056.六月十五日 水曜日
「へえ。昨日は松茂とメシ食いに行ったのか」
「何食べたと思う?」
「あの松茂とだろ? 俺の発想を超えてるとしか思えねえよ」
三者面談三日目、水曜日。
正確には今日は家庭訪問で、担任の三宅弥生たんが自ら生徒の家々を回ることになる。昔は家庭訪問オンリーだったらしいが、シングルが増えてきた僕らの代には、三者面談か家庭訪問か選べるようになっていた。
今日は柳君が家庭訪問で、すぐに帰ってしまった。そういえば僕と高井君と柳君は、見事にそれぞれ日にちが違ったのか。奇遇というかなんというか。
僕と高井君は帰宅部特有のだらしなさで、ゆっくりと帰途を歩んでいた。
「どこか寄っていく?」
「生憎金がねえ」
そりゃ残念。……まあ僕も続けて外食なんて贅沢なことができる身分ではないが。ちなみに昨日のはまぐり飯の定食は、学生である松茂君が選ぶだけあってそんなに高くなかった。
「でも直帰もつまらないね」
「そうだな。せっかく天気もいいのに、このまま帰るのはもったいねえな」
こんな時、帰宅部は困る。この無駄に空いてしまった時間をどうしたらいいか迷ってしまう。
「ところで三者面談どうだった?」
「聞くな」
「テストのこと言われた?」
「……予想できてるなら、なおさら聞くなよ」
高井君は渋い顔をする。程度はわからないが、何かしらは言われたようだ。夏休み補習くらいは避けてほしいものだ。
……ああ、そういえばあと一ヶ月ほどで夏休みか。ここまであっと言う間だったな。本当に毎日が飛ぶように過ぎて行った。
充実してないとは絶対言えないが、大変なことも多かったな……まあ、現在進行形だけど。
なんとなく過去を振り返りつつ、八十一町商店街に差し掛かった時だった。
「――っ」
何か声が聞こえた気がして、僕はふと八十一第二公園を見た。
あれ? なんか見覚えのある野郎がいるような……
「あれって渋川君じゃない?」
「あ? ……ああ、そうだな。渋川じゃん」
公園の芝生で、自称情報通の渋川君が……キャッチボールしてるな。相手は、クラス委員の竹田君か。意外な組み合わせ……ってこともないかな。あの二人、中学が一緒で仲が良かったはずだから。
「おーいおまえらー!」
特に用もないのに、高井君は手を振って渋川君たちに声を掛けた。二人は僕らを見て顔を見合わせ、「ちょっと来いよー」と手招きした。
「なんだ?」
「さあ?」
呼ぶからには用事があるのだろう。僕らは行ってみることにした。
「暇だから遊んでたんだよ。どうせおまえらも暇なんだろ? 一緒になんかやろうぜ」
渋川君の言葉は何一つ覆せないほど正確だったが、なぜだろう。なぜだか素直に認めたくはなかった。……まあ意地を張ったところで暇は暇なんだけどね。
「遊ぶって何やるんだ?」
「幸いボールはある。さっきそこで拾ったゴムボールだけどな」
子供の忘れ物、もしくは紛失物だろう。
最近の子供は携帯ゲームに夢中って話を聞いたことがあるが、ここ八十一町の子供たちは意外と外で遊ぶらしい。そういや前にフリスビーやってた子も見かけたなぁ。……荒ぶる女子大生を恐れて逃げ帰っていたが。
「バットがありゃ三角ベースなんかもできっけどなー。さすがにバットは落ちてねぇなー」
フランクな口調が僕らのハートを鷲掴みする竹田君は、何かないかと周囲を見回している。さすがにどんなに探してもバットは落ちてないと思う。
「誰か呼んで持ってこさせりゃいいだろ。四人じゃ寂しいしよ」
ああ……どうやら高井君は、僕も含めて今日の予定を決めてしまったようだ。まあ、異論はないが。
「そーだなー。暇してそうな奴らに声かけてみっかー。……あ?」
あ?
動きが止まる竹田君の視線を追うと……あ。
「チッ。イヤな奴に見つかっちまった」
渋川君が吐き捨てるように言い――そいつは迷うことなくここへとやってきた。
「やあB組の諸君。こんなところで悪巧みかい? よしたまえ、バカの考えはシエスタのようなものさ」
彼――柳君並みの高スペックを誇る嫌味ないい奴、A組のカリスマ・矢倉君の登場である。ちょうど僕らが渋川君と竹田君を見掛けた辺りから、同じように見かけたのだろう。……まあ、たぶん彼も暇なんだろう。
「あー、ちょうどいいじゃん」
竹田君が挑発的に笑った。
「おい矢倉、メガネぶち割ってやっからよー。これから球技大会の時の決着つけようぜー」
「ほう?」
矢倉君は、至極面白いと言わんばかりに笑い、クイッとメガネを押し上げる。
「運良く直接対決を免れたというのに、わざわざ掘り返してまで負けたいのかい? それはそれは……全く。僕の想像を超えたバカどもだ」
「やんのかやんねーのか。どっちだ?」
「フッ――」
矢倉君はビシィィィィ、と竹田君を指差した。チィッ、今日もかっこよくキマッてやがるぜ!
「そんなに負けたいのならば、いいだろう。二秒でケリをつけてやる!」
いや無理だろ。二秒じゃ無理だろ。ジャンケンさえできないよ。
「やれるもんならやってみろよ!」
「二秒? へえ? こっちは一秒で決着つけてやっからよー」
いやだから無理だよ渋川君。竹田君も一度落ち着けよ。一秒はもっと無理だよ。
「よっしゃあ! やってやるぜ!」
Yシャツを脱ぎ捨てた高井君に、僕は言った。
「高井君。外で裸はダメ。絶対」
あれよあれよと我らB組対A組の様相になりつつある中、僕は矢倉君に声を掛けた。
「真面目な話、時間とか大丈夫? 家庭訪問とかさ」
矢倉君はバカじゃないので、勢いやこの場のノリで話を進めてはいないと思うが、念のために聞いてみた。
「問題ない。が……そちらは柳君がいないな」
「家庭訪問」
「そうかい。やる気が半減だな……フッ、まあいいさ。彼の居ない間に君たちを捻り潰してやろう」
――僕らはとりあえず商店街の角にあるパン屋に移動し、昼食を取りつつ片っ端から電話を掛けてクラスメイトを呼び出すことにした。
今回は、好きなようにメンバーを選出できる。
実は球技大会のあの日、矢倉君率いるA組も、かなりのワーストメンバーが集められていた。彼が率いるからこそA組の本命だろうと思われたが、そんなことはなかったのだ。
僕らと同じようにワーストを野球に集め、力を入れたのはバスケで、準決勝まで行ったらしい。
だが今回は、望むならワースト以外のメンバーを選出できる。
が、だからこそ条件が付加した。
アポのない突然の呼び出しであることを加味し、七対七の変則ルールであること。これは九人揃わないことを危惧してである。そして、来たメンバーは必ず一度は試合に使うこと。呼び出しておいて出番もなく「はい終わり」ではあんまりだからだ。
以上、二つのルールの下、僕らの戦いは始まった。
そう――チーム選びから、戦いは始まっているのだ!
「おーい! 来たぞー!」
家の近いA組の誰かが、小学校の時に使って遊んだプラスチック製のバットを持ってきた。グローブなどを必要とせず、バットとボールがあれば事足りるので、軟球や硬球ではなくゴムボールでやることに決めたのだ。
バッターとピッチャーで別れて三球勝負などをしつつ遊んでいると、ぞろぞろと呼び出したメンバーが集まってきた。
こっちのメンバーは、竹田君、渋川君、高井君、そして僕の初期四人に加え。
先日、中二病を患っていると知らされたワーストナインのエース立石君、アイドル大好きグループのボーズ頭に走るラインがチャームポイントの鳥羽君と、いつも冷静な松島君が入った。
うん、わりとできるメンバーが揃ったのではなかろうか。
少し遅れてA組も七人が揃い、因縁の火蓋が切って落とされた。
まあ、ぶっちゃけ遊んだだけなのだが。
最終的には近所の小学生たちも混じっていたし。
商店街のおっさんも「ちょっとおいちゃんも混ぜてくれや」とか言って混じってたし。
日が暮れるまで遊び倒した。
そんな一日だった。
ちなみにケツには食らわなかった!
あたりまえのようだが僕にとっては大事なことで、もうケツには食らわなかった!
空気読めよ、みたいな目で見られたけど、知ったこっちゃないね!