006.五月二日 月曜日
昭和の日から土曜日曜を挟んだ三連休を経て、月曜日。
社会人なんかは有給を使ってこの平日の月曜日を潰し、明日から続く憲法記念日、みどりの日、こどもの日の三連休を連結して先週金曜から七日もの長期休暇になるんだとか。羨ましい話である。まあ、土曜日は仕事がある、って人もいるかもしれないけれど。
僕ら高校生も、有給を取れなかった社会人も、今日を過ごせばまた三連休になる。
三連休か。
昨日までの金、土、日は、なんとなく過ごしてしまったが、少々退屈した。引越ししたての頃ならともかく、今はもう近場の地理はだいたいわかるので、目的もなく町を歩くことはない。
だから明日からの三連休は、柳君や高井君、もし暇ならまたしーちゃんを誘ってどこかへ行ってみたい、という気もしないでもないのだ。だがその辺がはっきりしないのは、果たして男だらけで遊んで楽しいかと若干疑問を抱いているからである。
僕は彼女が欲しいし、本当は女の子と遊びたいのだ。それができないのは残念ながらモテないからだ。あと男子校だからだ。そして越してきた僕には女子の知り合いさえいないのだ。仕方ないのだ。
まあ、この前のお好み焼き屋みたいなノリになるなら、三人を誘えば決して退屈はしないと思う。一人で家に引きこもって怠惰に過ごすよりはよっぽどマシだ。
それとなく三人にお伺いを立てて、乗り気に見えたらプランを立てればいいか。
そんなことを考えながら靴を履き替え、階段を登り、廊下を歩き、我らが一年B組に到着。
――大丈夫。
僕はやっと納得できたんだ。
僕はきっと、バカばかりやっているクラスメイトとも、この八十一高校とも、うまくやっていける。
小さな、だが揺るぎない自信を胸に、僕は教室に踏み込んだ。
「おは」
よう、とは、口が動いてくれなかった。
踏み込んだ右足が、止まった。
デジャヴを感じた。
僕が始めてこの一年B組に踏み入った時と同じ。
違うのは、今回は「心が萎えた」のではなく、妙な光景を見てしまったからだ。
はっきり言えば「警戒心」だ。
裸の高井君が正座していた。
今回こそ正真正銘の裸と呼ぶべきだろう。
何せパンツ一丁だから。赤パン丸出しだから。
机を端に寄せて教室の中央を空け、十名ほどのクラスメイトに囲まれ、そのど真ん中に見間違えようのないほど見てきた高井君のムキムキな背中が見えてしまった。
一見すると、変質者が女子寮などに潜り込むも返り討ちにあった図。ヘンタイならご褒美になりえる構図だが、生憎高井君は違うタイプのヘンタイなので、喜びはないだろう。まあ根本的に女子に囲まれてるわけでもないが。
いったい何事だ。
なぜ高井君は正座している。
疑問符を飛ばしまくっている僕の耳に、僕の心臓を鷲掴みにする言葉が届いた。
「もう一度聞くぞコラ高井」
ヤンキーっぽいとは思っていたが、しゃべり方や半端じゃない睨み具合を見るに今ヤンキー確定した、我がクラスの金髪・久慈君が、ドスの効いた声で高井君を見下ろす。
「なんでてめえと一之瀬と柳がしーちゃんとデートしてたんだ? あ? 知ってんだぞ? 四人で浜屋行ったってよ」
あ、それ!? そのこと!? 先週木曜日のこと!?
ということはつまり、僕も裸にされて正座させられる可能性があるってことだね!?
結論から言うと、今すぐ逃げろってことだね!?
あとヤンキー久慈君もしーちゃんが好きってことだね!?
「すんません勘弁してください」
高井君の背中が小さく見えた。とてもとても小さく見えた。
「どこまでヤッた?」
「は、はい?」
「おまえらしーちゃんにどこまでヤッたんだ? あ? キスか? キスしたのか?」
「キス」という単語が出た時、周囲がざわめいた。
「まさか初デートで……?」「いや、近頃は色々と進んでるからありえるぜ」「貴様! 純潔を失ったのか!」「俺のアイドルを返せ! 返せよ! か……返してくれよぉ! う、うぅ……!」「泣くなよ……俺まで来ちゃうだろ……」などと錯乱しているとしか思えない発言が漏れる。
――バカだ。あいつらすごいバカだ。
いいかげん憶えようよ。
しーちゃんは男だってこと、ちゃんと認識しようよ。
相手がしーちゃんなら僕だってキスくらい平気でできそうな気はするが、それでもしーちゃんは男で、あの日はむさ苦しくも男四人でお好み焼き屋に行っただけで、しかも現地解散したのだ。逆に不健全に思えるような健全な寄り道に何があるってんだ。
予想を軽々と、なおかつ余裕たっぷりで飛び越えるクラスメイトたちに戦慄を覚えていると、
「何をしている」
背後から誰かに声を掛けられ、チビりそうなほど驚いて振り返る。
声の主は、隣のイケメン柳君だった。
「……なんだ?」
顔色が悪いのだろう僕を見て、柳君は首を傾げ……僕が見たものと同じものを見た。
「…………アレは?」
「じ、実は」
言いかけたところで、また背後からの声にチビりそうになった。
「あ、柳だ! クソ野郎め!」
「一之瀬もいやがる! クソ野郎が!」
「おい捕まえろクソ野郎!」
「おう! ……おい待て俺のことクソ野郎って呼んだか!? 今俺のことクソ野郎って呼んだよな!?」
やばい見つかった!
「逃げろ柳君! パンツ一丁で正座させられるぞ!」
言いながら、僕はすでに駆け出していた。「待てゴラァ!」などと絶対待ちたくない怒声が僕の背を打ち、足をすくませる。だがすでに勢いのついている僕は止まらなかった。止まれなかった、とも言えるかもしれない。
捕まったら大変なことになるだろう。裸で正座的なことになるだろう。そんなの嫌だ。万が一にもしーちゃんに見られるかと思うと絶対嫌だ。
「おい、どういうことだ」と柳君が隣に並ぶ。
背後からは五、六名の怒号と足音。
「いいから今は逃げろ」と言うと、柳君は「わかった」と答え、速攻で僕をぶっちぎって走り去った。運動神経の差である。
……逃げろとは言ったけどさぁ。
でも、ちょっとくらい躊躇いみたいなものを見せて欲しかったよ、柳君……
結局バカどもに捕獲されホームルームをパンイチで過ごすはめになった僕は、まるで嘘のように、この学校でやっていく自信が消え失せていた。
「席に着け。……あれ? 高井はともかく、なんで一之瀬まで裸なんだ? まあなんでもいいけど風邪ひくなよ。――よし、じゃあ出席を取るぞ」
担任・三宅弥生たんは、僕が裸でも全然気にしなかった。あの人も大概である。
僕はまだまだ、八十一高校を軽視していたのだろう。
この学校、想像以上に、変な人かバカしかいない。
弥生たんが教室を出て行くと、今朝逃げ切った柳君が隣で脱ぎ始めた。
「……柳君、何やってんの?」
「別に」
次の時間は体育ではないし、聞くまでもなく、僕は柳君が脱いだ理由がわかっていた。
柳君もバカだな、と思った。
捕まった僕はしーちゃんとの一件をきちんとヤンキー久慈君に説明し、デートなんてものではなかったことを証明し、パンイチ正座の刑は不適当だという正当なる主張を唱えたのだ。そしてヤンキー久慈君ほかしーちゃんファンも納得したのだ。
――「でも一緒にメシ食ったんだよな? じゃあしょうがねえよ。罰として午前中パンイチな」と言われてこのザマだが。
でも、逃げ切った柳君は、僕らに付き合わなくてもいいのに。
…………
……Oh……スカイブルーのビニキタイプ……柳君、なんで無駄に攻めてるんだよ……
そして柳君は、翌日からの休日三日、風邪で寝込んだ。
なんというか。
やっぱり柳君も、バカである。
余談だが、三人一緒のパンイチ姿をしーちゃんに見られて爆笑されたことを付け加えておく。
なぜだかわからないが、恥ずかしすぎて死にたくなった。