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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
56/202

055.六月十四日 火曜日




 三者面談二日目、火曜日。


「じゃあね高井君」

「おう」


 昨日三者面談を済ませた僕と、明日の家庭訪問(家庭の事情でどちらか選べる)に割り振られている柳君は、並んで教室を出た。高井君は今日が三者面談である。


「どっか寄って帰ろうか」


 せっかくの午前中授業である。どうせ帰ってもやることのない僕ら帰宅部は、勉強する時間は捻出できないが、遊ぶ時間だけは楽に捻出できるのだ。

 柳君は、ひとまず僕らがよく行く店の名を出した。


「浜屋か?」


 お好み焼き屋でまずは昼飯を、という考えのようだ。


「それもいいね」


 まあ、その辺は道すがら話せばいい。周りには帰宅なりクラブなりへと行き交う生徒たち溢れている。こんな場所で立ち止まって相談するのは非常に邪魔だろう。

 とりあえず僕らは下駄箱を通り、外へ出た。





「八十一HON-JOのフードコートでもいいと思うよ。今日はうちの高校だけ午前中授業だし平日だから、たぶんそんなに混んでないよ」

「人が多いところは気が進まないな」


 そんな相談しつつ校門をくぐる。ちなみに八十一HON-JOとは、八十一駅の近くにある地方デパートだ。

 柳君の意見をまとめると、人が多くなければ浜屋じゃなくてもいいらしい。どうしてもお好み焼き!って気分ではない、と。

 僕も、どうしてもって気はしないなぁ。この前食べたしなぁ。


「HON-JOがいいのか? なら我慢するが」

「いや、そこまではいいよ」


 我慢してもらってまでHON-JOに行きたいとは思わないし。他に用があるならともかく、メシ食うだけならなおさらだ。

 となると……うーん……

 少し考えてみたが、心当たりがなかった。


 そうだなぁ、僕も柳君も、意外と行動範囲が狭いみたいだもんなぁ。それに僕なんてまだどこに何があるのかわかってないくらいだしなぁ。

 高井君だったら、この辺にどんな店があるのか余裕で知っていそうなもんだけど……あ、そうだ。


「聞いてみようか」


 先週、グルメボスこと松茂君と携帯番号とメルアドを交換したことを思い出した。もちろんワーストな奴らとも一応交換済みだ。他の連中からは時々メールが来るが、松茂君とは全然連絡を取っていなかったから忘れていた。


「何かリクエストは?」

「特にない」

「わかった」


 少しだけ脇により、通行の邪魔にならないようにして、僕はメールを打った。えーと、『今いい?』と……

 すぐに返信が来た。


『どうした? 揉め事か?』


 なんというか……返事一つ取っても頼もしさがにじみ出てるな。さすがだ。松茂君はやはり只者じゃない。


『実は――』


 手短にこっちの事情を説明すると、意外な返事があった。


『俺も今から昼食だ。一緒に来るか? 今日は八十一駅近くの店で――』


 お、マジかよ。あのグルメボスの誘いとあらば、ちょっと期待してしまう。ぜひ乗ってみたいところだ。


「柳君、松茂君が……ありゃ?」


 振り返ると、柳君の影に隠れるようにして、C組のアイドルしーちゃんがじっと僕を見ていた。ここはまだ学校の近くなので、たぶん後から来ていたしーちゃんが追いついたのだろう。


「……どうしたのしーちゃん?」


 すごく微妙な顔をして僕を見ている。警戒心丸出しというか、若干拗ねているというか。……くそ、ほんとかわいいな! そういうかわいい態度取ってると好きになっちゃうぞ!? いいのか!? いいんだな!? だが僕の方がよくないからやめてくれ!


「一之瀬くんはヘンタイだから」

「え? ……あ」


 「ヘンタイ」発言にほんのり心ときめくと、これと同じときめきを前にも体験していたことを思い出した。そうだ、あれは確か先月末だったっけ。

 僕がしーちゃんに「スカートを履いてくれ。ダメなら黒タイツを履いてくれ」と、拝み倒さんばかりに必死に頼み込んだ時に言われたセリフだ。


 ヘンタイでもいい。

 ヘンタイと罵られても、いやらしいと謗られても、それでもしーちゃんが膝上十センチ以上というきわどいスカートを履いてくれたり、魔性の魅力を放つ黒タイツに足を包んでくれたりするなら、僕は甘んじてそれを受け入れる覚悟はできているっ……!!


 ……などということを声高に主張してしまうと、しーちゃんが本気で逃げ出す可能性があるので、さすがに言えない。まあ、いずれね……ククッ。僕の野望はまだまだ潰えぬよ。


「絶対悪いこと考えてるし……」

「ああ、あれは悪いことを考えている時の顔だな」


 猜疑心満ち足りたしーちゃんは別として柳君にまで同意されたことが若干気に掛かるが、僕は華麗に「そんなことないよ。僕は普通だよ」とスルーした。

 それよりだ。


「柳君、松茂君が一緒に来ないかって言ってるんだけど」

「どこだ?」

「居酒屋。夜はお酒出すけど、昼は普通に定食屋なんだって。今日はそこのはまぐり飯を食べに行くってさ」

「はまぐり飯か……聞いたことがないな」

「そうなの? 僕はなんとなく名前を聞いたことはある気がするけど、食べたことはないよ」


 でも名前からしてわかりやすい。きっとはまぐりと白米を一緒に炊き込んだものだろう。すごく美味しそうである。


「え? 何? 何の話?」


 おっと。しーちゃんが仲間になりたそうにこっちを見ている。





 結局しーちゃんも入れて四人で行くことになり、八十一駅近くで松茂君と合流。そのまま近くの居酒屋「菜食康美」へと向かった。

 居酒屋らしくやや薄暗い店内だが、昼時ということもあって客入りは上々。場所的にサラリーマンやOLが多いようだ。

 少しだけ待ってテーブル席に陣取った。


 僕らの注文ははまぐり飯定食一択である。

 頼んでから十分ほどでそれは運ばれてきた。


 飾り気のない茶一色のはまぐり飯と味噌汁。かぶときゅうりの漬物。それだけのシンプルな定食だった。


 特に大振りの茶碗によそわれた、メインであるはまぐり飯の見た目は、素朴にして寂しい。刻み海苔が少し掛かっているくらいだからだ。だが湯気とともに漂う豊かな磯の香りは簡単に僕らを引き込み、一口食べた時点で「これでいい」と思わせた。この味なら飾りなどいらない、と。そう納得できた。


 口に広がる昆布ダシの甘味と、はまぐりのエキスがぎゅっと染み込んだ旨み。溢れんばかりの風味が心地よく鼻を抜け、たった一口で僕らを力強く魅了した。「うまい」なんて言葉もなく、僕らは無言で飯を掻っ込み、味噌汁をすする。

 きっと箸休めのためにと用意されたのだろう漬物もよかった。ぱりぽりと小気味良い歯ざわりと塩気が、再び味わうはまぐり飯のおいしさを引き立たせた。


 僕らはあっと言う間に完食した。


「はまぐりの旬は春だから、若干遅いんだ。だがどうしても食べたくなってな」


 松茂君は、隣の席のサラリーマンよりも重厚な貫禄を見せつつ茶をすすった。いや、わかる。これはうまかった。さすがグルメボスだ。


 いい感じに腹も膨れてそのままだらだらしたかったが、この時間に居座るのも迷惑なのでさっさと店を出た。

 外に出て自販機で適当に飲み物を買って、その辺で少し話して解散した。





 こうして僕らは、四人で昼飯を食べたのだった。


 なんというか、……うん、やっぱ渋いわ松茂君。やっぱ同い年とは思えないわ。








 そして家に帰って愕然とした。

 よもや今日は大丈夫だろうと思っていたのに、なぜだ。


 Yシャツの腹の辺りに、固くなったご飯粒がくっついていた。……というかなんでだ? こぼしたのか? こぼしたっけ? そういや冬場はなぜか袖にご飯粒ついてることがあるんだよな……ほんとなんでだ?





 この謎の現象について考えるも、当然答えなんて出るわけもなかった。









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