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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
177/202

176.十月二日 日曜日  学園祭 七





「一之瀬くん、何したの?」

「え?」

「千佳ちゃん、すごーく怒ってるんだけど」


 Oh……こっちもかよ……


 善は急げとばかりに、早速携帯を開いて前原先輩に連絡を取り、天塩川さんへの取次ぎを頼むと、数分後にはそんなしょっぱい返答がやってきた。

 そうか。桜井も怒ってるのか。……そうか。


「前原先輩、もう一回連絡頼めます?」

「ん? どんな?」

「そろそろ時間も怪しいので、体育館へ向かいます。桜井も劇を観に来るんですよね?」

「そう聞いているわよ。というか今すでに体育館にいるはずだけれど」


 お、そうか。そうだよな、舞台を借りて何かしているのは僕らだけじゃないからな。今この時間は何をやってるんだろう?


「じゃあ、第二演劇部の劇に天塩川さんも誘うようにって伝えてください。あとは自分でどうにかしますから」


 体育館もかなりの混雑が予想されるが、居場所さえわかれば探し出せる……かもしれない。少なくとも闇雲に走り回るよりはよっぽどマシだ。


「一之瀬くん」

「はい」

「今は本番直前から詳しくは聞かない。ただでさえテンパッてるのに揉め事の種なんてごめんだし。でも終わった後には聞くわよ?」

「……わかりました」


 「告って一ヶ月放置してましたーエヘヘ」なんて言ったら、前原先輩もきっと怒るんだろうなぁ……やれやれ。





 「それじゃまたあとで」と電話を切り、改めて時間を確認する。

 あと二十分ほどで約束の時間になる。


「白糸君、そろそろ体育館に行かない?」


 忍者富士君と何か話していた白糸君は、


「そうだね。早めに行っておいた方がいいと思う」


 と、即答した。

 うん。ここから体育館までの移動なんて、掛かったとしても十分くらいだ。

 だが今日の僕のように、トラブルに次ぐトラブルで、予想外の時間を取られる可能性も充分にあるわけで。今日の僕のようにね。

 ……ほんと予想外だったわ。顔もまだ痛いわ。


 ちなみに小田君は、どこぞから戻ってきたB組のメガネ副委員長・西沢君とシフトチェンジして遊びに行ってしまった。どっちもお疲れさまでーす。


「なんかごめんね。僕のせいで慌しくて」

「いや、別にいいよ。元から学園祭回れる時間もなかったし、一之瀬君のことも色々わかったし(・・・・・・・)


 ……僕はこの一時間足らずで、どれだけ彼に誤解されたのだろう?

 もう絶対に弁解しとかないと。ただでさえC組の連中には嫌われているのに、これ以上嫌われてたまるか。あと僕の名誉のためにもね! これ以上名誉を傷つけられてたまるか!


「イェアア!(掛け声) 抜けば玉散る氷の刃、拙者の妖刀村雨レプリカが民の血を欲しながら劇の成功を祈っているでござるぞ!」


 腰に差していたプラスチック製の子供のオモチャ的な刀を抜き、構える富士君は、血を求めながら僕らを送り出した。

 ……露骨なまでにツッコミどころいっぱいだけど、一つたりともツッコまないからな! 露骨すぎるわ!





 十分後、何事もなく僕らは体育館へと到着していた。





――「っんだよ! なんでそんなにケンカ腰なんだよ!」

――「別にケンカ腰じゃねーよ! てめえこそケンカ腰じゃねーか!」

――「ケンカ腰じゃねーよ! 熱くなってるだけだよ!」

――「何熱くなってんだよ! お客さんの前だぞ! ちゃんとやれやボケ! ボケをよ! ボケんのがてめえの仕事だろーがよ!」

――「……やりきったら、終わりだろーがよ」

――「あ!?」

――「やりきったらてめえの漫才終わりだろーがよ!」

――「……え?」

――「終わりたくねーよ……おれ、ずっとボケて、ずっとボケて、おまえの最高のツッコ、ツッコミ、ずっと受けてーよ……」

――「…………」

――「…………」

――「……はあ!? バカじゃねーの!? おまえバカじゃねーの!? てめえとの漫才だから、ちゃんと、ちゃんと、……やり切りてーと思ってんだろーが……!」

――「……え?」

――「てめえとの漫才、こんなハンパで終われるわ、わけ、ねー……だろ……! さ、最高の、あい、あいかたっ……ぐ、うぅっ……!」

――「な、泣くなよ……おまえバカじゃねーの……?」

――「うるせー! おまえが先に泣いたからだろーが!」

――「泣いてねーよ!」

――「泣いてんだろーが!」

――「目にゴミが入ったんだよ!」

――「俺もだよ!」

――「…………」

――「…………」


――「「どうもありがとうございましたー」」





 うわ、終わった! 唐突に終わったな!


 僕らの劇の直前には、お笑いライブフェスなるもので、八十一高生がお笑いの出し物をやっていた。結構盛り上がってるな……ちなみに途中から観ていた今のコンビは「ジャイアント・カプリコーン」という名前らしい。見た感じ別にジャイアントでもないしカプリコーンでもなかったように思う。

 出入り口付近から覗いてみる限りでは、体育館にはかなりの人が入っている。

 最初から混雑が予想されたせいか、椅子は用意せず、みんな基本は立って観ている。壁際の隅っこなんかではヤンキーっぽいのが座り込んでるけど。


「一之瀬君、部長がいた」


 一緒に観ていた白糸君が、劇用の荷を運び込む第二演劇部の部長を発見した。やはり部長は真面目に予定より早く、そしてみんなより早く作業に取り掛かっていたようだ。

 早速僕らも合流し、一緒に準備することにした。


 舞台袖には、まだこれからお笑い芸人として舞台に立つ予定なのだろう連中が、舞台上とは百八十度違う無言の緊張感を湛えてスタンバイしていた。

 だよね、緊張するよね。素人だろうがなんだろうがそりゃ緊張するよね。

 さっき見た例の「ジャイアント・カプリコーン」の二人が本当に泣きながら抱き合っていたのが印象的だ。どこまでネタだったのかはわからないが、とにかく二人が感動しているのはわかった。


 舞台袖の奥、いわゆる体育倉庫的なところが、僕らの楽屋になる。正直埃っぽくてあんまり良い環境ではないが、まあ贅沢も言ってられない。

 部長と白糸君が舞台衣装に着替えていると、続々と第二演劇部とONEの会の皆さんが集まってきた。本当は体育館前で待ち合わせなのだが、さすがは八十一の先輩方である。わかっている。


「あん。ブラがキツイわ♪」


 健全男子(ノーマル)に「こっち見ないでよ」と女の子に言ってもらいたい言葉を惜しげもなく使い、やたら嬉しそうに五条坂先輩(アブノーマル)が鳩尾をエグるようなことを言った。

 その冗談がガチでキツイわ!……と、この場の男子全員が思ったに違いない。


 そしてこの人の場合は、まあ、予想ができていた。


「――よし完璧!」


 前原先輩の渾身のメイクが終わり、その人の女装が完成した。


「うわ、すっげえ……」


 誰が呟いただろう。もしかしたら僕も思わず口走っていたかもしれない。

 かの柳君に負けない超イケメン・東山安綱の女装姿は、すごいとしか言いようがなかった。やたら短いタイトミニ(しかもスリットが……!)のダークスーツ姿に、黒いストッキング。長い黒髪のヅラをかぶり、薄く化粧を施した顔は、元の白さが際立っている。

 はっきり言おう。

 マジで美人としか言いようがない。

 シャレにならないくらい美人としか言いようがない。


 前原先輩もマコちゃんもどっちかと言うと可愛い系に入るが、こっちはどこか尖った大人の魅力があるように思う。

 黒一色というミステリアスな雰囲気をかもし出す東山先輩が演じるところの「未亡人のジェニス」は、まあ、役名通り喪中ということでこの格好である。まあ大人の魅力担当みたいなことになっているのだろう。


「……いや今はまずいですって! 今はまずいですって!」


 無言ですすっと近づいてきた東山先輩。

 瞬時に危険信号を鳴らす本能に従い、僕は逃げた。

 ―-いかん。ダメだ。今の東山先輩に接近され、あまつさえ触られたりしたら、マジで好きになる可能性がある! それくらい美人だ!

 もはや人と好みによっては、九ヶ姫の三大美姫に匹敵するとさえ思えるのだ。だから本当にまずいですごめんなさい今はダメです。


 僕は逃げるように体育倉庫から逃げ出した。

 東山先輩的には冗談だったのかもしれないが、冗談で心を掻っ攫われるなんて、それこそ冗談じゃない。


 でもあとで写真は撮るね! 絶対に!





 時刻は十ニ時ジャストとなった。

 この時間になると、あたりまえのように参加者は集まっていた。


 二人を除いて。


 天城山さんとマコちゃんが、まだ来ていなかった。


 待ち合わせ場所は体育館前なので、もしかしてそっちにいるのかと、劇に出る予定のない僕は周囲を探してみたが、どこにもいない。


 この時点でイヤな予感はしていた。


 天城山さんはともかく、マコちゃんの電話番号はわかる。僕は電話を掛けてみたが出ない。





 電話に出ない。


 この時点で、すごくすごくイヤな予感がしていた。









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