040.六月六日 月曜日
錚々たるメンバーが並んでいた。
自称情報通の渋川君。
アイドル大好き四人組の一人、姉のせいで女性に強烈なトラウマを持つ城ヶ島君。
食い物は任せろ。グルメボスこと松茂君。
覚醒した乙女、マコちゃんこと坂出誠。
いつも仲良しインドアゲーマー、池田君と大沼君。
世界には俺一人、立石君。
「…………」
そして、僕と、柳君。
以上のメンバーが、金曜日に行われる球技大会に野球で参加する九名だ。
まさに圧巻。
まさに絶望。
「柳君、練習どうしよう?」という声とともに集まりし精鋭たちを前に、柳君は沈黙するしかなかった。……ぶっちゃけいつもの冷徹極まる無表情を貫けたことを僕は評価したい。
「柳君」
僕は彼の抱えているであろう心労とストレスと諦念を緩和するべく、テンション高めに叫んだ。
「――YES! 僕らB組ワーストナイン!」
ビッ! キマッた! 親指も立てた! 歯も光った!
「………………………………ふぅ」
柳君は深い深い溜息をおつきになられました。
まあ、冗談はさておきだ。
「集まってみればすごいメンツだね」
月曜日の放課後である。今週一週間は、球技大会の練習期間としてクラブ活動禁止。そして球技大会に向けて練習するために、校庭や体育館が開放されている。
よって、僕らはどうするのかと。
一部用事があって帰った奴らを除き、サッカー組とバスケ組はもう練習に行っている。
そして、すでに戦力外通告が出されている我らワーストナインは、厳密に言うと一人だけ違う、めちゃくちゃ運動できる柳君にお伺いを立てているというわけだ。まあでも僕らが足を引っ張るから、柳君も例外なくワースト入りだが。
もう、練習なんてやらないならやらないでいいと思う。
僕らは戦力外として集められた者。クラスの勝利に貢献するためにあえて集められた者たちだ。「参加することに意義がある」などという上から目線の説教に「うっせバーカ!」と逆ギレで返せる猛者たちだ。
これには納得しているのだ。だから僕らはいい。
みんなの足を引っ張ってまで参加するくらいなら、参加しない方がいい。実力で貢献できないなら、違う形で、僕らなりの形で貢献すればいいと思う。本当にこの期に及んで正論ほど意味を成さないものはないことを心底知っているのだ。
だから、問題は柳君だ。柳君は違うから。
「やりたいのか? やりたくないのか?」
柳君は僕らの意志を聞いてきた。
――違う。そうじゃないんだ。
柳君はできる人である。だからこそ、僕らの気持ちがわからないのだろう。
やりたくないわけじゃない、ということを。
案の定それを言えず困り果てる彼らに代わり、僕が言った。
「柳君がやるって言えば、僕らはやるよ。柳君がやらないって言えば、やらない」
僕らは確実に柳君の足を引っ張るのだ。足手まといになるのだ。そんな僕らには「やろう」とか「やりたい」とはなかなか言えない。「君に迷惑をかけるよ」と言うようなものだから。「僕らのために苦労してくれ」と言うようなものだから。
柳君は、しばらく僕を見詰めた。
僕は何も言わずに見詰め返した。
「……わかった。大会まで毎日練習しよう。自由参加でいい。参加できる奴は今すぐ着替えろ」
柳君の声に従い、みんなは散っていった。
「一之瀬」
「ん?」
「まとめ役は任せる。文句はないな?」
「……わかったよ」
柳君は、僕の言葉に疑問やら不条理やら感じたのだろう。
しかし飲み込んだ。丸ごと。
柳君が僕の気持ちに答えた以上、僕も柳君の気持ちには答えなければいけないだろう。……まとめ役なんて向いてないんだけどな。
体操服に着替えて校庭に出た。
そんな僕らの十分後は、悪夢そのものだった。
「「…………」」
全員が呆然としていた。校庭の片隅で呆然と立ち尽くしていた。
動く気力もない――そう言いたげに。
うん。
僕でさえ、ひどいと思った。
ひどいっていうか、うーん……ひどすぎる。いや、ひどすぎるなんて生ぬるい。もう最悪だ。ワーストすぎる。いやいや、真実はやはりこう言うべきだろう――限りなく絶望的だと。
彼らはキャッチボールもできなかった。
僕は普通である。普通にキャッチボールくらいはできる。
だが彼らはできなかった。
僕は今何を見たのだろう? 自分で見たものが信じられない。
彼方へ飛ぶボール、まっすぐ飛ばないボール、受け手が避けて暴球と化し背後の生徒たちを襲うボール、キャッチボール相手ではなく隣の相手のミットに吸い込まれるボール、そもそも投げられないというボール……
「まずキャッチボールからだ」と、ぼろっちいグローブやボールを道具を借りて。
一緒にキャッチボールをしようとしていた柳君と僕は、恐るべき光景を目の当たりにし、自らの手は止まり、視線も動かなくなり、ずっと惨状を見守っていた。
およそ五分ほどだろうか。僕らの回りからは、同じく練習していた別クラスの人たちがかなり距離を取って避難していた。まあそりゃそうだ。前触れなくボールが飛んでくるんだから。
「柳君」
「なんだ?」
「続ける?」
「…………」
「…………」
「…………ああ。負けるのは好きじゃない」
それは球技大会のことを言っているのか、我らワーストナイン自体を指しているのか。僕には確かめる勇気はない。
まあとにかく、呆けていても時間の無駄だ。柳君が諦めない以上、僕は僕ができることをやるまで。
「キャッチボールできる人!」
まず、そこから始めることにした。
勘違いしないで欲しいのは、運動自体は嫌いじゃないということだ。ただ下手なだけで。柳君や高井君、運動部で活躍するレギュラーなどとは桁違いのささやかなものだが、それでも運動の喜びは知っている。
思いっきりゼロからのスタートを切ったB組ワーストナインだが、ゼロからだからこそ達成する喜びを見出すのは早かった。
何せ、まっすぐボールが投げられるだけでも、飛んでくるボールを捕るだけでも、彼らにとってはハードルだったからだ。
一時間もすれば、なんとかキャッチボールはできるようになっていた。
そして、わかったこともあった。
グルメボス松茂君は、かなり運動神経が良い。キャッチボールも当然できるし、球威もあるしコントロールも僕より優れている。
「上手いね」
そう言うと、松茂君はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「フン。俺は持久力がないのさ」
なるほど。サッカーはポジション次第、バスケは走りっぱなし。だから松茂君は野球に回されたのか。
そしてもう一人、常に一人で行動している立石君だ。彼は特に優れているわけではないが、僕と同じくらいには普通にできるようだ。
「どう? やれそう?」
相手役を務めている城ヶ島君のことも含めて問うと、立石君は俯き加減に笑った。
「……ああ、“順調”だよ。今日は“右手”が大人しいからな……」
「…? そう」
なんかよくわからんが、今日は右手が大人しいそうだ。……たまに暴投でもするのかな?
「一之瀬、変わってくれ――皆は集合だ。これから守備の練習をする」
投げるのも捕るのもできないマコちゃんに付きっ切りで指導していた柳君は、マコちゃんの面倒を僕に任せた。
「大丈夫?」
マコちゃんは顔どころか耳まで真っ赤で、もじもじしていた。
「ダメ。死ぬ。今夜きっとベッドで悶える。バタバタする」
マコちゃんは柳君がすごい好みのタイプなのだ。……そりゃマコちゃんにとっては練習どころじゃなかっただろうな。
「ちょ、そんなところ触らないでよ。一之瀬くんのえっち★」
「……」
「んもう、触り方がいやらしいぞっ」
「…………」
「あっ。ちょっとー。今触る必要なかったでしょー?」
「……………………」
「一之瀬くんってほんとわたしのこと好きよね。……ね、告白してもいいよ……? なーんてねっ」
「………………………………」
何度かボディにぶちこんでやりたくなったが、僕は根気強くマコちゃんに投法と捕手を教える。
正直何が一番イヤって、逆セクハラなんて閉口するくらいのもので、それはどうでもいい。それより、いい匂いがするのがなんか一番イヤだった。香水を付けるな香水を!
我慢強く粘り強く教え込み、なんとかキャッチボールができるくらいにはなった。僕の何かをごっそり奪い取って。
それで今日は終了した。
球技大会まで、残り四日。
僕らの、というか柳君の絶望も、あと四日。