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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
179/202

178.十月二日 日曜日  学園祭 九





 「観ていくのか」と問うと、「後輩に事後を任せてきたから戻る」と佐多岬さんは早々に体育館から去っていった。事後とはさっきの乱闘事件の処理のことだろう。

 まったく頼もしい人である。強いだけでなく責任感もあるし、見た目によらず話してみるとちょっと面白い。それに何より美人だし!


 突然の三大美姫乱入と女装美少女・東山安綱誕生で、ここ舞台裏は一時騒然とした。

 だがしかし、ここにいるのはこれから舞台に立つ人ばかりである。いくら八十一(うち)の生徒でも、この時ばかりは普段にはない緊張感をもってピリピリしていた。女に現を抜かさないストイックさと、プロではないがプロ根性、あるいはプロ意識のようなものを痛いほどに感じられた。


 僕の隣にいる、これから漫才でもやろうとしているのだろう上級生二人も、決して浮かれることなく、ギラギラした目をして低い声でぼそぼそ打ち合わせに余念がない。


「――あとで写真頼もうぜ」

「――ああ。東山のアレは反則だよな……俺もう普通に付き合えちゃうぜ」

「――てめえには渡さねえ。他の誰と付き合ってもいいが、てめえにだけは渡さねえ」

「――あ? やんのか? 舞台上がる前にボッコボコにしておもしろ顔にしてやろうか?」

「――はあ? 勝てるつもりなの? この俺に?」

「――やってやんよバカ野郎?」


 ……うん、きっと打ち合わせしてるんだろうね! ネタの打ち合わせしてるんだろうね!


 ちょっと気になる固有名詞が出たような気もするがきっと気のせいだろうし、それより気になっていることがある。

 いよいよ舞台本番が迫るこの時、僕ら演劇班もいよいよ緊張感が高まってきた。劇が始まると、後片付けも含めてしばらく動けなくなるし、今の内に気がかりをどうにかしておこうかな。

 僕は携帯の時計を見て、あと十分くらいは余裕があることを確認すると、そのまま舞台袖からまた表に出た。


 出たその場で携帯を操作し、ある番号に掛ける。


「――どうした?」


 コール音一回で、相手は即座に出た。


「柳君?」


 そう、聞き慣れた声の相手は、かのイケメン・柳君である。





 先ほど校庭で突発した乱闘で見かけて、僕はずっと気になっていた。


「さっきの乱闘、大丈夫だった?」


 何がどうなっていたか、原因さえわからなかったが、その過激さと過密さはこの目で見ていた。

 何十人も入り乱れたあれは、かの地獄のクラブ勧誘と同等……いや、中央に集中していた分だけより激しく厳しかったに違いない。柳君は乱闘の中心にいたようだったから。


「問題ない。怪我もない」


 いや。いやいやいや。


「今更あれくらいじゃ君の心配はしないよ」


 柳君がどこまで運動神経いいかなんて、もうこれ以上ないってくらいよく知ってるさ。いったい僕が隣でできる奴をどれだけ羨ましく思って見ていたことか。


「月山さんと一緒だったでしょ。月山さんは大丈夫?」


 そう、僕の心配は、一緒にいた九ヶ姫三大美姫の一人・月山凛の方だ。柳君なら大丈夫、という確信があるので彼の心配はあまりしていなかった。


「さっき言った通りだ。そっちの意味でも怪我はない」


 チッ。さすが柳君、僕の本心くらい見抜いていたか。

 …………

 いや、てゆーか、あの乱闘騒ぎの中心にいて、怪我がなかったの? かすり傷一つも? 柳君はともかくとして……それはありえるのか?

 いまいち釈然としないものがあるが、現に天城山さんも無傷で切り抜けていたので……いいのか?


「何があったの? 巻き込まれたの?」

「いや……なんと言えばいいか」


 おや。口ごもるなんて珍しいな。


「とても一口では言えないからあとで話す」


 その答えも少し珍しかった。柳君なら、相手に上手く伝わるかどうかはさておき、話を手短にするのも簡単にやってのけるのに。

 もしかしたら、僕が考えている以上の複雑な理由が、あの乱闘にはあったのかもしれない。


「それよりおまえの舞台はどうした? もう時間じゃないか?」

「うん。一応月山さんの確認だけしておきたかったから」


 どうなっているか、またどういう流れでそうなったかはわからないが。

 柳君と月山さんは一緒にいた。


 つまり、あの二人は学園祭デートの真っ最中なのかもしれない!


「月山さんと一緒に回ってるの?」

「不本意ながら」


 おお、一緒に回ってるのかよ! そりゃいよいよデートだな! ……でも「不本意」って言うなよ。月山さんに失礼だろ。


「ちゃんとエスコートしなきゃダメだよ」

「――」


 あ、切りやがった!





 これで気になることは解消できた。

 月山さんも、昨日の失態 (食い逃げの逃げ切り)にめげずに、今日を楽しんでくれたらいいと思う。


 携帯をポケットに入れ、さて舞台袖に戻ろうとしたところで、


「あ、一之瀬だ」


 と、女子の声が心を揺さぶり、僕の身体は意思に関係なく反射的に振り返った。まあ意思でも振り返ったけどね!


 果たして僕をときめかせた相手は――あっー!


 予想外も予想外だった。

 まさかこの人と、こんなところで会うなんて。


「ヤコと会わなかった? ここで待ち合わせしてるんだけど」


 あの時と違って、髪は下ろしているし、桃色の派手な服も着ていないが。

 出会いが印象深かっただけに、僕は二度会っただけのこの人の顔を、ちゃんと覚えていた。少なくとも一目見ただけで思い出せるほどに。


「……ち、ちわす。お久しぶりです、総長……」


 そう――この人は、夏休みのバイト(っぽい手伝い)期間中に出会ったレディースチーム『愚裏頭裏威(グリズリー)』二代目総長のポニーテールさんだ。

 ボーイミーツガールを彷彿とさせる甘酸っぱいときめきが、一瞬で嫌な感じのときめきに変わった。

 このときめきは、恐怖と畏怖を訴える心の慟哭である。


 ここ八十一町に越してきて半年しか経っていない僕だが、この学校の教頭を筆頭に、会いたくない人というカテゴリーが早々にできあがっている。

 その中の一人が、この人だ。

 それも結構リストの上の方に位置している人だ。


 あ、会いたく、なかったな……

 あの時は色々必死で、あの後の天塩川さん入店というご褒美があったからこそ無茶ができたのだ。しかし今は違う。今はもう、単純に、ただ怖い人でしかない。


「おいおい。おまえが総長って呼ぶなよ、一之瀬。メンバーじゃないだろ」


 何より嫌なのが、すでに僕の顔と名前をがっちり憶えているってことだ。


「すみません、その、お名前を知らないもので……」

「あ? ああ、そうか。私は旭だ。(あさひ)和歌(わか)


 ……うう。名前を憶えろってか……あんまりお近づきになりたくないのに……


 腰まで届くほどの長い黒髪を無造作になびかせ、やたら鋭い瞳が彼女の気の強さを物語る。すらっとした身体は僕より少し背が高く、そして胸とか意外とあったりウエストが細かったりと非常に女性らしい。

 ……彼女の裏の顔を知らなければ、カッコイイお姉さんとして認識できただろう。着ているダメージジーンズとスニーカー、七部丈の黒いTシャツと、そっけないまでにさらっとしたファッションも嫌いではない。弥生たんもこんな格好多いし。まさにカッコイイお姉さんである。……裏の顔を知らなければ。


「これから劇なんだろ? 終わったあと捕まえようと思ってたからちょうどいい」


 えっ!? 何それ!?

 旭さんの言葉と嫌なときめきとが、不意に、いまだ疼き違和感がある我が頬を連想させた。


 まさか僕は、石川さんに続いて、この人にも殴られるのではなかろうか――


 人間、何が誤解を招き、何が人の気に障っているかわからない。

 隣のイケメンなんて、何もしていないのにクラスメイトから嫌がらせを受けているくらいだ。


 いや、ちょっと、シャレになんないぞ、グーで殴られるのは……いくら舞台への出番がないからって、泣きながら舞台袖で待機とか、したくないぞ……


「あ、あの、何かしら僕に用事が?」

「そうなんだ。だから今日はヤコと一緒に来た」


 ヤコ――新島弥子さんか。右手に雷神を宿しているバイト仲間……と言っていいのか、まあそんな感じの人である。

 一応あの人を含めた女性にのみ、我ら一年B組のたこ焼き・明石焼きの食券を渡したんだよな。もしかしたら他の人も来ているかもしれない。ちなみに男には配っていない。


 それにしても新島さん……厄介な人を連れてきたものだ。


「その用事って、後日改めてっていうアレじゃ、ダメですかね?」

「今ダメなのか?」

「すみません。ほんとにもうすぐ劇があるので……」

「だったらすぐ済ませてもいいけど」


 なっ……す、すぐ済ませてもいい?

 すぐ済ませてもいいってことは、その辺の時間的融通が利く用件……やっぱこの人僕を殴る気なんじゃないか!? 殴るだけなら二秒くらいで済むし、僕を泣かせたいだけなら五秒あれば楽勝だぜ!


 やっべぇ……うん、よし、ひとまずここは……!


「あ、もう呼んでる! もう僕を呼ぶガイアの声が聞こえる! それではまた!」


 逃げよう! 逃げるしか!


 「誰も呼んでないぞおいちょっと待て」と聞こえたような気がしたが、きっと気のせいである!




 熊野さんだと予想以上の大事になりそうだから、新島さんに連絡取ってなんとか制裁を回避しようと思います!









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