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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
173/202

172.十月二日 日曜日  学園祭 三





 時刻は十時半を回った。

 ついさっき最後の通し稽古が終わり、役者たちに部長の演技指導が入る。これが完了したらあとは本番を待つのみとなるので、正真正銘最後の指導である。

 稽古風景を見る限りでは、本番はバッチリできそうなものだが。

 しかし玄人の目から見ると、やはり穴だらけの完成度なのかもしれない。部長の熱心な弁を聞いていると、そう思わざるを得ない。


 それにしても、面白い。


 早々に撮影許可を貰ってデジカメを構えた僕は、彼らの稽古風景を(天城山さんを中心に)撮影していた。飾らない、構えないそのままを……自然体を撮る、いわゆるスナップショットだ。


 すんなり撮影許可が下りた直後、僕が「じゃあ足を中心に撮ってもいいですか?」と問うと「それはダメです」とキッパリ断られたので、遺憾ながら被写体の上半身や全身を主に撮っている。足くらいいいじゃないかと僕は正直納得していない。だって今だって昨日だって一昨日だって惜しげもなく制服の下のスカートから出しているじゃないか。それなのに撮影はダメだと言う。普段から男に見せ付けてきたくせに。そうやって男を魅了してきたくせに、いざ男がその気になるとダメだと言う。なんだそれは。思わせぶりな小悪魔め。でもそうやって焦らされるのは嫌いじゃない。決して嫌いじゃない。むしろ好きかも知れない。


 ……まあ、僕の個人的な想いはともかく。


 想像以上にカメラが面白い。

 これまでに使い捨てカメラで家族旅行の写真なんかを撮ったことはあるが、被写体がいいとこんなにも得られる感想が違うのか。

 鳥羽君たちが夢中になるのもわかる。

 ほんの一瞬、まばたきほどの間、秒針が振れる音の狭間に見られる被写体の変化が、面白いのだ。


 ――部長の指導を真剣に聞き、頷き、意見し、すり合わせ、セリフを言ってみたり。そんな天城山さんの横顔を撮ってみて、「果たしてどれだけのものが撮れているだろう」とちょっと疑問に思った。

 なんか撮ったその場で写真を見ることもできるらしいけど、あいにく僕ができるのは撮影くらいだ。不慣れな上に説明書もないから、簡単操作オンリーなのである。変にイジッて壊しちゃうとシャレにならないしね。


 あまり意識したことはなかったが、レンズ越しに見る――「観察」しているとよくわかる。

 人は、すごくよく表情が変わる。

 表情だけではなく、全身で感情を表したりもする。

 普段では見逃すだけの小さな変化を、カメラはちゃんと見せてくれる。


 その表情の変化をちゃんと捉えられるかどうかは、別問題だが。経験とか腕とかがものを言うんだろうと思う。


 カメラ暦が浅すぎる僕にはとてもじゃないけどできそうにないので、ちょっと良さそうな雰囲気の時に構えてシャッターを切るのが関の山である。

 僕もデジカメ買おうかな。でもお高いんだろうなー……





 男以外(・・・)とはわりと馴染んでいる天城山さんを意外に思いつつ観察していると、来客があった。


「ちわーすー」


 九ヶ姫女学園中等部生徒会長・出雲たまきことタマちゃんと、


「様子を見に来ました」


 九ヶ姫女学園生徒会副会長・羽村優さんと。


「……」


 二人の数歩後ろに、こんな日でもパッとしない猫背がセクシーな中年男性英語教諭・津山先生がいた。先生はたぶん護衛として付き添っているのだろう。この人も見た目に反して異常に強いからね。

 それにしてもこの三人組。なんか孫とお姉ちゃんとおじいちゃん、という家族構成に見えなくもない。先生確か実の娘がいるはずだが……いや、先生のことはどうでもいいか。


「うわー。男だらけじゃないですかー。こんなにはべらしてー。あすか先輩のえっちー」

「な、何言ってるの!」


 おお……タマちゃんは言いづらいところに触れるなぁ。あえてなんだろうけど。

 だが今はそんな驚きなどいい。

 それ以上に、彼女が掻き乱すことで新たな表情の変化が現れたことの方が重要だ。つまり今こそシャッターチャンスや! 恥ずかしながら怒ってる天城山さんいいよいいよ! 萌えるよ!! 「わははー。どれが本命なのか教えてくださいよー」と笑いながら揺らされているタマちゃんもイイ顔してるよ!!


「うちの天城山がお世話になっています」


 その間に、羽村さんはやはり冷静に、身内を預けた家主に挨拶をしていた。

 副生徒会長としても、知り合いの先輩としても、一言言いたかったのだろう。だから羽村さんが来たのだと思う。

 まあ、惜しむらくは、相手を間違えていることか。


「あん。私は責任者じゃないわよ」


 貫禄と存在感は間違いなく責任者然とした五条坂先輩だが、この集団は第二演劇部の部長が中心となっているのだ。

 「挨拶ならあっち」とフランクフルト張りに太い指で部長を差され、だがそれでも羽村さんは「おや。失礼」とメガネを押し上げ冷静なものだった。あの見上げるばかりのゴリマッチョのONE言葉を聞いても一切動じないのだから、あの人は本当にすごい。レンズ越しでも変化が見られないのだから、あの無表情は筋金入りだ。


 だが、ちょっとわかったことがある。

 あの人はきっと、焦ったり心境に変化があると、メガネに触れるのだ。たぶんね。たぶんそう思う。


 五条坂先輩と羽村さんのここでしか見れないだろうツーショットを撮ったり、「恥ずかしがらずに誰狙いなのか言ってみてくださいよー。私が手伝ってあげるからー」と更に天城山さんをイジッて遊んでいるタマちゃんを撮ったりしていると。

 改めて羽村さんの挨拶を受け取った部長が宣言した。


「ちょっと早いけど、稽古はここまでにしておこうか」


 乱入者があったせいで、場の緊張感というか、全員の集中力が途切れている。まあ切りも良かったんだと思う。稽古は十一時までの予定で、あと少しでその時間になるから。


「十二時に体育館前に集合だからね。それまでは学園祭を回ったり休憩したり、好きに過ごすといいよ。それじゃ解散!」


 自由時間か。……どうしようかな。





 天城山さんは、案の定例の家族三人(・・・・)と一緒に回るようだ。

 僕はすごくすごく悩んだ末に、遠慮することにした。


 なぜって、身の程知らずにも天城山さんに気がある第二演劇部の部員二人がなけなしの勇気を振り絞って同行を申し出て、何気にOKが出たからだ。


 ――どうして奴らの思い出作りにカメラを持って同行せねばならんのだ! てめえらと天城山さんのツーショットを撮りとまくれ、とでも言うのか? 冗談は地獄に落ちてから血の池に溺れながら言え!

 ……という心境になったので、やめておいた。

 羽村さんもいるし、タマちゃんも一緒だ。津山先生は孫を見守るスタンスだから何ともアレだが実力行使には滅法強い。このメンツなら間違っても間違いは起こらないだろう。


 さて。

 気がつけば部長は衣装のことで前原先輩と話していて、ONEたちも休憩とばかりにさっさとその場を去り、所在なく九ヶ姫の人たちを見送っていた一年生だけが残っていた。

 僕と、マコちゃんと、C組の白糸君だ。


 僕と白糸君は劇関係だからこうなると何もできないし、マコちゃんは前原先輩に「あとは私がやるから遊んでおいで」と送り出されていた。


「一之瀬くん、どうする?」


 今更遠慮する仲でもないので、マコちゃんは僕とどこかへ行こうと自然と思ったらしい。僕も抵抗なくそれを受け入れる。

 別に友達なので、普通だと思う。


「教室の様子が気になるから、一度見に行こうと思ってるんだけど」


 それに、鳥羽君たちに会えたらデジカメを返そうと思う。注文の天城山さんの写真はそれなりに撮れたし、万が一壊したりしたら大変だからね。

 それに、気になることもある。

 きっともう来ているだろう三大美姫と、ウェイターやってる超イケメンのこととか。


「あ、いいんじゃない? 白糸くんも一緒に行こうよ」

「え? 僕も?」


 マコちゃんが、これまた自然の流れのように白糸君を誘った。この数日で、第二演劇部ともONEとも、随分仲良くなったと思うので、僕も異存はなかった。

 それに彼は、今は色々変更で変わったが、正ヒロイン役として「女ったらしのJ」こと天城山さんと、劇中もっとも絡むポジションにいる。それは変更があった今でも変わらない。

 それだけに、彼は天城山さんが「男が苦手」というアレを読み取り、極力近づこうとしなかった。それね、僕的にかなりポイント高かったんだよね。

 気がある第二演劇部の二人には常々「遠慮しろよバカ」と思っていたよ。僕は。

 言わなかったのは、五条坂先輩と東山先輩が常に目を光らせていたからだ。あえて言う必要がなかったのだ。あと直で言ったら雰囲気も悪くなるからね。騒ぎ立てると天城山さんも居づらくなるし。


 この場に残っていた白糸君も特に用事があるわけでもなかったようで、一緒に行くことになった。












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