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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
16/202

015.五月十三日 金曜日





 教室に入ると、僕に視線が集まった。


 話を切り上げて僕を見る者、興味深そうに見る者、とにかく見る者、さりげなさを捨てずチラッと見る者、しんと静まりみんな僕を見ている。

 好奇、あるいは興味だろうか? どこか座りの悪い視線だった。


 ……僕なんかしたっけ?


 どうにも嫌な雰囲気の中、僕は自分の席についた。バカ騒ぎが常の一年B組において、ホームルーム前の時間にここまで静まり返ることなんて初めてではなかろうか。


 ……僕、本当になにかしたっけ?


「おまえらバカじゃねえの!」

「え?」


 振り返った先に、高井君がいた。すでに裸だった。ぶっちゃけ一人だけ空気読めないで裸でいる君の方がバカみたいだよ。

 でも流れ的に、どうやら高井君はこの微妙な空気を払拭するべく、僕の擁護をしようとしているのだろう。でも服は着てほしい。


「おまえら一之瀬のこと知らないだろ! 知らないくせに勝手なことばっか言いやがって!」


 あ、やっぱり僕の何かしらのネタで盛り上がってたの!?


「一之瀬はな――すげーむっつりなんだぞ!」

「おい!」


 僕は思わず叫んだ。擁護云々の前に聞き逃せないセリフだった。むっつりとはなんだむっつりとは。

 しかし、周囲は違った。


「――確かにな」

「――顔からしてむっつりっぽいもんな」

「――ああ、きっと大も小も分け隔てなく愛せる奴だ」

「――きっとかわいい妹タイプか叱られたいお姉さまタイプか選べって言われたら両方選ぶぜ」

「――なんでもこいで、なんでもイケるか。恐ろしい野郎だぜ……っ!」


 そんなひそひそ声があらゆるところから聞こえてくる――僕は周囲にそんな風に思われていたのか! 畜生! なんかすごいショックだよ! なんか朝からすごいショックだよ!…………まあだいたい当たってるけどね!


 僕の精神的ダメージなど気付いていないらしく、周囲のムードは「まあそうだよね」みたいな、何かしら安心を感じさせる空気に変わりつつあった。

 気まずい視線もなくなり、バカ騒ぎしているいつもの空気に近付いていた。


「一之瀬」


 高井君が僕を呼ぶ。


「おまえホモか?」

「――僕がター●ネーターだったらすでに君を始末している。それが答えだ」


 ブッ殺死だぞこの野郎。

 自然な流れでブッ殺死だぞこの野郎。


 僕の殺意表明に、クラスメイトたちが安堵の息をついた。「なんだよー」とか「やっぱりねー」とか「俺は最初からそうだと思ってたけどね」とか。


 いったいなんなんだ!?

 僕にホモ疑惑があったってか!?

 なぜだ!? なぜっ…………いや……なぜ、ってことも、ないのか。

 冷静に考えれば、そんな噂が立つのも当然の成り行きじゃないか。


 ――ONEの会だ。


 今週から放課後はずっと旧クラブハウスに通っている。帰りも途中まではONEの先輩方と一緒だし、そんな姿を見ていた生徒は少なくないはずだ。人づてに聞いたのか直で見たのかはわからないが、ついに一年B組にも知られるようになったのだろう。


「あの、あのさ!」


 僕は立ち上がり、呼びかける。


「僕はノーマルだけど、仮にソッチ系でも、そんな変な目で見るほどアレじゃないと思う! あの人たちはちゃんと色々分別とかついてるから!」

「いやそんなことはどうでもいい」

「えっ!?」


 即答で「どうでもいい」と答えたのは、自称情報通の渋川君だ。


「一之瀬、俺らはわりと免疫あるんだよ。でもソッチ系ならソッチ系として、俺たちにも受け入れるための心構えが必要なんだ。だから確かめただけだよ」

「え……免疫あるの?」

「八十一町の生ける伝説って知ってるか?」

「……なにそれ?」


 渋川君は答えた。


「おまえが知ってる五条坂光は、八十一町で知らない者はいないほどの有名人だってことだよ」


 な……なん、だと?





 その後、出るわ出るわ五条坂光伝説。

 幼少の頃から大きかった五条坂光は、幼稚園に上がると同時に、心身を鍛え礼節を身に付けるべく近所の空手道場に通わされる。


 行った初日に小学校三年生の男子数名をぶっとばしたとか。

 小三頃にはすでにONEとして覚醒し、その性癖をバカにしたりからかったりした者は容赦なく制裁。その有り余る巨体と腕力で瞬く間に小学校を支配。五条坂先輩を筆頭に女子たちの天下が卒業まで続く、とか。


 細々と伝説は残っているが、多すぎて全てを聞くには時間が足りなかった――五条坂先輩と同じ小学校に通っていたクラスメイトは、皆なにかしらの形で先輩の洗礼を受けているというのだから、恐ろしい話である。


 小学校卒業と同時に、遠くへ引っ越すという幼馴染(男の子)に告白しフラれ、五条坂先輩の初恋が終わる。


 中学に上がり、一年生の終わり頃には八十一町と隣の八十三町を中心に、近隣の中学高校を全て武力でシメる。本人はその気はなかったが、「気がついたら頂点にいたわ」と漏らした名言は、近くの小学校で流行語となるほどだった。

 だが元々不良ではないので、悪メン数人に交際を申し込みことごとくフラれたところで、この辺のヤンキーたちは「五条坂光は無視で」という合言葉と暗黙のルールが生まれたそうだ。


 五条坂光を語る上で、重要なのはスタンスだった。

 あるいは品位、品格と言うべきか。


 女性に優しく、男性にも優しく。

 運動もかなりできるし成績も良い。

 ある意味では最も女性らしく、ある意味では最も男らしい存在だった。そういう意味では誰よりも人としてすごい人なのかもしれない。同性異性問わず、五条坂先輩の人望は相当なものなのだとか。あと腕っ節も。ケンカ負けなしらしいし。

 性的な意味ではなく人としてなら、あの人に惚れている人も多いそうだ。男女問わず。


「――とまあ、五条坂光の噂はたくさんあってさ。そういうのでソッチ系の趣味に関しては、もうみんな麻痺してる。聞き慣れすぎてんだよ」


 ほう。つまり、だ。


「あの身体は伊達じゃないと」


 渋川君は「まあそれで遠くない」と頷く。その隣で高井君がぼやく。


「俺がこの筋肉を手に入れるきっかけになったのは、五条坂先輩の完璧な筋肉を見て魅せられたからだぜ?」


 リスペクトしているが嫉妬もしている。目標ではあるがライバルでもある。そんな複雑な心境が、つまらなそうな顔に表れていた。

 なるほど、高井君も五条坂先輩の影響を受けているのか。でもポージングは取らなくていい。


「そっか……五条坂先輩ってそんなに有名だったんだね」


 僕は高校から引っ越してきたので、全く知らなかった。まあ確かに有名になりそうな濃いキャラだとは思うけど。

 でも、色々と同意はできる。


 ONEの会の部室に連れ込まれたのは、僕を同じ趣味の同士と勘違いしたからだ。

 これは相手にカミングアウトさせる勇気を与えるために、まず自分たちがさらけ出そうとしたからだと思う。そう考えるとやはり優しい。それに懐も広い。物理的にも。


 「新人狩り」を回避するために同好会を探しているという僕を、快く受け入れてくれた。あれは半強制だった気がするが、結果的に僕の要望には応えてくれた。……セクハラ交じりだけど。

 言動が鳩尾に来るのは僕が慣れていないせいもあるのだろうが、基本的にあの人は視線で僕の身体を嘗め回すことはよくやるが、険のある言動は一切ない。


 地味に傷ついたのは「顔がお嬢様受けしない」くらいである。まあ知ってたよ。僕が女性に一目惚れされるタイプじゃないって。むしろこの前の初ジョギングで会った赤ジャージみたいに舐められるタイプだって。知ってたさ。でもわかりきっていることでも言わないでほしいことっていうのもあるんだよ。ハゲてる人にハゲって言って怒らないわけじゃないのと一緒だよ。言わなくていい真実ってのは人の心を容赦なくえぐるんだよ。


「まあとりあえず一之瀬がソッチ系じゃないなら、それでいい」


 それでいいらしい。僕としては小火ぼや騒ぎ程度で済んだようで何よりだが。


「――一之瀬には期待してるからさ」

「は?」


 渋川君は意味ありげに笑い、行ってしまった。

 期待?

 何それ?


「高井君、期待って何?」

「聞いてねえ。それより一之瀬、身体鍛えろよ。一緒にダンベル持ち上げようぜ」


 そんな風に言われると二人掛かりでダンベル上げようって意味に聞こえるが。


「ジョギング始めたよ。今日も朝走った」

「マジで!? いいじゃんいいじゃん。大腿筋鍛えてどうすんだよっ。おいっ」

「どうもしないけど」

「『走りで俺が勝ったら付き合ってもらうぜ』って女に告白するためだろ!? ええおい! このむっつり!」

「どんな告白だ! 誰もOKしないよそれ!」


 足の速さが男女関係にどう関わるというんだ。足の速さなんて付き合うか否か迷うほど大事な要素でもないだろう。運動神経が良いだけでモテるのは小学生までだぞ。

 高井君はきょとんとした。


「俺はOKするけど?」

「君に勝つには全国クラスの陸上選手じゃないと無理だろうね」


 筋肉関係には強い高井君は、僕がジョギングを始めたのを自分のことのように喜び、効果的なジョギングのやり方と筋肉を作るための食事について色々教えてくれた。やはり詳しい。

 そのうちに柳君もやってきて、いつもの一日が始まった。





 思えば、この日から全てが動き出していたんだと思う。

 後に「マジでガチ事件」と呼ばれる悲劇へのカウントダウンは、僕の知らないうちに刻一刻と進んでいて。


 僕の知らないところで、僕を中心として、全てが動き出していた。









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