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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
31/202

030.五月二十六日 木曜日  前半




「腑に落ちない。そして納得がいかない」

「そうか」

「だっておかしいじゃないか。君もそう思うだろう?」

「さあ?」

「とぼけるつもりかい?」

「確証のない話をまともに聞く気はないな」


 いつかこうなるんじゃないかと思っていた。


 そんな僕の予想は、今日、この時、的中した。





 三、四時間目は体育である。

 僕らは教室で体操服に着替えると、校庭に出て、合同でやる隣のA組と合流する。


 授業が始まる前、教師が来るまでの間の、ほんのわずかな時。

 大雑把に僕らB組とA組が分かれて集まっていると、まるで人込みを押しのけるようにして彼はB組の渦中にやってきた。堂々と。何の遠慮もなく。


 A組の連中はわりとエリート意識が高い。……まあ、ごく一部の生徒だけ。基本的に彼らもバカだ。


 その筆頭は、彼、メガネ越しの視線が冷たい矢倉君だ。

 成績優秀、運動神経抜群、おまけに知的な美形。柳君とは一味違うタイプのイケメンである。早く滅べ。


 矢倉君は、僕から見てもカリスマ性はあるんだと思う。その証拠に、彼には同じクラスに舎弟みたいな取り巻きがいて、いつも後ろに二、三人連れている。

 付いて行きたくなるリーダータイプ。

 たぶんそのうち生徒会長辺りの権力を求めるだろう。そういうの好きそうだから。


 その矢倉君は、柳君を敵視していた。どうやら高校に入る前からの知り合いみたいだが、僕は詳しいことは聞いていない。だって別に聞かなくても矢倉君が柳君を敵と見なしている理由がなんとなくわかるから。


 よく柳君の傍にいる僕は、すでに何度か見ている。この体育の時間もそうだが、廊下であった時も、嫌味ったらしく声を掛けてくるのだ。

 柳君は全然気にしていないから、僕も気にしていないが。


 しかし、今日の言いがかりだけは、決して無視できるものではなかった。僕だけではなくB組にとって、非常に重大な問題だった。


「根拠ならあるだろう――」


 矢倉君はビシィッ、と柳君を指差した。えらくキマッている。きっと家で練習しているんだろう。


「君たちみたいなバカどもが僕らA組に敵うわけがないという、その事実こそ根拠だ!」


 根拠になってない。第一、白黒付けたこともないだろ。初テストなんだから。

 ツッコミどころしかないそんなバカ発言だが、周囲は……B組連中はざわめいた。怒ってもいいくらい失礼な発言なのに、揺らめいた。


「確かにおかしくねえか?」

「え、そうか?」

「だって俺たちA組に勝ったんだぜ?」

「……そうか。よくよく考えると、確かにおかしい気はするな」

「そうだよな……」

「A組がどうこうじゃなくて、そもそも俺たちが何かに勝つってこと自体が変だもんな……」


 待て待て待て待て! おい!

 さすがに口を出したくなったが、……ギリギリでやめておいた。口を出したら非常にこじれそうだったから。


「さあ柳君、どう弁解するんだ?」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、クイッとメガネを押し上げる矢倉君。妙にキマッている。きっとこの動作も鏡の前で練習しているに違いない。いかに自分を魅せるかを考えている……さすがカリスマ、恐ろしい男だぜ。


「弁解の必要がない」


 柳君は今日も冷静冷徹である。


「ほう? ならば認めるのだな?」

「何も言っていない。肯定も拒否もしていない」

「フッ。語るに落ちたな」


 え? どこが?


「答えをはぐらかす――それこそ己の過ちを認めている証に他ならない!」


 ……君、頭いいんだろ? もうちょっと考えてモノを言おうよ。少しでいいからさ。


「言質は取れた。行くぞ」


 と、矢倉君は取り巻きと一緒に帰……いや、待て!


「ちょっと待った!」


 あまりの論理の破綻に呆然としていたが、このまま行かせちゃダメだろう!


「何かね? というか誰だい?」


 振り返った矢倉君の表情は、非常に面倒臭そうだった。


「誰でもいいよ。とにかく待って」

「君に僕を呼び止める権利が?」

「一方的な決め付けはただの暴言でしかないと思うけど」

「……ほう?」


 矢倉君は獲物を見つけた肉食獣のように瞳を輝かせると、戻ってきた。今度は柳君の隣にいる、僕の前に。


「僕の完璧な論理ロジックに挑もうというのかい?」


 す、すげえ……自信満々にさっきのアレを「完璧な論理」って言い切ったよ……これがカリスマの力だというのか。矢倉君……なんて奴だ……!

 果たして僕は、こんな大物に勝てるのか?


 ――否。


 勝たなくていいのだ。ただ、彼の言う「完璧な論理(笑)」をやぶりさえすれば、あとは担任の弥生たんがなんとかしてくれるはず。

 何より、弁解はするべきだろう。

 僕は……僕らは、彼らの苦労を知っているから。






「昨日の世界史のテスト、君たちB組が一年生でトップだったらしい」


 ――事の発端は、矢倉君のそんな言葉から始まった。


 まるで碁盤を争う石のような、遠回りに見えてそうではなく、近道に見えて先を見越したかのような狡猾きわまる言動で、矢倉君は柳君を論理的(笑)に追い詰めた。

 そして行き着いた先は、「一年B組集団カンニング疑惑」である。


 バカバカしいにも程がある。

 あれだけ苦労したのだからテストの点数に反映されて何の疑惑がある。……ちょっとうちの連中はテストに対してトラウマがあるようで、自分たちが点を取れたことを逆に自分で疑ってしまっているようだが。もっと自分を信じてほしい。

 しかし、僕は知っている。

 彼らは点数を取るための努力をしたのだ。何せ巻き込まれた本人が言うんだから間違いない。





「要するに、僕らがカンニングしたんじゃないかって疑ってるんでしょ?」


 さっき矢倉君を逃がしていたら、教師に告げ口されていたかもしれない。彼の言った「言質は取れた」の言葉は、僕にそれを想起させた。

 もし彼の言い分を教師側が受け入れた時、それはもう、想像できないくらい大変なことになる。


何せクラスぐるみの不正である。ほんのちょっと授業をフライングして購買に走る、なんてかわいげのあるものではない。停学はまず間違いない。


 調査もせずに一方的に受け入れられるとは思わないが、余計な波風を立てる必要はない。疑われ、噂が流れるだけでも白い目で見られるのだから。

 だから、ここで始末しておかねばならない。

 矢倉君の絶望的論理(笑)を。


「してないよ。僕らはカンニングをしてない」

「証拠は? あるのかい?」

「あるよ。今ここにはないけどね」

「ほう? ならばちゃんと調べてもらって潔白を証明してもらった方がいいだろうね。証拠があるならすぐにでも無罪放免さ」


 な、……なんだと?

 一瞬、言葉の意味がわからなかった。

 なんだ。なんなんだ。今の一言、今までのマヌケな言動から逸脱している。筋が通っている。


 無実は確かに証明される。それもすぐに。

 しかし「カンニングを疑われた」という事実は残る。それは噂になる。学校中から謂れのない誹謗中傷に晒される可能性に繋がる。

 学校とは閉鎖的な社会そのもの。

 不利益にして不誠実、それも停学クラスの悪評は、僕らを孤立に追い込むかもしれない。社会的な罰を受けないならなおのこと、周囲の義憤の的になるかもしれない。


 これは、まずいぞ。冗談になってない。









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