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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
162/202

161.九月三十日 金曜日  参





 旧クラブハウス前――ONEの会の部室前には、八名ほどの男子が立っていた。

 妙にクネクネした一際目立つ大男の存在が、それが何の集まりかを如実に語っている。


「あら、いらっしゃい」


 クネクネした大男・五条坂光の声を合図に、全員の目が僕らに向けられた。


 半数が久しぶりに顔を合わせたONEの会の皆さんで、残り半数が見覚えのない……あ、一人だけ見覚えがある集団だ。

 彼らが演劇同好会、通称第二演劇部の人たちだろう。なんというか、四人とも線の細い繊細そうな人たちだ。


「一之瀬君、久しぶり」

「そうだね。……でもごめん。僕は君の名前を知らない」


 一人だけ見覚えのある彼は、夏休みに図書室で会った、一年C組の図書委員だ。確か弥生たんへの差し入れを持って来た時に会ったんだよな。

 顔はちゃんと憶えている。あの時は自己紹介なんてしなかったからね。悪名高い(・・・・)僕とは違って、彼はそんなに悪目立ちしていないのだろう。名前も顔もレジェンドもない普通の生徒なのだろう。案外僕の望んでいる普通の高校生活を送れているのかもしれない。正直羨ましい。


「白糸だよ」


 C組のアイドル・島牧翔ことしーちゃんとの誤解は解けているようで、彼は多少友好的に挨拶してくれた。





 送ってきてくれた佐多岬さんと別れ、僕と天城山さんは改めて簡単な自己紹介をし、その集団に混じった。

 ……さりげに無口なイケメン・東山先輩が僕の隣に来たのが気になるが……うん、まあ、この人はもう、しょうがないと思うべきかもしれない。


 僕の普通すぎて印象が薄かろう挨拶が終わり、次に天城山さんがやや腰が引けた感じで挨拶すると、演劇同好会の四名は「おぉ……」と溜息をついた。うん、それが男として正しい反応だよね!

 でもONEの会の皆さんは「ふーん。あっそ。それで? あんた何できるの?」なんて、髪いじりながらそんなこと言い出しそうなくらい興味なさそうだけど。

 何この真っ二つの反応。

 ONEの人たちはもっと女子に興味持って! せっかく校外から来てくれたんだから!


「じゃ、時間がないから早速始めるよ。まず――」


 演劇同好会の会長……いや部長? ああめんどくさい、部長でいいや。やや髪が長い優しそうな人が、状況とこれからのことを話し始めた。

 ちなみに外で会っていたのは、単純にこの人数が部室に入ると手狭だかららしい。……案外五条坂先輩が天城山さんに気を遣ったのかもしれないが、どちらもありえそうで判断が難しい。


「舞台衣装は五条坂君たちに任せるね。カラーは決めてあるのと動きやすい格好。この二点さえ守ってくれればいいから」

「了解よ」


 おお、あの五条坂光を「くん付け」か。ということはあの人は三年なんだな。


「それと舞台の役者も足りないから、そっちからできるだけ出してほしい。希望としては五条坂君と東山君はぜひこっちに参加してほしいな」


 同好会部長としては、衣装と小道具と裏方関係全般を前原先輩指揮の下、僕ら一年生に用意させて、五条坂先輩と東山先輩は役者としてみっちり稽古に参加してほしいと。そんな役割分担を考えているようだ。


「構わないわ。やっしーもいいわよね?」


 五条坂先輩から視線を向けられた東山安綱(やっしー)は、迷うそぶりもためらうそぶりもなく頷いた。……この人しゃべらないけどいいのかな?


「問題は……」


 と、部長は僕……ではなく、若干僕の後ろに隠れている天城山さんに視線を向ける。


「天城山さんは、どうしよう?」


 誰に対する問いなのかわからなかった。天城山さんに向けられているようで、この場の全員に聞いているようにも思えた。ともすれば独り言に近かったりもするかもしれない。

 天城山さんをどうするか、か。


 僕が改めて聞くべきかもしれない。


「天城山さん、どうします? どこかに参加したいですか?」


 男どもが見守る中、彼女は可愛そうなくらい俯き、囁くように答えた。


「う、裏方で……」


 裏方、か……まあ、本人の希望ならしょうがないか。

 僕としては、せっかくの機会なので、舞台に立ってほしいとさえ思うのだが。そこまでやって初めて「天城山飛鳥が参加した」と大手を振って宣言できるんだと思う。

 でも、強制はできないよな。裏方だって大事な仕事だ。


 ……と僕は思ったのだが、そう思ったのは僕だけじゃなかった。


「それでいいの?」


 言ったのは、前原先輩だった。


「あなた九ヶ姫からわざわざ手伝いに来たんでしょう? ということは、九ヶ姫女学園という大きな看板を背負って来たわけよね? ――で? 半端な仕事しに来たわけ?」


 Oh……前原先輩がちょっと厳しいことを……でも僕も同じ意見なんだよなぁ……!

 しかし僕はフォローするぞ。

 僕がここにいる理由は、何があろうと天城山さんの味方をするためだからね!


「第二演劇部的にはどうなんですか? 女性が舞台に立つことに抵抗は?」


 女形専門というからには、男だけでやることにこだわりがありそうなものだ。案外「女は土俵に立たせない」くらいの覚悟があったりするかもしれない。

 部長は即座に答えた。


「いや、うちは別に。歴史もそんなにない同好会だし。男子校だから前例はないけど、でも男だろうと女だろうと真面目にやるなら全然」


 あ、そうですか。まあ交渉があった昨日の内にちゃんと答えを用意してたんだろうね。


「裏方って他に何をするんですか? 人数は……僕と前原先輩とマコちゃんの三人ですか? 三人でできる量なんですか?」

「うん。必要とあれば、稽古が終わった後に俺らも手伝うし、そっちが間に合わないってことはないと思う。ただ劇の方は完成度が低いと失敗に繋がるし、失敗だけならいいけど最悪怪我をしたりもするからね。稽古に手は抜きたくないんだ。ただでさえ時間がなさすぎるから苦肉の策だけどね」


 うわあ……なんかしっかりした人だな。僕の思いつきの疑問点なんて全部答えてくれそうだ。

 これは、ツッコミどころや荒を探してどうにか天城山さんを裏方に、という策は難しそうだな……


 ……よし、ちょっとツッコミの方向性を変えてみるか。


「仮に天城山さんが劇に参加するとして、何役でどういったことをさせられるんでしょう?」

「えーと、」


 部長はケツのポケットに丸めて突っ込んでいた台本を出し、広げた。


「女ったらしのJの役だね」


 女ったらし!?


「え、男の役!?」

「ああ。男は軒並み女役、そして女は男役。思いつきにしては面白いだろ?」


 ……うん、確かにちょっと面白い。この美貌の天城山飛鳥を捕まえて男役をやらせようって発想も嫌いじゃない。

 それに「女ったらしのJ」という役名も気になる。というかJって。なぜイニシャルだ。

 何の劇かはわからない、たぶんオリジナルなんだろうけど、この濃い連中(五条坂先輩含む)を劇中で弄ぶような役なら、かなり面白そうだ。あの天城山飛鳥がこの濃い連中(五条坂先輩含む)に愛の言葉を囁き篭絡するんだぜ? 面白そう以外の感想がない。

 だがそれは、あくまでも第三者の意見だ。

 果たして天城山さんは男装してまで劇に出たいと思うだろうか?


「あ、面白そうですね」


 好感触じゃねーか!


「もう出れば!? めんどくさい!」

「えっ!? な、なんですか急に……」


 ハッ!?

 い、いかんいかん……面倒すぎてつい本音が出てしまった。ほら、天城山さんが驚いてるじゃないか。


 しかし、もうフォローはやめようと思う。


「僕は天城山さんの意思を尊重したいけど、ここは劇に出た方が方々丸く収まりそうな気がします。九ヶ姫の生徒会役員としても面目が立ちますし。どうしてもダメですか? イヤですか?」

「え、でも」

「ん?」

一之瀬さんは(・・・・・・)劇に出ない(・・・・・)んですよね(・・・・・)?」


 …………


「え?」


 今なんて言った?

 今なんて言った!?


「私の男を口説くな! このドロボー猫!」

「おまえのじゃねえよ! つか今時泥棒猫って!」


 いきなりキレたマコちゃんに思わずキレ返した僕だが、頭は絶賛混乱中である。


 あの、今のセリフは、もしや、え、……え?


 僕と一緒なら劇に出てもいい、ってこと?


 それはつまり遠回しに言うと、僕に気があるってこと?


「チッ」

「舌打ちしない!」


 東山先輩まで何やってんだ。つかあなたそういう意味で僕のこと好きなわけじゃないでしょ。そういうのはちゃんとわかるんだぞ。逆にどういう意味で好きなのか問いただしたいくらいだ。


「つまり一之瀬クンと一緒なら劇に出るのもやぶさかではない、ってこと?」


 五条坂先輩がニヤニヤしながら問うと、天城山さんはすんなり「はい」と頷いた。


「すみません。人見知りが強いので、あまり知らない人と何かをするのは……一之瀬さんはもう色々知っている(・・・・・・・)ので平気なんですが……」


 ……あれ?


 ……気があるとか、そういう……あれ? ちがう? 人見知り? 気があるとか違うの?





「さっさと劇の稽古行けよ! めんどくせーな!」

「な、なんで怒るんですか……」


 期待させやがって! 自分の胸に聞いてみろってんだ!

 そして己の何気ない言動の一つ一つで男が本気で一喜一憂していることも知りやがれ!


 ……僕は帰ったらちょっと泣くつもりになってるんだからね!





 まだちょっと、やろうという気にはなっていなかったようだが、僕は強引に天城山さんの背を押して五条坂先輩に任せることにした。あの人は見た目はアレだが気遣いはできる人なので大丈夫だ。何よりONEだしね。

 役者組は劇の稽古をするために裏山の方へと向かっていき、僕らは衣装・小道具作りのためにONEの会の部室へと戻った。


 いや、正確には、戻ろうとした。


「あ、ちょっとすいません」


 部室に入ったところで携帯が鳴ったので、僕だけ部室を出た。


「……月山さんだ」





 ディスプレイを見ると、本日三人目の三大美姫の名前が浮かんでいた。











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