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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
70/202

069.六月二十八日 火曜日





「久しぶりだなぁ」


 いつ以来だろう、僕はONEの会の部室を訪れていた。前は確か……そうだ、ONEの会に入りたいって言っていたマコちゃんの付き添いで来てそれっきりだったと思う。

 かすかに漂う化粧品と香水の匂いが、ここが男子校の一郭であるということを忘れさせる。

 中はあの時と代わり映えしない……かと思ったが、マコちゃんの私物が少し増えているような気がする。


「好きなところに座って」


 前原先輩に勧められるまま適当に座ろうとしたが、「そこわたしの席」というマコちゃんの声が上がり、一つズレて東山先輩の椅子を拝借することにした。

 こうして見ると、ふと思う。


 ――五条坂先輩おおきいひとがいないだけでやけに広く感じるな、と。





 六月最終週の火曜日も雨だった。降ったり止んだりを繰り返して、明日まで降り続けるらしい。

 まあそんな珍しくもない今日、僕は昨日の夜から前原先輩を昼食に誘っていた。

 そう、彼は昨日の二度目の出会いに大きく関わった人である。


 女装する時は魅惑の絶対領域を駆使する両刀使バイい、前原昴。

 一際目を引く五条坂先輩がいない今、改めて見ると、男子の制服姿でも異常なほど怪しい色気を放っていることがわかる。長いまつげは思慮深くも思わせぶりな視線を際立たせ、元の造りの良い素材は目立たずとも異彩を放つ。中性的で女にモテそうなイケメンだと思うが、なんとなく男に人気があるのもわかる気がする。


 そして、なぜか覚醒した乙女マコちゃんが一緒である。……なんとなく前原先輩と二人きりじゃなくてよかったと今は思う。なんとなくね。


「五条坂先輩と東山先輩は本当に来ないんですか?」

「ええ。おねえさまもヤッシーも用事があるんですって。だから今日は私たちだけ」


 まあ、だから好都合とばかりにここにいるわけだが。秘密の話をする場所として申し分ない。


「それよりマコちゃんはどうしたの?」

「いや、前原先輩と飯食うって言ったら付いてきちゃって」

「いいの?」


 その「いいの?」には、色々な意味がある。当然僕もわかっている。


「少しだけ知っているので」


 今からここでする秘密の話の内情を、マコちゃんは少しだけ知っている。だから別に付いてきてもいいと僕は判断した。


「へえ。なるほど」


 それぞれ昼食を広げる。前原先輩はあの時のように、高価そうな紅茶をふるまってくれた。相変わらず缶ジュースの紅茶とは比べ物にならない高貴な香りがする。

 さて。


「じゃあ、一之瀬君の恋バナでも聞きましょうか」


 ……やはりというかなんというか、やはり前原先輩にも僕の片思いはバレていた。こりゃ会って正解だったな。





 僕は手短に、昨日ちゃんと天塩川さんに会えたことを話した。前原先輩のお膳立てで実現したことなので、今更先輩に隠すことはない。マコちゃんもある程度知っているので別に隠すまでもない。


「で? 口説いたの?」


 嬉しそうだな前原先輩。きっと先輩としては根掘り葉掘り聞くために僕の誘いに乗ったのだろう。


「色々話す前に雨が降ってきたのですぐ解散しましたよ。自己紹介くらいしかできませんでした」

「なんで押し倒さないのよ」

「それこそなんでだよ」


 思わずツッコミ入れたわ。無茶だわ。それは無茶だわ。そして無謀だわ。本気で警察呼ばれても文句言えないわ。


「そうよ。抱き締めなさいよ。そしてキスしなさいよ」


 マコちゃん、無責任な合いの手を入れない。


「先輩の幼馴染がきっちり『変なことしたら警察呼ぶ』って釘刺しましたからね」

「千佳ちゃん? あの子はイイ子だけど遊び心が足りないのよねぇ」


 前原先輩は「真面目すぎるのもダメね」と溜息をつく。

 千佳――メガネさんこと桜井が真面目なんじゃなくて普通なのであって、あなた方の遊び心が行きすぎって可能性はどうでしょうね。あるんじゃないでしょうかね。あると思いますけどね。僕は。


「つまり進展はないわけね?」

「残念ながら」

「なんだ。つまんないの」


 すいませんねつまんなくて。


「これなら私の方がまだ詳しいかしら」

「え?」

「天塩川さんのこと。気になったから私も調べてみたのよ」

「マジで!?」


 自称情報通の渋川君に聞いても、彼女のデータはなかった。まあ我ら八十一と九ヶ姫との因縁を聞かされ、それどころじゃなくなったのだが。

 しかし忘れていない。

 僕は今でも、どんな些細なことでも、天塩川さんのことを知りたいと思っている。何せ僕が八十一高校の生徒だとわかっても、天塩川さんの態度は全然変わらなかった。つまり八十一高校の生徒が平気、もしくは僕は大丈夫、という括りなっているはずだ。

 それがどういうことかと言えば、チャンスはあるってことだ! 「えー? 八十一高校のがさつな男の子なのー? 超キモーイ。あとクサーイ」と言われないってことだ! ってことはつまりその……まあとにかくチャンスがあるってことだ!


「どんな人なんですか?」


 興味津々でマコちゃんが問うと、「えっとねー」と前原先輩は生徒手帳を取り出し捲る。


「えー、天塩川万尋。九ヶ姫女学園二年一組、陸上部副主将のスプリンター。大会入賞経験あり。中学からの転入組で、そこからもわかるように品行方正で成績優秀。まあ九ヶ姫なら珍しくもないわね。人気者というよりは一人物静かってタイプで、面倒見の良さから特に後輩に人気がある。……とまあ、こんな感じ」


 へえー。僕は昨日の段階では、フルネームと学年くらいしか聞き出せなかった。これは要チェックやで!


「一之瀬君って年上が好きなの?」

「いえ、たまたまです」


 僕は上も下もイケるから。

 初対面のあの時、他の誰でもなく天塩川さんが挨拶に出てきたことから、漠然と二年か三年だとは思ったが。たぶん陸上部の責任者なんだろうな、と。だが確信できたのは昨日だ。

 年上だの年下だの関係なく、僕は天塩川さんを好きになったのだ。……具体的に言えば間接疑惑で。……ほんとマジで疑惑のままにしておきたかった………





 ……ところで、だ。


「前原先輩、僕が言いたいことわかりますよね?」

「え? 何? 何のこと? さっぱりわからないわね」


 前原先輩はニヤニヤ笑っている。……どう見ても「わかってますけど何か?」って顔だ。どう見ても「私あなたの弱味握ってるけど何か言いたいことはないの?」って顔だ。「私からは特にないけど私あなたの弱味握ってるけどあなたから何か言うことないの?」って顔だ。しつこいようだがそんな顔だ。


「はっきり言いますけど、僕と天塩川さん周辺の情報、誰にも言わないでもらえます?」


 そう、僕が先輩を呼び出した理由は、口止めを頼むためだった。

 もしこの情報が広まってしまうと、嫉妬に狂った抜け駆けを許さない男どもに絶対に潰されてしまうだろう。逆の立場なら僕だってやるかもしれない。だからきっと台無しにされてしまうだろう。出会って間もないという、やっとカップルになれるか否かという芽が出たところである。簡単に踏み潰される。――ああ、ダメだ。どうシミュレートしても天塩川さんが「一之瀬君サイテー! なめくじ野郎!」と罵りながらビンタして終わる未来しか見えない。

 僕はこの出会いを大切にしたい! 非モテな僕に訪れたこの貴重な出会いを大切にしたいのだ!


 できれば五条坂先輩や東山先輩にも言わないでもらいたい。知っている人が少なければ、それだけ漏れる可能性も減るのだから。


「ま、貸し一つってことにしておくわ」


 貸し……くっ。油断できない人に借りてしまった気がする。


「でもさ、一之瀬君」


 ふと、前原先輩は真顔になった。





「問題の天塩川さんだけど、彼氏いるらしいわよ」


 えっ!?





 一之瀬友晴十五歳。短い春が終わりました。



 ……畜生。畜生。










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