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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
195/202

194.十月二日 日曜日  学園祭 幕ノ五  午前十二時零分




「――会長、十二時です」


 奇しくもこの言葉は、違う場所で重なっていた。


 一つは八十一高校生徒会室。

 二年生・副会長の相馬(そうま)(はじめ)が、会長である茅ヶ崎(ちがさき)信成(のぶなり)に放ったもの。


 学園祭……俗に喧嘩祭りと呼ばれる大規模なイベントの裏方であり、当日も裏で支え続けている八十一生徒会は、気の休まる時がない。

 司令塔である生徒会長は生徒会室を動かず、上がってくる揉め事の報告を吟味し、校内を歩き回っている風紀委員や役員に的確に指示してトラブルに対処している。

 無類の強さで悪ガキどもを締め上げていく教師陣の指揮権さえ、今は生徒会に一任されていたりする。まあ「体育館脇の茂みでタバコを吸っている者がいるので対処してください」だの「来客者同士が喧嘩しているのでどうにかしてください」だの、そのくらいの要望しかできないが。しかしこれが滞ったら十分や二十分で学校が荒れることだろう。

 トラブルは伝染するのだ。腐ったりんごだのみかんのように。


 もう一つは、ひと気の多い廊下。

 できるだけ多くの出展を回ろうとしている九ヶ姫女学園生徒会の一員・久居(ひさい)日和(ひより)が、生徒会長・富貴真理に放ったものだ。

 現在九ヶ姫生徒会は、来場客の多さから団体行動だと動きづらいと判断し、会長である富貴と副会長である羽村優との二班に別れて行動している。


 富貴は「あらもう時間?」と、時が過ぎる速さに驚いていた。

 それだけ夢中になって回っていたということだ。

 他校の学園祭は初体験ではないが、ここまで知っているものと違う学園祭は初めてだった。知っていた「活気がある」が霞み、知っていた「満員御礼」が比べるべくもなく更新されていく。

 後日に控えている九ヶ姫女学園の文化祭の参考になりそうなものでもないかと、見回りを兼ねて探索しているが、……まあ、ちょっと傾向と毛色と客層が違いすぎるので、参考にはできないが。


 しかし見習う点はあるだろう。

 たとえばあのたこ焼き屋をやっている教室など、材料の原価と値段を考えればそこそこ適正かもしれないが、一緒に提供しているお茶でかなりの暴利を貪って……まあとにかく、それなりに工夫はなされている。趣味が悪いと言われそうだが、そういうところを見て考えるのは楽しかった。


 二校の生徒会長は、十二時を一つの区切りにしていた。

 これから、八十一高校学園祭の目玉にして仕上げである、「ミス・八十一決定戦 ~ドキッ、アニキにときめく三秒前~」の準備が始まるのだ。





「失礼します」


 生徒会室に戻った富貴と久居は、出て行った時と同じ位置にいる八十一高校生徒会長と副会長に迎えられた。


「見回りご苦労さん」


 常にニヤニヤ笑っているような顔が印象的な、茅ヶ崎信成。気が抜けていてだらしなくて言葉遣いも軽く基本的にやる気がないという、典型的な昼行灯タイプだ。

 そう、昼行灯タイプだ。

 富貴ほか九ヶ姫生徒会は、すでに茅ヶ崎の切れ者っぷりを知っている。彼ほど見かけに寄らない人物は珍しいだろう。


「お疲れ様です。昼食はお済みですか?」


 そんなだらだらしている生徒会長を支えているのは、笑顔がかわいい副会長・相馬元。背も小さく身体も細く、穏やかで気が弱そうに見える男子生徒だ。

 が、これも切れ者だ。茅ヶ崎よりこちらの方が読みづらいとさえ思えるほどに。


「ええ。たこ焼きを」


 食券を貰っていたので、「明石焼きカフェ」でテイクアウトして、空いた場所で食べてきた。


「あ、あれ食ったの? うまかったよねー」


 どうやらこちらでも食べたようだ。そういえば配達販売もしていたし、そっちで頼んだのかもしれない。


「試作段階でもうまかったけど、今日のはもっとうまかった。あれやっぱダシが違うのかな?」

「そうね。たぶんダシだと思うけれど」


 作ったことさえない富貴には、さすがにわからない。

 「冷たいお茶にしますね」と席を立つ相馬に「ありがとう」と返し、富貴と久居は茅ヶ崎の向かいに座った。一般教室で使われている机を「ロ」の形で正方形に固めただけの配置である。

 部屋の片隅には冷蔵庫があったりする。昔の生徒会長が夏の暑さに負けて、役員からカンパを集めて中古で買ったらしい。型は古いがまだまだ現役だ。


「うちの学園祭どうだった? ナンパされた? されたでしょー? 俺ならするね」

「まあ」


 されたと言えばされたし。この高校の生徒にもヤンキーにも。十歩歩くごとに。

 もうまともに歩けないと判断したので、最終的には手で制するだけのガン無視になってしまった。


「なんか参考になるところあった?」

「うーん……一概には」


 参考にできるところもあるのだろうが、圧倒的に参考にしたくないところとできないところの方が多くて、どうとも言えない。


「茅ヶ崎先輩、九ヶ姫(うち)絡みのトラブルは何かありましたか?」


 と、会話の隙をついて久居が口を開いた。久居日和は一年生である。


「ぼちぼちかなぁ」

「具体的にお願いできます?」


 久居はあまり、このだらだらした生徒会長がお気に召さないようだ。良く言えば規則に忠実で、悪く言えば頭が堅いのだ。


「こんだけ人がいるんだしさー。トラブルがない方がおかしいでしょー」

「だから具体的にお願いできますか?」

「日和」


 言葉に険が含まれたので、富貴がたしなめた。


 ――まだまだ経験不足、と言ったところだろう。


 茅ヶ崎が言葉をにごしているのは、「九ヶ姫女学園の生徒に問題はありません、ということにしている」からだ。

 九ヶ姫の生徒が問題を起こす、というのはほとんど考えられないが、トラブルに巻き込まれる可能性はすこぶる高い。……というか実際起こっているんだろう。

 だがそれをトラブルと考えるのか否か、トラブルにしてしまっていいのかどうか、というのは別問題だ。


 わかりやすく言うと、加害者にも被害者にもしない、ということだ。


 他校で問題に巻き込まれたと言えば、加害者だろうが被害者だろうが、トラブルに関わることになる。それは大きな事件にもなりえる火種である。

 茅ヶ崎は、「火種はなかった(こうていする)」とも「火種は消した《ひていする》」とも言わず、「火種そのものがなかった」ということにして処理しているのだ。


 別に九ヶ姫に気を遣ってのことではない。八十一としてもその方が都合がいいからだ。

 九ヶ姫と揉めていいことなんて一切ないし、それは九ヶ姫側としても同じである。


「大した問題は起こってませんよ。そういう報告はありませんから」


 わざわざ淹れた緑茶を、氷を落としてグリーンアイスティーにして持ってきた相馬は、富貴と久居の横からグラスを置く。


「報告がなくても起こっていないことにはならないと思いますが」

「そう?」


 相馬に至近距離で微笑まれ、久居は目を逸らした。――茅ヶ崎は嫌いだけど相馬は若干好みらしい。


「久居ちゃんはかわいいねー」

「は? なんですそれ? セクハラですか?」

「かわいいでしょ? うちの自慢の一年よ」

「え? 会長までなんですか?」


 どうやら生徒会長同士は、そこそこ気が合うようだ。





 さて。


「じゃ、これから起こることを説明するね。相馬君、しばらく指揮よろしく」

「はい」


 茅ヶ崎が差し出す携帯を持って生徒会室を出て行ったところで、彼は「十二時を区切りにした理由」を離し始めた。


「八十一高校学園祭は、『ミス・八十一決定戦 ~ドキッ、アニキにときめく三秒前~』でシメになる。えー、時間にすると二時半から三時だね。体育館で開催します。前に話していた通り、富貴さんは九ヶ姫からのゲストとして審査員お願いね」


 そこまでは、聞いていた通りである。打ち合わせも済んでいる。


「で、八十一(うち)の学園祭を見てもらった今だから話せるんだけど、これから『イケメン狩り』が始まります」

「「え?」」


 富貴も久居も、どうにもヤバイ言葉の響きに耳を疑う。


 ――だが、確かに今なら話せる。というより納得できる。


 八十一高校学園祭は、別名「喧嘩祭り」に恥じない出来である。

 応援団出展の「気迫併せ」は本当に殴り合いをしているし、そこかしこで喧嘩が行われそうな危険な雰囲気の男たちがいた。

 客層が客層なだけに、むしろそうなって普通とさえ思えなくもないところだが……まあとにかく、揉め事は多そうだ。

 言葉通りの意味なのだろう。本当に。そのまんまの。


 耳を疑ったが、しかしこの八十一高校学園祭なら、言葉通りの解釈のそれが起こっても普通に納得はできる。

 学園祭を見たあとで説明する辺り、たぶん説明が面倒だったのだろう。


 ……それか、「暴力」絡みの発言をしたくないか、だ。詳しい説明もしたくないのだろう。立場上。


「その『イケメン狩り』なんだけど、これは『ミス・八十一決定戦』に出すメンバーをね、他薦で選ぶ行為なわけ。部外者参加型の『ミス・八十一決定戦』の前哨戦みたいなもんだね」

他薦で選ぶ(・・・・・)、ねぇ……」


 不敵に笑う富貴に、「そうなのよー」と軽く首肯する茅ヶ崎。


 ――選ぶなんて生易しいものではなく、ほぼ強制だろう。だから「狩り」なのだ。


「一時から校内放送で呼びかけるんだけど、気の早い連中はそろそろ始めちゃうわけね。場所は主に校庭なんだけど、中には場所を選ばず始めちゃう連中もいるのよ」

「うちの生徒の安全は?」

「ん? 特に対策なんてないけど? だってたかが学園祭の一環だもの」

「ちょっ――」


 立ち上がりかける久居を、富貴は肩に手を置き抑えた。

 久居の気持ちはわかる。

 今の茅ヶ崎の返答は「問題なんて起こらないんだから特に警護なんてしない」と言っているようなもの。久居が「うちの生徒を見捨てた」と連想するのもわかる。あと「だもの」にイラッとしたのだろう。そっちは富貴も同じである。


 だが、実際は、本当に言葉通りだ。


「そうよね? 何かある(・・・・)わけがない(・・・・・)ものね?」

「あったりまえでしょー。標的は男のみだし、何よりここは八十一高校だよ?」


 ――九ヶ姫女学園の生徒を守るのは、八十一高校の生徒全員 (ただし下心あり)。


 つまり、これまで通りだ、ということだ。










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