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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
166/202

165.十月一日 土曜日  擡





 青海庵(おうみあん)も古い店である。

 先日行った将龍亭も歴史は長いが、こちらも同じくらい長く八十一商店街で店を構えているらしい。


 外観から内装まで、要所要所が木造で非常に味のある佇まいをしている。ちょうどドラマや映画の時代劇で見るような古ぼけた飯屋……みたいな印象があるような、ないような。

 まあとにかく、味を期待させる老舗の雰囲気があるお店だった。


 出入り口こそ開けっ放しだが、今日は参加者全員が店内で食べてから逃げることになるようだ。テーブル席が四つにカウンターだから、二十人くらいは余裕で入ると思う。

 ……でも、なんかサラリーマン的なスーツのおっさんもいるみたいだけど……カウンターでそば食ってるし。あの人も参加者ってことになるのか?


「『食い逃げ(こっち)』の参加者は、制服着用が義務だ」


 疑問に思ってみていると、メニューをガン見している松茂君が教えてくれた。

 ちなみに僕ら四人はこの前の将龍亭と同じように座っている。僕の隣は柳君で、正面には高井君と松茂君がいる。


「……フン。やはり青海庵に来たからには蕎麦か……」


 ほう。


「蕎麦が美味しいの?」

「ああ、有名だ。まあうどんもそばも手打ちでどちらも美味いが。俺のお勧めは蕎麦だな」


 出入り口に近いテーブル席を陣取った僕らは、メニューを見ながら時を待っていた。

 開始時間まであと五分。

 あと五分だけ、駆け込み参加者を待つのだ。


 松茂君の言う通り、例の赤ジャージこと『駆ける者(パンサー)』と『知恵ある者(ゴート)』こと山羊(やぎ)さんは、三十三高校の制服を着て来ている。彼女らの学校は週休二日で今日は休みのはず。きっと食い逃げ(これ)に参加するために制服でやってきたのだろう。

 約八人ほどそれっぽいのが来ている。

 やはり赤ジャージたちのようによその高校からの参加は珍しいようで、だいたいうちの愚者(エリート)が多いかな。


「おし、セーフ」


 真面目そうな顔をして軽そうな口調の学ラン男が、店の敷居を跨ぐと同時に小さく呟いた。出入り口に近い僕らくらいにしか聞こえなかっただろうが。

 彼は憶えている。ラビット……そう、『跳ねる者(ラビット)』だ。


 ――ちなみに、ふと思い出したのは、前回の彼の格好である。

 言われてみれば、確かにあの日、『跳ねる者(ラビット)』は学ランを着ていた。九月十二日だったから普通は夏服のはずなのに。

 恐らく、さっき松茂君が言っていた参加規約に準じているんだと思う。

 ……九月もそうだけど、六月七月もひどく暑そうな気がするが……


「わり。ちょっと入れて」

「おいおい」


 『跳ねる者(ラビット)』は柳君と僕を見て笑うと、またしても当てつけのように隣のテーブルを占領していた赤ジャージと山羊さんのツーショットに強引に割り込んだ。そうそう、僕はともかくとして、柳君は一応「かつてのバイト仲間」ってことになるんだよね。

 「意外と仲良くなったの?」と問うと、柳君は「どうかな。一応番号とアドレスは交換したが」と答えた。なるほど、柳君がそこまで言うならそれなりに仲は良いのだろう。案外相性がよかったのかもしれない。





 残り五分が三分になった頃、二人連れの八十一高生が駆け込んできた。

 それぞれ知り合いのようだが、店内に入ると自然と左右二手に別れたのがベテランっぽかった。店に入れば敵同士、みたいな割り切った思考とこなれた感じが経験と余裕を感じさせる。


 残り二分。

 時間の壁が薄くなるにつれ、参加者が一人二人と駆け込んでくる。

 そんな中、あの人がやってきた。


「……うわ、団長来たな」


 高井君の声に視線を向けると、確かにいた。

 眩いばかりの八十一魂を背負った八十一高校の顔と言ってもいい男、応援団団長・尾道一真。またの名を『伏せぬ者(エンペラー)』だ。

 あの人が踏み込むと、場の空気が変わった。

 まだ平和な雰囲気があった店内に、まるで山椒を噛み潰したかのようなピリッとした緊張感が走った。


 そして、ついに一分の壁を破った頃、その新星はやってきた。


「「なっ――」」


 さり気に参加者チェックをしていた店内の誰もが、彼女を見て息を呑んだ。

 いや、正確には、知っていた僕と柳君からしたら「やっぱり来たのか……」という感じだが。


 本日最後に駆け込んできた彼女は、絶対に食い逃げ(こんなもの)になんて参加してはならない清楚なる白いブレザー……男たちが憧れる九ヶ姫女学園の制服に身を包んだ美少女――


 九ヶ姫女学園の三大美姫・月山凛である。





 僕は席を立った。

 昨日彼女の参戦を聞いた時から、漠然と思っていた。


 ――彼女はいつも一緒の清水さんを置いて、単身参加を決意した。ならば現地(みせ)では一人きりになるだろうな、と。


 ならば仕方ないだろう。

 初参加で一人なのは、さすがにちょっと色々不安だろうから。

 柳君はまあアレだとしても、彼女の友達として、僕くらいは気を遣ってもいいだろう。


「月山さん」


 どうしたものか、または柳君はどこかと探していたのかきょろきょろしていた月山さんを呼び、席を空けた僕の椅子に座るよう促す。


「ごめん。あとお願い」


 なんだからしくなく戸惑っていた月山さんの腕を取って無理やり座らせ、僕のいきなりの行動に「おい」と疑惑の声を上げた高井君とその隣の松茂君に彼女を頼み、テーブルから離れた。

 何か言いたげに僕を見ていた柳君はまあアレとして、高井君と松茂君ならそこそこ面倒を見てくれるだろう。


 さて……一人になっちゃったし、僕はカウンターだな。


 端っこの方に一つ空いた席(団長の隣だ……)を見つけ、若干迷ったが……行く当てもないのでそこに行こうかな、と歩き出したところで、


「ちょっ、え、なに!?」


 僕は一つのテーブル席に引きずり込まれた。


「――っ」


 戸惑ったのは僕だけじゃない。

 僕の正面のマッシュルーム頭も、すげー驚いた顔をしていた。


 そう、僕は山羊さんの隣の空いた席に座らされたのだ。





「まーまー。いーじゃんいーじゃん」


 明らかに目の前の赤ジャージが「よくねーよ!」という顔をしていたが。あるいは「金返せ! 私の五十円返せよ!」とアフレコしても違和感ない品のないドケチっぽい顔と評してもいいが。

 どうやら山羊さんは抗議を聞き入れるつもりはないらしい。

 ……つか僕が逃げないように、腕がっちり掴んでるし。


 なんだよ。

 モテてると勘違いしちゃうぞ?

 いいのか?

 逆ナン的な展開になってると思っていいんだな?


 ――んなわけねえって知ってるけどね! 最初から!


「終わった後に聞こうかなって思ってたけどちょうどよかったし。ねえ『跳ねる者(ラビット)』」

「そーね。あと月山凛のことも聞かせろよルーキー。さすがに場違いすぎるだろー」


 なるほど、こいつは知ってたか。月山さんのこと。……まあ男ならすごく興味ある人物だから知ってても不思議じゃないか。


「八十一の学園祭のこと聞かせてよ。今年は喧嘩祭りじゃないって噂が流れてきてるから気になってたんだ」


 あ、そのことですか。

 そうか……いや、まあそうだよな。近隣の女子を呼ぶためにも「今年の八十一高校学園祭は一味違う」的な噂の拡散は積極的に行われていた。実態を知らないよその高校生である山羊さんが興味を持っても仕方ない。

 というか、興味を持つよう噂を流したのだ。むしろ狙い通りと言えるだろう。


「月山凛のことも聞かせろよー。あと佐多岬華遠と天城山飛鳥のこともよー。ほんとに参加すんの?」


 『跳ねる者(ラビット)』、君はそればっかだな。





 男としては同意せざるを得ないけどね!!









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