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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
199/202

198.十月二日 日曜日  学園祭 幕ノ七  午後一時三分





 兄が難色を示した理由がよくわかった。

 最初は「活気がある学園祭だ」と思ったが、それは徐々に「活気がありすぎる学園祭」と認識を変えざるを得なくなる。

 そして、なんだかよくわからない内に。

 いったい何の火種があったのか、何が原因だったのかさえわからないまま。


 目の前で大乱闘が始まった。


「……」


 ところで。

 あれほど「一人で行動するな」と言われていたのに。


 なぜ、今、一人なのだろう。





 大乱闘が起こっている校庭の片隅で、やなぎあいは一人だった。

 通称喧嘩祭りとさえ言われている悪名高い八十一高校学園祭に来る条件として、兄には「一人で行動するな」「勝手に動くな」と厳しく言われていたのに、一人だった。


 妹としては、色々と心配な兄と、悪い意味で有名な八十一高校を見ておきたかっただけなのだが。

 どうやら兄は、妹の想像をはるかに超える、なんとも強烈な高校に通っているようだ。


 今日が特別なのだろう、とは思う。

 なにせ通称喧嘩祭りである。いかにも喧嘩っ速そうな客層でもあったし、こういうのも今日だけは(・・・・・)起こるべくして……という気もする。

 さすがに日常的にこんな乱闘が起こっているとは思えない。


 ――予想に反して案外よく起こっているのだが。しかも職員室まわりで。


 短時間に衝撃的なことが怒涛のように押し寄せたので、いまいち現状が理解できない。

 擦れ違ったり近くにいたりする八十一校男子がチラッチラッと、あるいはじーっと、やたらこちらを気にしているのもやや理解できない。何か用があるなら言えばいいのに。ナンパならすぐに断ってやるのに。


 ――綺麗すぎて敬遠していたり、見ているだけで満足だったりしているのだが、そこまでは藍にもわからない。


 まあそれはともかく、順を追って考えてみる。


 実は、こうして藍の目の前で乱闘が起こるのは、二度目である。

 まるで過去に見たものをもう一度見るデジャヴのようなものを感じさせるが、本当に二度目なのだ。


 午前中、約束の場所で兄と合流し、一緒にいた月山凛と一緒にバスケットボールを楽しみ、それから。

 月山凛が兄に告白したい素振りを見せたので、気を遣って少しだけ二人から離れた。


 そして、予想だにしないいろんなことが起こった。


 月山凛の告白を皮切りに、兄を中心にして乱闘が始まったり。

 やたら綺麗な人 (天城山飛鳥)が乱入してきたり。

 何もできないまま……いや、理解の範疇を越え過ぎているせいで、目の前で何が起こり始めたのかさえ認識できず呆然としていると、八十一の教師らしき中年男性に「危ないから下がりなさい」と言われるまま下がり、校舎近くの下駄箱が並んでいる玄関口まで避難した。


 そんな流れで兄と別れて一人になって。

 その直後、こんなことが起こった。





「ねえねえ、一人?」


 やはり男子校の学園祭というべきか、ナンパが多い。藍は校門をくぐる前から、八十一高校付近から頻繁にナンパされている。

 いつだったか、八十一校生に囲まれたこともあるくらいなので、それくらいは予想していたが。


 しかし、女子に声を掛けられたのは、さすがに藍も初めてだった。


 「はい?」と返事をして振り返り、相手を見る。……二歳か三歳くらい年上の、恐らく女子高生だ。ホワイトデニムに長袖シャツという気負いのない格好で、丸く整えられたショートカットは快活そうな動きに合わせて跳ねた。

 すらっとした身体に切れ長の瞳の印象が強く、なんというか、あえて「男前」と評したい雰囲気があった。


「時間あるなら一緒に二年A組に行かない?」

「……はい?」


 相手は女性ということで警戒心は薄いが、言葉の内容的には思いっきりナンパである。


「一人でいると面倒が多いじゃない。そして私はものすごい方向音痴だから一人で行ける自信がない。その辺には男しかいないし、男に声を掛けたらいらない誤解を招きそうだからイヤ。そういうわけで女一人という珍しいあなたに声を掛けたというわけ」


 諸々とてもわかりやすい説明だった。

 逆の立場なら、藍も女一人を見つけたら声をかけたかもしれない。こう男子が多い環境では、心細いので同性と一緒にいたいとは思う。

 通称から連想できる通り、ホスト側も客側も基本男ばかりなので、彼女の言う通り女が一人でいるというのはそこそこ珍しいのだ。二、三人くらいのグループならちらほら見るのだが。ピンクの特攻服とか。


「えっと、お一人ですか?」


 藍は一時的に一人になっているだけに過ぎない。だが口調からして彼女は一人で来たようだ。


「友達誘って来れる場所じゃないからね」


 納得である。

 喧嘩祭りなんて言われる八十一高校学園祭だ。だから藍も友達を誘わず、一人で来て兄と現地合流したのだ。そしてしつこいくらいに「単独行動はするな」と言い聞かされた。……あれだけ言っても、こうしてはぐれるのだから、突発的な出来事というものはなかなかの驚異だ。


 藍はここで迷った。

 このまま待っていれば、すぐに兄とは連絡が取れるだろう。そしてすぐ合流する運びになるに違いない――目の前の乱闘に思いっきり巻き込まれているものの、藍は兄がこのくらいものともしないことを知っている。逃げるのか立ち向かうのかは知らないが、どちらにせよ大丈夫だろう。教師もちらほら仲介に入っているし。

 藍はあくまでも一時的に一人でいるだけ。

 またすぐ兄と行動するだろうことを考えると、この女性の誘いに乗って勝手に移動するわけにはいかない。


 だが、少し気にはなる。

 この環境でこの境遇でこの客層である。彼女の言う通り、女子一人で行動するのは抵抗があるだろう。ナンパの声かけに対応するのも、この人混みの中で慣れない場所を歩くのも、さぞ面倒臭いだろう。


 こんな時である。

 藍にとってはほんの少しだけ発生した、イレギュラーな一人の時間である。

 兄の目から離れたわずかな単独行動中に偶然会えたのだろうこの出会いは、果たして無下にして良いのだろうか。


 そんな迷いを経て、藍の頭脳は「否」の答えと同時に、合理的な「はぐれる理由」を割り出した。


「それじゃ、二年A組……でしたか? そこまで一緒に行きましょう」

「あ、ほんと? いいの?」

「ええ」


 兄には「迷子を拾ったから二年A組まで送る」とメールしておけばいいだろう。

 嘘は吐いていない。

 兄は「子供でも拾ったのか」と連想するかもしれないが……相手の方が年上っぽいが、それでも嘘ではない。


 とにかく、校庭の揉め事が片付けば飛んでくるはずだ。そこで合流すればいい。


「ちなみに二年A組では何を?」

「コスプレ喫茶って聞いてたんだけど……なんか違うっぽいんだよね。なんだっけ?」


 彼女はデニムのポケットから、四つ折りにしたチラシを出して広げる。藍も来た時に、校門付近で雪崩のように押し寄せるビラ配りから何十枚も押し付けられた。ついでにナンパもされた。


「えーっと……『男子の魅力を全力でさらけ出す! 男のうたげ喫茶 ~ショータイム有ります~』だって」


 藍は思った。

 というか、思った時点ですでに口に出してしまった。


「それはチップ的な臭いがする出し物ってことですか」


 意味深な膨らみを意味深に誇示するビキニ的なパンツ一丁で場合によっては意味深なネクタイだけ首から下げたパンイチという極めて裸に近いだが裸より魅惑的な格好の男性がその自慢の身体を見せつけるかのように煽情的な意味深な膨らみを中心とした踊りを披露しつつ客席まで迫り来るのでその意味深な膨らみを意味深に誇示するビキニ型のえっらい露出しちゃっているパンツに紙幣を突っ込んでその肉体への価値を評価するという藍の知識ではそこまでしかわからない大人の世界に存在するアレのことではなかろうかどうなんだそうなのかと。どうなんだと。そうなのかと。


 高性能な藍の頭脳は、瞬時にそこまで考えてしまった。

 知能指数が高い脳とは、時に残酷な思考を意識せずとも想起するのだ。


「いや学園祭でストリップはやらんでしょ」


 と、彼女は笑いながらチラシを畳んだ。





 ――彼女たちは知らない。


 例年それに近い模擬店が出されていたことを。

 今年九ヶ姫女学園の介入がなければ、今年もそれっぽいのを普通にやっていただろうことを。


 男子校は常に、女子の想像の上を行く。









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