。


 あの一件で柳君が寝込んでいるなら、自分は遊んじゃダメだろう、と。当事者、というか、同じ被害者としては。高井君は喜んでいるからどうでもいいとして。

 高井君を誘って見舞いにでも行こうかと思ったが、柳君に「言うほど体調は悪くないから来なくていい」と一蹴されてしまった。結局、授業の予習復習などという普通の男子高校生には不健全なことをし、散歩したりゴロゴロして漫画読んだりと、何の面白みもない三日間を過ごした。


 のんびり歩く徒歩通学の僕を、同じ八十一高校に通う二人が自転車で追い抜いていった。この辺から同じブレザーを来た八十一校男子がずずいと増える。

 八十一町と八十三町を隔てる広大な八十一大河を沿って行き、こんな時間からもちらほら店を開けている八十一町商店街を抜ける。


 帰りに子供達がよく野球やサッカーをやっている八十一第二公園を右手に臨むと、すっかり柔らかな色の桜は散り、青々とした力強い新緑が強くなっていた。


「えーおぉーーーーー!!」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「ぇっせーぞー!」

「「いぇい!!」」


 濁りまくっていてもう何言ってるかわからないランニング中の野球部一団が、眺めていた公園の奥から現れ、僕の目の前を曲がって走り抜ける。一年生も含めた二十人ほどの暑苦しい男どもが額に汗して走る姿は、……あんまり見たくない。


 よく見る朝のアレを見るたびに思う。

 本当につくづく思う。


 僕は男子校にいるんだな、と。





 朝から少々げんなりしつつ、「パンイチ事件」で再びやっていける自信を失った八十一高校の校門をくぐり、混雑する下駄箱を抜けて一年B組に到着。柳君も高井君もまだ来ていないようだ。


「大は小を兼ねんだよ!」

「大きけりゃいいってもんじゃねえだろ!」

「普通でいいじゃん」

「俺は小さい方がいい」


 席に着くなり、例のアイドル大好き四人組の会話が耳を突く。「大きい」か「小さい」か「普通」かで論争を起こしているようだ。彼らはいつも楽しそうだなぁ。

 ……「大きい」か「小さい」か「普通」か、か。

 確かにそれは重要な問題であるからして、声を荒げて白熱するのは当然の成り行きというものだろう。声の大きさこそ、己の気持ちの強さである! 譲れない意地の張り合いである! 僕は男として、その話題で盛り上がれない男とは気が合わないと断言しよう! 盛り上がれ男子たち、大いに盛り上がれ!


 心の中でエールを送りつつ、僕はどうだろうと考える。

 ふむ……

 色といい張りといい形といい……それはそれであるというだけで、いかなる自然造形よりも自然であり、いかなる温もりよりも優しいものである。そんな神の作りし究極の芸術に優劣をつけるなど、男はまったく愚劣で矮小な生き物である――だがしかし、それでも許してほしい。僕らはそれを語るから男なのだ。青少年なのだ。


 大きいだけでは芸術的な丸みは損なわれ、かといって小さいだけでは主張に欠ける。

 だが、考えろ一之瀬友晴!

 神の芸術は一言に語れるほど単純じゃない!


 身に余る大きさを維持しつつ神秘なるアーチを描くそれも確かに存在する。まさに至高! たとえるなら見渡す限りの砂漠に存在する奇跡の湧き水。男の下世話で貪欲な欲望を満たすオアシスである!

 主張に欠ける小さいそれとて、論点を変えればどうだ。小さいこと。それは即ち、必要以上にそこに目を奪われず、全体を見ることに繋がるのではなかろうか。そのものの魅力を余すことなく見詰めることができる――そんな崇高な存在の一部分など些細なもので、神の異なる御業を垣間見るカギとなる。かのフランスの王ルイ十六世の妻であるマリー・アントワネットは「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」という人類史上でさえ稀代の名言を残した。そしてギロチン刑に処された。そう、この深遠なる問題に当てはめるのならば、「食べ物はそれだけじゃない」ということだ。それは決して魅力の全てではない、あくまでも魅力の一部なのだから!


 あ、ちなみに僕は、それなりに普通のもので充分だ。普通ゆえだろうか。普通でいいです。


「チッ……結論出ねえな。おう、他の奴にも聞いてみようぜ!」

「上等だこの野郎! あとで土下座したくなったってさせてやんねーからな!」

「普通でいいだろ普通で」

「普通と小さいのの境界線ってどこだ?」


 彼らの方では結論が出ないらしく、主立って対立していた二人――こめかみにラインの入ったボーズ頭がチャームポイントの鳥羽君と、鋭いツッコミから目が離せない一谷君が、参考人を探してクラスメイトを見る。


「久慈君どう!? どっちがいい!?」


 先日ヤンキー疑惑が確定した、金髪ヤンキー久慈君は、漫画本から「あぁ?」と言いながら顔を上げ、即答した。


「でけー方がいいに決まってんだろ」


 鳥羽君ガッツポーズ。一谷君がっかり。


「おら見たか! ザマーミロ!」

「チッ……じゃあ土下座していいぞ」

「へっ、ざまーみやがれ!……なんで俺が土下座しなきゃいけねーんだよ!」

「じゃあ十円ハゲ作っていい」

「おまえの許可なんてなくてもハゲくらいできるわ! いつでもハゲたるわ!……………………つかおまえ、俺のオヤジ見てるよな? 見た上で言ってんの?」

「あ…………ごめん……」


 盛り上がっていた四人組が一気にテンションダウンした。どうやら禁忌に触れたらしい。

 その……鳥羽君のお父さんは、なんというか、…………たぶん、十円では利かないのだろう。長い友達とだいぶさようならしてしまっているのかもしれない。


「そう落ち込むなよ」

「そうだよ。今から覚悟してりゃ大丈夫だって。傷口は浅いって」

「いいから次行こうぜ次。俺は鳥羽のジャンピング土下座が見たい」

「俺はピンポンダッシュ土下座が見たい」


 いつも冷静が売りの松島君と、お姉ちゃんが強すぎたせいで手の届く範囲に女性が来ると震えが止まらなくなるという僕以上のトラウマを持つ城ヶ島君が、鳥羽君を慰める。まさに美しき友情である。


「……しねえよ土下座なんて!」


 あ、鳥羽君が復活した。やっぱり友達っていいよね。


「おい次だ! 一谷! 次はてめえが土下座する番だぜ!」

「するか。――おい一之瀬」


 あ、目が合ったから呼ばれてしまった。


「おまえどっちがいい?」

「僕は普通が――」


 普通がいい、と答えようとしたが、冷静な松島君が「待てよ」と言葉を重ねた。


「一之瀬さっき来たばっかだろ。話通ってる?」

「あ、そうか。今トンカツの話してんだけど」

「だから普通……え?」


 な、なんだと? とんかつ? 今とんかつって言った?


「味はともかく大きい方がいい? それとも味が良ければ小さくていい?」

「ぜってー大きさだよな!? ソースだくだく付けてよ!」

「その辺のでかいのなんて肉より衣が厚いのばっかだろ」

「俺は両立。大きさはほどほどで、味もそれなりに良ければいい」

「俺は油物はもたれるから小さい方がいいけどな」


 …………


「知ってたけど!? 僕はトンカツの話してたって最初から知ってたけど!?」


 ほら、豚の丸みって神秘のアーチ的なアレじゃない! 知ってたよ! 最初から知ってたよ! とんかつの話してたよ!


「お、おう。そうか。で、どれがいい?」

「普通だよ! 大きさも味も捨てがたいからね!」


 ああ知ってたさ! 男が大論争を起こす話題なんてトンカツと、弁当に入ってるからあげの大きさの話くらいだからね! 決してあいつらいつもグラビアや「エビ」の話しかしてないからってそんな単純なミスリードに引っ掛かりなどしてないさ! でもなぜだろうね、こんなに裏切られた気分になるのは! なぜだろうね!


 なんだか溜息が出た。

 ふと視線を感じて横を見ると、いつの間に来たのか柳君が登校していて、すでに席に着いていた。


「……おはよう」

「ああ」

「体調は?」

「問題ない」


 …………


「俺はくびれに魅力を感じる」

「…っ! か、考えてないけど!? 別にエロいこととか考えてないけど!?」


 柳君は無言で何度も頷いた。

 いつも冷たく見えるその視線は、今はなぜか生暖かく感じられた。


 まあ、別に意地を張って隠すようなことでもないような気もするんだけどね。男子校だし。









※野球部の声

「えーおぉーーーーー!!」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「「ふぁっ!」」

「「おっ!」」

「ぇっせーぞー!」

「「いぇい!!」」



 訳

「栄光あれ八十一高校野球部ファイトーーーーー!!」

「「おう!」」

「ファイ!」

「「おう!」」

「ファイ!」

「「おう!」」

「ファイ!」

「「おう!」」

「声小せぇぞー!」

「「はい!」」









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