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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
194/202

193.十月二日 日曜日  学園祭      午前十一時四十三分





 ところで。

 校庭を突っ切っていた時はともかく、こうして周囲に人がまばらになると、どうしても目立ってしまう。


 もはや地元では有名人となっている、三大美姫なんて大層な二つ名を付けられてなお名前負けしない月山凛と。

 その月山凛と一緒にいて、まったく遜色のない柳蒼次。


 人込みに紛れている時とは違い、この組み合わせは視線を集めていた。しかも仲良さげに手を繋いでいて、明らかに女の方はもうあからさまなほどに「恋する少女」の顔をしている。


 リア充である。

 どこからどう見ても、同年代ではトップクラスのリア充である。


 実際のところはかなり一方的な片思いでしかないのだが、傍目にはどう見てもリアルが最高に充実しているカップルである。

 それはもう、バカでヤンチャな男たちは元より、恋人同士で来ているような者たちの男女の目をも釘付けにし、男女交際に関してちょっと距離を置いている九ヶ姫女子はおろか、浮いているようで意外と溶け込んでいるピンクの特攻服を着ている男女交際禁止のアウトロー気味の女たちでさえ、ちょっと羨ましいと思えるほどの輝きを放つ充実っぷりである。


 二人を台風の目にして、渦巻き始める羨望と嫉妬。

 自然と湧き上がる黒い感情と、なぜか知らず握り締めている悲しい拳。


 微笑ましく見守ることのできない心の狭い――否、自分よりはるかにリア充している者へ向ける当然の感情と言うべきものが、二人の周りに漂い始めていたのだが。


 柳と月山は、全然気づいていなかった。





 校庭の隅には、一面のみのバスケットコートがある。

 バスケ部は基本的に体育館で活動するので、このコートはバスケ好きの卒業生が勝手に作ったもの、と言われているが、真偽は定かではない。

 このまともな整備のされていない古ぼけたリングのあるコートは、今でも現役である。平日は昼休みや放課後遊んでいる生徒がいるし、毎年学園祭ではストリートバスケの舞台としてバスケ部が利用している。


 ラップ的な音楽を流し、明らかに悪そうな格好をした……まあいわゆる喧嘩もするしバスケも好きというストリート系の危なそうな男女が集まり、バスケットボールに興じている。

 バスケ部名物「賭けバスケ」。

 参加料を取って、八十一高校の精鋭たちに勝てればジュースを進呈、という出展である。「賭け」とは言っているが、さすがに直で金銭をどうこうはしていない。


 基本が「喧嘩祭り」と言われるだけあって、毎年危なそうな連中が多いのだが、今年は若干雰囲気が明るい。

 今年は客層が違うせいだ。

 さわやかな格好の大学生っぽいのから普通の中高生の男女に、意外や意外、ここにも九ヶ姫の女生徒が何名かいた。さすがに白い制服は浮いているが。まあ馴染まれても逆に困る。


 コートは一面、リングは二つ。しかし使用しているのは一つだけで、もう一つの方は次にやるチームが練習する控え場所になっている。

 どちらも使用中なので、商売は繁盛しているようだ。


「ここが目的地?」

「ああ」


 柳の目的の場所は、ここだ。

 柳はごく自然に月山の手を離し、コートへ近付く。月山はものすごく名残惜しそうに自分の手を見つめ、溜息をついて後を追う。


「おう柳! 来たか!」


 ホスト――挑戦を受けもてなす側である八十一高校バスケ部は、学校指定の体操服やジャージで迎え打つ。客層を見ると、もはや場違いに見えるほど地味な体操服集団の一員が、柳を見かけて歩み寄ってきた。


「勝ってるか?」

「当然。今んとこ三敗のみ」


 地味なジャージ姿でも隠しきれない、見事な細マッチョを誇る筋肉男(バイソン)こと高井秋雨である。


「つか遅かったな。こんなに遅いとは思わなかったぜ」

「教室が忙しかった」

「お、バカ売れか?」

「もうそんな次元は超えている気がする」

「そんなにか!? まあ確かに美味かったもんな、あれ。さすが松茂としか言えなかったしな」


 ――ちなみに柳蒼次、たこ焼きはともかくとして、明石焼きは今回の試食で初体験を済ませた。あれはいいものである。


「妹は? 来てるか?」

「向こうの九ヶ姫の連中に預けた」


 見れば、確かにいる。何かしら話し込んでいるようだ。

 この場違いに浮いている九ヶ姫の女生徒たちは、九ヶ姫女学園のバスケ部である。実は夏祭りの肝試しで高井と一緒に回った相手がバスケ部の女子で、その伝で遊びに来ていた。

 彼女らは、八十一高校のバスケ部やストリートで遊んでいる挑戦者たちが思いのほかレベルが高いので、勉強も兼ねて少しだけ長居しているという状況である。


「俺ももうすぐ終わるから、一緒に回ろうぜ」

「それは構わないが……」


 柳は、後ろにいる月山凛を気にした。こいつも付いてくるだろうな、そろそろ追い払ってもいいだろうか、と思案して。


「……あれ? 昨日会ったよな?」


 高井が月山に気づく。基本的に女性より己が肉体を追求する方に熱心なだけに、三大美姫を前にしても反応が淡白である。昨日とあるイベントで同じテーブルに着いた時も似たようなものだった。


「こんにちは、高井くん」

「ああ、やっぱり昨日会ったよな。月山だっけ? おいなんだよ柳、女連れかよ。だったらこんなところで油売ってないでデートでもしてこいよ」


 月山凛、心の中でガッツポーズである。高井がんばれ負けるな行け押せもっと押せ、とエールを心の中でえげつないほど激しくエールを送る。


「先約があるから無理だな」


 月山凛、目に見えて落ち込む。それはそれはえげつないほど落ち込んだ。


「先約ってなんだよ。他の女か?」

「妹だ」


 ――正直なところ、柳の妹・藍が八十一高校の学園祭に来ることは、兄としては大反対である。賛成する理由が一切ない。欠片ほどもない。髪の毛一本分さえ存在しない。


 毎日ここに通って八十一高校の普段を知っているだけに、その高校の学園祭ともなれば普段以上の馬鹿馬鹿しさに満ちることは、もはや必然であると思えた。「喧嘩祭り」なんて言われなくてもそれくらいはすぐに察しがついた。

 現に、毎年女子の来客は非常に少なく、近隣の中学校等では「八十一高校の学園祭に参加しないでください。そもそも普段から学校の近くに行かないでください」と、中学校教諭から普通にホームルームで通達があったりするらしい。

 今年が特別なのだ。

 例年、ストリートにいる危なそうな連中で溢れ返っていたのが常で、まさしく「喧嘩祭り」の名に相応しい有様だったのだから。


 しかし人は、特に十代は、「行くな」だの「ダメだ」と言われると、余計に興味を示すものである。


 近隣ではバカが多いことで有名な高校。

 バカの伝説は日々を追うごとに真新しいものに更新されていき。

 不思議と荒れることはないのに、荒々しいイベントが多く。

 毎日必ず誰かがバカやって事件を起こしている、という自由極まりない校風。


 そんな八十一高校の学園祭である。

 果たして「喧嘩祭り」とまで言われるほどの学園祭とはどれほどのものなのか。


 客層だけ見ればだいたいヤンキーしかいない、というのがこれまでの学園祭だった。さすがに興味があっても、参加するには尻込みするだろう。校門前まで来て怖気づいて退散した者も少なくないだろう。

 だが、例年通りなら絶対に来ない客層が、今年は来ている。

 それもあのお嬢様校との合同で行われる。


 まさに火と油に等しい関係であるところの二校が合同で開催する――それは興味はあったが怖くて来れない、という中高生層には渡りに船の情報だった。

 あのお嬢様たちが参加できるなら自分たちも大丈夫だろう、と。そう考え来場した者も少なくなかった。


 そんな、ほんの少しだけ開かれた門に、妹が入りたいと言い出した。


 藍としては、いささか世間慣れしていない兄が、普段どんな環境で過ごしているのか見たかっただけなのだが――そんなことより兄としては妹の身の安全の方が大切である。この高校に突発するトラブルの多さは尋常ではない。その気があろうとなかろうと、気をつけていようといまいと、そんな個人レベルの気構えや注意力では回避できるものではないものも多い。

 そんな環境に身内を呼ぶなど、冗談ではない。


 だが兄としては、反対を言い切ることができなかった。

 下手に断って勝手に来られて自分の知らないところでトラブルに巻き込まれでもしたら、それこそ助けようも庇いようもないではないか。

 ならば最初から最後まで妹に付き添おうと、柳はもう決めていた。心配すぎて目が離せない。


 藍とは、校門から入ってすぐの場所にあるこのバスケットコートで待ち合わせをしていた。高井が今日はここに詰めることを知っていたので、自分が迎えに来るまで面倒を見るよう頼んでおいたのだ。

 絶対に一人で行動させないでくれ、と。


「もしかしておまえシスコン?」


 どうやら柳の言動諸々は、高井には過保護に思えたようだ。


「この学園祭を妹一人で回らせろとでも言うのか?」


 身内を心配して何が悪い。別にそう呼ばれても構わない。


「…………」

「…………」


 周囲を見れば、年季の入ったスキンヘッドにタトゥーを入れているムキムキの日焼け男や、そいつらに敵対でもしているらしき奴らを筆頭に、ここにはストリート系のいかにも危なそうな連中がたむろしている。ここ以外でもヤンキーが多い。ピンクの特攻服もいる。


「……そうだな。一緒の方が絶対いいだろうな」


 トラブル慣れしている八十一高生には、そこまでの脅威には見えないが。しかし冷静に見ればそういうこと(・・・・・・)でしかないだろう。


 ちなみに今年は、女子に見られているということでえらいはりきっている八十一高校バスケットボール部の頼もしくも飢えた男たちが、九ヶ姫女子やノーマルっぽい女子がナンパされたりちょっかい掛ける男を、真剣に見張っている。

 「俺たちの限りあるチャンスを横から掻っ攫われてたまるか」という気持ちで。

 ここら一帯でナンパなんて絶対許さない、という気概を以って。

 こんな時でもなければ、クラブで上級生に絞られながら磨きに磨いたテクニックを見せ付ける機会なんて早々ないことを知っているので、心底張り切っているのだ。


「まあいいや。行く前に一回遊んでいけよ」 

「待ち時間は?」

「一試合五分だから……十分くらいかな。それくらいいいじゃん、おまえと月山と妹でやれば」


 「そうだな」と、柳は黙って会話を聞いている月山を振り返った。


「どうする?」

「う、うん」


 聞くまでもなく、月山の答えはYESである。「柳くんとバスケできるイェー!」と喜び溢れた顔に書いてあった。


「で、これから予定立ってんの? 終わったらどこ行くんだ?」

「何も決まってないが……ああ、例のイベントにはたぶん行く。八十一高校学園祭の締めの行事らしいからな」

「ああ、アレな。俺も行くからその時落ち合おうぜ――ああ、そうそう」


 高井は笑いながら、本当に軽い調子で言った。





「そろそろイケメン狩りが始まるらしいぜ。お互い気をつけような」









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