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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
36/202

035.六月一日 水曜日




 僕的には、朝夕はまだ少し寒い。

 それでも陽射しは日に日に強くなり、今年も例年通りの暑さになるだろうことを連想させる。


 六月一日。

 八十一高校は今日から衣替えである。

 ちなみに一週間ほど中間期間というものがあるらしく、僕は長袖のYシャツにベストというスタイルを選んだ。

 まあ、一週間もすれば、こんなものを着ている余裕もないほど暑くなっているとは思うが。





 いつもの通学路を行く。

 いつもと違うのは、周りの八十一校生の服装が変わったことだ。白いシャツが目に涼しい。……衣替えを失念しているうっかり者もお約束のようにいるみたいだが。

 八十一大河沿いからはずれ、八十一町商店街に差し掛かる。


「ひぃぃぃぃ、ひぃぃぃぃぃ」


 んっ!? 妖気!?


 ――なわけないが、それに近そうな怪しげな声を聞きつけ僕は振り返った。


「おぉぉっすいちのせー! じゃーなー!」


 ばたばたと不恰好に走り来て、僕の真横をばたばたと通り過ぎていったのは、黒光りする肌が眩しい同じクラスの大喜多君だった。

 察するに、どうやら柔道部の朝練に遅刻しているようだ。きっと寝坊だろう。息も切れ切れなのに、それでも走ることをやめないところに、彼の人柄が出ていると言えるだろう。


 大喜多君は見た目によらず真面目なのだ。「新人狩り」なんて理不尽な事情で入部させられたのに、結構真面目に通っているらしいと聞いている。


 真面目、か。

 実はここ最近、僕には悩みがある。

 何をしていても、どうしてもその悩みに思考を持っていかれる。

 やはり彼に相談するしか――


 またしても悩みに思考を吸い寄せられるが、パンの焼けるいい匂いが思考自体を停止させた。商店街の角にあるパン屋は、今日も魅惑の香りで腹を空かせた男子生徒の心を誘惑している。

 ほら、僕の目の前にも、誘惑されてショーウィンドウを見詰める男子が一人…………あれ?


「……知っているかい?」


 そいつは、僕を振り返ることなく、唐突に言う。


「このユキノベーカリーから八十一高校の購買に卸されているカツサンドとロングチョコと中濃コロッケサンドは、その味の良さから爆発的人気を誇り、『一度に三種類を揃えることはできない伝説』とまで言われているそうだ」

「うん。知ってる」


 何気に頷くと、彼はようやく僕を見た。


「B組で伝説に挑戦したから、だろう? 生憎クラス単位での参加は認められていないそうだね」


 彼――A組の嫌味ないい奴、柳君に負けない高スペックを誇るカリスマ・矢倉君は、クイッとメガネを押し上げる。


「だが柳君が参加したとなれば、この僕も参加せざるを得まい……フフッ」


 うん、まあ、がんばれば?


「ところで君は誰だ?」


 自分から話しかけておいてこれである。一応顔は憶えているようだが。


「誰でもいいよ」


 面倒臭かったので、僕はそう言った。


「なるほど。バカではないがマヌケな君の名が、いつか聞こえてくることを願おうか」


 嫌味な奴である。……だが嫉妬するほどポーズがキマッている。あの膝の微妙な曲げ具合、間違いなく姿見で理想の形を追求した結果である。こんなものを見せられたらさすがはカリスマと認めるしかない。


「ああ、そう。じゃあお先に」


 だが本当に面倒になったので、僕はスタスタと矢倉君を追い越した。また釣られると癪だから。





 そして矢倉君はピタリと隣についた。


「……」


 目だけで「なんか用か?」と問うと、彼は「愚問だな」とでも言いたげなドヤ顔だ。


「向かう先は同じ。顔見知り。共に行かない理由がどこに?」


 どうやら矢倉君は、僕と一緒に登校するつもりらしい。……まあいいけどさ。まあいいけどさぁ。でも僕が矢倉君のことを嫌っているという共に行かない可能性は考えられないのかなぁ? うん、まあいいけどね。


「時に君、B組にいるスカートの彼は何なんだい?」

「何だと言われても」


 見ての通りです、としか言いようがない。矢倉君が言っているのは、覚醒したマコちゃんのことだろう。B組でスカートは彼しかいない。

 ちなみにマコちゃんは、気が向いたらスカートを履いている。登下校時は普通に制服だ。教師は元々何も言わないし、僕らも普通に見慣れてきている。ああ、これが慣れというものか。麻痺というものか。スカート着用なんて非常識なのに、僕らは日常のことだと認識しつつある。


「あんまり本人に直で言わないでよ。傷つくから」

「フッ、甘い男だ。……というか教師が注意しないことがはなはだ疑問なんだが。何も言われないのかい?」


 ……あれ?

 まさか……ってこともないか。まあ多少、いや、だいぶ変な人ではあるが、この矢倉君はバカではなく普通そうだ。

 だって矢倉君の疑問はもっともで、そして特に気が利いているではなく聞かなくてもわかることでもない、ただただ普通に気になることだった。さして重要でもないしどうしても聞きたいほど興味があることでもないが、なんとなくは聞きたいことである。


 親しくない人と話すくらいにはちょうどいいネタだ。


「担任からは見せパンは履け、って言われてたけど。他は特に言われてなかったと思う」

「……それはそれはエキサイティングな言葉だ」


 エキサイティング。

 なんだか言い得て妙である。だって言葉には「男のパンチラ」という、どう反応して良いのかわからない事故が潜んでいるから。


 見られた方の反応は想像に難くない。

 だが、見た方はどのように反応するのが正解なのだろう?

 安易な言動はダメだ。マコちゃんが傷つく。見なかったふりをするべき? それとも「見せるなよ」と注意するべきか? まさか「いいぞもっとやれ」などとは言えるはずもないと思うが……


 わからない。僕にはわからないよ、マコちゃん。……でも黒タイツだったら目を逸らさず見るよ僕は。きっと。


「話は変わるが」


 どうやら矢倉君も、マコちゃんの話を掘り下げるのは重労働だと気付いたらしい。強引な方向転換をして見せた。


「来週からついに始まるね」

「何が?」


 矢倉君はビシィィッ、と僕を指差した。まったく。今日も見とれるほどキマッてやがるぜ。


「決まっているだろう? 球技大会だよ」


 球技……ああ、そういえば、年間予定表にそんなのが書いてあった気がする。


「フフッ。つまり我らA組がどのクラスよりも優れているということを証明する絶好のステージというわけだ」

「矢倉君、気をつけて」

「何をだい?」

「君は接触系のスポーツはやめた方がいい。絶対に誰かにメガネをぶち割られるから。可能なら僕がやるから」

「フッ。大人しい顔をして言ってくれる」


 いやそうじゃなくて。対抗意識とかじゃなくて。ただの嫉妬だから。……ほんとイケメンって滅びないかな? 滅びればいいのにな。


「野球だ」

「ん?」

「僕は野球に出る。柳君にそう伝えてくれ。それでカンニング疑惑の時の貸し借りなしだ」

「野球なんて危ないよ。ビーンボールでメガネぶち割られるよ」


「じゃあバスケットボールにしようか。フッ、僕はこれでもバスケは得意なんだ」

「バスケも危ないよ。あのボール結構重いから。メガネぶち割られるよ」


「じゃあサッカーだね。中学時代はサッカー部顧問にしつこく勧誘されたものさ」

「普通に蹴り入れられるだけだよ。危ないよ。メガネぶち割られるよ」


「卓球なら? 温泉くらいでしかやったことはないが」

「事故に見せかけてラケット飛んできたらどうするの。危ないって。メガネぶち割られるよ」


「ならばサボるしかないわけか」

「それが一番危険だね。応援団長の鉄拳制裁で確実にメガネぶち割られるよ」


 まあ、応援団が出てくるかどうかは知らないが。





「ふむ……君はなかなか面白いな。柳君が気に入るわけだ」

「その認識も危ないよ。メガネぶち割られるよ」


 何かを得心する矢倉君と、とにかくメガネをぶち割りたい僕。





 A組のカリスマ、嫌味ないい奴こと矢倉隆一郎。


 彼とまともに話をしたのは、この時が初めてだった。









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