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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
161/202

160.九月三十日 金曜日  山





 実は、スタンスはそんなに変わっていなかった。


 このむさ苦しい男の園に女神(じょし)が降臨するようになって数日。

 今までは、どこか瘴気でも吹き溜まっているんじゃないかと錯覚するくらいに、最近は浄化されてきているというか……光が差し込むようになったというか、見える景色が明るくなったというか、。うまく表現できないが、学校全体が見通しがよくなったような気がする。


 そんな昨今の普通の高校に近づきつつあるのだろう八十一高校だが、実は学園祭におけるスタンスはそう変わってはいない。


 毎年、学園祭にはテーマが設けられる。

 全然誰も見向きもしていなかったのだが、大まかな方向性はいつも一緒だったらしい。

 八十一高校が毎年掲げるテーマは、毎年記憶に残らないくらい空気だが……公表できない裏テーマはちゃんと存在している。


 裏テーマは、復讐である。

 恨みの清算である。


 八十一高校の学園祭は、毎年それなりに大盛況になるらしい。

 ……怪我人も続出するらしい。


 女子連れの野郎をぶっ潰す、女子と縁のある共学校の野郎をぶっ潰す、姉とか妹とか女子と縁がある八十一校生も身内ということを忘れてぶっ潰す、とにかく自分より幸福そうな誰かをぶっ潰す――

 祭りにかこつけて行われるのか、それとも復讐を果たすために祭りを盛り上げているのかはわからないが、荒んだ男子校にはお似合いと言わざるを得ない絶望的な祭りだと思う。


 正直、今更この程度のことで動じることもない。

 「まあそんなもんだろ。ここ八十一だぜ? むしろそういうのない方がおかしいだろ」と平然としていられる僕は、もう、……うん、きっと、後戻りできないところまで来ているんだな、と。そっちの方が若干ショックだったんだけど。


 そんな裏テーマがある八十一(うち)の学園祭だが、今年もそんなには変わっていないそうだ。





「テーマは『チャレンジ』だな。だがしかし、蓋を開けてみれば相当荒っぽい」

「そうでしょうね」


 今日まで「正しい八十一流学園祭」を知らなかった僕だが、自称情報通の渋川君に、第二演劇部のことを聞くついでに情報を仕入れてきた。


 曰く、裏テーマは復讐だ、と。


 僕はそれを聞かされた時、特に引くこともなく、「そんなんじゃ外部参加者いないんじゃない?」と、かなり八十一高校寄りの意見をしてしまった。誰もお客さんが来なくて閑散として準備に見合わない寂しい一日になるんじゃないかと。

 口にした後、ああ僕はもう末期だな、と思ったよ。

 ちょっと泣きたくなったよ。


 僕の普通スペックの順応力は、ようやくこの環境に完全適合したんだな、ってさ……


 ……まあ、そんな悲しみは一人寂しく夜泣きで解決するとしてだ。


「僕としては、毎年参加者が尽きない、むしろ多くなってきてるって方が驚きなんですけどね」

「そうか?」

「そうですよ」

「そんなことはないだろう。私は毎年参加したかった。学校で呼びかけられなかったら通っていた」

「……それは佐多岬さんらしいですね」


 ――色々と忙しくなりそうな本日金曜日の放課後、僕は生徒会室まで天城山さんを迎えに来ていた。

 そのついでに、護衛としてついてきた佐多岬さんと雑談をしていたのだが……

 なんだろう?

 この人と話していると、いつも静かだが不思議な盛り上がり方をするような気がする。


「八十一高校秋の名物『喧嘩祭り』。この辺では有名だ」

「らしいですね」


 スタンスやら裏テーマを聞いた時点で、かなり荒っぽい催しだとは思った。

 というか「そうじゃないと八十一高校じゃない」とまで末期の僕は思った。いや望んでるわけじゃなくてね。この高校のあり方がわかってきたってだけだからね。


 喧嘩祭り。

 そんな二つ名で呼ばれる学園祭である。

 ゆえに、彼らがやってくる。


 ――ヤンキー的な連中が、誘蛾灯に群がる虫のように。


 これが、毎年盛り上がる理由である。

 彼らは八十一高生ぼくらを挑発するために彼女連れで来て、僕らはそんな彼らを見て怒りと憎しみをたぎらせる。

 そんな腐敗した悪循環、負の螺旋が、毎年血の雨となって八十一高校に降り注ぐのだ。

 そしてここら近隣にいる住人は、活気ある(という言葉は逸脱していると思う……)八十一高校を見に来るわけだ。まあ、もう、すっかりこの高校に慣れきってる連中とか、OBとかだね。プロレス観戦くらいの気持ちで来るわけだね。


 もちろん、ただケンカをするわけじゃない。

 ただの殴り合いになったら……しょせん数が多い僕らが有利になるだけだからね。その辺のことはやってくるヤンキー連中も心得ていて、ちゃんと出し物関係で勝負するのだ。荒っぽく。


 僕はまだ、学園祭でどんな出し物が出されるかはあまり把握していないが、まあお客様参加型のゲームが多いらしい。

 有名なのは、応援団が毎年やっている「タイマン対決」だ。

 えっと、正確には名前は違うらしいんだけど、そっちの通り名の方が有名になりすぎているらしい。


 これは、料金を払うと一分間応援団の人たちとケンカできる、というそのまますぎる出し物である。ただし応援団からは手を出さないので、一方的に殴る蹴るの暴行を加えることが可能……という、まあ超ハードなゲームだ。

 勝敗は一分経過で応援団の勝ち、団員から「参った」のギブアップ宣言か一度でも倒れたら挑戦者側の勝ち、というルールがある。

 ただ、応援団は代々に渡って十年以上これを続けているが、負けたことなんて片手で数えられるくらいしかないらしい。


 ね?

 ヤンキー来ちゃう感じでしょ?


 そして、更に恐ろしいのが八十一に住まう絶望である。

 八十一(うち)の絶望はとびっきりですからね、その深く底が見えない真っ暗な懐に抱くのはうちの生徒だけに留まらない。


 いろんな流れ、いろんな理由で、ヤンキーたちが例のドキアニ――『ミス・八十一決定戦 ~ドキッ、アニキにときめく三秒前~』に強制参加させられるらしい。

 化粧を施され、スカートを穿かされ、スネ毛を処理され……

 僕としては地獄絵図しか想像できないが、それが学園祭の盛り上がりに一役買っているというのだから、やはり八十一は混沌としていると言わざるを得ないだろう。





「今年はどうなるんでしょうね」


 ヤンキーはバリバリ来るだろうし、九ヶ姫の女子もバリバリに来るだろうし、近隣で有名な三大美姫や九ヶ姫女子が手伝いに入っているという物珍しい男子校の学園祭を見に、その辺の男女男男女男女もバリバリに遊びに来るだろうし。

 この時点で、すでにごった煮である。

 ごった煮で闇鍋である。

 統一感のかけらもない。


「参加したことがないからなんとも言えないが、我々の出番は多いかもしれないな」

「あ、風紀として九ヶ(そちら)の応援も入るんですよね?」

「ああ。強い奴らを何人か連れてくる」


 佐多岬さんは学園祭当日、風紀委員として校内を見回る。そして九ヶ姫の格闘技系のクラブからも何人か連れてくるらしい。

 八十一(うち)からも僕のトラウマ空手部やら柔道部やらマーシャルアーツ同好会やジークンドー同好会や世界一強い格闘技を考える会や……その辺の強そうな人から胡散臭い人、理論はすごい人が風紀として参加するとか言っていたはず。絶対に胸毛先輩と教頭先生には会いたくない。


 風紀委員が必要なのは、僕はどっちかと言うと自衛じゃなくて、相手を守るためだと思っている。

 うちの連中はまあいいとして、ヤンキーが女子に絡んだりして迷惑掛けると大変なことになるからね。そんな奴いたら八十一男子総出で袋叩きの刑に処しちゃうからね。そこにはもう理屈とかないからね。バカに理屈とか通じないからね。

 彼らを守るためにも風紀は絶対不可欠だ。多少の暴行事件なら笑って済まされそうだが、多少から逸脱したらさすがにまずいだろう。


「当日は迷惑を掛けると思いますけど、よろしくお願いします」

「構わない。むしろ楽しみだ」


 あ、そーですか。……この人、風紀委員が何するか知ってるのか? 逆に騒ぎを起こしそうな気がするんだけど……

 いや、まあ、大丈夫か。

 ぶっちゃけると、女の子に絡んでる男を殴り倒し、ケンカしてる双方を蹴り倒し、その美貌と威圧感で周囲を威嚇すればいいだけだから。建前抜きでやることだけ数えると割と簡単なお仕事ですから。


「あ、そうだ。ついでにこれを」

「ん? なんだ?」


 僕は本日できたての食券を三枚、佐多岬さんに差し出す。担任・三宅弥生たんの押印付きだ。


「僕のクラスの明石焼きの食券です。よかったら見回りの合間にでも友達と食べに来てください」

「……? 明石焼きとはなんだ?」


 あ、知らないのか……珍しいな。


「そもそも食券とはなんだ?」


 そっちも知らないのかよ! 食券の存在も知らないのかよ!

 ……この人すげーな。浮世離れ感がすげーわ。

 今までどんな暮らししてきたんだろ。……修行がてら山篭りとかしてたりして。いや聞かないけど。「なぜ知ってる?」とか言われたら反応できないから。


「キャビアって知ってます?」

「なんだそのハイカラなものは。今流行りの履き物のことか?」


 それは……脚半かな? 確かにブームは巡るものだけど、残念ながら脚半はまだブームになってないかな。……レッグウォーマーと言えばまた印象は違うかもしれないけど。


「チョウサメの卵のことです」

「何? ……そんなもの食べられるのか?」


 すげえ! 知らないんだ! なにこれ佐多岬さん面白い!


「知ってます? サメの卵ってピンポン玉くらい大きくて、昔は一つ食べるだけで寿命が一日延びると言われるほど栄養満点の健康食品として知られていたんです。でも最近では美容効果があるとかで食べるとお肌がツルッツルになるらしいですよ」


 これが猟師が長生きしている理由ですよ、と話すと、佐多岬さんは眉を寄せた。


「でも高そうだな」

「違う」

「何が?」

「そこは『でもお高いんでしょう?』です」

「…………」

「さあ言い直して。早く」

「…………」

「…………」

「……でも、お高いんでしょう?」

「いいえ! 我々の開発した特許技術で安定した生産ラインを確保しました! 今なら同じセットがもう一つついて、」

「――何の話をしてるんですか?」


 いつの間にか、生徒会室から天城山さんが出てきていた。


「天城山、キャビンというハイカラなものを知っているか?」

「キャビン? ……タバコの名前でそんなのありませんでした?」

「いやタバコじゃなくて。キャビアのことです」

「ああ、キャビアですか。チョウザメの卵ですね。それが何か?」

「なんでも不老長寿の秘薬らしい」

「…………一之瀬さん、佐多岬先輩はこういう人なので、あまり嘘を教えないでくださいね」

「何? 嘘なのか?」

「嘘だなんて! ひどい! 佐多岬さんは僕とこの女どっちを信じるの!?」

「この女……」

「どっちと言われれば天城山かな。君はどこか胡散臭いからな」


 あ、普通にひどい。





 その後もグダグダな話をしながら、ONEの会の部室へと向かった。


 佐多岬さんって面白い。









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