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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
182/202

181.十月二日 日曜日  学園祭 十二





「お疲れー」

「お疲れ様」


 やはり時間が押してしまった第二演劇部の劇が終わり、挨拶も終わり舞台から掃けると、すれ違うように正式な(・・・)演劇部が舞台袖にスタンバイする。

 予定時間をだいたい十分ほどオーバーしたにも関わらず、演劇部の皆は、第二演劇部の劇が……成功というか、とにかく完走できたことを和やかに祝ってくれた。


 成功と言うには程遠いもんな。あまりにもミスを連発しすぎだ。だがしかし、やり遂げることはできた。最初から中盤にかけてのグダグダ感とバタバタ感を鑑みるに、それで最後までやれたのは、一種の奇跡と言っても良いのではなかろうか。


 立場や趣旨は違えど、同じ劇に触れる者同士、やはり演劇部とは敵対関係はないらしい。

 まあそりゃそうか。

 第二演劇部の部長は、こっちの正式な(・・・)演劇部に協力を要請されている。仲が悪ければ手伝いなんてしない。

 というわけで部長だけ速攻で、何かしら中世の雰囲気を感じるゴージャスな格好に着替え、次の舞台へと駆ける。


 そんな部長を横目に、僕を含めた第二演劇部とONE連中は、すっかりやり遂げた顔で体育倉庫に集まっていた。





 内容的にはアレすぎたものの、とりあえず無事に終わったことを喜び、独特の開放感に包まれていた。


「先輩!」

「飛鳥ちゃん!」


 そんな中、主役を張っていた天城山さんと、ラストシーンで選ばれた伝説の男・五条坂光が感涙にむせびヒシと抱き合った。


 ――そう、天城山さんは一番気に入った相手として、五条坂先輩を選んだのだ。


 本音で選んだのかどうかはわからないが、彼女は確実に場の空気を読んだ。

 「世界で一番美しいジェーン、俺は君を選ぶ!」と某逆転自慢の弁護士張りの指差しで言い切った瞬間、体育館が本気で揺れたかのような笑いが起こったのだ。

 まさにフィナーレに相応しい最後の一笑いだったと思う。


 今、部屋の隅っこで露骨にがっかりしている部員二人にはザマーミロと言ってやりたいね! 身の程知らずめ! 貴様らごときが天城山飛鳥狙い? ありえないわボケが! あと今は僕の方がかわいいしね! 天城山さんを狙うとかほんと……僕よりかわいくなってからにしてほしいね!


 ……それにしても、五条坂先輩と天城山さんの対比がすげえな。お父さんと小学生ってくらいの見事な体格差だ。実際のところ一歳しか違わないはずだが。


「ほらほら、いつまでも抱き合ってないで。早く着替えて撤収しましょ」 


 前原先輩がパンパンと手を叩き、抱き合う二人を引き剥がした。……あ、そうだ!


「すみませんちょっと!」


 僕は手を挙げ、皆の注目を集める。……失った()を思うとまた落ち込みそうだが、いつまでも落ち込んではいられない。なーに、一ヶ月もすれば新しい()が誕生しているさ! この高校に通うなら無理でも前向きに考えないと!

 何より、僕にはやらねばならないこともあるから。


 今は()を失った絶望感よりこっちだ。


「よかったら今のまま写真撮りませんか?」


 メイクを落とす前、衣装を着替える直前、劇が終わってまだ汗が引かない今こそ。

 劇の……成功?を祝して、今ここにいるメンバーで、記念写真の一枚や二枚は撮っておいてもいいだろう。特に東山先輩を中心にね! 未亡人! 未亡人!


 幸いまだデジカメは借りっぱなしだ。今の東山先輩の写真が撮れるなら、まあ何枚か僕用の写真を撮っても鳥羽君たちは許してくれるだろう。


「いいわね!」


 五条坂先輩の即答を発端に、特に反対する理由もないようで、全員が快諾した。……部長は残念だけど。今まで一番苦労した人が入らないっていうのもアレだけど……こればっかりは仕方ないだろう。


 ……つか今モロに五条坂先輩見ちまった! やっぱすげえ格好してるわあの人! 女装っていうか、もうなんか、パリコレみたいな衣装を……いやいや僕は何も見てないぞ! 何も見てない!





 部屋が暗いし狭いし埃っぽいということで、いったん外に出た。

 幸いすぐまた劇が始まったので、今は体育館の出入りがだいぶ少ない。多少落ち着いて撮影ができそうだ。


「その辺に並んでください」


 場所まで選び出すと時間が掛かりそうなので、背景は体育館の壁でいいだろう。今日は人が多いので、人気(ひとけ)のないところも少ないだろうし。

 それに僕らは演劇部が戻る前には撤収しないといけないので、移動まで始めると時間が掛かってしまう。時間が押した上に、更に迷惑をかけるとか、さすがにない。


「ちょっとちょっと! 何やってるの一之瀬くん!」


 皆が適当に並び、僕がカメラを構えたところで、マコちゃんが僕に何かを訴えた。


「え? 何?」


 並びに意義でもあるのだろうか? 僕は問題ないと思うが。

 五条坂先輩は大きいから後ろのセンターだし、小柄なマコちゃんと天城山さんは前だし。白糸君も前原先輩もちゃんと写るはずだ。難を言うなら東山先輩には端じゃなくてもっと中央に立ってほしいくらいだ。身の程知らず二人は知らん! 入ったり見切れたりすればいい!


「何じゃなくて。なんで一之瀬くん入らないの?」


 ……あ、僕も写真に入れってか!

 そうそう、()のこともあったからあまり意識しないようにしていたが、僕も今は彼らと同じく女装中だ。しかもちょっとかわいい。足もツルツルだ。

 せっかくこんな格好してるんだから、とは思う。


 だが……果たして、証拠を残していいんだろうか?

 ここで女装姿のまま写真を撮って、追々僕の黒歴史の一つになったりしないか?


 ――普通にかわいいからいっか! かわいくなければ却下したかもしれないけどね!


 よし、そうと決まれば誰かにシャッターを頼まねばなるまい。その辺の人でいいだろう。

 その辺の人……その辺の……その……


「…………」

「…………」


 周囲を見渡したそこに、知り合いがいた。

 見間違いかと思ったが、そうではなかった。

 つか最初から僕をガン見していた。

 そしてこっちに来た。


「……フッ」


 こいつ……わざわざ目の前に来て鼻で笑いやがった……! 「何その格好」みたいな下げずむ目で笑いやがった……!


 偶然にも出会ってしまったマッシュルームカットのこの女は、誰あろう、あの因縁の赤ジャージである。

 今は普通に私服なので赤ジャージじゃないが、こいつの憎たらしさと性根の悪さまでは服なんぞではごまかせないぞ。つか今日だけで二回目の遭遇だよ……厄日だよ!


「おー。誰かと思えばルーキーじゃん」


 目の前の天敵しか目に入らなかったものの、どうやら赤ジャージの友達――『知恵ある者(ゴート)』こと山羊(やぎ)さんである。別名『汁王(じゅうおう)』とも呼ばれている人だ。


「えらい格好してるね。まあいいや、食券ありがとね。さっき食ってきたよ」

「あ、いえ。楽しんでます?」

「うん。シャレにならないくらい活気があって楽しいよ。ね?」


 赤ジャージに話を振ると、奴は「チッ」と舌打ちして顔を背けた。


「おいおい。まあスネる気持ちはわかるけどさー。いくらあんたよりルーキーの方がかわいいからって、そこまで露骨に怒ることないじゃん」

「はあ!?」


 赤ジャージの声をはっきり聞いたのが、これが初めてだった。

 奴は驚愕の顔で友人を見た。

 信じられないものを見る目で見た。

 驚きのあまり震える指で、自分と僕を交互に指差す。


「うん。残念ながらルーキーの方がかわいいわ」


 ……フッ。


 僕が鼻で笑うと、ギラリと、もはや殺意なんじゃないかと思いえるくらい強烈な視線でもって、奴は僕を睨みつけた。あー怖い怖い。僕よりかわいくない女子が睨んでるよ。こわーい。

 ま、僕よりかわいくない女子のことなどどうでもいいか!


「山羊さん、カメラ頼んでいいですか?」

「ん? 記念撮影? よし任せろ」


 「何その勝ち誇った顔!? やんのかこの野郎!」と言いたげな嫉妬が溢れている顔をしているかわいくない女など無視して、僕はとっととデジカメを渡して女装集団+1の中へと混じった。





 組み合わせを変えて何枚も撮り、結局前原先輩もデジカメ持っていることが発覚したので撮影はそっちに任せ、僕は少し山羊さんと話してみることにした。赤ジャージはどうでもいい。


「びっくりしたよ。あの『丸い隼(ラウンドファルコン)』がたこ焼き転がしてるんだもん。似合いすぎて笑っちゃったよ」


 我らが一年B組で食べてきた山羊さんから、そんな話を聞く。

 『丸い隼(ラウンドファルコン)』とは、グルメボス松茂君の二つ名である。……今日の彼のシフトはどうなってるんだろう。まさかずっと教室に詰めてたこ焼きだの明石焼きだの作り続けるのだろうか。


「他はどこか行った? 僕はこの通り劇関係で動けなかったから、全然回ってないんだけど」

「えーと。賭けバスケには行ったかな」

「賭けバスケ!?」


 ダメだろ! 賭けとか! 学内でひっそりやるならまだしも、公に出しちゃダメだろ!


「あ、3on3だよ。参加料百円で、買ったら相手チーム全員にジュースプレゼント、通称『賭けバスケ』」


 ……まあ、直で金賭けてないならいいんだろうね。よくわからないけど。でも対決方式である辺り、やはり八十一にある「復讐」のコンセプトは揺るがないようだ。


「勝った?」

「当然」


 やっぱこの二人、三十三(みとみ)高校のバスケ部所属なんだろうな。


「そういえばそこで筋肉男(バイソン)と会ったなぁ。助っ人してるって言ってた」


 高井君か。今日はそんなところにいるのか。――ちなみにその賭けバスケ、メンバーが足りない時は人数あわせに一人、控えている八十一校生から選べるシステムとなっているらしい。山羊さんたちは二人で来ているので、高井君を助っ人に入れたんだそうな。


「今日は『跳ねる者(ラビット)』は一緒じゃないの?」

「来てはいるみたいだけどね。でもあいつナンパ目的で入ってるから」


 なら女子とは回れないか。


「――一之瀬くん、そろそろ着替えよう」


 撮影が終わったらしく、マコちゃんに呼ばれた。そうだな、そろそろ着替えて撤収しないと。


「それじゃ山羊さん、また…………あ」

「あ?」





 挨拶の言葉が止まり、強く胸が高鳴る。


 山羊さんの背後、肩の向こうに。

 いつも見たいと思っていた、あの特徴的な天然パーマのショートカット頭の後姿を見つけてしまったから。


 あの白い九ヶ姫女学園の制服を着ている以上、恐らく間違いない。





 これから着替えて、残りの時間をかけてでも探そうと思っていた人だ。


 天塩川(てしおがわ)さん。


 ……まさかこのタイミングで見つけてしまうとは。









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