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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
45/202

044.六月十日 金曜日  球技大会 ホームルーム




 案の定腫れた頬の熱も、今の僕には闘争心を掻き立てる一要素に過ぎない。


 一言で言うと、みなぎっていた。

 息苦しくなるほど、みなぎっていた。


 それはもはやスポーツに対する情熱ではなく、闘争心である。

 スポーツマンシップなどというさわやかなものとは無縁と言わんばかりの、いかなる手段を講じようとも勝利をもぎ取らんとする、飽くなき勝利への執念を駄々漏らしだった。やるかやらないかはともかく、何をしてでも勝とうという気迫が充満していた。どこまでも貪欲にギラギラしていた。


 いつもの僕なら「無駄に熱すぎるだろう」とでもツッコミを入れたかもしれない。


 しかし、今の僕は、むしろそっち側の一員である。

 今日燃えない奴は男じゃない。結構本気でそう思う。


 この日、八十一高等学校夏の名物、球技大会が行われる。





「んー」


 ギラつく獣たちを前に、担任の三宅弥生たんは緊張感のない顔で立っていた。


「ま、怪我しないようにな」


 暢気に放たれたそれに、僕らのブーイングが飛んだ。いきり立っている僕らに日和見な言動は、ただただ疎ましいものでしかないからだ。


「あーはいはいうるさいうるさい」


 パンパンと手を叩き、弥生たんは僕らをなだめ、そして面倒臭そうに頭を掻いた。


「おまえらの祭りだろ。大人の出る幕なんて最初からあるかっつーの。――竹田、おまえの最後の仕事だ」


 そう言って、弥生たんは教壇を降りた。

 ……あの人はほんとにすげえな。基本的に放任主義というのもあるし実際本当に面倒なんだろうけど、ちゃんと僕らの気持ちを汲んでくれているような気がする。僕らが何を望んでいるのかちゃんとわかっているような気がする。……いや、気のせいか。フ●ミ通読むな。

 名指しされた竹田君が立ち上がり、大人に代わって僕らの前に立つ。


「おまえら燃えてっかー? 燃えてねえとか言う奴ぁ前へ出ろや。気合い入れてやっからよー」


 いるわけない。もしそんな奴がいたなら、全員で気合を入れるところだ。

 フランクな口調が僕らのハートを掴んで離さない脱力系のそのスタイルは、今日も変わらない。

 ただし、挑発的な笑みは消えることなく、身内である僕らにさえ「掛かって来い」と言っているように見えた。いや、案外そうなのかもしれない。闘争心とはそういうものだ。そして、だからこそ頼もしい。


「――おし」


 竹田君は一つ頷く。


「だらだら長ぇのはガラじゃねえからよー。一言で勘弁なー?」


 そう前置きし、竹田君は基本眠たげな半眼の目を見開いた。


「行くぞてめえらぁ!!」


 聞いたことのない竹田君の雄たけびに、抑えていた僕らの凶暴が弾けた。全員が椅子を蹴って立ち上がった。


「「おう!!」」


 ――こうして一年B組の球技大会が始まった。





「最終確認をする」


 サッカー組とバスケ組が飛び出していった教室に残るのは、我らB組ワーストナインである。

 そう、僕らはワースト。

 サッカー組とバスケ組が勝つために集められた、戦力外通告者である。


 だが、見て欲しい。

 ここにいる九人は、誰一人、負け犬の顔をしていない。全員が本気で勝つ気であり、全員が本気で対戦相手を叩きのめすつもりである。

 実力はない。

 圧倒的練習不足を補うほどの運動神経を持つ者はごく少数。

 ぶっちゃけルールさえ怪しい者もいる。


 それでも、なぜだろう。

 このメンバーなら何者にも負ける気がしない。


 柳君はこんな時でも冷静な無表情で口を開く。


「一番、センター、一之瀬。

 二番、セカンド、大沼。

 三番、サード、俺。


 四番、キャッチャー、松茂。

 五番、ピッチャー、立石。

 六番、ファースト、池田。


 七番、ショート、城ヶ島。

 八番、レフト、渋川。

 九番、ライト、坂出。


 以上が打順とポジションだ。作戦については状況に応じて渋川、大沼、池田が考える。立石、キツイと思えばいつでも俺と代われ。出番は一試合だけじゃないからな」


 ピッチャーを務める立石君は神妙に頷く。

 「勝てば一試合だけじゃない」の「勝てば」の部分を、柳君は省いた。勝つことなんて当然のことだからだ。実力も根拠もまったくないが、自信だけはなぜかあった。


「それじゃ行くか」

「「え?」」


 全員の頭に疑問符が浮かんだ。


「待て待て待て待て! ちょっと待てって!!」


 何の疑問もなく行こうとする柳君を、僕は必死で止めた。


「なんだ? 行かないのか?」

「違う! その……なんだ、気合いの声で行こう的名なアレとかないの!?」


 さっき吠えた竹田君のように熱く行きたいのだ。むしろこれほど燃え上がっているのにすんなり行けるものか。ちゃんと撃鉄でケツを蹴り上げて欲しい。


「さっき竹田がやっただろ。それにそういうのは外でやるんじゃないのか? 試合の直前とか」

「その時にもやるんだよ! 何回やってもいいんだよ!」


 僕が熱唱すると、ワーストな奴らもその通りだと頷く。


「……そうか。じゃあ――」


 柳君が面々を見回し、……最後に僕を見た。


「おまえがやれ」

「何でだよ! 君がやれよ! 自覚ないかもしれないけど君キャプテンだぞ! 余裕でキャプテンだぞ!」

「余裕?」

「――あーもういいから一之瀬やれ! ぶっちゃけ柳にできるとは思えん!」


 え!? マジかよ!

 渋川君の放つ意外な鶴の一声に皆が無責任に同意し、僕がやることになってしまった。……柳君がやれよバカ野郎。僕じゃ締まらないだろ……


「あー、えーと……」


 熱気と期待と今にも飛び出したい衝動を帯びた視線が、僕に集まる。

 早くケツを蹴り上げろとじりじり待っている。

 なんだ? なんて言うべきだ?


「意気込みでいいから早く!」


 池田君の声に従い、それじゃあと僕は口を開いた。





「矢倉のメガネをぶち割るぞ!!」

「「おっしゃぁぁぁあ!」


 B組ワーストナインの闘いが始まった――













 そして十分後には絶望した。


「あ? てめえらが俺らの相手か?」


 ……僕らの対戦相手、三年じゃん……しかも運動できそうな奴ばっかじゃん……





 ――終わった。これはもう、終わった。









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