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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
185/202

184.十月二日 日曜日  学園祭 十五





 ショックかと問われれば、そりゃ多少は響くものがある。

 でも、考えていたよりは、ダメージは小さい。


 ――最初から彼女の答えは予想できていたから。





「……」


 僕は目を瞑り、天塩川さんの返事を噛み締める。

 元々わかっていたことだが、これで僕ははっきりと失恋したわけだ。


「……ありがとうございました」


 天塩川さんには、言いづらいことを言わせてしまったかもしれない。僕が告白したせいで。でも僕はこれでようやく前に進めるような気がする。

 苦味もあるし心も締め付けられるように痛いが、覚悟できていた分だけ、これまでの失恋よりはマシなようだ。


 一度くらい成就すればいいのに。

 己が普通スペックが恨めしい。

 ……まあ今はちょっとかわいいかもしれないが。


「わざわざ時間を取られてすみませんでした」

「いえそんな、私こそ、ちょっとモテ期気分を味わわせていただいて……えへへ」


 …………

 さっきからちょっと気になっていたのだが。


「天塩川さん」

「は、はい。あ、笑いすぎかな? さすがにもうキモいかな?」


 それはいい。あなたの笑顔を見ていると男子校生活で荒んだ心が洗われる……今はだいぶ痛いが。

 しかしそうではなくだ。


「天塩川さん、モテてるでしょ」

「え?」

「だって彼氏いるじゃないですか」


 そう、僕はさっきからずっと「モテ期」なるワードが引っかかっていた。


 天塩川さんは彼氏がいる。

 彼氏がいるのにモテ期を気にしている。

 そしてモテ期に入ったものと認識してキモいと言われちゃうほどヘラヘラして過ごしていた。


 彼氏がいるならモテ期云々なんてどうでもよさそうなもんだが。それとも彼氏がいてもやはりモテ期が気になるのだろうか。


 天塩川さんはきょとんとしていた。


「え? 彼氏って?」


 え? なにその意外そうな顔。


「天塩川さん、彼氏いますよね?」

「…………」

「…………」

「…………」


 …………え? 何この沈黙?


「……え? 私、誰かと付き合ってるの……?」


 え!? 何その怖い言葉!?


「彼氏いますよね!? 夏祭り一緒に回ってるの見ましたよ!?」

「夏祭り?」


 天塩川さんの眉間にくっきりとしわが寄る。


「……夏祭りは、先輩と行ったけど……」

「なら、その先輩と付き合ってる……の、では?」


 本人さえわかっていないので、こちらからの発言は何もかも曖昧になってしまう。というかなんで自分のことなのにわかんないんだよ。


 とにかく、僕はあの日、確かに見たのだ。

 浴衣姿の天塩川さんが、男と手を繋いで歩いているのを。


「つ、付き合う?」


 元々赤かった天塩川さんの頬が、更に赤くなった。


「……せ、先輩がどうしてもって言うなら、考えなくもないんだけど……」


 正直どう解釈していいのか非常に困っている僕に、彼女は驚くべき言葉を投げかけた。


「でも、女性同士だから、その……色々障害があるかなぁと……」


 …………


「待て」

「え?」


 今この瞬間、一瞬だけ僕の失恋の痛みが飛んでいた。

 この事実……確かめねばなるまい。


「あの夏祭り、天塩川さんは、女の(・・)先輩と行った(・・・・・・)。間違いないですか?」

「うん……先輩、今は九ヶ姫の付属大に行ってるんだけど」


 なるほど、つまりだ。


「僕はその先輩を男と見間違えた。そうなんですね?」

「そうかもね。先輩はよく男性に間違えられるから」


 ……じゃあ、僕の勘違いなのか。

 天塩川さんに彼氏がいる、と教えてくれたのは前原先輩だが、その情報は……ここまでの天塩川さんの言動を見る限りでは、誤りだった。


 天塩川さんに彼氏はいない。

 本人いわく「もてない」。

 だから僕の告白を受け「モテ期が来た」と色めき立ち、ニヤニヤしていたら友達に「キモい」と言われた。


 ――いやいやちょっと待て! これすごい大事なことよ!? 大事な大事な勘違いよ!?


「天塩川さん!」

「は、はい!?」

「僕なんでフラれたの!?」





 僕は、天塩川さんにはすでに恋人がいると思っていたから、だから最初から答えがわかっていたのだ。

 しかし今、根本的なところで誤解があることを知った。


 ならば、僕が天塩川さんにフラれた理由はなんだ?


 そ、その理由をどうにかできれば、つ、つつつつ、付き合えちゃったりできちゃうのでは!?


 ――僕からしてみれば、天塩川さんは非常にかわいい。確かに僕は今ちょっとかわいくなってしまっているが、普通にかわいい程度の僕なんかとは比べ物にならないほどかわいい。正直モテないなんて信じられないくらいに。

 だから、自然と、「彼氏がいる」と言われれば何の疑いも持たずに信じてしまった。


 だがしかし!

 今彼女がフリーであることがはっきりした!


 ……というかちょっと、僕としては、その、話に出てきた「女の先輩(・・・・)」と天塩川さんの仲が気になるのだが……いや、邪推はやめておこう。

 ちょっと仲が良いだけさ! ちょっと歩く時は手を繋ぐような関係ってだけさ! ああそうだろうとも! 

 女子高なんだもの! 色々あるさ! 


 まあ、とにかく。

 地雷原に踏み込むがごとき非常に聞きづらいことを臆せずストレートに問うと、天塩川さんは少し考え込んだ。


 フラれた理由を聞くなんて、それこそ本当に地雷原に突っ込むようなものではなかろうか。


 やれ「体臭。トイレの芳香剤でも誤魔化しきれない臭みとえぐみが目に染みるから」だの「全体的に気持ち悪い。キモイじゃなくて気持ち悪い」だの「コブラツイスト五秒耐えられなさそうな貧弱な身体に用はない」だの「えーマジイナイレ未プレイ!? イナイレ未プレイが許されるのは小学生までだよねーキャハハハハ」だの……そんな心に杭を打ち込まれるような返答が来たら、僕はこの場で泣き崩れてしまうだろう。ちょっとかわいい僕が泣いてしまうだろう。


 我ながら恐ろしいことを訊いてしまったものだが、返答次第では……そう、返答次第では、「次」がある!

 諦めるなんて先の見えない答えではなく、次のチャンスがある!


 ならば行くしかなかろう。

 この地雷原を!

 この地雷原の先に、待っているかもしれない彼女を夢見て!





「えっと――……単純に、好きじゃないからです」


 爆死!!!!





 即座に、見事に、綺麗に、これ以上ないほどに正確に地雷を踏んだ僕は、心の中で吹き飛んだ。


 は、はは……好きじゃないから、か……


 すごいや。余計な装飾もない短くシンプルな刀なのに、心が真っ二つになるほどの切れ味だよ。あはは。痛みなんて通り過ぎて、もうなんか……もうなんかっ……あ、ダメだ泣きそうだっ……!


「一之瀬くん」


 スパーンと心を真っ二つにされて立っているのがやっとの僕に、天塩川さんは困った顔を見せた。


「いきなりすぎるよ。私と一之瀬くんは、ちゃんと話したこともないじゃない。私は一之瀬くんのこと、名前と学校と学年くらいしか知らないんだよ? そんな状態で、そもそも好きか嫌いかで考えたことさえなかったから……」


 つまり天塩川さんは「告白が早すぎるだろバカ野郎」と言いたいようだ。


 急いだのは、天塩川さんにはすでに恋人がいて、叶わない恋だと僕が判断したからだ。さっさとフラれて諦めようと思ったからだ。

 しかしそれは誤解で…………そう、間違いは「天塩川さんには彼氏がいる」という誤った情報からだった。


 もし誤報がなければ、僕はもっとじっくり攻めていただろう。

 僕は隣のイケメンみたいにモテるタイプではないので、それはそれは本気で付き合いたいと思うなら、呆れるほどの長期戦を覚悟しなければならないことを知っている。それこそブッシュで伏せて、標的が現れるまでただただひたすら見張り続けるスナイパーのように、巡ってくるだろうチャンスを抜け目なく待ち伏せする根気と忍耐が必要だ。


 その自分の戦闘スタイルを捨てて、勝算の薄い特攻なんてするから、こうして玉砕したのだ。


「私も聞きたいよ。一之瀬くんは私のことをどこまで知ってるの? 私の何を好きになったの?」


 何を好きになったか。

 僕が天塩川さんの何を好きになったか。


 一番最初は、やはり間接的なアレがきっかけだったが、今となっては……


「天パマニアなの?」


 何そのマニア。


「天パならなんでもいいの?」


 なぜ天パマニアを前提に言葉を重ねる。


「まあ、それも好きですけどね。よくお似合いですよ」

「……好きで天パなんじゃないけどね。サラサラのストレートとか憧れてるよ。私は毛が堅いから、伸ばしたら左右どころか上にも伸びてアフロみたいになるから」


 そ、そうか……大変なんだな、天パって。本人の気も知らずに「焼きそばみたいで美味しそうですね」とか無責任なこと言ったらたぶん怒られるだろうな。

 それより、ちゃんと答えないと。


 僕の心を遠慮なく真っ二つにしてくれたものの、天塩川さんは誠実に応えた。

 ならば今度は僕の番だ。


「天塩川さん。僕は……いえ、僕も(・)、天塩川さんのことはほとんど知りません。趣味とか血液型とか、どこら辺に住んでるとか、いつから陸上始めたとか、天城山さんと交流があることも今日知りましたし」


 むしろ、こんなに長く話していることさえ、初めてである。


「だから、全部です」

「え?」




「僕は、数少ないあなたの知っていること、わかっていること、すべてが好きです。というか好きなところしかないんです。短所なんか知りません。……まだ知らないだけかもしれませんが」


 ……なんて。


「はは……なんか告白みたいですね。でもこれが僕の告白した理由です」










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