004.四月二十五日 月曜日
四月の最終週がやってきた。
今週までがんばれば待望のゴールデンウィークである。そう思うとかったるい月曜日でも少しだけやる気と気力が湧いてくる。ほんの少しだけだけど。
月曜日の朝でも変わらず元気なクラスメイトたちに挨拶し、自分の席につく。
一週間遅れた僕の高校生活だが、馴染めるかどうか心配したのがバカバカしく思えるくらい、しっかり馴染んだように思う。今では正直、逆にもうこれ以上馴染みたくないほどだ。
「よう」
隣の席の柳君も、今登校してきたようだ。「おはよう」と挨拶を返す。
柳蒼次……か。
まだ見慣れていないのか、彼のイケメンっぷりは今日も僕の目を引く。いいよなー。こんな顔持ってりゃ、さぞ女の子にモテるんだろうなー。モテたいなー。マジでモテたいなー。
しかも今なら、「性格も悪くない」という、僕たちみたいな量産型凡庸男子には一番の武器(または「とりあえず言っとけ」的なプラス要素)すら持ち合わせていることを、僕はすでに知っている。おまけにバカではない。クラスメイトたちと比較すれば目立たず大人しい地味な性格なのかもしれないが、ガツガツ前に前に行こうとするタイプじゃなくて僕は助かっている。
もうね、疲れてるの。
クラスメイトとか、この高校に蔓延しているテンション高い悪ノリみたいなのに。
初日ですでに絶望してるの。
もしかしたらこの八十一高校にまだ慣れていないせいなのかもしれない。馴染んでいるとは思うが……傍から見るとどうなんだろう。
高校に入って新しいことをしよう、何かクラブに入ろう、みたいなことは漠然と考えていたけれど、そっちのやる気はすっかり殺がれているという自覚がある。そんな贅沢な悩み、この目の前の現実を見たら一瞬で霧散したさ。月曜日の朝だから今は余計にやる気がない、ってのも加味して。
あ、そうだ。
「柳君、クラブ入らないの?」
「クラブ?」
机の奥から、クラスメイトのいやがらせで詰められているむき出しの食べかけパンを取り出し机の上に並べつつ、柳君は冷静に答える。
「全然考えていないが、たぶん入らないと思う。第一にやる気がない」
「そっか。中学の時も帰宅部?」
「そうだな。時々助っ人で借り出されることはあったが」
助っ人? ……あ、そうそう。柳君は運動神経ものすごくいいんだよね。僕がいない間にやったというスポーツテストの結果は知らないが、体育の時とか活躍しているし。
「一之瀬は? 何かやるのか?」
「高校入学を機に何か始めようとは思ってたんだけど、今の気持ちは、もうこれ以上疲れたくないってだけ」
「なら帰宅部でいいだろう。何もクラブだけが高校生活じゃない」
柳君は八個目の、毒々しい赤を覗かせる食べかけイチゴジャムパンを机に並べると、「あれ」とクラスメイトの一角を指差した。
視線を向け、意識を向け、耳まで向けると、仲良さげな四人の会話が聞こえてくる。
「やっぱしーちゃん最高だわー」
「な? すげー可愛いよな」
「はぁ…………ブレザーでミニスカとか穿いてEBIとか歌い踊ってくれねえかなぁ……俺だけのためにラブラブビーム撃ってくれねえかなぁ……」
「ブラ☆ブラ☆ビームっ♪」
「おまえのビームはいらんってブラ!? ブラって何!? つか振りつきでビーム出すな! 手でハートマーク作るな!」
「じゃあ俺のブラを」
「絶対いらん! すね毛濃いボーズ頭のブラなどいらんよ……っておまえブラ持ってんの!? つかブラ今着けてんの!?」
「ノンノン。ラヴよ、ラヴ☆ 発音に気をつけて☆」
「うるせーな! 誰だよおまえ通りすがりによ! 向こう行けよ! つかラブの話なんかしてねえよ! 今ジャーブラの話してんだよ!」
「ねえ、早く俺のブラとってよ」
「『俺』じゃねえだろ! 女言葉使うなら徹底しろ! ってなんでブラの話してんだよ! 俺はラブの話がしてーんだよ!」
クラスでも有名なアイドル大好き四人組は、今日もいつもと変わらずアレな会話をしているようだ。思わず口を閉ざして目を背け耳を塞ぎたくなるようなアレな会話を。ブラの話を。ちなみにEBIは某AK●に対抗して生まれたというアイドルグループである。通称「エビ」。
「アイドルを追うファンとして高校生活を駆け回るのも、一つの選択肢だ」
「謹んでお断り申し上げる」
しーちゃんは可愛いと思うけど。アイドル顔負けってレベルで可愛いと思うけど。ボーイッシュな女の子もイイと思うけど。
でも男じゃん。
泣いてもわめいても男として生まれた運命を呪ってみても、しーちゃん男じゃん。
僕は人としても男としても半人前で、人様に自慢できることなんて全くないが、それでも男として男の追っかけなんてお断りだ。それならまだ担任の弥生たんを追っかけたいよ。……あの人も割と普通じゃないけど。
「なら、あいつはどうだ?」
柳君は十二個目の、闇色の虚ろな視線を向けてくる食べかけチョココロネを取り出し机に並べると、「あいつ」とクラスメイトの一人を指差した。
視線を向け、意識を向ける。向こうは一人でいるのでさすがに声が聞こえるようなことはない。最後尾の席で、いつも一人で何かしらの雑誌を読んでいる、メガネを掛けた太り気味のクラスメイトである。
「アニメとかゲームとか好きそうだね」
見た目的に。あくまでも見た目のイメージだが。僕もアニメやマンガやゲームは嫌いじゃないけど、さすがに青春の全てを懸けるほど熱くはなれない。
「残念だがそっち方面じゃない。ある種のマニアではあると思うが」
「マニア?」
どういうことか聞こうと思えば、無粋な大胸筋が無遠慮に割り込んできた。
「おーっす!」
マッスル高井秋雨である。月曜の朝だってのに無駄に元気だ。あと初っ端から裸だ。イヤになるほど絶好調だねキミ。
「見よ――ファースト・モーニング・ポーッズ!」
あっち行ってくれないかな。
「高井と一緒に身体を鍛えてみるのもいいんじゃないか?」
「嫌だよ」
高井君と一緒に身体を鍛えるとか。身体どころか脳の中まで筋肉第一主義のタフガイに調教……いや鍛え上げられてしまいそうだ。
「え? 何? 何の話? ねえねえ」
内容的に気になったらしく、ぐいぐいと僕の肩を揺する高井君。だが僕は決して目を合わせない。目を合わせたらヤラレる……「一緒にスクワットしようぜ」と爽やかだが有無を言わさない威圧感な黒い笑顔で迫られる。そんな気がしたからだ。
「なら、何もしないならしないでいいんじゃないか?」
机の中身もようやく尽きたらしい。机に並べられた二十一個の食べかけパンを、柳君は両手にすくって立ち上がる。
「どうせこんなクラスで、こんな高校だ。その気はなくても色々巻き込まれて退屈はしないだろう」
……うわあ。絶対はずれっこない予言出たよ。
そうだな。そうだよな。何もしなくてもきっと巻き込まれるよな。このバカどもの中にいれば巻き込まれちゃうよな。
「すまん、開けてくれ」
パンを持った柳君は窓際に移動し、近くにいる奴に頼んで窓を開けさせた。もう恒例行事のようになっているので、誰も何も言わない。
柳君は、全開の窓から、おもむろにパンを外へと放り投げた。
バッ バササササササ
それら食べかけパンの半分以上が、この時を待ち構えていたスズメやなぜか混じっている白いインコや十姉妹に群がり集られ、地上に降り注ぐことなくさらわれていった。もちろん地上に振りまかれたパンもあり、激しい羽音から察するに余りある激闘の「生存競争」が起こっていることを物語っていた。
いつから柳君がいやがらせされているか結構曖昧だが、すでにいつものことと化している。日に日に机の中のパンは個数を増し、比例して日に日に集まってくる鳥の数が増えている。
「……俺が言えることでもないけどさ」
群がる地上の小鳥たちを眺めている柳君の背中を見つつ、高井君は言った。
「あいつも結構変だよな」
「うん」
僕は即答した。
うまく言えないが、こう、知れば知るほど、決して普通とは言い難い存在になっていく感覚があるのは確かだった。
柳蒼次。
常にクールで無表情で、まるで作り物のような冷たい印象を持つ、とんでもないイケメン。
そして、結構変な奴である。