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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
169/202

168.十月一日 土曜日 ニ幕・暗黒の五条坂伝説に






「おい大丈夫か? おい。おいって!」


 彼はどう見てもあまり大丈夫じゃない力ない足取りで、何も言わずに教室へと消えていった。


「……あいつ大丈夫か?」

「わかんない……あとでメールしてみるよ」


 前回失敗した時は大笑いしたさすがの高井君も、今の柳君を笑うことはなく、むしろ心配していた。





 二度目の「食い逃げ」が終わり、僕らは八十一高校へと戻ってきた。

 そう、まだ今日は帰宅できない。

 今日は学園祭前日だ。まだ明日の準備が残っている。まあ鞄や荷物も置きっぱなしで行ってきたからね。


 まるで精気を感じられなくなった抜け殻のような柳君は、一足先に教室に戻った。僕と高井君は、なんだか所在無く廊下でそれを見守っていた。

 まあ、ショックだったんだろうね。

 今日の「食い逃げ」、柳君すごく意気込んでいたから。


 ……僕としては、最後にあの月山凛にトドメを刺されたのが痛かったんだろうな、って思うけどね。だって僕も痛かったわ。だって僕もついでに、と言わんばかりに返し刃で斬られたわ。


 まあ、こういうこともあるだろう。

 柳君はメンタルはそんなに弱くないので、明日になったら復活しているはずだ。だいたい抜け殻でも超イケメンだからいいじゃないか。はかなげでああいうのもいいんだろ? ケッ!


「そう言えば、高井君って学園祭何やるの?」


 準備期間が始まってから、高井君はずっと急がしそうで、まともに話す暇もなかった。昼も、場合によっては短い休み時間だって教室から飛び出していたから。

 今日、月山さんが来なければ、蕎麦食べながら聞こうかなって思っていたのだ。

 ちょうどいいので今ちょっと聞いてみることにした。


「あ? ああ、色々な運動部の手伝いをな。今年の学園祭のテーマ聞いてるだろ?」

「テーマ……『チャレンジ』だっけ?」


 まさか、暗黙の了解はあってもさすがに堂々公開できない、裏テーマのことじゃないだろう。高井君も生粋の八十一っ子だからちょっと迷ったが。


「そう、それ。元々八十一高校の学園祭は、参加者挑戦型のゲームが多かったんだ」


 はい、知ってます。

 ヤンキーとかカップルをボコボコにするために、あえてそういう形にしていたと聞いてますよ。

 恨みの清算、復讐として。

 まさに八十一高校の裏テーマ通りの出し物だ。


「今年は女子が多く参加するだろうって予想して、多くのゲームが従来のやつに若干変化を加えたんだ。男用、カップル用、女用っていう……まあ難易度が増えたんだな。簡単に言えば」


 ほうほう。


「でも、元々全力でしかできないような野郎ばっかだからさ。手加減なんて知らないんだよ。だから俺が調整役ってことで色々手伝うことになったんだ。人手不足の部もあるしな」


 え?


「高井君が調整役?」

「なんで意外そうな顔すんだよ」

「意外だから。そんな器用なことできたんだね」

「フッ、なめんなよもやしっ子。俺の筋肉にできないことはねえ」


 わかったわかった脱がなくていいから。


「そういうおまえは? あ、たこ焼き焼くんだよな。おごれよ」

「いや、それが――」


 神のいたずらか悪魔の罠か、僕は絶望により近いONEの会絡みの手伝いに回されたんだよね。

 そんな説明をしようとしていた矢先、うちのクラスのONE(あくまのてさき)がついに僕を見つけ出してしまった。


「あー! いた!」


 教室から顔を覗かせ叫んだのは、我ら一年B組でもっとも乙女に近き男・マコちゃんだ。


「どこ行ってたの一之瀬くん! 探したんだから!」

「あ、うん、ごめん、ちょっと、」

「ちょっとじゃないよ! 光おねえさまが呼んでるんだから!」


 Oh……負けたとはいえ美味いものを食ってきた僕のテンションを、ただ名前だけで下げてくれるか五条坂光……


「携帯鳴らしたんだよ!?」

「ご、ごめん」


 電源を切ってそのままだった。松茂君が「逃げている途中で鳴ったら大変だろう?」とあたりまえのように言ったから。というか実際そうだと思ったから。

 マコちゃんは僕の目の前に来て、ビシッと人差し指を突きつけた。


「いい? 光おねえさまからは逃げられないわよ? 絶対逃げられないわよ?」


 ……知ってるよ……あの人しつこそうだから知ってるよ……!


「逃げないよ! 逃げてないよ! ただ昼飯食っ――」

「もういいから早く来て! バイバイ高井くん!」

「お、おう」


 マコちゃんは本気で僕を探し回っていたらしく、言い訳なんて聞かずに僕の手を取ってさっさと歩き出す。

 僕はもうあの人の名が出ただけで、あの人の巨体を思い出しただけで、逆らう気力も抗う体力さえも殺ぎ落とされていた。


「……一之瀬! 色々気をつけろよー!」


 友よ。

 その言葉、決して忘れない。





「え? お昼もう食べちゃったの?」


 連れて行かれたONEの会の部室――の、前。

 今や隣の演劇同好会・通称第二演劇部の面々も加わり、そして僕と九ヶ姫からの手伝い・天城山飛鳥という助っ人が入って十人という大人数に膨れ上がっている。

 部室内には収まりきれないので、クラブハウスから少し離れたそこで、彼らは机や椅子を長方形に固めて、昼食を取ろうとしていた。


 マコちゃんが焦って急いでいた理由がわかった。


「あの、すみません……」


 僕が彼らを待たせていたからだ。

 心は乙女な人たちが「全員揃うまで待ちましょう」と自然と言い出し、どこかへ消えた僕を待っていたからだ。

 マコちゃんは、先輩を待たせていると知っていたから、急いだのだ。


 ……だよな。

 土曜の放課後、しかも学園祭前日。

 ONEの皆さんが昼飯作ってくることくらい、予想できたのに……完全に僕の失態だ。


 例の「食い逃げ」は、今回は柳君の強い要望で行かざるを得なかった。

 だがもしこっちの昼食のことを予想できていれば、一言断りを入れておけば、なんとでもなったのに。


「あ、いいよいいよ。そんなに待ってないから」


 頭を下げる僕に、第二演劇部の部長が言った。


「こっちも全員揃ったの、ついさっきだからさ。こいつなんてすでに食堂でメシ食っちゃってるし」


 どうやら第二演劇部の部員も、この流れを予想できなかったらしい。


「まあ、確かにいきなりだったわね。しょうがないか」


 いや……


「ほんとすみません、五条坂先輩。あの、よかったら、ぜひ持ち帰らせてください。前回もすごく美味しかったし、その、知ってたらきっとこっちで食べてたんで」

「そーお? 別に食べないなら食べないで私が食べるけれど」

「おねえさまは食べすぎです。だからそんなガチムチなんですよ」


 前原先輩がバサッとガチムチを斬り捨てたところで、ようやく笑い声が漏れた。……でもその人をおねえさまと呼ぶな! というか呼ばせるなよ五条坂光! それはもう縦横無尽に、そして闇雲に凶器を振り回してるようなもんだろ!





 僕は空いた椅子(もちろん東山先輩の隣だ……)に座らされ、ふと逆隣の天城山さんがちょっと沈んだ顔をしているのが気になる。


「……どうしました?」


 今日は校門から、佐多岬華遠の付き添いで直でここに来たはずの天城山さん。

 昨日の帰り、稽古はどうだったか、明日は迎えはいいとか、ちゃんと話はしたのだ。だから僕は今日は迎えに行かなかった。……土曜の放課後、そして時間帯からして人が多い。校舎内を歩くとどうしても目立つからね。その方がいいだろうと僕も判断した。

 まだ戸惑うことも多いが、劇に出るつもりにはなっていると、本人から聞いたのだ。だから浮かない顔をしているのは、劇が嫌だから、というわけでもないだろう。


「一之瀬さん……」


 小声で問いかけると、彼女はゆっくりと僕を見た。うわ……すげー憂鬱そうな虚ろな目してる……でも美少女だ。こんな顔でも美少女か。

 ……まあそうだよな。さっき負け犬になった超イケメンが傍にいたけど、結局超イケメンは超イケメンであることには変わりなかったもんな。むしろはかなげでいいんだろ? チッ!


「……一之瀬さん、まずいです」

「え? 何が?」

「私の女子力がまずいです」


 は? 女子、力?


「そう言えば」


 わいわいゴージャスなお弁当を広げているONEやら第二演劇部の人たち。そんな中、前原先輩がこちらへ向かって声を投げてきた。


「飛鳥ちゃんも何か作ってきたのよね?」


 ――ピンと来た。


 この状況で浮かない顔、たった一人の正真正銘の女子、そして当人の「女子力」の言葉……

 ならば結論は一つだ。


 きっと天城山さんは、ONEたちの女子力を目の当たりにして落ち込んだのだ。


 たぶん、自分が作ってきたモノを彼女ら(・・・)のモノと比べた結果、その…………想像以上に差があったのだろう。月とすっぽん、とまではいかないが……雲泥の差くらいはあったかもしれない。


 僕は、美少女の手作りならなんでもいいんだけど、うん、まあなんというか……料理的な観念と海原○山的視点から言うと、……そういうことなんじゃないかと思います。

 きっと昨日のうちに、ONE+天城山さんで、明日の昼食は用意してこようみたいな打ち合わせをしていたのだろう。


 すまん、天城山さん。

 僕にはこの状況、どうにもフォローできません。


 というか、だ。


「失敗でもいいと思いますよ」

「え?」

「あの天城山飛鳥の手作り。それだけでいいんですよ」


 そう――ONEはともかく、第二演劇部の野郎どもは、すごく期待している……! ひそひそ話している僕を快く思っていないくらいに!


「あの! ちょっと見てくれが悪くて出しづらいみたいで!」

「一之瀬さん!」

「大丈夫ですから!」


 いきなり問題のモノを見せるよりは、彼ら彼女らの期待値とハードルを下げた方がよかろう。そう判断した僕は前もってそう宣言し、天城山さんに作ってきた料理を出すよう促す。


「失敗? 別にいいじゃない」


 そうそう、五条坂先輩の言う通り。僕だって色々失敗してるんだ。むしろ失敗して上手くなるみたいなところもある。

 きっと天城山さんは、これまで料理らしいことをしてこなかったのだろう。もし彼女が納得できてないなら、これから腕を磨けばいいだけだ。


「……すみません。あまり上手くできなくて……」


 ようやく観念して、天城山さんは膝の上に抱えていた包みを出した。


 そして――





 ……見た目は地球外生物みたいだったけど。


 でも、味はそんなに悪くなった……とだけ、言っておこうと思う。








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