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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
19/202

018.五月十六日 月曜日  前半





 五月十六日。大安。ちょうど中間考査一週間前。

 土曜日の夜から降り出した雨が、降ったり止んだりを繰り返し、今日も天気はぐずついている。


 八十一高校一年目の、五月十六日。

 僕はこの日を一生忘れることができなくなる。

 後に「マジでガチ事件」と呼ばれることになる、一年B組最悪の悲劇が始まろうとしていた。


 思えば、今日だけで兆候は色々あった。

 朝から僕によそよそしいクラスメイトたち。なのに意味ありげな視線はいつも感じていた。だが先週金曜の五条坂光伝説の日のような嫌な感じのアレではなく、何かを隠しているような、だけど僕に何かを告げたいような、そんな気になる視線だった。


 僕は巻き込まれるのが嫌で、特に触れることをしなかった。絶対にろくなもんじゃないってことが最初からわかっていたからだ。


 誰かに問いただしてみたら、もしかしたら、運命は変わっていたのかもしれない。

 しかし僕はそれをしなかった。


 だがあえて断言しよう。

 僕は被害者だ。100パーセントの被害者だ。





 悲劇の始まりは、こんな一言から台風のように押し寄せ、一瞬にしてB組を暴風域に巻き込んだ。


「機は熟した!」


 四時間目が終わり、昼休みになり、僕は昼食の弁当を出して。

 さあ昼食だという時にそんな意味のわからない一言を聞きつけ、顔を上げた。


 自称情報通の渋川君、アイドル大好きグループ四人と、ヤンキー久慈君が、威風堂々と教壇に立っていた。その顔は自信に満ち、そしてどこか不敵で挑戦的だ。


「一年B組よ、準備は整った。今こそ戦の準備をせよ!」


 渋川君は吠えた。

 僕もクラスメイトたちもきょとんとしていた。

 なんだいったい。戦ってなんだ。

 無反応な僕らに、渋川君はとんでもないワードを口にした。


「忘れたのか? 今日こそアイドルを我らが手中に収めようと言っているのだ!」

「「なっ、なんだってー!?」」


 僕らは驚いた。というか驚いた。そりゃ驚くよ。驚くことしかできなかったよ。というか、え、マジで? いやいやてゆーか「手中に収める」ってどういう意味?

 度胆を抜いた渋川君は浪々と語った。


「我らは覚えている。C組から漏れる楽しげかつ悩ましい声を。

 我らは聞いている。C組から時折聞こえる鈴のような音の言葉を。

 我らは知っている。C組に君臨するアイドルの存在を。

 我らは悟っている。C組に我々は遠く及ばないということを。

 そして我らは考えた。―-そう、それがないのなら、あるところから奪ってしまえばいいと」


  ザァァァァァァ


 静まり返った教室に、寂しげな雨音が耳を打つ。


 ――渋川君は何を言っているんだ?


 僕はこの話の展開についていけていなかった、のだが。


「そうだ」


 誰かが言った。

 それを皮切りに、クラスメイトたちの若きパッションが暴走を始めた。


「そうだよ……俺たちにはアイドルが必要だ。しーちゃんが必要だ!」

「そうだ」

「イケメンの柳なんぞいらん! アイドルが欲しい!」

「そうだ!」

「男の裸なんて見飽きた!」

「しーちゃんの笑顔が見たい!」

「しーちゃんの声が聞きたい! そして悶えたい!」

「というかしーちゃんとおしゃべりしたい!」

「体育で汗だくになっているしーちゃんが見たい!」

「しーちゃんの鎖骨が見たい!」

「遠くからそっと見守っていたい!」

「下駄箱の靴をこっそり嗅いでみたい!」


「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」


 いや最後待て! 最後の靴の件はどうかと思うぞ!

 いったいこれはなんだ。いや、言いたいことはちゃんとわかった。そして渋川君が何をしようと言っているかも、おぼろげながら推測が立つ。


 でもちょっと待って欲しい。

 そんなことできるわけがない――


「行くぞ野郎ども! 殴りこみだーーーーーーーー!!!」

「うおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」


 乱暴に床板を踏みしめ、先を争うようにクラスメイトたちは教室を飛び出し、


「――うわなんだ!?」

「――て、敵襲ーーー!! 敵襲ーーーーー!!」


 誰一人立ち止まることなく、アイドルを求めてC組に殴り込みを掛けた。

 隣のクラスから悲鳴やモノが何かに当たる音や……一年C組では、楽しい楽しい昼休みが、一瞬にして想像したくない悲惨なものになってしまったようだ。


「……おいおい……」


 完全に乗り遅れた僕は、信じられないような超展開に、ただただ身体を震わせるだけだった。





「一之瀬」


 隣の柳君が僕を見た。


「これはいったいなんだ?」

「僕も聞きたい」


 どうやら柳君も、話についていけていないようだ。さすが普通同士。そうだよね、わからないよね。いや、わからない云々より、常識じゃ考えられないよね。

 誰か何か説明してくれないかと期待して周囲を見るが、僕らと同じように唖然としているクラスメイトが数名残っているだけだった。


「おかしいとは思っていたが」


 柳君は、いつも通り朝買ってきたのだろう缶コーヒーを弄びながら呟く。


「まさかこんなバカげた行為に出るとはな」

「同感だよ。……ところでおかしいって何が?」

「購買組がフライングしなかった。……ああ、高井だけは行ったみたいだが」


 あ、そうだ。言われてみれば、確かに今日は、誰も購買や食堂に走っていない。もう日常的なことだから意識さえしていなかったが、いつも購買や食堂に行く奴らも教室に残っていた。

 ……ということは、


「これ、本気ってこと? 悪ふざけじゃなくて?」

「悪ふざけにしては前準備が入念だな。奇襲は成功だ」


 そういうことになる。

 食料を持たないC組の運動部連中は、何も知らずに今日も購買に走っているはずだ。購買組の多くは運動部で、運動神経が良い。つまりC組は今、程度はわからないが、いつもより確実に手薄だということだ。


 えっと、整理するのも面倒だけど、状況を整理してみよう。

 とにかく彼らはしーちゃんを確保しに行った、と。


 渋川君の言っていた「手中に収める」の意味がわからないし、この殴り込みだって全然わけがわからない。だって別に無理やりじゃなくても普通にしーちゃん呼べばいいじゃないか。しーちゃんとは柳君も高井君も僕も知り合いなんだから。そのつてを使えばいい。


 だから、もし僕らという繋がりを無視してしーちゃんをさらってくると言うのなら、他の目的が考えられる。

 しーちゃんを連れてくるだけが目的ではなく、更に何かがあるのだろう。きっと。


 ……また面倒なことになりそうだ。





 バカたちがC組に殴り込みをかけたほんの数分後、彼らは早々に戻ってきた。


「――何!? 何!? 何!? 何!?」


 借りてきた猫のように、かわいそうなくらい驚き怯え震え上がっているしーちゃんを連れて。

 君ら、ほんとに何やってるの……?









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