046.六月十日 金曜日 球技大会 二時間目
一回戦を見事勝ち抜いた(というより相手が自爆した)我らB組ワーストナインは、次は二回戦第二試合が出番となる。
ちょっと時間ができたということで、僕らはいったん解散した。
サッカーやバスケという違うフィールドで戦う仲間の応援をしに行ったり、次に戦うチームの情報収集に駆け回ったりと、それぞれやりたいことがあるのだ。
特に次の対戦相手を探る、いわゆる斥候は、重要な意味を持つだろう。情報通の渋川君の腕に期待したいところだ。
それにしても、外来客が増えてきている。今や三桁は余裕で到達しているだろう。平均年齢はやや高めの五十代前後くらいに見える。僕らの父母世代より少し上か。……仕事しろよ。平日だぞ。
あれだけ来ておいて、あれらはただの見学者でしかない。基本的に生徒の父兄や親類ではないというのだから、なんだか不思議な話である。
一般公開か……思い切ったなぁ。
一時解散したワーストナインは、思い思いに散っていった。
「おまえらも行っていいぞ」
実質キャプテンとなっている柳君は、責任者として野球フィールドから動く気はないらしい。敵状調査に走る渋川君が戻り次第打ち合わせもしなければならないので、下手に動くと擦れ違って無駄な時間を食う。それに、皆が集まる場所として、誰か一人は動かない方がいいだろう、と。
当然、柳君にキャプテン役を押し付けたような僕も、それに付き合わないわけにはいかない。
高井君が出ているバスケとか気にはなるんだけどなぁ。でもバスケ組やサッカー組がこっちに来ないってことは、まだ負けてはいないのかもしれない。僕ら担当の野球以外はB組の本命なのでぜひがんばってほしいところだ。
「動くと腹が減るからいい」
グルメボス松茂君が微妙にかっこいいことを言い、
「わたしもいいや」
覚醒した乙女マコちゃんは、むしろ柳君の傍にいたくて残っていた。
「うぉぅ!?」
不意にケツを這う異様な感覚に驚き、僕は飛び上がった。
「お尻だいじょうぶ?」
先ほど白球にえぐられ陵辱された僕のケツを、なぜか嬉しそうな顔で心配するマコちゃんが触ったり撫でたりする。触んな金取るぞこの野郎。……でもケツ絡みで金を取るとか、どう考えてもアブノーマルすぎる。ああくそ、僕はどう抗えばいいんだ。僕のケツは売り物なんかじゃない! せいぜい観賞用の域を出ない!
そんな自分でもわけわからん葛藤を胸に秘め、ケツを触られたり撫でられたりと心配という免罪符を盾に露骨なセクハラを受けつつ適当に過ごしていると、渋川君が戻ってきた。
「どうだった?」と問われるまでもなく、渋川君はいきなり口を開いた。
「次は楽じゃなさそうだ」
というか一回戦目が楽すぎた、と言うべきだろう。試合になってなかったし。バット振ってないし。
だが、まあ、予想通りである。
僕らは、僕らのあとに試合をしたクラスを見ている。勝った方が僕らの次の相手だとわかっていたからだ。
結果は、二回コールドの圧勝だった。
「二年D組。どうも野球部のリリーフとレギュラーが一人いるみたいだ。あと控えだけど部員も二人。四名が野球部員ってことになる」
おお……約半分が野球部員か。そりゃきついな。それにリリーフピッチャーがいるってことは、打ち崩すのも楽じゃないってことになる。専門ピッチャーだから。
「で、残りはワーストだな。そっちには特筆すべき人材はない。――わかるよな、柳?」
柳君は目を細め、頷いた。
「俺たちと似ているな」
ん?
「そうだな。一番から始まりクリーンナップで点を取る、非常にベーシックなスタイルに乗っ取っている。俺たちと同じだな」
松茂君の言葉で、僕もわかった。そうだ、確かに僕らと編成が似ている。さっき見た試合でも二年D組は二回コールド――一回と二回で点を取り、五点差をつけたのだ。
そもそも野球は、打順が若い方が多く打席に立てる。だから打順の前半に打てる打者を選ぶのだ。それがもっとも基本的な形と言える。……と渋川君がいつか言っていた。
野球部が四人もいるということは、当然打席順前半に固めてくるはずだ。――打てる連中を前半に回しているのは僕らも一緒だ。素人考えではあるが、基本的に僕らの考えた打順も正しかったということでもある。
「こうなると手は一つだな」
柳君の声に、渋川君と松茂君は頷く。僕とマコちゃんはきょとんとしている。なんだよー。君らだけでわかるなよー。説明しろよー。
ワーストナインが戻る頃には、練りに練った作戦が出来上がっていた。
円陣を組み、もうすぐ始まる試合のミーティングが開かれた。
「先制で一気に決める」
柳君たちは考えた。
「相手はほぼ半数が野球部員。長引けば実力の差がそのまま点差に繋がるだろう。一回でも攻撃されれば不利になる。そこで俺たちは、攻められる前に相手を潰す作戦を実行する」
五点差がついたら表裏関係なく試合終了、という変則すぎるルールを利用することを。そのルールを勝機に結びつけた。
「前半の打順を変更する。俺、立石、一之瀬、大沼、松茂の順だ。いいか、よく聞いてくれ――」
柳君は静かに語る。
計算、推測、戦力を分析した、細い細い勝利への道を。
誰かがごくりと喉を鳴らした。
そう、これはまぎれもない作戦である。全員が一致団結して挑むべき勝つための方法である。誰かがしくじれば成功しないそれは、ミスの許されないそれは、緊張感をはらんで当然である。
僕だって緊張している。
何せ僕は、戦力の一人として選ばれているから。できない奴としては異例のプレッシャーと言えるだろう。
「攻撃回数は、先攻が取れた上で最大三回。それ以上かかったら俺たちはきっと負ける。それまでに五点差をつけて勝ち抜けるんだ」
ぶっちゃけた話、この作戦はかなり厳しい。勝率は贔屓目に見て数パーセントもあればいい方だ。
色々難しいが、一番のネックは野球部のリリーフから打たなければならないということだ。さすがに素人が簡単に打ち崩せるほど甘くはないだろう。
まあ、確率が低かろうが厳しかろうが、やるしかないんだけどね。
一回戦のはさておき、僕らは勝つために努力してきたんだ。やる前から諦める必要なんてない。……一回戦のはさておき。あれは気の迷いだ。スキンヘッドの上高地先輩が見た目怖すぎただけだ。
それに、僕の望みはまだ――
「やっているかい? バカ諸君」
ぬっ!? その声は……!?
戦慄が走る僕らは、全員がバッと振り返った。
何をおいても最優先してメガネをぶち割りたくなる男――A組のカリスマ・矢倉君がいた。今日もイケメンである。拳大の雹が降ってきて頭に直撃すればいいのに。
「今忙しい。後にしろ」
柳君の反応は、いつも以上に冷たかった。にべもなくあしらわれた矢倉君は、さっさと行けばいいのに軽薄そうに肩をすくめた。
「おやおや。ずいぶん余裕がないじゃないか」
「わかっているなら邪魔をするな」
「フッ――」
矢倉君はメガネをクイッと押し上げ、ビシィィィ、と柳君を指差した。ほう……今日も溜息が出るほどキマッてやがる。
「あの野球部の控えピッチャー、変化球が得意らしいね」
「知っている」
「そうかい。ならばもちろんコンビで考えているね?」
「コンビ……っ。そうか。そうだったな」
矢倉君の言葉を受け、柳君は何かに気付いたようだ。
「しっかりしたまえ。――決勝で会おう」
矢倉君は行ってしまった。何かしらの有益な情報を漏らして。……相変わらず多少嫌味だけどいい奴である。
残りの時間で徹底的に作戦のことを話す。
これでベストとまで思えた作戦を、更に研磨して隙のないものに仕上げていく。
いろんな意見が飛び交い、それら一つ一つを吟味して取捨選択する。
全員が真剣だった。
できる奴から見れば、思わず笑っちゃうようなものに見えたかもしれないが、ワーストなりに僕らは真剣だった。
そして僕は、本気で勝つとはこういうことなのか、と今更ながらに驚いていた。
瞬く間に時間が過ぎていき、僕らの出番が回ってきた。
整列する僕らの目の前に、二年D組ナインがずらりと並んでいた。一回戦目で強烈に感じた体格差はあまりなく、見た目はわりと普通だろうか。あ、ワーストな奴らは一目でわかるな。三人ほどできなさそうな連中がいる。仲間意識がないとは言わないが勝負は無常、彼らが狙い目だ。
「「よろしくお願いします!」」
B組ワーストナイン、二度目の試合が始まった。