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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
七月
75/202

074.七月四日 月曜日




 ここに来るのは何度目になるだろう?

 そびえる坂を見上げ、心萎えつつも、僕の身体は止まらない。

 今日も自分の身体をいじめるために、隣町の八十三町の二上一番坂に来ていた。


 そう、天塩川さんに告白するためだ!


 ……というのは嘘で、会いたい気持ちが昂りすぎて、我慢できなくなったからだ。

 たとえ風前の灯のような恋でも、まだ燃え尽きていない恋である。我慢しようと思って我慢できるものではないし、理性でフラれるとわかっていても、それでも会いたいと思うのも仕方ない。恋愛なんて侭ならないことばかりだから。


 まあ、それはそれとしてだ。

 僕は「天塩川さんにフラれる」という目標があるわけだが、それさえも下地くらいは作っておきたい。僕はまだ天塩川さんと会ったのは二回しかない。もう少し会って話して親しくなって、その上で告白してもいいと思う。

 軽はずみな行動は、ただでさえ険悪である八十一高校と九ヶ姫女学園の仲を悪化させることに繋がる。今でも修復不可能じゃないかってくらいに溝は深いらしいが、それでも諦めるわけにはいかない。


 天塩川さんに僕はフラれるだろう。

 でも僕が夢にまで見た九ヶ姫女学園には、天塩川さん以外の女の子もいるのだ。次に好きになる女の子が九ヶ姫女学園の生徒じゃない、とは限らないわけだし。


 たとえば――そう。

 僕は携帯を取り出し、とある写メを開く。


 小さな液晶画面いっぱいに、とある女の子が微笑む。

 ――美女、美少女が多い九ヶ姫女学園でも、トップクラスと言われる三人の内の一人、天城山飛鳥だ。


 遠い昔から男を魅了しているオーソドックスな黒髪ロング。まさに僕好みである。皮膚細胞と比べれば荒いばかりの液晶画面においても、その瑞々しさときめ細かさが微塵も失われない白い肌。まさに僕好みである。大人の女性の魅力を帯びてきた幼い目元は少々キツく、相手に「この豚しゃぶ野郎」などの罵倒を言わせると非常によく似合いそうだ。まさに僕好みである。現在二年生で、九ヶ姫の生徒会の一員らしい。まさに僕好みである。


 クラスのアイドル大好きグループに譲ってもらった写真である。九ヶ姫の生徒の写真は相当入手が難しいらしいが、ある一定のラインを超えるとそうでもないんだとか。僕にはいまいちよくわからないが、一定以上の需要が認められれば供給ラインが確保できるとかなんとか……やっぱりよくわからないが。


 それにしても、何度見てもすごい美人だ。もう衝撃だったね。写真でこの美しさなら、実物はどれだけヤバイんだっつーの。隣の柳君の妹・藍ちゃんもすごかったけど、この飛鳥山さんも負けずとも劣らない――


「おはようございます」


 Oh!? 背後からの声に、驚いて携帯を取り落としそうになった。僕は携帯をたたんでポケットに押し込み、さわやかな笑顔……のつもりで振り返った。実際はそうでもなかったかもしれないが。


「おおおおおはおは……おぉっはー!」

「……」


 ち、畜生! 噛みまくった末に古い挨拶が出ちまった! だいたいなんで今時「おっはー」なんだよ! 最近こんなフレーズ聞いたか!? いつの間にか刷り込まれたか!?


 時代遅れの上に力いっぱいの挨拶に固まる女性陣。

 出足からしくじったことをどうフォローするか必死に考える僕。


 そして女神が口を開いた。


「古い」


 黒ぶちメガネさんこと桜井の冷静極まるツッコミに、緊張と緩和の法則に従い笑い声が漏れた。……あ、あぶねえ……ナイス桜井!


「一之瀬くん……」


 僕に声を掛けてきた先頭の女性――戸惑い顔だった天塩川さんは意を決したように、顔を引き締めた。ぐっと拳を固めて力を込め、


「お……おっはー!」

「「だから古いって!」」


 ツッコミは僕を含めた全員からだった。あとそんなマジ顔するほど抵抗あるなら無理にノらなくていいから! お互い恥ずかしいだけで誰も得しないから!


 梅雨が過ぎた八十三町二上一番坂には、いつか見た九ヶ姫女学園陸上部がやってきていた。





 ここにくる九ヶ姫の女子は四名である。

 陸上部副部長の天塩川さん。

 百七十五を優に過ぎる長身の加西さん。

 微妙に僕と距離を取っている石川さん。

 そして、中等部から参加している桜井。


 これが陸上部メンバーというわけではなく、陸上部で短距離専門の部員らしい。練習メニューが別なのだそうだ。

 ちなみに天塩川さんと加西さんは二年生、石川さんが僕と同じ一年、桜井は中等部三年生である。


 そんな九ヶ姫女子短距離メンバーの中に、僕はわりと自然に朝練に混ぜられた。四人での練習に混ざるのは二回目だが、たぶん天塩川さんや桜井が前もって説明していたんだろう。

 嬉しいと言えば嬉しいが、この環境に慣れるとつらそうだ。

 だって告白してフラれたら、もうここには来れないだろうから。気まずいわ。


 基本的に二人並んで走るというだけのメニューなので、僕というイレギュラーを含めると偶数から外れて面倒臭いことになるかと思えば、この集団のリーダーである天塩川さんが坂の上でタイムを計ったりフォームを見たりとマネージャー的な役割に回った。少数なだけに、余ったなら余ったなりにやることがあるそうだ。


 四人の中で群を抜いているのは、加西さんだ。長身なだけに足の長さが違う。あの洋子さんより大きいもんなぁ……


「何か?」


 自然と見上げる形の僕に、加西さんは自然と見下ろして問う。


「速いですね」


 言うと加西さんは照れた。





 毎回違う組み合わせで走るので、坂を下る道中にほんの少しだけ話はできた。同じ一年である石川さんとは(避けられているようなので)話す機会がなかったが、やはりよく話すのは桜井だった。

 かなり自然に練習に混ざってしまったことを聞くと、桜井はこう答えた。


「朝練に少し混ざるくらいなら問題ないだろう、というのが総意です。でも少しでも変なことをしたら通報しますからね」


 次に石川さんのことを聞いてみた。


「男性が怖いらしいです。少しでも変なことを言ったら通報しますからね」


 最後に天塩川さんのことを聞いてみた。


「今度『おっはー』なんて挨拶したら通報しますからね」


 挨拶だけで通報とかどんだけだ。





 練習メニューが終わると、最後に天塩川さんが一人でダッシュを始めた。

 ……かわいいな。ほんとかわいいな。

 跳ねる癖毛も、細い身体に息づく目に見えるような性格の明るさも、迷いなく走り続けるまっすぐな瞳……息遣い一つとっても僕の心を奪って離さない。


「先輩」


 クールダウン中の桜井が、僕の隣で囁く。


「いつ告白するんですか」


 やっぱバレてるじゃん! ……いや、これは女の勘云々じゃなくて、僕がわかりやすいと言うべきかもしれないな。本当に。


「まだ早い」


 フラれるにしても、まだ準備が整っていないのだ。恐らくは今週いっぱい掛かるだろう。

 何より、今週の木、金、土は期末テストがあるんだよね。こんな時期に主役であるしーちゃんの時間を取らせるのも悪い。何なら夏休みにずれ込んでも僕としては問題ないんだから、焦る必要はないのだ。

 ただ問題があるとすれば、僕が今以上に天塩川さんを好きになって、フラれた時の衝撃と傷口が大きくなるだけである。


「でもできるだけ早くないと、フラれた時のショックが大きいですよ」


 ……その覚悟は充分できてるつもりだし、今似たようなこと考えてたけど。でも他人にフラれる前提で話されると結構ムカつくわ……


「でも先輩、テンパると失言多いみたいですし。その調子でポロッと告白することもあるかもしれませんね」


 や、やめろ! そんな死亡フラグみたいなの立ててもやんないからな! まだ準備不足なんだ!





 桜井的には冗談だったのかもしれないが僕的には冗談になってなかったので、一人戦々恐々としていたが、幸いポロッとやることもなく時間は過ぎていった。

 といっても、ここで会えるのは極々短い間だけ。三十分も満たない短い間だけだが。


 練習メニューを終えた天塩川さんたちは、早々に帰り支度を始めた。たぶん女の子として、僕以上に朝シャワーが必要なのだろう。まだ涼しい朝だといっても、夏場だからすでに汗だくだし。


「それじゃ一之瀬くん、私たちは引き上げるから」

「お疲れ様です、天塩川さん」


 本日、二人での会話は、これっきり。

 これが僕と手塩川さんとの関係である。


 フラれるとか告白するとか、それ以前の問題な気がした。


 でもこうして会ってみると、疑問である。

 頭ではフラれるだのなんだの割り切れているが、果たして彼女に会いたいと思う感情や衝動は理屈で割り切れるものだろうか、と。

 傷つくことがわかっていても、それを覚悟していても、でも理解していたから傷つかないというわけではないわけで。

 ……やっぱりフラれたら泣いちゃうかもしれないなぁ。





 僕と一言二言の挨拶を済ませ、背中を向け数歩ほど行った天塩川さんが、ふと振り返った。


「私、『おっはー』ってもう一度流行ると思う」


 ……それはもう忘れてください。お願いします。












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