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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
37/202

036.六月二日 木曜日  前半




「友晴ってどいつ?」


 その瞳は、もう、アレである。

 玩具を欲しがっている子供の輝く瞳そのものである。


「いや、ねえちゃん、その、」

「黙れアキ。一之瀬友晴ってどいつ? このイケメンか? それともこっちのかわいい子か? …………それとも、あんたの後ろに姑息に隠れている、女子高生の使用済みにこだわりを持っているムッツリそうな奴か?」


 ――バ・レ・テ・イ・ル。


 僕の脳がそれを認識した瞬間、僕は脱兎と化して走り出す――


  ずざざざざざ


「ぎゃああっ」


 背を向けた僕の後ろ腰に飛びつきいてきたその人に押し倒され、僕は重力と慣性に乗っ取って地面を滑った。


 まさか。

 一歩も踏み出せなかった。

 一歩目の地面を踏みしめることもできなかった。


「やっぱりおまえか。ああ?」


 なんという身体能力。なんという反射神経。そして完璧なタックル。……あと背中に馬乗りになって頭掴むその握力が「思わずやっちゃった☆」なんてノリで今にもゴリッとヤッちゃいそうで痛いですごめんなさいごめんなさい痛い痛い痛い。


 ――これが、遠野洋子さんたちとの出会いだった。





 事の発端は、二時間目の休み時間まで遡る。


「おい一之瀬、ちょっと話あんだけど」


 とあることに悩みふける僕に、高井君(既裸)が近寄ってきた。


「今日の放課後時間ある?」

「放課後?」

「ああ。おまえジャージだけじゃなくてシューズも欲しがってただろ? さっき連絡があってよ、使えそうな靴回収したから、おまえの都合がよければサイズ合わせてみないかって」


 あ、ああ。


「高井君のお兄さんの彼女の」

「そうそう」

「つまり会って靴履いてみろって言っていると」

「そうだ。結構数が集まったらしいから、あとはおまえの好み次第だとさ」

「それは嬉しいなぁ」


 つい先日、高井君のお兄さんの彼女から、ジャージをありがたく頂戴した。

 かなり使い込んでいて中古感がある白いジャージだが、だからこそ僕は気に入った。あの苦労を知っているウェアならがんばれる。少々つらくてもまだ走れそうな、そんなことを可能にする根性みたいなものが染み付いているように思えるのだ。限界を超えさせる執念みたいなものがこもっているように思えるのだ。


 もちろんただの精神論である。でも僕はプロ志向じゃないのでそれでいい。


「お礼に渡したアレが相当気に入ったみたいだ。よかったな」


 アレか……ジャージのお礼に買ったアレを、高井君は無事届けてくれていたようだ。……そうか、アレ気に入ったのか。そうか……


「……でもよ」


 高井君の表情が暗くなる。


「気に入られるのも大変だぜ。俺は会わないことを勧めるが……でもおまえはたぶん会うんだろうな」

「…? なんでそう思うの?」

「どんな女子高生の使用済みか気になるだろ?」


 まあそれは当然気になるが。でもそれだけの理由で会いたいわけじゃないぞ。


「貰った翌日からあれで走ってるんだ。すごく気に入ってる。ちゃんと会ってお礼が言いたいかな」

「おまえは変なところが義理堅いもんな」

「変じゃないよ。礼節は大切だと思う」


 まあ、果たして僕がそれを果たせているかはともかく。


「会うんだな?」

「うん」

「じゃあそういう段取りつけるけどよ……俺は止めたからな」

「わかってる。わかってるよ、高井君」


 僕は力強く頷いて見せた。


 大丈夫。僕はちゃんと覚えている。


 「抜け毛の数だけ腹筋ヒャッハー!!」シャツなどという半端じゃない残念感をまとう服を三年も愛用し、全身タイツと目出し帽で大暴れしたがっている……そんな人であることを僕は忘れていない。忘れられるわけがない。


 正直に言えば本当に会いたくないが、それを押してでもジャージのお礼は言いたかった。

 それともう一つ。


「その人って陸上やってたんだよね?」

「ああ。高校の時な」


 ならば、僕が今抱えている悩みを、聞いてくれるかもしれない。





 そんな話をし、放課後。

 八十一町商店街に差し掛かる手前にある、八十一第二公園で待ち合わせの約束をした。

 僕と高井君、付き添いのように付いてきた柳君、そしてこれまたなんとなく一緒に来たマコちゃんの四人は、遠目ながらそれを確認した。


 その人は、すでに来ていた。


 大きなショルダーバッグと一緒に、ベンチの一つを占領する女性が二人。色やデザインは違うもののどちらもジャージ姿である辺り、もしかしたら大学のクラブ……いやサークルっていうのか? そこから一時的に抜け出してきたのかもしれない。

 きっとどちらかが僕にジャージを譲ってくれたのだろう。


「おーいねえちゃん!」


 高井君が大声で手を振ると、片方の一人は手を振り、そしてもう片方が立ち上がり――


「なに先輩待たせてんだ! 走れガキども!」


 ……す、すげえ。バリッバリの体育会系だ。

 有無を言わさない迫力に、近くにいた子供たちが固まり、遊んでいたフリスビーを受け取ることもできずころころと転がっていく。隣のベンチに座っていたカップルが慌てて腰を上げ、何があろうと動かないと思われる井戸端会議中のおばちゃんたちでさえ振り返る。


 僕らは走った。とにかく早くいかないと、むしろ向こうから走ってきそうだったからだ。助走をつけて殴られるような威勢を感じたからだ。


「おせーんだよおまえら! 何分待たせるつもりだ!?」


 女性二人の前に並ぶ僕らは、まず怒られた。

 こ、こえぇ……初対面の女性に怒られるとか始めてだよ。


「なんでこんな遅いんだよ! 秋雨! 説明しろ!」


 秋雨は、高井君の名前である。


「いや、これでもまっすぐ来たから」

「言い訳すんな!」


 どっちだよ。説明してたじゃん今。

 おいおいと思って視線を上げると…………余裕の表情でベンチに座っている方と目が合った。


  ニヤリ


 彼女は笑った。

 僕は直感した。

 思わず高井君の背中に隠れるくらいの嫌な予感を伴って。

 ヤバイと思った。本能的にそう思った。


「カナ、もういい」


 ベンチに座る女性の一言で、理不尽に荒ぶる女性はすぐに引っ込む。この絶対の上下関係こそ体育会系である。


「で?」


 その人は静かに立ち上がった。





「友晴ってどいつ?」


 ――そして冒頭に繋がる。









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