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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
七月
78/202

077.七月七日 木曜日





 期末テスト一日目が終わった。

 学校は午前中で終わりなので、あとはホームルームを待つのみである。


「柳君、問い二は?」

「『不知火は芸術だと彼女は言った』」

「マジで? うーん……僕は『彼女はギロチンドロップが得意だ』って書いちゃったよ」

「引っかかったな」

「え? 『ネコ飯にふりかけはいらない』じゃねえの?」

「高井君、それは違うと思う」

「一之瀬も違うと俺は思うが」

「どうかな。柳君が間違ってる可能性もあるし」

「そうだそうだ。つかおまえらが間違ってて俺が正解って可能性があるぜ」

「「それはない」」


 僕と隣の柳君と、ヤマ部分だけは憶えてきた高井君で答え合わせ的なことをする。

 前の中間では考えられないニューフェイス高井君が加わっているが、まあこれが普通の光景である。百点取れなんて僕には言えないけど、赤点は回避して欲しいよね。補習的な意味でも、大学受験的な意味でも。進路のことなんて話したこともないけど、もし進学するのなら、今少しでもやっておけば未来の自分が少し楽なはずだ。


 もちろん僕らだけじゃない。

 教室のそこかしこで似たような光景が繰り広げられている。竹田君が死体もどきとして寝ている以外、誰も死んでいない。前回の中間テストで、みんなそれなりに手ごたえのようなものがあったのだろう。今回はちょっとがんばってみた、という連中も少なくないみたいだ。


 というか、五条坂先輩のテスト問題とノートは、本当にすごい。

 ヤマ張った部分だけじゃなくてノートの内容まるまる憶えれば、八十以上が狙えると思う。まったく五条坂先輩サマサマだぜ!


 昨日は遅くまで教室掃除をしてしまうという予想外の事件があったものの、むしろそのロスがあったからこそいつも以上に集中できたのかもしれない。


「なあ、明日の数学だけど、ちょっと見てくれよ」


 やはり教科によっては、ヤマ張ったところ憶えるだけ、なんてわけにもいかないか。

 ……でもなぁ。


「あれ? ダメなの?」


 僕の返事がないことに、高井君はNoの意志と受け取ったようだ。


「いや、そうじゃなくてね。前に弥生たんに、教室に遅くまで残って勉強するなって言われたことがあってさ」

「あ? それダメなの? なんで?」


 高井君も、何も言わないが柳君も、これには納得できかねたようだ。安心して欲しい。言われた僕もいまだに納得できていない。

 確か中間テスト後に、A組の嫌味ないい奴にカンニング疑惑のことを教えてもらった時だったはずだ。弥生たんは僕と話している時にそう言っていた。


「なんかよくわからないけど、とにかく早く帰りたいんだってさ」

「……まあ、あの人らしいわな」


 だよね。あの人なら本気っぽいよね。そういう人だからね。

 ……それに昨日捕まっちゃったからなぁ。もしかしたら教室云々はさすがに冗談かもしれないが、もしあれが本気で、またキレて乗り込んできたら大変だ。連日捕まるのはさすがに避けたい。「またおまえか一之瀬!」とか言われたくない。……我ながら法則がよくわからないんだけど、先生に怒られるのもダメなんだよなぁ。全然嬉しくない。むしろ怖い。


「なら教室じゃなければいいんじゃないか?」


 なるほど、柳君の言うことも一理ある。


「それじゃ図書室でどうかな。たぶんしーちゃんも――」


 「図書室にいるだろうし」と言いかけたところで、噂の弥生たんが終わりのホームルームを済ませにやってきた。





 散っていたクラスメイトたちが機敏な動作で席につくと、弥生たんは「明日もテストだ。カンニングするなよ」とだけ言い、さっさと僕らに放課後を言い渡した。

 ちなみに最終日である土曜は除いて、今日明日のテスト日の掃除はない。なので今日は大手を振って帰れるってわけだ。……帰れなくなったけど。


「一之瀬くーん、数学教えてー」


 計算苦手な覚醒した乙女マコちゃんも加わり、僕らは勉強場所を求めて図書室へ行くことに……あ、そうだ。


「ごめん。先に行ってて」


 理由はどうあれ勉強する気になっている高井君とマコちゃん、付き合う気らしい柳君の三人と別れ、僕は彼らを置いて廊下へ飛び出した。

 帰宅ラッシュで溢れ返る廊下を行く――流れに沿って階段を降りずに通過すると、ひとけは激減した。

 そう、僕はまだ帰れないし、行くのは下駄箱じゃない。


 廊下の突き当たりにある階段で一階に降り、やはりひとけの少ない廊下を行き、「テスト期間中につき生徒の入室禁止」の張り紙があるドアの前で止まった。


 僕はノックして、ドアを開けた。


「三宅先生いますか?」


 ドアの近くにデスクのある教師が、弥生たんを呼んでくれた。


「どうした」


 いつもより生徒を遠ざけている職員室の空気を感じつつ、入室できない僕に代わり、弥生が呼び出されてやってきた。よかった、まだ昼飯の準備さえしていないようだ。まだ機嫌は悪くなさそうだ。……メシ食ってる時とかメシ直前とかに邪魔すると機嫌悪いんだよね。


「ちょっといいですか?」

「まず出ろ」


 と、弥生たんは僕を押し出しドアを閉めた。通行の邪魔になるので廊下に出たのだろう。


「ちょうどよかった。私もおまえに用があったんだ」


 僕が言い出すより先に、弥生たんはそんなことを言った。


「あ、それってもしかして」

「うん、たぶん一之瀬が訪ねてきた理由と同じだと思う」

「ってことはついにエビチリチャーハンの味見をさせてくれるんですね?」

「ほう。じゃあおまえは私の好物の味見をしにわざわざ職員室までやってきたと。そういうわけか」

「もちろん冗談ですよ」

「世の中には冗談でも言っていいことと悪いことがある。憶えとけよ」


 ……ほんとに冗談じゃん。そこまで好きかよエビチリチャーハン。本気で僕も食べてみたくなってきたわ。


「冗談言うなら『昨日のお礼参りに来ました』くらい言ってみろ」


 それこそ冗談だろ。裸で熊に立ち向かうくらいの自殺行為じゃないか。……あ、ついでだ、聞いてみよう。


「気になってたんですけど、なんで先生たちはあんなに強いんですか?」

「強くないと聖戦に勝てないだろ」


 いやそれありきで先生やってるわけじゃないでしょ。……え? 八十一の教師って強いことが採用条件なの?

 ……いや、まあいい。この高校が常識で推し量れないことくらい、嫌と言うほど骨身に染みている。

 それよりそろそろ本題に入ろう。


「テスト勉強した範囲の提出に来たんですけど、必要ですか?」


 僕が職員室に来たのは、前回のカンニング疑惑があったからだ。

 前回の中間テストで、僕らは八十一の生徒とは思えないくらい高い平均点をたたき出してしまった。そのせいで集団カンニングの疑惑が浮上したのだ。

 あれ以降音沙汰がないので、たぶん疑惑は解消されたのだろうとは思っていた。疑惑の調査をしたのかどうかまではわからないが、少なくとも僕は何も聞いていない。


 そして今、そんな余分にしてなんの謂れのない疑惑の芽を摘むために、僕はここに来たのだ。


「私の用件もそれだ。早ければ早いほどいいからな」


 そう、僕もそう思ったから、テスト初日の今日来たのだ。


「じゃあこれ」


 鞄の中からクリアファイルを出し、その中のコピー用紙十数枚を渡した。


「今日のテストの分です。明日と明後日も持ってきますので」

「そうしてくれ。無用な疑いは避けたいからな」


 これでよし、と。


「今日は七夕ですね。先生の彦星も現実と言う名の天の川を越えて会いに来るんですか?」

「おまえ聞き方おっさんくさいな……」


 え、うそ!? おっさんくさい!?


「今日マジ七夕だけどぉ。弥生たんも彦星ボシヒコとスターリバー超えてラブ語っちゃう系みたいなぁ?」

「それはムカつくだけだ。あと天の川はMilky Wayだ」


 あれ? うーん……大喜多君のしゃべりは不評だなぁ。僕の使い方が悪いのかな? 似てると思うんだけどなぁ。


「今日はその会いに来る彦星がいない女たちだけで集まって酒飲むんだよ」


 Oh……


「すみません。ひどいことを聞いてしまって……」

「気にするな。今更取り繕ったって好感度はすでに下がってるから」


 すでに下がってるのかよ。せっかくの七夕だから話振ってみただけなのに……

 これ以上墓穴を掘る前に退散するか。


「それじゃ失礼します」

「ああ、お疲れ。気をつけて帰れよ」





 この時の僕は知らなかった。

 僕がテスト勉強をした範囲を提出した理由と、弥生たんがそれを求めていた理由が違うことに。


 カンニング疑惑を解消すること。

 その目的は、二人とも一緒だった。


 だがそれは、僕と先生とで、立ち位置が違う話なのだ。


 それを思い知るのは、翌日の話である。



 さすがにこれは、僕が失念していたというより、僕の発想では出なかった事件だった。












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