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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
27/202

026.五月二十三日 月曜日




 それは脅威である。

 それは恐怖である。

 それは日常の成果である。


 サボっていれば当然最悪で、やればやった分だけ実りのある結果が期待できる、自業自得という言葉が相応しい業の深い行事。


 中間考査一日目。

 八十一高校に入って始めてのテストが、今日から始まる。





 なんというか……半分くらい死んでいた。

 つつがなく本日のテストは終了、あとはホームルームを待って帰るのみである。


「柳君、問い六は?」

「『絵に描いた餅を食らう和尚』」

「マジで? うーん……僕は『猫が化け猫に変化』って書いちゃったよ」

「引っかかったな」

「いや。柳君が間違ってる可能性がある」

「なるほど。否定できない」


 普通である僕と柳君は、普通に答え合わせ的なことをしていた。

 しかし、周りはだいたい机に突っ伏して死んでいた。普段の異常なくらい活発なクラスメイトたちを知っているだけに、死屍累々とした現状は、どこか信じられないくらいだ。


 一夜漬けに全てを懸けた者。テストの出来を想って絶望に伏す者。成績なんてどうでもいいが赤点だけは全力で避けたいとばかりに苦手教科を頭に詰め込み今パンクしている者。やろうやろうと思っていたのに結局やらなかった者。教科書を広げたはずなのになぜか部屋の掃除をしたりマンガを読んだりして無益に過ごしてしまった者……いろんな事情を抱えた屍が指し示す答えは唯一つ「出来は期待してない」ということだけだ。


 大丈夫だろうか。

 今日初日なのに半分くらいやられている。いったい最終日にはどれくらいの兵士が生き残っていられるだろう。

 ――「マジでガチ事件」とか起こしてる場合じゃなかったってことだよ、諸君。そんなことを考える時間があるなら、少しでも勉強した方がよかったってことさ。

 別に優越感も何もない。僕らは普通のことを普通にやるだけだ。


「ところで一之瀬、ジャージと靴の件はどうなった?」

「どうもなってないよ。進展なし」


 先週の土曜日、駅前の八十一HON-JOというショッピングセンターに、スポーツウェアを見に行ったのだ。柳君に付き合ってもらって。……予算の都合で買えなかったけれど。


「一応親に相談してみたんだけど、ダメだった」


 親父からは「おとうさんの小遣い月一万円だぞ! 贅沢言うんじゃない!」と悲しい文句が胸を打ち、母親には「どうせ買ったら満足してやめるんでしょ? このまま一年間続けられたら考えてあげる」と気の長い、というよりその場しのぎの言葉でかわされ。

 ……妹は色々買ってもらっているように見えるんだけどね! 見たことないカーディガンとか着てるけどね! 僕の気のせいかな!? 気のせいなんだろうね! ケッ!


「まあ、別に買わなくてもあるにはあるからね」

「中学時代の?」

「ダッサイのがね」


 そう、あるにはあるのだ。だから急いで買い換える必要はない。……でも少しくらいオシャレしたいじゃない。青春真っ盛りなんだから。


「考えたんだけどさ、やっぱりバイト――」

「ようおまえら! テストどうだった!? え? 俺? 聞くなよ!」


 うわ、裸が来た。

 最初から全てを諦めし者、高井秋雨である。場違いなくらいにハイテンションである。


「ああ、そういえば高井は兄がいたか?」

「あ? ああ、いるよ。大学生が」

「確か陸上をやっていたと言っていたな?」

「陸上だけじゃなくてスポーツ全般な。色々掛け持ちしてたから。陸上の大会でも結構いいとこ行ったらしいけど、結局成績は残せなかった。……なんだ? 俺の兄貴になんか用か?」


 ここまで話が進めば、柳君が何を言いたいのか丸わかりである。特に高井君は僕がジョギングをしていることを知っているので、話も早いだろう。


「あのさ、高井君――」


 僕は土曜日のことを話した。


「え!? なんで誘ってくんなかったの!? こんなにいい身体してるからか!?」

「身体は関係ない。テスト前だから悪いと思ったんだよ。それに話す前にさっさと帰っちゃったじゃない」

「いいんだよテストなんかどうでも! 言えよ!」


 いやどうでもよくはないだろう。きっと夏休みに補習とかあるぞ。


「で? 余ったウェアがあったら譲ってほしいってことだな?」

「ダメかな?」

「ダメっつーより無理だな。ガタイが違うからサイズが合わねえよ」


 あ、そうか。サイズのことを失念していた。僕は百六十半ばで、高井君は百七十はある。お兄さんはたぶん高井君より大きいだろうし。


「ちょっと立ってみ」

「…?」


 僕は言われた通り、椅子から立ち上がる。


「ふむ。ふむふむ」


 高井君はポンポンと僕の身体を触っ――


「あおぅ!?」


 奇声が漏れた。思わず漏れた。


「うーん……見た目以上に細いな、おまえ」

「いやてゆーかなんで今僕のケツ触ったの!?」


 ――この「ケツ」という単語に、覚醒したマコちゃんが敏感に反応したことを、僕は知らない。


「サイズを測ったんだよ。おまえだったら大丈夫だろ」

「何が!? 僕のケツが大丈夫だって!?」

「ケツの話なんてしてねえよ。兄貴の彼女が高校で陸上やってたんだよ。ちょうどおまえと体格が似てるから着れるだろ」


 え、女もの? 意外な方向に繋がったな。


「どうする? 聞いてみるか?」

「いいの?」

「おまえがよければな」

「え、でも、それってつまり……女子高生の使用済みってことでしょ?」

「言い方に気をつけろよ。ヘンタイっぽいぞ」


 ハッ!?

 いかんいかん。思わず興奮してしまった。……女子高生の使用済みか。どうにも心躍るものがある。心ときめくものがある。

 いや、だってこれはもうしょうがないじゃない。健全な高校男子なんだから。むしろ何も思わない方がおかしいよ。


「靴のことも一応相談してみるからよ」

「あ、お願い。少しだったらお金払えるから」

「ああ。伝えておく」





 こうして中間テスト一日目が終了した。


 使用済みか……うふふ……









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