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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
190/202

189.十月二日 日曜日  学園祭      午前十時五十八分





 刻々と薄れゆく女子への執着。

 一年B組で働く男たちは、およそ八十一高生らしさを感じさせない真面目な対応と仕事っぷりで、どんどん客をさばいて行く。


 この「明石焼きカフェ」は、名前の通り喫茶店みたいなメニューを提供している。出せる食べ物はたこ焼きと明石焼きで、飲み物は緑茶とウーロン茶を紙コップで出している。

 メインであるたこ焼きと明石焼きの材料は、食い物関係に異様に強い松茂秀人が請け負い、一人で材料を揃えた。こちらはクラス全員で金を出し合って購入しているので、負担はほとんどない。

 飲み物は、頼れる地元の商店街で、ペットボトルのものを箱で買ってかなり安く仕入れることに成功していた。しかも出すのは紙コップで、である。ペットボトル一本あたりの値段はアレなのに飲み物代はコレ、という風に、システムを冷静に見ると結構あくどいことになっているが、まあ、ともかく。


 目の前の女神(じょし)に見向きもしなくなってきた一年B組の男たちは、決して勉学に向けられることのない集中力を発揮し、教室内外を慌しく動き回っていた。


 そんな中、冷静な男が三人いる。


 一人は裏で焼き方を務めている松茂。

 残りの材料と売れるペースとその他諸々を冷静に計算し、このまま行けば二時前には完売するだろう、と予測を立てていた。

 あえて、わざと残すくらい大量に材料を用意していたのに、大盛況ゆえのまさかの「準備万端」という形になってしまった。本来の予想ではゆっくりだらだら売れ続けて昼時にピークを迎えて、まただらだら過ぎて学園祭が終了し、材料が残ると踏んでいたのに。

 ――持って帰ろうと思っていたのに。


 もう一人は、副委員長の西沢。

 西沢は状況を見て、開場してからすぐに教室を飛び出し廊下での活動に入っている。本来やるつもりのなかったテイクアウトの注文を取りつつ列の整理をし、要請があれば荷物を置かせてもらっている隣のC組から、飲み物の入ったダンボールや紙コップを持ってくる、という雑用を務めていた。


 そしてクラス委員長の竹田。

 今日ばかりは「眠い」だの「だるい」だの言ってられない。いつもの五割増くらいの真面目さを発揮し、そつなくウェイターをこなしていた。はりきりすぎな男たちが多い中、彼の対応は非常に落ち着いて見えた。

 竹田は、タイムスケジュールをすべて頭に入れている。だいたい三十分から一時間ごとにシフトが変更され、外で遊んでいる連中と働いている連中が交代することになっている。


「鳥羽、そろそろ交代だ」

「あ!? ……あ、時間か」


 机を固めたテーブルを右往左往する通りすがりの鳥羽を捕まえると、鳥羽は忙しさのあまり「声かけるなこのクソ忙しい時に」という顔で竹田を見た。

 が、壁にある時計をチラと見て、己の交代時間が来たことを知る。案の定時間を気にする余裕さえなかったようだ。


「青島帰ってきてるか!?」

「まだ来てねえぞ!」

「え!? マジで!?」


 どうやら鳥羽が交代するはずの青島は、まだ来ていないらしい。そう、交代要員が来ないと交代はできないことになっている。

 そこまでは竹田の知ったことではない。交代要員が来るまでしっかり働いてもらうだけだ。


「お待たせしました」


 竹田はたこ焼きと明石焼きと紙コップ三つを盆に載せ、もじゃもじゃ頭とメガネと長身が特徴的な、九ヶ姫女学園の制服の女子三人のテーブルへと運ぶのだった。





 彼女らが来たのは、そんな時だった。

 煩悩を忙殺されていた彼らが、一瞬で八十一高生らしさを取り戻す女神たちが降臨する。





「一之瀬くん、いるかな?」


 喧騒を縫う鈴のような声が隙間を通ると、一年B組は静まり返った。

 遠くの騒ぎと、聞こえなかった鉄板で何かが焼ける音だけがかすかに耳を打つ。

 だがそんなものが眼前の衝撃に敵うわけがない。


 前方ドアから姿を見せたのは、三大美姫と名高い九ヶ姫女学園の月山凛。

 更に後方には、九ヶ姫女学園生徒会長の富貴真理を筆頭に、九ヶ姫生徒会の面々が並んでいた。


 女のことなど頭から飛んでいた勤労少年たちは、彼女らを見て、一瞬にして自分が何者であるかを思い出す。


 そう、自分は八十一高校生の生徒で、今日は女子とお知り合いになるチャンスがある重要な日だ、と。


 だが誰も動けなかった。

 急に現れた女神たちが、想像以上に美しく神々しく、ただただ近寄りがたかったからだ。

 特に噂の月山凛は、噂よりも写真よりも実物の方が綺麗でかわいい。

 こんな人間が存在するのか、とそこを疑いたくなるくらいに人間離れした存在に見えた。

 もうその現実味のなさと来たら、なんの前触れもなく「靴を舐めろ」と言われれば素直に従ってもいいくらいだ。というかむしろそう言ってほしいくらいだ。


 見惚れていた。

 この場の男も女も、全員が。


 ――そして真っ先に我に返ったのは、


「一之瀬ならよそで手伝いやってますよ」


 竹田だった。

 びっくりするような美人たちを相手に、いつも通り気負わないスタンスで接する。内心はかなり驚いていたりするが顔にはまったく出ていない。なかなかのポーカーフェイスっぷりである。

 用件を告げる月山にそう返答すると、彼女は一つうなずいた。


「劇だよね?」

「そう聞いてます。会いたいなら旧クラブハウスの方を尋ねてみたらどうっすか?」

「いや、いないならいいんだ。たぶんいないだろうと思っていたし」


 月山は、B組男子のテンションを上げる言葉を口にした。


「一之瀬くんに食券を貰ったから食べに来たんだけど。でも座れそうにないからまた来るね」


 ――つまり。

 ――この女神たちは、あの一之瀬友晴に招待されて教室にやってきたと。


 一之瀬株が急上昇した瞬間だった。


 だが残念なことに、一之瀬は学園祭準備期間中、月山凛と同じく三大美姫と呼ばれているあの天城山飛鳥と仲良さそうに活動していた。ゆえに最初から大幅なマイナス分と相殺して、だいたいプラマイ0である。あの件で制裁する者はいなくなるだろうが、まあ、それくらいのものである。

 というかむしろマイナスの方が大きい。少なくとも一之瀬はこの月山凛に食券を渡すことができるような関係だ、という事実が露呈したから。

 とりあえずは、全裸は決定だろう。とりあえずは。


「あ、テイクアウトできるんで、持ってってくださいよ。この分だと次来た時は材料なくなってるかもしれませんから」


 そう、彼女らは今日はやることがあって忙しいのに、わざわざ列に並んで待っていたのだ。教室の席が埋まっていようとも、このまま帰すわけにはいかない。

 B組の生徒(クラスメイト)が呼んだ客であるなら、なおさらだ。手ぶらで行かせるわけにはいかない。


 彼女らは少し相談すると、「じゃあそうしようか」と結論を出した。


「ヒャッハー! 幼女幼女ー!」

「うわー! にんじゃにんじゃー!」


 フィーリングが合うのかなんなのか、忍者・富士と九ヶ姫中等部生徒会長・出雲たまきは妙なテンションで盛り上がっていた。


「ヒューヒュー! 幼女ー! ヨージョーー!!」

「イェーイ! イェイイェェェェーーーイ!!」


 どんなテンションなのかはなはだ疑問だが、とにかく盛り上がっていた。


 ――ちなみに出雲たまきは一学年下なだけで、幼女ではない。





「あの、ところで、柳くんは?」


 それぞれ食券を竹田に渡す中、教室をきょろきょろ見回していた月山凛が、目当ての男がいないことを確認した。


「柳なら、今はデリバリーしてますね」

「デリバリー?」

「配達っすね」


 柳蒼次は例の「たこ焼きマン」として、早朝にはビラ配りをした。その後、歩く広告塔として利用するために、久慈と二人でたこ焼き・明石焼きの配達を行っている。出し物関係で身動きの取れない連中をターゲットに、人伝で噂を広めておいたのだ。

 しかも「五皿以上からしか受け付けない」というルールをつけて大量販売を目論んでいたのだが、それも見事に当たっている状態だ。――これのバカ売れも松茂の計算外の一つである。


「あ、でも、柳はもうすぐ上がりっすよ」


 柳のシフトは十一時までだ。すでに長針は三分ほど過ぎているが、配達先のルートからして、あと五分くらいは帰ってこないだろうな、と竹田は計算している。

 教室(みせ)がこの有様なので、「もう宣伝は必要ないだろう」と結論が出ている。なので柳と久慈は、今度戻ってきたらそのままオフだ。デリバリーは手の空いた者が行けばいい。


「柳になんか用……ああ、いや、なんでもないっす」


 噂に疎い竹田でも、なんだか聞いたことがあった。


 ――あの三大美姫の月山凛は柳蒼次のことが好きだ、と。


 あの噂が広まった頃から、柳に地味~ないやがらせをする連中が増えたのだが、……月山のこの様子を見るに、あながち間違いではないのだろう。





 とりあえずイケメンはくたばればいい。


 ――それが今一年B組男子諸君の抱いている感想で、総意だった。









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