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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
七月
79/202

078.七月八日 金曜日





 一時間目、「おや?」と思った。


 二時間目、「まさか……いや、そんなはずないだろ」と思った。


 そして三時間目、「まさか」は確信に至った。





「「どういうことだよ!?」」


 今日のテストが終わった瞬間、クラスの半数以上が僕に詰め寄った。それはもうすごい剣幕だった。まあ必死になる気持ちはわかるので、戸惑いはなかった。

 たぶん、来るだろうと思っていたから。


 早めにテストを終わらせ、ずっと考えていた。

 これはそういうことなんだな、と。


「落ち着いて」


 僕は言った。


「ちゃんとヤマを憶えていれば、赤点は回避できてるから」


 そう――今日のテストは、半分以上が五条坂先輩のテスト用紙とノートを無視した内容だったから。

 つまり、僕の張った予想が大はずれしたのだ。


「柳君」


 殺到している彼らを無視して、僕は隣を見た。


「おまえの考えでたぶん合っている」


 柳君は、僕が聞くまでもなく、質問の内容を察していた。

 ヤマだの勘だの必要としない隣の柳君も、一応ヤマだの勘だのの範囲を知っている。参考程度にはしていたかもしれない。

 やはり、そういうことらしい。


「張ってたヤマは今日も当たってた。だからこの現象が起こった。問題は――」


 問題は、そう、


「先生たちがあえてテスト問題を変えたんだと思う」





 率直に言えば、僕らは点を取りすぎたんだ。

 前回の中間テストでのカンニング疑惑も、元はと言えば点を取りすぎたからに他ならない。それも八十一高校始まって以来の高い平均点だった。

 まあそんな出来過ぎな偶然も、一度や二度ならよかったのだろう。


 しかし、僕らは遠慮なくやってしまった。


 前回最終日の三科目と、昨日初日の三科目は、ヤマさえ憶えていれば全てが平均七十以上を取れるほどの好成績が期待できた。実際僕はそうだから。

 だが、教師側からすると――いや、長い目で見れば僕ら自身にとっても、これはあまりよいことではないのかもしれない。


 テストとは実力の証明である。

 即ち、そう何度も運だの偶然だので大きく左右されてはいけないということだ。


 正確じゃない偏差値の割り出しと、努力の足りない答えの丸覚えなどという安易な行為は、果たして先の僕らにとって役に立つものだろうか?

 そう考えたら、先生たちが問題を変えた理由も、なんだかわかる気がする。





 ――そんな説明をすると、彼らは微妙な顔で押し黙った。


「たぶん実力で点を取れって言ってるんだと思う」


 ちなみに変更されたのだろうと思われるテスト問題は、難易度的には少し簡単になっていた。応用問題を使うところなのに基礎問題しか出てない、みたいな感じで。


 それにしても、この現象は予想できなかったな……そうか、先生たちがテスト問題を変える可能性か。

 五条坂先輩のノートはともかく、テスト問題などは職員室や各教師が持っていても不思議じゃない。それさえあれば意図的に出題傾向を変えることは簡単にできるだろう。


 一見僕らに点を取らせないための処置ではあるが、考えれば考えるほど、結局僕らのためになると結論が出る。


 ……というか、先生も大変だなぁとほんとに思う。きっと昔から、僕らが何かしら悪知恵を働かせるたびに、それを上回る大人の知恵で処理してきたのだろう。この八十一高校においてはきっとそうだ。


「つまり……赤点は回避できないのか?」


 そう、夏休みの補習・追試が掛かっているから、彼らは必死なのだ。逆に言えば赤点さえ回避できれば問題ないのだろう。


「ヤマ張ったところを憶えれば、たぶん赤点は回避できると思う。たぶんね」


 主要点を逸らすにも限度があるだろうし、答えの丸覚えでも一応努力だ。今日のテストを見る限りでは、さすがに全部予想からはずしてくるほど意地悪でもないみたいだったし。

 とりあえず赤点は回避できるの声に、「なんだそうか」と約半数ほどが己の席に戻っていった。


 ……ヤマ張ったところを一問二問ミスった時点でほぼ赤点確定って話をしたんだけど、いいのかな? まあ、いいんだろうね。過ぎたおせっかいなんて僕のガラじゃない。

 残った半数は、たぶんそれがちゃんと伝わっている。


「もう一回ヤマ張りなおしてくれよ」

「わかった」


 これでわりと正常なテストの光景に戻ったんじゃないかと思う。

 暗号レベルの汚い字で書かれたノートを回したり、教科書を持ち寄って赤線を引いたり、教科書の落書き(主にヒゲ)を自慢したり、教科書の隅に授業そっちのけで描いたパラパラマンガを披露したり……正直中学の時より小学生みたいだが、八十一らしいと言えば八十一らしい。


 ほんのわずかな時間、良い夢が見れたと思えばいいのだ。

 むしろ「ヤマ張ってくれ」なんて言葉が出ることに驚きである。中間ではそんなこと誰も言わなかったし、そもそも勉強なんてする意欲自体がなかったから。


 短い夢が見せたものは、あるいは「やれば意外とできる」というわずかな可能性だったのかもしれない。





「これ、今日の分です」

「ああご苦労」


 ホームルームも終わった放課後、僕は今日も職員室を訪れ、担任・三宅弥生たんにテスト勉強の証を差し出した。


「昨日の飲み会どうでした?」

「盛り上がったぞ。三次会までやって終わったの夜中二時。週末でもないのにな」

「へえ」

「ちなみに盛り上がった内容は、これまでの男と周りの男の悪口と、元彼とよりを戻したからって嬉々としてドタキャンした女の悪口な」

「……大人って大変ですね」


 まあ大人というか、妙齢の女性は、というべきかもしれないが。


「でも先生は大丈夫ですよ。仮に僕がギャル男だったら、今まさに先生をナンパしてますよ。よっ、先生美人!」

「はいはい残念残念。……でもなんでギャル男だ?」

「だから元気出して!」

「はいはい元気元気。じゃあな」


 弥生たんは僕がギャル男じゃないことを悔いながら、話は終わりとばかりに職員室のドアを開けた。


「あ、先生」

「なんだよ」

「明日からもう持って来ませんから」

「……なんだ。もう気付いたのか」


 いや、そりゃ気付くだろ。あれだけ露骨なら。みんなそこまでバカじゃないぞ。……たぶん。


「ヤマ張るなとは言わないが、そこに本人の実力と努力が一切絡まないんじゃな。さすがに看過できない」

「でしょうね。だから五条坂先輩の教材はもう使いません」

「そうしろ。気をつけて帰れよ」





 これでいい。

 きっと僕らにとっても、これでよかったのだ。


 さて、帰って勉強するかな。












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