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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
48/202

047.六月十日 金曜日  球技大会 三時間目




 試合開始直前に代表同士で話し合い、先攻後攻が決定する。

 大切な一手を担う先攻をもぎ取るため、僕らは熱い視線に祈りをこめて、柳君の背中を見守る。


 先攻後攻を決め、柳君が戻ってきた。


「先攻だ。作戦通り取れた」


 よっしゃ! これで最低限の勝利のラインには入れた!

 ――ちなみに作戦では、普通に「先攻を譲ってください」と相手に話すだけである。相手が野球部なら、野球部員じゃない下級生の要求を飲まないのは、極めて狭量にして小さい男であると言われても仕方ないところだ。ギャラリーからそれなりの野次も飛んだだろう。

 もっとも、本当に本当に余裕があるのだろうが。何せピッチャーがいるんだから。


「これより(矢倉の)(メガネを)(ぶち割りたい)作戦を開始する。各々自分の役割を忘れるな」

「「おう!!」」





 この作戦のキーポイントは、やはりここ、一回表の攻撃にある。

 打順を変更した柳君が、一番バッターとして金属バットを握り締めてバッターボックスに入る。「イケメン滅べ」の野次が激しく飛ぶも、柳君は微塵も気にしない。実に頼もしい奴である。でもちょっとは気にしろ。


 元々攻撃に重きを置いていた僕らB組ワーストナインが、更に攻撃的な打順にシフトチェンジした。

 いわば先攻逃げ切りの型である。


「ファール!」


 なかなか速い速球を、柳君は危なげなくバットに当てる。


「ファール!」


 二球目、外角に外れた球も、危なげなくカットする。

 三球目も、四球目も。

 五球目も、六球目も。

 柳君は意識してファールを打っている。それも狙い澄ましたように、一塁外へ流れるライナーを。ストライクゾーンならどこに投げられてもそこへ打ち返している。


 段々と、周囲の野次と、野球部のリリーフの顔色が変わってきた。「前に飛ばせよイケメンー」的な野次がまったく飛ばなくなり、エースの横顔が真剣みを帯びていく。

 無名の強打者への畏怖。

 「おまえの球などどれもこれも狙い打ちできる」と言わんばかりの無言のプレッシャー。

 リリーフどころか向こうのチーム、ギャラリーまで、柳君を核に見えない敵を育ててきたところで、渋川君がようやく「行くぞ」と僕らにGOサインを出した。


 途端に、僕らは叫びだした。


「いけるいけるー!」

「ピッチャービビッてるぞー!」

「ホームラン行けホームランー!」

「ストレートひょろいよー! ストレート打ち頃よー!」

「打ったらキスしてあげるー!」


 急に野次り出した僕らを、マウンドを支配するリリーフが見た。めっちゃめちゃ怖い顔をして。

 いや、いいのだ。

 挑発しているのだから。


「来るぞ」


 大きく振りかぶったエースは、投げた。

 挑発されて頭に血が登り、無名の強打者をほうむるとっておきの決め球――リリーフ得意のカーブだ。予想通り決め球を引き出すことに成功した。


  カッ


「ファール!」


 落差の大きいゆるいボールを、柳君はそれも余裕でカットした。一塁外へのライナー。これまでのストレートと変わらない。


「やったな。これで柳が塁に出れば第一段階は成功だ」


 はたして、渋川君の言う通り、柳君は塁に出た。

 結局フォアボールだった。焦れてイラついて怒らせてプレッシャーも掛けた結果、制球が乱れてボール球を四つ投げさせたのだ。

 野球部の控え投手相手に、優に二十球を投げさせるというとんでもない仕事をやり遂げ、涼しい顔で一塁へ。やっぱ柳君はすげーわ。


 ――変化球は、いつ来るかわからないから効果がある。

 意図的に引き出されて来ることがわかっているなら、柳君レベルからすれば割と打つのは簡単らしい。一度それを打ってしまえば、リリーフの自信の大きさだけ、カーブにこだわる。その後予想通り連投されたカーブを、ただゆるく曲がり落ちるボールを、柳君は冷静に処理した。

 まあ、できる奴の仕事としか言いようがないが。すごいよね。


「よーし立石! 続け!」


 みんなにバシバシバシバシバシバシバシ叩かれて、いつも一人の立石君が送り出され、バッターボックスに入った。若干痛そうな顔をして。


「――立石!」


 リリーフが投球フォームに入るか否か、というところで一塁の柳君が叫んだ。さっきのファール連発の決め球も打たれたことでイラつき柳君を意識しているリリーフは、睨むように柳君を見る。

 予定通りに。

 柳君は非常に露骨に胸に手を当てたりして、何かしらのサインじみたものを送った。立石君が頷き、そしてそれから大胆にリードを広げる。


 ――思いっきり怪しいトラップである。


 普通だったら信じないだろう。名指しまでしてあそこまで露骨にバレバレなサインを送る奴がいるか。

 だが、半信半疑で充分なのだ。

 意識させればそれでいい。意識させるのが目的である。

 バッターに集中させないために。柳君がファール連発したのも、リリーフに自分を印象付けるためだ。バッターではなく自分に注意を向けさせるためだ。

 そんなマジックにすでに掛かってしまっているリリーフは、「意識してます」と言わんばかりの牽制を二回ほど放ってから、立石君に第一球を投げた。


「ストライク!」


 盗塁を意識した速球だった。走ろうとしていた柳君は一塁に戻る。

 頼むぞ立石君……


 二球目を投げる寸前、立石君はバットをベース上に寝かせた。

 バントの構えである。

 驚いたリリーフが、ストライクゾーンから大きくボールを外した。立石君はバットを引く。


「ボール!」


 二番打者の仕事は、塁に出た一番を二塁三塁で送ることである。そこから二番打者の送りバントというセオリーが存在する。そして三番四番が返して点を取る、という形である。

 むしろ野球に詳しい者ほど、それが念頭にあるだろう。ピッチャーならばなおさらだ。


 送りバントを警戒し、印象が強く残っているランナーの柳君も意識して。

 更に駄目押しが入る。


「ピッチャーマジでビビッてるぞー!」

「楽勝楽勝! 超楽勝!」

「ストレート遅いぞ! 走っちまえ柳!」

「立石ホームランー! ホームランいけるぞー!」

「打ったらキスしてあげる!」


 奇しくも野球部のリリーフピッチャーである。一年坊なんかにこんな野次を飛ばされたら、そりゃ怒らないわけがない。

 ピッチャーとは、だいぶメンタルが影響するらしい。制球が乱れてフォアボールを勝ち取った柳君の打席を見ても、常にプレッシャーと戦っているという印象が強い。


 二球目も、バントを警戒してのボール。

 三球目も、微妙に外れてボール。


 これで1ストライク3ボール。もうボール球は投げられない。

 ここで、柳君はいつになく大きなリードを取る。腰を深く落とし、全身全霊を掛けてリリーフに注視する。


 カーブ防止と、プレッシャーだ。

 ストレートより遅いカーブは、投げた時点で柳君の足なら盗塁が確定。そして視界の端でうろうろする邪魔臭いランナーの存在が、ピッチャーの中でどんどん比重を増していく。意識させることを目的としているから狙い通りで、遠目に見てもリリーフはイラつき地面を均すふりをして地を蹴っている。

 牽制三球を柳君は危なげに潜り抜け、ようやくリリーフは立石君に注視した。


 五球目、外角低めのストレート。


「ストライク!」


 かなり際どいコースだった。リリーフの意地を見た気がする。

 これでフルカウント。後がない。

 それも狙い通りだった。


「立石! ストレートが来るぞ!」


 柳君のエールに、立石君ではなくリリーフの方がはっきりと反応した。


 ――ランナーである自分を警戒してカーブはない。


 柳君を意識しているリリーフは、きっとそう思う。そして野球部のプライドが、その発言を許さない。


 来るのはカーブだ。

 「おまえなんか眼中にない」と証明するような決め球のカーブが放たれるだろう。というか放たれないと困る。


「一之瀬、次だろ」

「あっ」


 そうだった。祈るように観戦してる場合じゃなかった。

 打順を変更したので、三番が僕である。僕はバットを持ってネクストサークルに入った。


 そこから見た。

 リリーフが予想通りカーブを投げるのを。


 立石君は同じくバントの構えを見せ――見事に当てた。来るのがわかっていれば速球より遅い球である。そしてバントは、当てるだけならもっとも成功率の高い打ち方である。僕と同じく普通にできる立石君は、見事に仕事をやり遂げた。

 それも、狙い通りに三塁線を転がる。


「俺が取る!」


 宣言し、リリーフ自らバント球を直で手で取り――僕らの声援が届いた。


「サードサード!」

「走れ柳ー!」

「キスさせてー!」


 ネクストサークルという若干近い場所で、僕はリリーフが一瞬動きを止めたのを見ていた。

 迷ったのだ。

 一塁を刺すより、邪魔な柳君を処理した方がいい、と。処理したい、と。


 マジックに掛かっているリリーフは、距離のある一塁ではなく三塁に……柳君を刺すために三塁へと投げた。

 僕らの望む通りに。


 柳君は走っていない。セカンドで止まっている。


「てめっ……!」


 リリーフが思わず呟いたのも、僕の耳は聞いていた。相当イラついているのは間違いない。

 さて、次は僕か。

 ……打てるかなぁ。





 ここまでは作戦通りである。ノーアウト一塁二塁で、柳君が掻き回している状態だ。

 相手だってバカじゃない。今二年D組ナインはマウンドに集まり、イライラしているピッチャーに声を掛けている。

 そして僕は一心不乱にバットを振る。落ち着け。落ち着け。昨日のバッティングセンターを思い出せ。僕は打てる。僕は打てるぞ。


 相手の守備が散り、僕もバッターボックスに入った。

 バッティングセンターで練習した僕は、とりあえず当てるだけなら、たぶんワーストナインでは上位に入るだろう。そこを見込まれて、打つために三番手に選ばれた。


 ――気分を落ち着かせた後、自信を取り戻すように、まずストレートでストライクを取りに来る。それも確実にストライクを取るために甘く入る。


 その初球を打つために。カーブが来たら普通に空振りするだろう。だがランナーがいて、この状況で、第一球でカーブが来る確率は低い。

 もし女房役であるキャッチャーが、自分の慣れ親しんだコンビだったら、そんな意表も突けたかもしれない。だが残念ながらキャッチャーは急造である。


 ピッチャーの向こうに立つ、柳君と目が合った。

 お互い頷き合う。


 ――練習した。大丈夫。僕は打てる。





「「ありがとうございました!!」


 整列の後、僕らは抱き合って喜んだ。


 勝ったのだ。

 渇望していた勝利をもぎ取ったのだ。


 それも理想通り、相手に一度も攻撃させないという作戦通りに。

 一番から五番を生還させる、一切無駄のない先攻逃げ切りの型通りに。


 特筆すべきは、そしてB組ワーストナインで永遠に語られ続けるだろうことは、松茂君の満塁ホームランである。


「すげーぞ松茂君! すげーぞ松茂君!」

「いいから、少し、やすませ、ろ……」


 ダイヤモンドを全力疾走した(それも体型を裏切ってかなり速かった。僕より速いかもしれない)松茂君はすげー息切れしていた。仕事をやり遂げた男とはかっこいいものである。はあはあ言ってるけど。


 長打を期待して四番、今回は五番に回されていた松茂君は、見事に己の役目を果たして見せた。……まあホームランって言ってもランニングホームランだけどね。

 外野のワーストの頭を超えた時点で、リリーフはマウンドで崩れていた。正直ちょっとかわいそうだった。だが勝負は無常である。





「おうおまえら」


 意気揚々と次の対戦のために場所を空けた僕らに、いつからいたのか高井君たちバスケ組が合流した。


「バスケはどうした?」


 本当に喜んでいるのかはなはだ疑問な冷徹無表情柳君が、まず聞いた。

 彼らは気まずそうに苦笑いだ。


「負けた」


 ……マジかよ……本命だったのに。勝負は無常だな……





 そして「負けちゃったてへペロ~」を口にした黒光りする肌が眩しい同じくバスケ組だった大喜多君は、僕を含めた全員でボコボコにした。

 彼はもう、殴られてもされてもしょうがないだろう。


「口を慎め下郎め! 日笠以外認めぬ! 日笠以外認めぬぞ! 最悪女子のみに許された御業よ!」


 ……一人すげー執着して、倒れている大喜多君にバッシングしている奴もいるけど。そろそろ誰か止めろよ。









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