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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
42/202

041.六月七日 火曜日




 野球はチームプレイである。

 たった一人優れたプレイヤーがいても、試合には勝つことはできない。そういうスポーツだ。

 だからこそ人気があるんだと思う。


「俺たちは確かに運動はできない。からっきしだ。でも俺は情報通だ」


 自称である。


「野球に関する資料を漁ってきた。今の俺はノムさんだと思っていい」

「ノムさんが誰かはわからないが、謝った方がいい」

「とにかく! 俺はワーストナインで勝利をもぎ取りたいんだよ! もぎりたいんだよ!」


 渋川君の熱い想いは、我ら運動音痴のワーストナインの胸を打つ。


「で、結局なんだ?」


 ――柳君以外は。目の前でこんな熱く語る男相手にめっさ冷静だわ。





 昼休み。

 いつも通り昼食を取ろうとしていた僕と柳君の下に、情報通の渋川君と女性にトラウマ城ヶ島君、覚醒した乙女マコちゃんとインドアゲーマー池田君と大沼君という、非常にワーストな奴らが集まっていた。言うまでもないが、かなりの絶望感である。色々と。


「勝ちたいんだよ俺たちは! 勝ちたいんだ!」

「無理だ」


 すげえ。柳君、本当に躊躇なく一刀両断しやがった。


「勝てる理由がない。道理がない。実力も足りない。ついでに言えば野球のルールさえ知らない者もいる。それで勝ちたいだと? 野球を舐めるな」


 うおお……しかも有無を言わさぬ追い討ちが。――たぶん昨日今日のストレスが発言に出てしまったのだろう。顔に出ないのはさすがだが、さすがの柳君もこの状況はだいぶキツいようだ。

 まあ、そりゃそうか。面倒を見なければいけない奴が多すぎるんだ。おまけにできる柳君に頼りっきりになっている。


 ここは、やはり僕が動くしかないだろう。まとめ役として。


「で、渋川君は何が言いたいの?」


 頸動脈を確実にばっさりやられた渋川君に助け舟を出すと、彼は息を吹き返した。


「色々考えたんだ。さっきも言った通り、野球はチームプレイだ。だから俺たちは集められたわけだが、でも、そこにこそ勝機が見出せるような気がするんだ。……楽観的に見て」


 楽観的に見積もるなよ。無視できないくらい大事なところじゃん。


「早めにポジションを決めて、実戦に近づけた効果的な練習をした方がいいだろ。わずかでも勝率を上げるために」


 ああ、なるほど。


「ポジションを決めたいんだね?」

「そうだ。ただでさえ練習期間は短い。普通にやっていたって追いつけるわけがない」


 そうだね。そうじゃなくても追いつける見込みがないからワーストなんだもんね。僕も似たようなものだからすごくよくわかるよ。

 そこで、ゲーマー池田君が口を開く。


「色々問題はあるけど、一番重要なのがバッテリーだね」

「バッテリー……ああ、ピッチャーとキャッチャーか」

「うん。まあ、ピッチャーは柳君がやるとして」


 自然とそう決まる辺り、柳君のスポーツ万能っぷりが如実に現れている。ちなみに制球力もあるし肩も強いので、ピッチャーは問題なくできると思う。本人も否定しないのでそれでいいのだろう。


「キャッチャーは、やっぱり松茂君だと思う」


 これも自然とそう思える。なぜだろう。やや太めの体型がなんとなくキャッチャー向きだと思わせるのだろうか。ドカでベンな感じで。

 だが、松茂君は運動はできる。たぶんワーストナインの中では柳君の次くらいにできる。捕球や、ベースを争うクロスプレイを考えるに、やはり適任なのではなかろうか。体型も含めて。


「待て」


 ここで柳君が口を出した。


「俺もポジションのことは考えていた。一応言うが、松茂はピッチャーもできるぞ。恐らく俺より速い球が投げられるだろう」


 お、マジかよ。ああでも、


「松茂君、持久力がないって言ってたよ」

「「ああ……」」


 柳君以外のワーストな奴らが納得していた。――あいつ太めだからね、と。普段は温存して、ここぞという時に投入するのがいいだろう。


「俺はサードかショート、もしくはファーストに入るかと思っていた。サードやショートはよく速い球が飛んでくるし、ファーストは捕球が多いポジションだ。キャッチボールもおぼつかない奴には荷が重い」


 全員が沈黙した。

 勝ちたい。ただそう願っただけで、足りないものが多すぎることが浮き彫りになってしまった。

 昨日、全員キャッチボールができるようになったことから、わずかばかりの希望を抱いてしまったようだ。だから欲が出た。勝つことを考えた。


 別にそれはいいと思う。やるからには勝ちたいと思うのは当然だ。

 だが、あまりにも足りなすぎる。せめて時間か運動神経のどちらかさえあれば……


「俺は本当にピッチャーでいいのか? おまえたちで守れるか?」


 まあそう言われると答えようもないが。


「柳君は、他に誰かピッチャーできると思う?」


 僕が問うと、柳君は僕を見た。

 じっと見た。

 ……え? うそだろ?


「僕……?」

「いや」

「違うのかよ! なら意味深にじっと見るなよ!」

「候補ではあったんだ。ずっと悩んでいた。――立石と大沼はわりとコントロールが良いと思う。二人のどちらかを起用し、松茂と俺が控えに回る。これがベストだと思うが。できれば体力のある方が望ましい」


 それは二人で話し合ってみてくれ、と柳君は言葉を閉めた。だが話し合うまでもない。インドアゲーマーである大沼君にはあまり体力がない。


「あ、俺無理。体力ないもん」


 案の定、あっさり断った。……ということは、いつも一人の立石君がピッチャー候補か。

 チラッと立石君の席を見ると、目が合った。彼はすぐ目を逸らした。興味あるならこっち来いよ。


「あとはもう、誰がどこに入っても似たようなものだ。しっかり適正を見たいが、生憎その時間もない」


 おまけに運動能力もない、と。……元からわかっちゃいたけれど、しんどいチームだぜB組ワーストナイン。


「ちなみに一之瀬、おまえのポジションは決まっている」

「え?」

「おまえはセンターだ」


 センター、って……外野の真ん中? なんでだろう? そんなに肩強くないんだけどな。


「理由を聞きたいか?」

「いや、あんまり聞きたくない」

「もっとも守備範囲が広いからだ。真面目にジョギングしているなら、チーム中もっとも体力があるのはおまえだ。走ってもらうぞ」


 そんな理由かよ……聞きたくないんだから言うなよ。


「ついでにライトとレフトのフォローにも回ってもらう。嫌と言うほど走ってもらうぞ」


 ……Oh……マジかよ……


「いやがらせ?」

「なぜいやがらせをする必要がある? それともおまえは俺に何かしたか?」


 ――はい、練習するか否かの責任を負わせました。柳君一人に負わせました。


 お互い言うことはないが、お互いそれがわかっていて、たぶんそれで正解だろう。

 まあ柳君はケチないやがらせをするような小さい奴じゃないので、適材適所でもあるのだろうが。

 でも、言い方半分くらいは正解だ。




 意識の変化。それは当然と言えば当然である。

 やるからには勝ちたい。

 実にあたりまえの思考だと思う。


 ただし、このチームで真剣に勝つことを考えるのは、頼りきっている柳君への絶望に繋がっている。どう考えようと勝ち目がないからだ。勝機が見えないからだ。

 諦めればいいのに、柳君は諦めない。

 本人が負けず嫌いというのもあるだろうが、きっと、勝ちたがっている僕らの期待にも応えたいのだろう。


 だから僕も、一緒にがんばろうと思っている。

 役には立てないかもしれないが。

 隣で一緒に絶望しようと思う。





 球技大会まで、残り三日。


 僕らの絶望も、あと三日。









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