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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
160/202

159.九月三十日 金曜日  月





「ごめん。当日手伝えないかもしれない」


 廊下に作りかけのオブジェや創作物がはみ出し始めた昨今、学園祭が近づいてきているのが嫌でも感じられるようになってきた。

 昨日、みんなより少し早い、女子がいる生活(ひにちじょう)からほぼ男しかいない生活(にちじょう)へと帰還を果たす決意をした僕は、今日も朝からたこ焼きのイメトレに余念がない焼き方班のメンバーに断りを入れていた。……リーダーが強いからみんな結構真面目にやってるんだよね。


 ほとんどドタキャンみたいな僕の発言に、彼らの反応はまちまちだった。

 僕らのアイドル草津さんとちょっといい感じらしいと噂のゲーマー大沼君は、単純に競争相手が減ることで草津さんと過ごせる時間が増えるだろうことを喜び、同じくゲーマー池田君は「何かあったの?」とまず聞いてきた。大沼君はともかく池田君はまっとうな反応である。

 中二病をわずらっている立石君からは特に反応はなく、そして――


「何かあったのか? おまえにはカニ焼売と、昨日持って行ったたこ焼きと明石焼き分は働いてもらいたいんだがな」


 僕らのリーダー・松茂君は、僕へ対する食への恨みを募らせていた。……焼売はともかくとして、たこ焼きと明石焼きの材料代は僕も出してるんだからいいじゃないかよ……

 多少文句を言いたくもあったが、一人抜けるだけでも確実に迷惑をかけてしまうことがわかりきっているので、余計なことは言わず事情を説明する。


 ――曰く「ONEの会の手伝いをすることになるかもしれない」と。





 ONEの会……つまり八十一町の伝説・五条坂光絡みの話であることを告げると、それ以上の詳しい事情も聞かず二つ返事で送り出された。

 「いいから行けもう近くによるな」とまで言われて。

 大沼め……草津さんと付き合うなんて奇跡を起こしたら、僕がそれ以上の奇跡を起こして強制クーリングオフしてやる。


 うん、でもまあ、気持ちはわかる。

 あの人と絡んでいる人なんて、僕もできるだけ距離を取っておきたいから……


 五条坂先輩は、決して悪い人じゃないんだけどね。

 ……いや、案外、悪い人じゃないから逆にやりづらいのかもしれないね。恨み言を言うのも抗議するのも筋違いになっちゃう形になるから。


 さて。

 思うことはあるし、正直気は進まないが、やるとなった以上はやらなきゃな。

 昨日の五条坂先輩のテンションの上がりっぷりを見ているだけに、先輩の学園祭参加に対する想いは強いみたいだし。だらだらやってたら邪魔になるだけだ。

 そういえば、演劇同好会……通称第二演劇部だっけ? 合同参加の交渉は上手くいったのかな?


 色々考えながら自分の席に戻る。

 焼き方とウェイターとして班分けで別れた隣の柳君に、世間話がてら教室の出し物に参加できなくなりそうなことを話してみた。


「それより明日は?」


 どうやら柳君は、学園祭や僕のことより、明日のことが気になっているようだ。

 そう、明日は約束の日。

 学園祭の日ではない、学園祭前日だ。


 かつてこれほどまでに彼から熱いアプローチを受けたことがあるだろうか? いや絶対ない。

 僕はそんなに乗り気じゃないんだけど、柳君は超乗り気である。


「そんなに屈辱だったの?」

「敗北の味くらいすでに知っている。だから屈辱はどうでもいい。だが負けっぱなしは嫌だ」


 なるほど。負けず嫌いらしい意見だ。

 それからウェイターのことや、松茂君が今なお苦心しているたこ焼き・明石焼きの黄金比のタネの作り方やこだわり、今回のことで柳君が案の定初めてたこ焼きを食べたことなどを話していると、奴がやってきた。


「おはよ! 一之瀬くんちょっと来て!」


 朝一からバリッバリにテンションの高い、覚醒した乙女マコちゃんのご登校である。





 今日だけは、柳君への挨拶もそこそこに、彼は僕を廊下へと連れ出した。

 うん、僕も今後のことがあるので、マコちゃんとは話をしたいと思っていた。


 昨日あれからどうなったのか、とかね。


「一之瀬くん、昨日はありがとう!」

「え?」


 僕なんかしたっけ?


「たこ焼きの差し入れ?」

「違うわよ。……でもあれすごいね。おいしかったよ。明石焼きも一風変わってていい感じだった」


 そうだろうそうだろう。あの松茂君が本気と書いてマジで試行錯誤してるからね。

 試作だからタコなしとは言え、味はほんとに売り物張りにうまい。そして彼は伊達に試食を繰り返してはおらず、毎日微妙に粉の配合や入れるダシを変えている。……まあ単に食べたいだけってアレもあるんだろうし、熱心なのは食欲と趣味も兼ねてるからなんだろうけど。

 ちなみに明石焼きは、あの弁当なんかに入っている小さな醤油入れの容器にダシ汁を入れ、食べる時に各々かけて食べる、という感じになっている。


「そうじゃなくて、光お姉さまが『第二演劇部と合同でやらないか』って。一之瀬くんのアイデアなんでしょ?」


 やめろ! あのエイ○アンに食いつかれても「筋肉を張り詰めることでこの身は鋼鉄と化す――」とか言って無傷で済んじゃいそうなマッチョをお姉さまと呼ぶな! それはまだ認めないぞ!

 ……いきなりはやめてくれよ。徐々に少しずつ小さなところから慣らしてくれよ、そういうのはさぁ……いきなりはパンチが強すぎるんだよ……


「……いや、僕じゃないよ」


 今日一日分の元気的なモノが一瞬にしてごっそり持っていかれた僕は、力なく首を横に振った。どうやら情報が上手く伝わっていないらしい。


「女子が手伝いに入るって話、聞いてない? その人がアイデア出したんだよ」

「そうなんだ。でもありがとう。一之瀬くんも手伝ってくれるんでしょう?」


 まあ、それはそうだけど。……でも罪滅ぼしの意味合いが強いから、お礼はいらないなぁ。


「それでどうなったの? 合同で参加できるようになったの?」

「フフン。誰に言ってるの?」


 マコちゃんが偉そうに胸を張る。……ちょっとかわいいな。五条坂先輩がやるとちょっと許せないかもしれないけど。


「あの光お姉さまが交渉したのよ? 失敗なんてありえないわ」


 ……そりゃーそうっすね。交渉だろうと実力行使だろうと、あの人に勝てる生徒なんてまずいないと思う。……いや、案外団長ならいけるか?


「合同でやることに決定したんだ?」

「ええ。向こうは本当に人手不足もあったみたいだから、すんなりOK出たみたい」


 マジかよ。そうか、そりゃよかったな。

 あの身体で喧嘩無敗なんて噂が飛び交っているせいで勘違いされがちだが、五条坂先輩は我を通すために強引に行ったり割り込みしたりと、そういう荒っぽいこともあんまり好きじゃないみたいだからね。昨日言っていた「暴力が嫌い」なんて発言も、あの戦場を渡り歩いていても不思議じゃない凄腕の傭兵張りの身体で言われたら冗談にしか感じられないが、実は本音なんだと思う。

 第二演劇部が渋ることなく受け入れたのなら、双方にとってもこれで良かったんだろう。


「でもさ。劇とかよくわからないけど、急に参加が決まって大丈夫なの?」


 台本とか、配役が変わったりもするんじゃないだろうか。

 学園祭まで、今日を含めてあと二日しかない。稽古ができるのも今日、明日、日曜日の当日に少しできるかってくらいのスケジュールだ。ギリギリなんてもんじゃない、ギチギチだろう。野菜詰め放題でおばちゃんが発揮する異常な詰め込みスキルくらいキツイだろう。


「その辺の詳しい役割分担は、今日の昼休みに話し合うって言ってたわ。昨日も話し合ったんだけど、決めることが多くてね。まだ全部の打ち合わせが済んでないの」


 そっか。まあ、昨日の今日だしな。


「個人的な意見としては、私や一之瀬くんは舞台には立てないかも。三年生と二年生が中心になって、私たちは裏方になるんじゃないかな」


 マジで!? やった! 願ったりじゃないか!


「マコちゃんは出ればいいじゃん。かわいいから」

「え? 何? それって私と学園祭デートしたいってこと?」


 ……誰も口説いてねえよ。どうやら浮かれたせいで失言してしまったようだ。


「でもダーメ。いくら一之瀬くんが私のこと好きだからって、その愛には答えられないなぁ。だって私、当日は柳君と一緒にまわ……あれ? 一之瀬くん? 一之瀬くんどこ?」


 ――マコちゃんが急に寝ぼけたことを言い出したので、僕は彼を放置してさっさと教室に戻ることにした。





 詳しい話が伝わるのは、やっぱり午後からかな……

 出番がないことを祈ろう。


 本当に、強く祈っておこう!











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