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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
51/202

050.六月十日 金曜日  球技大会 五時間目




「作戦を確認する……と言いたいところだが、特に作戦はない。新しい打順そのものが唯一無二の作戦だからだ」


 緊張感がにじみ出ている顔で円陣を組む僕らに、柳君はやはり冷徹な表情を崩さない。


「俺たちにとっては始めてのまともな試合だ。やっている間に不都合な部分、無駄な部分、ミスマッチな部分が露見するだろう。エラーもやるだろうし、暴投もきっとやるだろう。だがそれはそれでいい。どうせすぐには修正も利かない」


 一呼吸置いて、柳君は言った。


「細かいことをいちいち気にするな。各自全力を尽くせ。以上だ」


 よし!


「矢倉のメガネをぶち割るぞ!」

「「おっしゃあ!!」」


 準決勝。三回戦第一試合。

 僕ら一年B組ワーストナイン対三年A組の試合が始まる。





 整列と挨拶を済ませ、僕らはベンチの置かれた控え場所に戻る。一塁側である。

 整列をしたその場に残っていた柳君も、程なく戻ってきた。


「残念ながら後攻だ」


 その報告に、表情が曇るのも仕方ない。

 本来九回までなのに、時間がないという理由で五回裏まで。そして五点先取で表裏関係なく強制コールドという変則ルールがある。単純に先攻の方が攻撃回数が多いのだ。

 いまだはめ慣れない者もいるグラブを手に、パラパラとワーストナインが散っていく。


「何、問題ない」


 プロテクターとマスクをかぶるキャッチャー松茂君が、重厚に笑う。


「立石、コース取りは任せろ。おまえはピッチングだけに集中すればいい」


 数日前からの急造バッテリーだが、ちゃんと練習を重ねた二人だ。きっと大丈夫だろう。


「つらいと思ったらいつでも代われ。」


 やや緊張気味の立石君に柳君はそう声を掛け、僕らも守備位置に走った。





「プレイ!」


 主審の声が響き、試合が始まった。


「――前進!」


 これまでの試合内容をガチで調べ上げてきた自称情報通の渋川君が、守備の前進を指揮する。――そう、三年A組の一番はそれなりに俊足で、これまでバントで出塁しているらしい。たぶんバントの練習だけしっかりやったのだろう。


 心持ち外野の僕らも前進し、立石君は振りかぶって第一球を投げた。


「ストライク!」


 よし! 今日も全然球走ってないけどコントロールは案外いいぞ!

 どうやら様子見をしているらしく、一番バッターは動かなかった。……若干不気味な反応だ。


「いいぞ立石ー! 全然遅いけど!」

「あれ知ってる! チェンジアップだろ!? なあ!?」

「いや、ただ遅いだけだ!」

「え? え!? そういう恒例なの!? ……さ、三振取ったらキスしてやるぞー!」


 我らB組の暇になったバスケ組と、まだ出番が来ていないサッカー組の連中が応援の声を上げる。――うん、あいつらもあとで殴っとこう。一生懸命投げてるんだから遅いとか言うな。思うだけにしろ。


 立石君の背中からはまだ緊張の色が伺えるものの、練習で見かけたピッチングと比べると、あまり影響はなさそうだ。

 二球目も同じくストライクを取り、余裕で追い詰めた。

 もちろん、このまま簡単に三振を取らせてはくれないだろう。


 松茂君の指示で一球遊び球を放り、四球目で勝負に出た。内閣低め。――それに合わせてサードの柳君が前に走りこんでいた。ややスロー気味な球だけにバッターへの接近が早い。

 バントの構えを見せたバッターは、柳君の行動に驚く。きっと一塁に最も遠い三塁線を狙っていたのだろう。


  コッ


 2ストライク。見逃せない。当てるしかないボールに、動揺した一塁打者は中途半端なバントで打ち上げた。柳君は勢いそのままノーバウンドで処理した。

 さすが柳君。非常に無駄のない守備だ。


「いいぞ柳ー!」

「でもイケメン滅べー!」

「女紹介しろー!」


 ……外野がうるさいなぁ。でも僕も女紹介してもらいたい。


 二番も、一塁打者を送るためにバントの練習しかしていないらしく、柳君の急接近というプレッシャーに負けてあえなくスリーバント失敗。柳君と渋川君が考案したバント潰しは上手く機能した。

 さて。

 ここからである。


 バッターボックスに立つのは、腕毛がたくましいあの空手部の高石先輩である。うわあ……遠目でもこえーよ……

 あの人は今日、長打ばかり打っている。それこそ柳君や高井君に負けないくらいの類希な運動神経を持っているのだろう。

 そして四番は、三年A組ワーストナイン唯一の野球部員で、レギュラー五番打者という強力なスラッガーである。

 もちろん、僕らが勝つために、この人たちは敬遠すべきである。


 ――が。


 敬遠の練習は一切やっていない立石・松茂バッテリーは、外す距離が甘かった。

 二球目の、ストライクゾーンとは程遠い外に投げられた某球を、高石先輩は飛びついて打ってしまった。


  ギン!


 金属バットが澄んだ音を響かせる。僕にはわかった。あれは芯に当たった音だ。

 白球は高く、速く、ライナーのような弾道で一塁捕手池田君の頭上を越えた。

 僕は反射的にライト後方へと走る。ライトはマコちゃんだが、そのカバーをするために僕はセンターに宛がわれたのだ。

 それに、たぶん、マコちゃんは追いつけないだろう。


「マコちゃんバック! 後ろ! もっと下がって!」


 速い打球は、そしていきなり飛んできたことでまごついているマコちゃんの、更に頭上を超える。


「……マジかよ……」


 僕の足が止まった。


「よっしゃーーーー!!」

「ナイス胸毛! ナイス胸毛!」

「スネ毛もすごいぞ!」


 向こうのワーストナインが湧いた。

 ……まあ、そりゃそうだろう。盛り上がりもするだろう。


 高石先輩の打ったボールは球威も球速も衰えず、そのままホームランになったから。やっぱあの人すげえ……そしてこえぇ……


 その後、四番を敬遠し、五番を内野フライで抑え、向こうの攻撃が終わった。





 ベンチに戻る僕らは、微妙に落ち込んでいる立石君に「大丈夫」だの「まだ一回だ」だの代わる代わる声を掛けた。いつも一人でいるわりに、結構メンタルは弱いみたいだ。もしからしたら本当はピッチャー自体向いていないタイプなのかもしれない。


「…? どうしたの柳君?」


 柳君は、じっとスコアボードを見ていた。「先攻 3-A」のマスに誇らしく「1」の字が輝いている。


「いや。意外と良い試合になりそうだと思ってな」

「あ、わかる」


 ひょいと顔を出して同意したのは、渋川君である。


「俺ももうちょい一方的な試合になるかと思ってたから」

「そうなの?」

「向こうは全てが俺らより一段階高いと思っていい。圧倒的な差じゃないが、無視できない差だ。まあ単純に言えば、向こうは全員ヒットが打てるって感じでな」


 ああ、こっちの下位打線はバッティングは捨ててるもんな。確かに圧倒的な差はないのかもしれない。でも全ての要素が少しずつ負けている、と。


「でも柳の負担が大きいな」

「俺のことはいい。それより俺はこの試合、マウンドには上がれそうにない」


 守備に専念する、という意味だろう。一番二番の出塁を抑えるために。相手だってバカじゃない、可能性は低かろうと次の打順にはバント以外の出塁方法を選ぶはずだ。


「――やっぱ松茂は避けられたな」


 渋川君の言う通り、一番バッターの松茂君は敬遠された。かなりブーイングが飛ぶも一切動じずボール球を投げる向こうのピッチャーは、本気で勝ちたいと思っているのだろう。そうじゃなければ多少は動揺もするはずだ。


 二番は大沼君だ。

 二回戦目で見事に粘ってフォアボールを勝ち取った大沼君は、反射神経が良い。だから球種もよく見ている。本人曰く「格ゲーで鍛えた」そうだ。

 そんな彼に託された仕事は、可能ならばフォアボールによる出塁。できないと思えば出塁した松茂君を二塁に送ることだ。


 ピッチャーを任されるだけあって、向こうの投手のコントロールはそれなりだ。球速もまあそれなりだ。立石君より少しだけ速い程度である。

 大沼君は一球目を見て、フォアボールを諦め送りバントを決行。松茂君を二塁に送った。





 1アウト二塁で、柳君の出番だ。

 やはり敬遠され1アウト一、二塁。


 そして、四番を任された僕の出番である。


 二回戦目で、僕はこのチーム唯一のタイムリーを打っている。僕のバットで一点を取ったのだ。……ボッテボテの内野安打が運良くセカンドを守るワーストの股間を抜けて外野に転がっただけだけど。まあでもそれでもヒットを打ったのだ。ヒットを打ったのだ!

 当てるだけなら、なんとかできる。

 しかも今回のピッチャーは、野球部のリリーフなどという実力派ではない。バッティングセンターで彼より速い球を打ってきた。なんとかなるだろう。たぶん。きっと。……なるといいなぁ。


 「もしかしたら一之瀬も敬遠されるかも」と、ミーティングの時に意見が上がった。そう、ボッテボテのゴロだが、僕は一応点を取ったバッターなのである。柳君や松茂君のように警戒されるかもしれない、と。

 が、池田君が言った。

 「ピッチャーは野球部じゃないから敬遠は選ばないかもよ」と。


 僕を歩かせるということは、塁を全て埋めるということだ。満塁にするということだ。

 満塁は、後がない追い込まれた状態である。ランナーが散らばっているよりは返って守りやすいのかもしれないが、経験不足の素人には心理的につらいだろう。


 三年A組のピッチャーは、僕との勝負を選んだ。よし、望むところだ!

 第一球目を見送る。高めの外にストライク。

 やはりバッティングセンターで打ったものの方が速い。

 僕はバットを握りなおした。

 大丈夫。いける。


 二球目。インコース低め。僕は身体を開いて思いっきりバットを振りぬいた。

 キィンと快音が轟く。だいぶいいところで当たった音だ。

 引っ張られたボールはサードの頭上を抜け、長打コースに――いや!?


「ヤバイ戻れ! 戻れー!」


 三塁コーチに立っていた渋川君が叫び、松茂君に二塁へ戻れと早い指示を出した。


 僕の打球は、余裕でレフトに捕られたのだ。タッチアップしていないランナーはアウトになってしまう。

 松茂君はかろうじて二塁に戻ることができたが……くそ。僕のミスだ。


 僕はボールを引っ張ったんじゃなくて、引っ張らされたんだ。できるだけ三塁線に飛ぶように狙って投げ込まれたのだ。

 当然、三塁とレフト、ショートはそこに打球が来るだろうと警戒している。僕はその警戒網にまんまと打ち込んでしまったというわけだ。


 急ぎすぎた。そして力みすぎた。想定外の大役を任されて冷静さを欠いていた。

 僕に望まれていたのは長打ではないし、ましてやホームランでもない。

 僕に望まれていたのは、ただの安打だ。


 一番バッターを任された時とほとんど仕事は変わらなかったのに。転がさないといけなかったのに。





 これが試合経験を積まなかった僕らへのツケだろうか。

 だとしたら、やはり、厳しい試合になりそうだ。









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