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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
201/202

200.十月二日 日曜日  学園祭     午後一時三分





「恵ちゃん、こっちの娘は? 学校の友達?」

「いや、さっきナンパして引っ掛けてきた。かわいいだろー? 上玉だろー?」


 なんか「上玉」とか言われているが、浴衣姿の可愛い(自分よりも可愛いかもしれないと思える)女の子が、実は男だったと聞かされて驚きを隠せない藍には、そんなのどうでもいいことだった。


 ここはいったいなんなんだ。

 チップ的な文化を積極的に取り入れた斬新奇抜な攻めの形の集大成なのかと。

 これがカーニバルにてトゥギャザーしエキサイトしたボーイズスクールのあるべきスタイルなのかと。

 どうなんだと。そうなのかと。


 そんな藍の疑問を、刺のないマイルドな耳触りの良い「このチップ制度を導入したかのような斬新にして前衛的で画期的な模擬店では何を?」という言葉に置き換えて問いただすと。


「チップ的……? なんかよくわからんが、裸は俺だけだけど?」


 発言するたびにいちいちポーズを変えてこれみよがしに肉体を見せびらかす高井秋雨のボコボコッとした腹筋が異常に気になる藍は、改めて教室内を見た。

 

 ――確かに裸は高井のみだ。これほど挑発的な格好をしているのは彼だけだ。浮いているのも彼だけだ。


 果たしてそれを少し残念に思うのは藍も思春期真っ盛りだからであって仕方ないことであるのは誰にも否定できないことではあるがまあとにかく重要なのは男子の裸ではないのだ。

 北浜恵の幼馴染として紹介された島牧翔なる浴衣のかわいい女子――ではなく男子を筆頭に、ウェイターとして動いている八十一高校生は、制服姿ではなく、思い思いの格好をしている。


 高井は裸。

 島牧翔は女装で浴衣。

 ほかに見られるのは、黒いスーツ姿……に見えるが、どちらかというと燕尾服に近いものを着た男子や、島牧翔と同じように……いや、彼よりもっとはるかにチャレンジャブルに、フリルとかめいっぱいあしらったステキなゴスロリの女装姿に仕上がったすごい奴もいる。

 全員女装しているわけでもないし、裸は一人しかいないし、とにかく統一感というものがない。


 ここは校舎や校庭のような戦場を思わせるほど慌ただしい空間ではないので、基本ウェイターは四人くらいで充分回せているようだ。

 慌ただしさがないどころか余裕さえあるようで、ウェイターと客がのんびり話したりするのも、結構ありのようだ。というかそういうのも売りなのかもしれない。


 知り合いということもあり、高井と島牧は女子二人を窓際にエスコートし、そのまま少し話し込んでいた。


「ねえ翔、ここなんなの?」


 高井の答えではいまいち答えになっていない……というか本当に聞きたいところを答えなかったので、短くも全てを問うような疑問を、北浜恵は己をここに呼んだかわいい幼馴染に訊いた。


「僕も詳しくはわからないんだ」


 と、島牧は首を傾げる。


「確かに僕はコスプレ喫茶って聞いてたから。……あ、えっと」


 根本からの事情を知らない藍の存在を察し、島牧は言葉を選ぶ。


「僕のクラスでは、今年は学園祭の出し物をやらない方向で決まったんだ。クラスの大半以上がクラブの方の出展で参加するからって、あまりにも人が少なくなってね。それで――」


 それで、今年の学園祭当日は丸々フリーになった島牧を始めとした帰宅部の連中は、クラブの助っ人に入ったり、よその教室の手伝いを頼まれたりと、クラス参加ではない方での参加という形で、祭りに貢献することになった。

 単純に言ってしまえば、島牧にも、とある筋から助っ人の要請があったというだけの話だ。


 それがこの「男のうたげ喫茶 (ショータイム有り)」である。


「実は僕、今日まで本当に何も知らなかったんだよ」


 こんな格好させられるとは夢にも思わなかったし、こんなに客を選んで厳重な入店チェックが存在する秘密クラブめいた模擬店になるとも思っていなかった。

 別に浴衣を着るくらいどうってことない。

 元々コスプレ喫茶とは聞いていたから、少々驚きはしたが特に抵抗感はなかった――女性用水着でプールに参加するより何百倍もマシだと素直に思えたからだが、これはさすがに幼馴染にも言えないことだ。


 軽く化粧されたのも別にいい。

 特に「女の子らしくしろ」とか指示されたわけでもないので、格好はこれだが対応は素のままである。


 ただ一つ、とても重要なことがあった。

 島牧がこのコスプレ喫茶に参加するにあたり、決定打になるべき大事な理由があったのだ。


「理由って?」

「うん……実はこれもよくわからないんだけど、このあとなんかすごい大乱闘があるらしいんだ」


 どうにも要領を得ない言葉だが仕方ない。島牧は一年生で、例年の八十一高校学園祭を知らないのだから。

 だが、それについては島牧の隣でこれみよがしに筋肉の流動を見せつけるがごとくゆっくりとスクワットをこなす高井が答えた――ちなみに藍の視線はもう高井の流動する腹筋に釘付けだ!


「イケメン狩りがあるんだ」

「え?」

「イケメン狩り。言葉通りの意味で、イケメンが狩られるっつー俺のようなイケメンには恐ろしい、喧嘩祭り最大のイベントだ」


 もうなんと言っていいのか。やはり八十一高校は普通じゃないとしか言いようがない。





 しかしだ。

 高井も……まあ顔は悪くないが肉体的な意味では非常に美しいとして、この島牧翔や他のウェイターを見るに、ここにいる八十一校生はかなりのイケメン揃いである。

 というか男が女装でゴスロリ着ている時点でかなりのチャレンジャーであって、それを違和感なく着こなしているのだから、素材の良さは疑う余地がない。


 己の中に何らかのフェチズムが生まれそうな兆しが現れていた藍は、気づいたことがある。自分でも意外なくらい割れた腹筋に目を奪われる内なる自分の趣味に気づいたことではなく。


「もしかして、安全地帯ですか?」


 ここにいるウェイター達は、とても見目麗しい。

 どういう基準で選ばれているのか、また誰が選んでいるのか、その辺の裏事情はまったくわからない。

 だが、とにかく共通している点を述べるのであれば、島牧翔を始めとしてホスト側の全員がイケメンということだ。――高井は顔ではなく身体的な意味での人材かもしれないが。身体はとても美しい。藍はなかなか腹筋から目を逸らせないくらいの肉体美だ。


 この八十一高校学園祭らしからぬ穏やかな空間。

 飢えた獣にしか見えない八十一校生ばかりなのに対し、別に女に飢えてなさそうな、飢える理由が存在しないようなイケメン達。

 そしてこの女だけしか存在しない客層。


 入った時に感じた「別次元のようだ」という感想そのまま、ここだけは別次元という括りで正解なのだろう。


 つまり、これから学園祭で最大のイベントが行われようとも、この場所は無関係でいられるということだ。


「うん、実は――」

「代々続いてる出店だ。毎年どこのクラスでやるかは決まっていないがな」


 島牧の言葉を遮るようにして話に入ってきたのは、ゴスロリの少女……ではなく、少年だ。――人形めいたメイクを施した、どう見ても美少女にしか見えない少年だ。

 底の高い靴を履いているのでよくわからないが、恐らく身長は百六十二、三センチ。広がる服を着ているのに細く見えるので、かなり華奢だろう。黒いヘッドドレスの下は豪奢な巻き毛の金髪はふわふわと広がり、元々色白なのだろう顔は化粧のせいで更に白くなっている。この格好で不自然に思えないほどの美形で、黙っていれば本当にフランス人形のようだ。白と黒のツートンカラーのワンピースはレースやフリルをあしらい、同じく白黒で揃えたストライプのニーソックスがなんとも……短いスカートとニーソックスの狭間にあやしく輝くチラリと見える肌色――絶対領域なるものに騒ぎ立てる男の気持ちが若干わからんでもない脚線美。


 遠目で見てもわかったが、近くで見ても怖いほどの美しさである。

 そして、これで男だという事実である。


 女としての自信が揺らぎそうな目の前の存在に、藍はちょっぴりヘコんだ。これで男はないだろう、と。島牧も含めて。

 さすがは八十一高校、こんなところでも規格外である。


「……」


 ふと横の北浜恵を見れば、おもいっきりショックを受けた顔をしていた――こちらはちょっぴりどころの衝撃ではなかったらしい。気持ちはとてもよくわかる。「男前度では勝ってますよ!」と心の中でフォローを入れておいた。


「注文取ったか? まだ? 早く紅茶持ってこい。そっちの裸はババアどもが呼んでいるぞ。せいぜい商品券を巻き上げてこい」

「あ、はい」「ういっす」


 ゴスロリはテキパキと指示を出し、島牧と高井を追い払った。

 そして、まだちょっと事情が飲み込めていない女二人に向き直る。


「おまえの言う通り、ここは安全地帯だ。毎年『男の宴』って名前の喫茶店を出して、関係者から紹介を受けた客だけ入れることになっている。――ちなみに紅茶はフリードリンクだ。クッキーとシフォンケーキは金を取るぞ」

「は、はあ……」


 見た目に反して男らしい口調である。それでも北浜恵の方が男前に思えるが。「男としては勝ってますよ!」とでもフォローを入れたいところだが、「女としては?」と返されると何も言えなくなるので言えやしない。……だいたい冷静に考えてフォローにもなっていないし。


「イケメン狩りが介入しない場所ってことですよね?」

「そうだ。ちなみにイケメン狩りってのは、毎年学園祭のシメに行われる女装コンテストへの強制的な他薦だ。……先に言うが俺は参加する気はないからな」

「あ、じゃあ、その服装はご趣味でいらっしゃると」

「いらっしゃるわけねーだろ。好きでこんな格好してたまるか」


 格好やその辺のことも、裏事情がありそうだ。しかしよくお似合いだが。


「ま、どうせここにいれば関係ないからな。ゆっくりしていけ。――おっと、写真は一枚だけだからな?」


 全然その気はなかったが、言われて見ると確かにこのゴスロリ美少女の女装美少年の写真は、ちょっと欲しかった。女装の完成度もすごいが、ゴシックロリータ的なファッションもすごいのだ。


「ツーショットでもいいですか?」

「いいけど、俺が隣にいたらおまえが霞んじまうかもよ? 女として」


 なんとも自意識過剰なセリフだ。……まあ彼が言うと納得できなくもないが。









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