041.六月七日 火曜日
野球はチームプレイである。
たった一人優れたプレイヤーがいても、試合には勝つことはできない。そういうスポーツだ。
だからこそ人気があるんだと思う。
「俺たちは確かに運動はできない。からっきしだ。でも俺は情報通だ」
自称である。
「野球に関する資料を漁ってきた。今の俺はノムさんだと思っていい」
「ノムさんが誰かはわからないが、謝った方がいい」
「とにかく! 俺はワーストナインで勝利をもぎ取りたいんだよ! もぎりたいんだよ!」
渋川君の熱い想いは、我ら運動音痴のワーストナインの胸を打つ。
「で、結局なんだ?」
――柳君以外は。目の前でこんな熱く語る男相手にめっさ冷静だわ。
昼休み。
いつも通り昼食を取ろうとしていた僕と柳君の下に、情報通の渋川君と女性にトラウマ城ヶ島君、覚醒した乙女マコちゃんとインドアゲーマー池田君と大沼君という、非常にワーストな奴らが集まっていた。言うまでもないが、かなりの絶望感である。色々と。
「勝ちたいんだよ俺たちは! 勝ちたいんだ!」
「無理だ」
すげえ。柳君、本当に躊躇なく一刀両断しやがった。
「勝てる理由がない。道理がない。実力も足りない。ついでに言えば野球のルールさえ知らない者もいる。それで勝ちたいだと? 野球を舐めるな」
うおお……しかも有無を言わさぬ追い討ちが。――たぶん昨日今日のストレスが発言に出てしまったのだろう。顔に出ないのはさすがだが、さすがの柳君もこの状況はだいぶキツいようだ。
まあ、そりゃそうか。面倒を見なければいけない奴が多すぎるんだ。おまけにできる柳君に頼りっきりになっている。
ここは、やはり僕が動くしかないだろう。まとめ役として。
「で、渋川君は何が言いたいの?」
頸動脈を確実にばっさりやられた渋川君に助け舟を出すと、彼は息を吹き返した。
「色々考えたんだ。さっきも言った通り、野球はチームプレイだ。だから俺たちは集められたわけだが、でも、そこにこそ勝機が見出せるような気がするんだ。……楽観的に見て」
楽観的に見積もるなよ。無視できないくらい大事なところじゃん。
「早めにポジションを決めて、実戦に近づけた効果的な練習をした方がいいだろ。わずかでも勝率を上げるために」
ああ、なるほど。
「ポジションを決めたいんだね?」
「そうだ。ただでさえ練習期間は短い。普通にやっていたって追いつけるわけがない」
そうだね。そうじゃなくても追いつける見込みがないからワーストなんだもんね。僕も似たようなものだからすごくよくわかるよ。
そこで、ゲーマー池田君が口を開く。
「色々問題はあるけど、一番重要なのがバッテリーだね」
「バッテリー……ああ、ピッチャーとキャッチャーか」
「うん。まあ、ピッチャーは柳君がやるとして」
自然とそう決まる辺り、柳君のスポーツ万能っぷりが如実に現れている。ちなみに制球力もあるし肩も強いので、ピッチャーは問題なくできると思う。本人も否定しないのでそれでいいのだろう。
「キャッチャーは、やっぱり松茂君だと思う」
これも自然とそう思える。なぜだろう。やや太めの体型がなんとなくキャッチャー向きだと思わせるのだろうか。ドカでベンな感じで。
だが、松茂君は運動はできる。たぶんワーストナインの中では柳君の次くらいにできる。捕球や、ベースを争うクロスプレイを考えるに、やはり適任なのではなかろうか。体型も含めて。
「待て」
ここで柳君が口を出した。
「俺もポジションのことは考えていた。一応言うが、松茂はピッチャーもできるぞ。恐らく俺より速い球が投げられるだろう」
お、マジかよ。ああでも、
「松茂君、持久力がないって言ってたよ」
「「ああ……」」
柳君以外のワーストな奴らが納得していた。――あいつ太めだからね、と。普段は温存して、ここぞという時に投入するのがいいだろう。
「俺はサードかショート、もしくはファーストに入るかと思っていた。サードやショートはよく速い球が飛んでくるし、ファーストは捕球が多いポジションだ。キャッチボールもおぼつかない奴には荷が重い」
全員が沈黙した。
勝ちたい。ただそう願っただけで、足りないものが多すぎることが浮き彫りになってしまった。
昨日、全員キャッチボールができるようになったことから、わずかばかりの希望を抱いてしまったようだ。だから欲が出た。勝つことを考えた。
別にそれはいいと思う。やるからには勝ちたいと思うのは当然だ。
だが、あまりにも足りなすぎる。せめて時間か運動神経のどちらかさえあれば……
「俺は本当にピッチャーでいいのか? おまえたちで守れるか?」
まあそう言われると答えようもないが。
「柳君は、他に誰かピッチャーできると思う?」
僕が問うと、柳君は僕を見た。
じっと見た。
……え? うそだろ?
「僕……?」
「いや」
「違うのかよ! なら意味深にじっと見るなよ!」
「候補ではあったんだ。ずっと悩んでいた。――立石と大沼はわりとコントロールが良いと思う。二人のどちらかを起用し、松茂と俺が控えに回る。これがベストだと思うが。できれば体力のある方が望ましい」
それは二人で話し合ってみてくれ、と柳君は言葉を閉めた。だが話し合うまでもない。インドアゲーマーである大沼君にはあまり体力がない。
「あ、俺無理。体力ないもん」
案の定、あっさり断った。……ということは、いつも一人の立石君がピッチャー候補か。
チラッと立石君の席を見ると、目が合った。彼はすぐ目を逸らした。興味あるならこっち来いよ。
「あとはもう、誰がどこに入っても似たようなものだ。しっかり適正を見たいが、生憎その時間もない」
おまけに運動能力もない、と。……元からわかっちゃいたけれど、しんどいチームだぜB組ワーストナイン。
「ちなみに一之瀬、おまえのポジションは決まっている」
「え?」
「おまえはセンターだ」
センター、って……外野の真ん中? なんでだろう? そんなに肩強くないんだけどな。
「理由を聞きたいか?」
「いや、あんまり聞きたくない」
「もっとも守備範囲が広いからだ。真面目にジョギングしているなら、チーム中もっとも体力があるのはおまえだ。走ってもらうぞ」
そんな理由かよ……聞きたくないんだから言うなよ。
「ついでにライトとレフトのフォローにも回ってもらう。嫌と言うほど走ってもらうぞ」
……Oh……マジかよ……
「いやがらせ?」
「なぜいやがらせをする必要がある? それともおまえは俺に何かしたか?」
――はい、練習するか否かの責任を負わせました。柳君一人に負わせました。
お互い言うことはないが、お互いそれがわかっていて、たぶんそれで正解だろう。
まあ柳君はケチないやがらせをするような小さい奴じゃないので、適材適所でもあるのだろうが。
でも、言い方半分くらいは正解だ。
意識の変化。それは当然と言えば当然である。
やるからには勝ちたい。
実にあたりまえの思考だと思う。
ただし、このチームで真剣に勝つことを考えるのは、頼りきっている柳君への絶望に繋がっている。どう考えようと勝ち目がないからだ。勝機が見えないからだ。
諦めればいいのに、柳君は諦めない。
本人が負けず嫌いというのもあるだろうが、きっと、勝ちたがっている僕らの期待にも応えたいのだろう。
だから僕も、一緒にがんばろうと思っている。
役には立てないかもしれないが。
隣で一緒に絶望しようと思う。
球技大会まで、残り三日。
僕らの絶望も、あと三日。