158.九月二十九日 木曜日 ONE始動! そして運命は無慈悲なる絶望のステージへ……
「それで、どうする?」
僕らがいろんな意味で硬直状態に入ったのを見計らって、口出しすることなく見守っていた佐多岬さんが話を進めてくれた。
ありがとう。僕は五条坂先輩の破壊的顔面が直撃したせいで腰に来ちゃってて動けませんでした。
「だからどうもこうもないんだってば。私たちは学園祭に参加できないんだから、手伝いも何もないでしょう?」
まあ、そういうことになるか……
色々問題だとは思うが、最悪なのが、もう申請が間に合わないことだ。
ONEの会のファッションショーがどのような形で行われるかはわからないが、体育館のステージなりなんなり特別な場所を使うのであれば、よその出し物との兼ね合いがある。
同じように何かをしようというクラスだかクラブだかもあるだろう。時間がないだけにステージ使用のスケジュールなんかはすでに決まっているはず。そこに無理に割り込むのは、それこそ問題が発生するだろう。
状況的に参加は難しい。
しかし、なんとかならないものかと考え込んでいると――
「参加する方法は、なくはないと思いますけど」
「「え?」」
意外な人物が漏らした意外な言葉に、僕と五条坂先輩の視線が向けられた。
言ったのは、天城山さんだった。
「問題は五条坂さんたちが参加したいかどうかで――」
「するする! しちゃうしちゃう! したいしたい!」
うお、伝説が大興奮だ! 一瞬でテンションMAXじゃないか! ……その分天城山さんが十歩分くらい下がったけど。ずざざっと。
五条坂先輩は速攻逃げた天城山さんを見て目を丸くしている。
「あら?」
あら、じゃないよ。
「先輩、あの人にはおさわり禁止です」
「え? それなんの冗談? 女なんてつまんないもの触ってどうするの?」
……これほど同意できない発言も珍しいな。もしかしたら僕の十五年間の人生の中で一番反対したい意見でさえあるかもしれない。それくらい同意できない。
「女触るくらいなら、貧相だけど一之瀬クンで我慢するわ」
これほど同意できない発言も珍しいな! 我慢を強いらせてまで触られたくないわ! つか男に触られること自体イヤだけど、どうしてもっていうなら、せめて僕だから触りたい相手に触られたい…………いや、それは、そうでもないな。僕を望んで触りたがる男なんて、怖いわ。普通に怖いわ。
「して、その方法とは?」
ずざざっと離れたままの天城山さんに、何事もなかったように話しかける佐多岬さん。この人は動じないなぁ。動かざることナントカの如しみたいだな。
「えっと、人手の足りないところに助っ人として入ればどうか、と」
天城山さんは語る。
彼女はこの数日、八十一高校の生徒会室で幾度も行われる会議に参加していた。
テーマは、学園祭の出し物について。
荒ぶる男たちの学園祭を「女子も安心して参加できる」という方向にベクトルを変更するため、八十一の生徒会と九ヶ姫の生徒会で散々話し合ったらしい。
――ちなみに、ONEの会の出し物については、九ヶ姫との会議には話題に出なかったそうだ。
というのも、先に八十一の生徒会でふるいに掛けられていたからだ。裸神輿とか、話し合うまでもない出し物は、会議に掛けられる前に却下されていた、というわけだ。
そんな会議を重ねてきただけあって、全校の出し物について、彼女は八十一の生徒とは比べ物にならないほど熟知している。
人手が足りない出し物を発表しようとしている教室やクラブがあることを。
そして彼女は、決定的な一言を告げた。
「真っ先に思いついたのは第二演劇部です。第二演劇部は、役者も衣装も小道具も裏方も、全てが人手不足です。八十一の生徒会から、何人か暇そうな生徒を探して参加させようか、という話が上がったくらいですから」
第二演劇部、って……ああ、なんか、前にちらっと聞いたな。なんだったかな。
「ああ、あの子たちの……」
五条坂先輩は顎に指を当てて首を傾げる。……くぅぅぅぅっ、こめかみに来るポーズだぜ……!
「……なるほど。私たちが着るんじゃなくて、誰かをコーディネートするわけね。……フフン、なかなか面白そうじゃない」
あ、ノリ気になった! 正直男にはかなり嫌な予感を感じさせる笑顔だが、五条坂先輩に笑顔が戻ったぞ! ねっとりした感じのやつが!
「そういえば最近会ってなかったわね。あの子たち、劇の稽古で忙しいんでしょうね」
「先輩、第二演劇部って?」
僕が問うと、五条坂先輩が教えてくれた。
「演劇同好会。通称第二演劇部。うちの隣の同好会だけど」
え? ああ、あれか。演劇同好会か。
確か初めてここに来た時に、ドアにあるプレートで見たことがあったと思う。五条坂先輩の言う通り、ONEの会の隣の部室だったはずだ。
……その直後、僕はONEの会の部室に拉致されたんだけどね。
運命ってさ、結構残酷だよね。
あの日あの時ここにいなければ、僕は今頃ここにはいなかったかもしれないね。
「元は演劇部から分裂した、女形専門の演劇部なのよ。いつの代も人数は少ないけど、毎年必ずコアな部員が入部するらしいわ。……あ、正確には入会ね。部への昇格は度外視してるみたいだから」
そうそう、女形専門の……女装専門の演劇部だ、って話だったな。
「ちょうどいいじゃないですか。役者も足りないらしいですし、舞台上で衣装の披露もできるかもしれませんよ」
五条坂先輩は……その、ちょっとマニアックな層に人気があるかもしれないが、ONEの会の皆さんは美形揃いだ。
素で可愛いマコちゃん、もしや柳君を超えるんじゃないかってくらいのイケメン東山先輩、そして中性的な怪しい魅力を誇る両刀使いの前原先輩……彼らはきっと舞台映えすることだろう。
「そうね。私の一存じゃ返事できないけれど、いいアイデアかもしれないわ。早速みんなに話してみる」
よし、なんとか望みは出てきたな!
……あとはいいタイミングを狙って「僕が女子を呼びましたごめんなさい」と謝罪するだけだが……うむ、もう少し様子を見てからにするか。タイミングを見誤ると危険だからね。主に僕の穢れなき身体とか未使用の唇とかが。
「それじゃ、あなた……名前はなんて言ったかしら?」
「あ、天城山です。天城山飛鳥」
「そう。じゃあ飛鳥ちゃん、明日またいらっしゃい。私はこれから会で相談して、それから第二演劇部と交渉してみるから。あなたは明日から手伝ってちょうだい」
「はい。わかりました」
おお、やった!
これで天城山さんの注文はなんとかこなせたかな。それにONEの会も、諦めていた学園祭参加への一縷の希望が見えてきたし、うん、会いに来てよかったな!
……ほんの十分くらいの接触で、かなり疲れちゃったけど。五条坂先輩はエナジードレインでもしてるんじゃなかろうか。もしくは常に周囲の元気を集めているとか。
「先輩、天城山さんのことお願いしますね」
「え?」
え? なぜ意外そうな顔を?
「一之瀬クンと飛鳥ちゃんが一緒に手伝いに来た、って話じゃなかったの?」
「いや、僕は教室の出し物がありますから……あ、これ試作のたこ焼きと明石焼きです。よかったら食べてください」
タイミングがなくて渡せなかった土産を、ようやく渡すことができた。
「一人で食べちゃダメですよ」
「やだもうっ。私そんなに食いしん坊じゃないんだからっ」
や、やだもう……そんなしなを作って唇を突き出すという露骨なスネた顔しないでくださいよ……胃に来ちゃうよ……
「でも一之瀬クン、それでいいの?」
「え?」
それでいいの?
五条坂先輩の言葉に、なんか、ドキッとした。
本心を見抜かれたと思ったからか、それとも僕の危機察知能力が働いたからか……五条坂先輩は今確実に僕の心臓を捕まえた。
「任された以上は面倒を見るつもりだけれど、飛鳥ちゃんにしてみれば、全然知らないONEたちの中に放り込まれるのよ? 飛鳥ちゃんのあの態度、たぶん男が苦手なんでしょ? そっちの私のボディに釘付けの方は手伝いに来るわけじゃなさそうだし。もしかしたら一人で来るんじゃないの?」
Oh……なんという的確な指摘だろう……
「だから、一之瀬クンはそれでいいのかなって思って。本当にいいの?」
五条坂先輩の、どこか優しい真摯な瞳が、僕の相貌をじっと見詰めている。
責めるでもなく答えを強制するわけでもない、だが本心に問いかけるような視線だった。
いい、わけ、あるか。
どう考えても、任せっぱなしで放っておいていいわけがない。
天城山さんが男が苦手というなら、余計に放っておいてはいけないだろう。理由はわからないが、僕はそう嫌われてはいないみたいだし。……いや、理由はあるか。
僕はさらし過ぎたからね。
――恥を。
でも。
でもさ。
もし僕がここで「参加しまーす」と言えばさ。
僕は第二演劇部の手伝いとして、女装させられて舞台に立つことになるのでは?
女装も嫌だし、そもそも劇に参加して舞台に立つなんてことも、ちょっと避けたい。
ただでさえレジェンドとかなんとか言われて目立っているのに、更に目立つような真似はしたくない。というかできない。
……できない、んだけど、さぁ……
「……いえ、僕も、参加……したいです」
僕の勝手、僕のわがままで呼んだ天城山さんの、負担の軽減になるなら。
そして間接的にものすごい迷惑を掛けてしまったONEの会への、ほんの少しでも罪滅ぼしになるのなら。
やっぱりどう考えても、答えは決まっていた。
……さらば草津さん。短い間だったけど……楽しかったよ……
まるで普通の高校生になれたようでさ……