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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
25/202

024・五月二十一日 土曜日  前半



 一週間が終わった。

 明日が休みだということにひどく安堵する。

 この学校は本当に色々ありすぎるから……今週も色々なことがあった。……思い出すと疲れそうだから思い出さないけれど。

 きっと来週も色々なことがあるだろうけれど、とりあえず今気にすることではない。

 今気にすることは、来週から始まる中間考査――テストだ。


「一之瀬、柳、帰ろうぜ」


 掃除ジャンケンを無事勝ち抜いた僕と柳君の下に、高井君が寄ってきた。


「高井君、テスト勉強は?」


 と、僕がカウンターのように問うと、


「じゃーなー」


 高井君は立ち止まることなく僕らの目の前の通過していった。

 ……なんと鮮やかで卓越したスルー技術だろう。止める間もなかった。ていうか本当に一人で帰っちゃったよ。

 どうやら彼はテスト勉強をする気がないようだ。やらなくても平気という意味じゃなく、やる前から諦めているのだろう。高井君らしいと言えば高井君らしいが。


「一之瀬は勉強するのか?」


 ちなみに柳君は、強いてテスト勉強をしなくても高得点を取れる奴なのだそうだ。勉強よし、運動よし、おまけに超イケメン。……こうしてスペックを並べてみると、本当にボディにパンチ入れたくなるような完璧野郎だ。どれか一つくらい僕にくれてもいいだろうに。畜生。


「勉強は帰ってからやるつもり」


 一応授業には付いていけている。わからないところもないので、あとは反復と暗記だ。誰かと一緒に勉強するより一人の方が効率が良いだろうと思っている。もしかしたら、と高井君のテスト勉強に付き合う覚悟はしていたが、本人が華麗にスルーしてしまったのでそれはもういい。


 待っていたはずの高井君がさっさと帰ってしまうというバカバカしい状況になったが、今更特に何を思うこともなく、僕らも帰ることにした。

 廊下に出る。

 平日の放課後より喧騒が大きい気がする。きっと明日が休みだから開放感が違うのだろう。僕はそうだし。


「柳君、本当にテスト勉強いいの?」

「ああ。時間もある」


 ――実は、今日これから、僕のジョギング用のスポーツウェアとシューズを見に行くことになっていた。高井君がアレだったら明日に回すつもりだったが、あの有様だったので予定通りとなりそうだ。

 あのにっくき赤ジャージを、もう、こう……ぶっちぎってやろうと思ってね!


 まだまだ色々足りないが、特にまだ体力が備わっていないんだと思う。赤ジャージはあれだけ全力で走っても派手に息切れはしていなかった。それどころか走った直後でも余裕で走っていた。たぶん僕は走っている最中に体力が切れてスピードが落ちているんだろう。

 ……まあ、それはいいとして。


「そういえば、柳君の家ってどこだっけ?」

「前に少し触れたが」

「うん。駅の向こう側でしょ」


 ここ八十一高校から八十一商店街を抜けた先にある、八十一駅。その近辺は結構な繁華街になっている。柳君の家は、その繁華街を越えた先にあるらしい。


「徒歩だと遠くない?」

「あまり気にならないが」


 いや遠いだろう。歩いていけなくもない距離というだけで、遠いことには変わりないはずだ。


「距離的に自転車通学も認められるはずだけど」

「自転車か……それもいいな」


 まるで他人事のように呟く。……やっぱどこか普通じゃないなぁ、柳君。


 今こそ稼ぎ時とばかりににぎわう八十一商店街を抜け、僕らは八十一駅を目指す。引っ越してきた時に何度かうろついただけで、未だにどこに何があるとか把握していない。聞けば柳君も全然寄り道しないそうだ。まあ、そうだと思ったけど。


「どこで買うんだ?」

「駅の近くの八十一HON-JOっていうショッピングセンターがいいって渋川君が言ってた。とにかく色々あるって」

「HON-JOか。そこなら知っている」

「行ったことは?」

「ない」


 だろうと思ったよ。柳君に人込みは似合わない。


「一段落したら何か食べようね。安ければおごるから」

「ああ」


 駅に近付くにつれ、どこから湧いているのかってくらい人が多くなってきた。

 八十一町はわりとのんびりしている地域らしいが、さすがに繁華街となれば話は別だ。駅へ続く大きな交差点に踏み込むと、雑踏の波が押し寄せ僕らを飲み込んだ。昼食時だからだろうスーツ姿の社会人が多い気がする。それと若者が目立つ。たぶん僕らと同じ学生、きっと高校生だ。八十一高校は土曜日は登校日だが、よその高校は休みなのだろう。羨ましい限りである。

 どこかで車のクラクションが鳴り、それも雑踏に飲まれて消えていく。

 僕らは大きな川の一部となって、人の流れに沿って移動する。あまり密集はしていないが、急に方向転換したら誰かにぶつかりそうだ。

 目当ての八十一HON-JOは、探すまでもなく、目の前にでかい看板があった。


 ショッピングセンター八十一HON-JOは、古くから伝わる八十一町の郷士である本庄さんという人が経営している地方デパートだ。全国進出はしていないが、ここ八十一町のローカルテレビではHON-JOのCMが流れ、それなりに繁盛しているらしい。僕もそのCMは見たことあるが、何のCMなのかよくわからなかったんだよね。だって基本的に渋いナレーションが思わせぶりなことを言って森の画しか映ってなかったから(あれはショッピングセンターが建てられる前の写真らしい。知るか)。

 特に、近年新しく建て直したというだけあって、非常に近代的なデザインでオシャレだった。若者とか若者とか主に若者が吸い込まれるように入っていく。僕らも負けじと足を踏み入れた。


 入ってすぐの案内板でスポーツ用品店の場所を確認する。えー……二階か。二階の角にあるようだ。

 エスカレーターに乗ったその時、僕の網膜が目の前の二人組を捉えた。


 ――チッ!


 思わず舌打ちしたくなった。

 学ランと灰色のブレザーは、二つ隣の駅の三十三高校のものである。共学高である。そして二人は手を繋いでいるというカップルである。そりゃ舌打ちもしたくなるというものだ。特に彼氏が話すたびに触れるんじゃないかってくらい彼女に顔を寄せるのが最高にイラッと来る。狙い澄ましたかのように隕石でも落下してきて直撃すればいいのに。

 まったく。目の毒だわ。見てると怒りと憎しみと殺意しか生まれないわ。


 幸い(彼氏が最高にムカつく)カップルは、スポーツ用品店とは違う方向へと行ってしまった。よかった。もう少しで殺意で人が始末できるかどうか試していただろう。人としてやってはいけないことをやってしまうところだった。……だがやったところで僕は微塵も後悔しないだろうがね!

 道沿いに並ぶメンズショップや雑貨屋、アロマ専門店を流し見しつつ、目当ての店に到着。


 広々とした売り場を見回す。こういうところには全然来る機会がなかったから知らなかったが、普通のTシャツも置いているらしい。スポーツメーカーが作っているのか。結構いいな。

 さて、肝心のジャージはどこだろう?


「一之瀬」


 柳君が指差す先に、それっぽい一角があった。


「おー」


 最近のジャージはかっこいいな。スポーツに縁がなかった僕は、ジャージを意識して見るのも初めてだった。学校指定のシンプル極まるデザインではなく、カラフルでシャープなデザインのものが多い。……意外と派手なのも多いな。僕はスポーツマン=ストイック、という印象があるので、ちょっと違和感がある。まあでも、あの憎き赤ジャージも派手ではあるよな。今時はこんなもんなのかな。

 目移りしつつ片っ端から見ていると、柳君が呼んだ。


「一之瀬、これどうだ?」


 柳君が指差したのは、マネキンに着せている白いウェアだった。サイドに走る細めの赤いラインがかっこいい。


「派手じゃない? 似合うかな?」

「さあ?」


 なんだそれ。じゃあなんで勧めたんだよ。


「試着してみればどうだ?」

「うーん……似合う、か……な……」


 僕の言葉は尻すぼみに消えていった。驚くべきそれを見てしまったからだ。

 お、おいおい……ちょっと待てよ。待ってくれよ。

 僕は目を疑い、手近なところにある上下セットのウェアのタグを見た。


 ――4980円


 oh……予算は三千円なんですが……

 柳君が勧めたウェアなんて5980円である。もはや六千円である。一介の高校生のどこからそんな金が出るんだよ。三千円捻出するのも大変だったのに。

 どうやら僕はジャージを舐めていたようだ。上下セットが欲しいとは思っていたが、まさか予算オーバーとか……


「……柳君、ごめん」

「ん? 何が?」

「金銭的な事情で買えないかも」

「…………」

「……ごめん」

「いくらある?」

「三千円」

「下だけじゃダメなのか? これからの時期を考えれば、上はTシャツで充分だろう」

「せっかく買うんだから上下欲しいんだ。それも気に入ったやつが」

「……そうか」


 いつも冷静冷徹な柳君さえ、わずかに顔を曇らせた。ほ、ほんとごめんよ……田舎から出てきた上にこういうスポーツショップも縁がなかったから、金銭感覚がズレてたんだよ……


「その予算だと、買えるものもだいぶ限られるな」

「いや、出直すよ」


 完全にリサーチ不足だった。

 正直、この三千円でジャージも靴も両方どうにかならないものかと愚考していたくらいだ。さすがに両方は無理だとわかっていたが、よもやジャージだけでもギリギリで買えるかどうかというレベルだったとか。

 僕にとってはこれでもがんばったつもりなんだけどな……三千円じゃダメか。野口先生三人じゃ敵わないか。


「そうだな。出直した方がいいかもな」

「うん。ごめんね、付き合わせた挙句こんなオチで」

「帰り道の途中だから別にいい」


 おぉ……柳君は大人だなぁ……









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