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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
69/202

068.六月二十七日 月曜日




 まさに青天の霹靂である。

 ……まあ、今日も晴天とは程遠い、霹靂という言葉が相応しい曇り空なのだが。


 一面を覆う灰色は、今日も重々しい存在感で空を支配していた。時折遠くにゴロゴロと雷鳴が聴こえる。たぶん今日も雨が降るのだろう。

 しかし幸いにも、この時間、ちょうど雨は止んでいた。

 高校入ってからわりとツイてないことばかり続いていた僕におとずれた小さな幸運である。ある意味これも一つの晴天の霹靂だ。


 ちなみに「霹靂」というのは「急激な雷鳴」という意味がある。

 晴天の霹靂は、即ち「急に起こる事件」という意味になる。


 僕はポケットから携帯を出し、その晴天の霹靂メールを今一度確認した。昨日から何度も何度も確認していた。二十回は余裕で確認していた。

 それくらい、僕にとっては晴天の霹靂だったのだ。


『明日いつもの場所で会いましょう、ですって。モテる男はつらいわねwwww』


 最後の「モテる男はつらいわねwwww」は、若干バカにしている節はある。特に「wwww」に悪意を感じる。一つだけならまだしも四つはないだろう。四つは。絶対これ僕をバカにしてるよ。バカにはしてないまでもおちょくってるよ。


 だがそれは非常に些細な問題なので、この際どうでもいい。

 問題は前半部分である。問題は前半部分なのである。


「明日いつもの場所で会いましょう」。


 これである。こっちである。重要なのはここだ!


「……クククッ」


 見ているだけで自然と笑いがこぼれ落ち、我慢できないとばかりに僕は走り出した。

 待ちきれなくて、いつもより三十分早かった。





 晴天の霹靂が晴天の霹靂したのは、昨日の晩である。

 昨日の晩、普通に何もない日曜日を過ごした僕は、夕食が終わって宿題を片付けて、風呂に入って部屋に戻ると、そのメールは届いていた。


 ONEの会の二年生、最近ご無沙汰している前原先輩からである。あの両刀使バイいで絶対領域のあの人である。

 『ちょっと時間ある?』という断り文句から、僕らのやり取りが始まった。


 やれ「ヤッシーが一之瀬君に会いたがっている」だの「聖戦のこと聞いたわよ」だの、その辺の近況報告みたいなことをしていると、前原先輩が「本題だけど」と言い出した。





 いつにないハイペースで走った僕は、かなりの速さで隣町の八十三町の二上一番坂に到着した。息切れも激しく肺が苦しいものの、今はそれさえも気にならない。

 僕は溢れる汗そのままに、もう一度メールを確認した。


 ――先週土曜日に会った例のメガネさんこと桜井さんは、前原先輩の知り合いだった。幼馴染らしい。そのつてで僕のこともなんとなく話していたそうだ。

 その辺のことは詳しく聞いていないが、桜井さんはそこで僕が八十一高校の生徒だと知った。


 そして、「本題だけど」と始まった本題に、僕は驚くことになる。


『あなたがボトルを返した天塩川さんが、あなたに会いたがっているみたいよ。』と。


 『え! なんで!?』と、ムンクの叫びっぽい絵文字いっぱいで返したら、「必死すぎwwww」と電話の向こうで爆笑している前原先輩の姿が容易に思い浮かぶ返信が来るも、そりゃ必死にもなるってものである。


 あの天塩川さんが僕に会いたがっているとか! なんでだ! テンション上がらない方がおかしいだろ! 夜なのに変なテンションになったわ!


『お礼のお礼が言いたいとかなんとか。』

『それってビンタってこと?』

『なんでよ。平手打ちはお礼じゃないでしょ。』

『じゃあ罵倒したいってこと?』

『なんでよ。一之瀬君はヘンタイね。』


 残念、前原先輩に、それもメールで「ヘンタイ」って言われても嬉しくはない。


 そして『明日いつもの場所で会いましょう』に繋がるというわけだ。





 しつこいようだが、青天の霹靂である。

 だが冷静に考えると、意外と考えられる流れだったのだ。前原先輩はともかく。


 もし天塩川さんが普通に親切で打算なく飲み物を誰かにあげるような人なら、お礼を貰ったら普通にお礼を言いたいと思うだろう、と。僕だって普通に思う。……それに近いきっかけで荒ぶる女子大生と関わっているし。

 まあ難しいことはいいとして、とにかく天塩川さんはいい人ってことだ。

 まともに話したことは全然ないし、これから会うのだって二回目だ。彼女の人となりや性格やものの考え方もまったく知らないが、天塩川さんがいい人だってことはわかった。


「ひー、ひー、ふー」


 別にラマーズ法じゃない。我慢できなくて無茶なペースで坂道ダッシュをしたので動けなくなるほど息切れしているだけだ。

 ああ、これから天塩川さんと会えるのか。天塩川さんと会えるのか……!


 そんな喜びが身体から溢れ、やたらテンションの高い僕は再び狂走の世界に足を……踏み込むのは少し休んでからにしようと思う。





「先輩」

「違うじゃん!」


 やってきた女子を見て、一人でやってきた女子を見て、僕は思わずツッコミを入れてしまった。

 例の黒ぶちメガネのメガネさんこと桜井さんである。


「違う? ……ああ、天塩川先輩じゃなくてすいませんね」


 これも女の勘というものだろうか。いつかの覚醒した乙女マコちゃんのように、なんとなく桜井さんも僕の気持ちを見抜いているように思えた。……というか僕がわかりやすいだけかもしれないが。


「いや、他意はないんだよ! 他意はないんだよ! ただその、心構えが天塩川さんモードだったっていうか!」

「ハァハァ言いながら必死な顔して近付かないでください。怖いです」


 息切れしてるだけだよヘンタイじゃないよ! ……でも君ならヘンタイと呼んでもいいよ!


「天塩川先輩ももうすぐ来ますよ」


 ――今日も残念な天気なので、九ヶ姫陸上部での練習はない。でも桜井さんと同じように、天塩川さんも個人練習がてらここに来る段取りなのだそうだ。


 早々にノルマをこなしてしまった僕は、休憩しながら桜井さんのダッシュを見守りつつ、十分ほどを過ごした。

 そして、運命の時が訪れる。





 その姿を見た瞬間、ただでさえ高かったテンションが一気に急上昇した。


 顔が熱いのは、運動したからでも、気温が高いからでもない。

 心臓が痛いのは、むしろ正常だからこそ。

 跳ねる癖毛のショートカット、淀みのない鳶色の瞳、シャープな細身の身体。


 たった一度の逢瀬で僕の心を奪った天塩川さんが、そこにいた。


「おはようございます。今日も暑いですね」


 その穢れなき視線、鈴を鳴らしたような澄んだ声が向けられているのは、僕だ!


「そそそそそそうっすね! あの! 汗拭きましょうか!?」

「え?」


 僕は今何を言った!? 僕は今何をほざいた!?

 僕は天塩川さんに背を向けると、聖戦にて負傷した未だ腫れている顔を、頬を、一発ぶん殴った。上がりすぎたテンションを落とすために。

 結構マジで入れてしまったのでかなり痛いが、狙い通り少しだけ落ち着くことができた。


 そう、落ち着け。落ち着けよ僕。

 今日の僕次第で、次があるのだ。このチャンス……逃してなるものか!


 自分に強く言い聞かせ、振り返る僕は、ジェントルメンの顔をしていたはずだ。


「いえなんでも。本日は生憎の曇り空に、このような急勾配の坂道にご足労いただきKA・N・SYA」

「は? はあ」


 ……まだだいぶ怪しい気がするが、まあよし! 最後ちょっとV系になっちゃった気がするが、まあよし!

 うおおお……かわいいな! 背丈が同じようなものなので、目線がほぼ同じなのだ。めちゃくちゃかわいいぞ! ……でもその穢れのない視線が逆に痛い! 僕の下心を見透かしているようでなんか痛い! でももっと見て! 僕だけを見て!


「先輩、おはようございます」

「おはよう千佳」


 だが願い叶わず、ダッシュで上に行っていた桜井さんが下に戻ってきたので、あっさり視線は外された。


「なんか変なこと言われました?」


 え? 何? なんだと?


「何かあってからじゃ遅いですから、少しでも怪しいと思ったら大声出してくださいね。警察に連絡しますから」

「ちょっと待て桜井」


 思わず呼び捨てになるくらい聞き捨てならない言葉だった。桜井は「なんで呼び捨てだよ」みたいな視線を向けたが、この際無視だ。


「君は何か? 僕の言動に怪しいものがあるとでも?」


 ……まあ怪しいか否かって微妙な線のことはすでに言ったんだけども。


「言いましたよね? 九ヶ姫は、何かあってからじゃ遅いというのが心情なんです。恨むなら八十一で不名誉な前例ばかりを生み出した先輩や卒業生を恨んでください」


 それを言われたら黙るしかないわけで……あれ!?


「天塩川さん、僕が八十一校生だって……」

「話しましたけど」


 あ……そうなんだ。隠すか隠したまま関係を絶つかって悩んでいた問題が、僕の意志に関係なくあっさり片付いてしまったわけか。


「だって最低限身元のわからない人のお礼なんて、受け取れないでしょう?」


 ああ、確かにそれはそうだ。

 じゃあ、アレだな。

 ここからはもう、仲良くなることだけ考えればいいんだな。だってもう後ろめたいことは……まあなくはないけど、最大の問題はクリアしたわけだし。


「高校生だったんですね。私はてっきり中学生かと思ってましたが」


 なんと。天塩川さんは僕を中坊だと思っていたらしい。まあ別に童顔云々はどうでもいいけどさ。


「いえ、あの、その節はドリンクありがとうございました。……間接的な意味で」

「間接?」


 やべっ、いらんこと言った! でも天塩川さんには伝わってなかった! よし!


「違いますよ」


 だが桜井には通じていた。こいつ……鋭いぞ! 伊達にメガネじゃないってことか! 伊達メガネじゃないってことか!


「なんで初対面の人に自分の飲みかけあげるんですか」

「君には夢がないな」


 そんなこと……そんなあたりまえの普通のことさぁ…………気付いていたよ。そうだよ、そうだったらいいなって夢見てただけだよ……バカな男の夢をさ……

 急に遠い目をする僕を見て、天塩川さんは自分に不手際があったとでも思ったのか、不安そうに眉を寄せた。


「あの、飲みかけじゃなくてすみませんでした」

「「違うだろ」」


 僕と桜井のツッコミは同時だった。……天塩川さんはやや天然らしい。





「あの、ところで、ストラップどうもありがとうございました」


 あ、そうだ。天塩川さんはそれを言うためにわざわざ僕に会いにきたんだ。


「気に入ってもらえたんならよかったです」

「いえ、気に入るも気に入らないも。あのくらいのことにお礼なんてよかったのに。ボトルだって百均で買った安物ですし」

「物の価値じゃなくて、気持ちが嬉しかったんです。たとえ天塩川さんにとっては些細なことだったとしても」


 そう、気持ちが嬉しかったのだ。……あと間接キス疑惑も。疑惑のままでいたかった……


「で、気に入っていただけました? アレもだいぶ安物なんですけど」

「ええ、もちろん! 非常にかわいらしい代物で、早速携帯に付けましたよ!」


 マジかよそこまでか! フフッ、まあ確かに僕は非常にかわいいストラップを選んだけどね!


「あ、私も付けてますよ。まあ私は義理ですけど」


 どうやら僕の言葉通り、二つ渡したうちの一つは、桜井に行ったようだ。桜井はポケットから取り出して見せてくれた。


 メタリックブルーの薄型に、茶虎柄の小さな猫の手が揺れる。


 そうそう、それそれ。天塩川さんに似合うだろうと思って僕が選びに選んだかわいい奴。しかも肉球のプニプニ感がクセになるという、安物にしてはちょっといい感じの…………あれ?


 ストラップは二つ。

 一つは僕が選んだかわいい奴。

 そのかわいい奴は、桜井の携帯に付いている。

 じゃあ、もう一つの「カプセルくん」は?

 もう一つのキモイのは?


 天塩川さんの動きが、妙にスローモーションで見えた。

 ポケットから出てきたホワイトカラーの携帯に、マスコットキャラが揺れる――キモイやつが。





「『カプセルくん』。今流行ってるんですよね」


 天塩川さんそっち持ってんのかよ! てか待て! あんたさっき「非常にかわいらしい」って言ったよな!? それかわいいか? それかわいいか!?


「いいですよね『カプセルくん』」


 桜井! 君もか! 君も僕の選んだかわいい猫の手より「カプセルくん」がいいのか!? あんな●ンタック丸パクリの気持ち悪いキャラがいいのか!?


 ――もし君たちが男なら、僕は激しくツッコミを入れ、場合によっては説教さえしているだろう。


「…………だよね! かわいいよね『カプセルくん』! 大味な作りとチープな手足がいいよね!」


 まったく! 女性でよかったね! ああそうだとも! 僕は女性に気に入られるためなら信念だって曲げてやるさ!





 しばらく不毛極まりない「カプセルくん」話で盛り上がり、雨が降り出したので僕らは別れた。

 一応自己紹介くらいはできたが……出会えた感動よりショックの方が大きい気がする。


 果たして僕は、あんなキモいキャラクターを「非常にかわいらしい」なんて形容する女子と、仲良くなれるだろうか……





 唯一の慰めは、「非常にかわいらしい」とは言いがたいキモいキャラクターを持って笑う天塩川さんは、やはりかわいかったということである。

 帰途に走り、その間に考えるも、色々とイメージと違う気はするが恋心に影響はない、ということだけは確信できた。


 僕はやはり、天塩川さんが好きなようだ。



 なんというか……全体的に、晴天の霹靂である。












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