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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
158/202

157.九月二十九日 木曜日  トラブルは僕のせいでした





「――なるほど。私はそのONEの会の出し物に協力すればいいんですね」


 できるだけ教室などを避け人が少ないルートを辿り、僕らは生徒会室がある四階から一階まで下りてきた。

 あの三大美姫の二人がいる、というありがたすぎて土下座したい光景とあって、数少ない擦れ違った者は必ず二度見とガン見という至極当然の反応をしていた。まあひとけの少ないルートを通ってきただけに遭遇率は低かったが。


 それより、今は周囲よりこれからのことの方が気になる。

 佐多岬さんはわからないが、僕と天城山さんは、きっとそうである。


 道すがら、僕はこれから部室へ向かうONEの会の皆さんのことを話した。

 とりあえず「身体は男でも心は乙女」ということで、天城山さんは若干安心した……ようにも見えないな。たぶんまだ実感がないんだろう。もしくはONEの人たちがどういうものか想像できないか、だ。


「いや、決めるのは天城山さんですから。ただ僕からは彼らしかお勧めはできないかな、というだけで」


 無理には勧められない。

 だってONEの会の連中は「男が苦手」の方は対応できるが、違う意味で普通とは程遠い存在だから。男云々以外のところで天城山さんがNGを出す可能性は大いにあると僕は思う。

 ONE抜きでも濃すぎるからね。あの人たち。


 それに、だ。


「なんかトラブルが起こってるみたいだし、彼らの話を聞いてから決めた方がいいと思いますよ」

「そうですか……そうですね。話を聞いてから決めても遅くないですね」


 そうそう。焦るとろくなことないからね。そして相性もあるからね。


「それはそうと、なんで急にクラブの手伝いなんて話が出たんですか? 当初は予定になかったですよね?」


 九ヶ姫のお嬢様方が八十一高校に来るようになって数日が過ぎている。最初からその予定があったのであれば、すでに事を始めているはずだ。今になって動き出すなんて遅すぎる。

 あの富貴真理がぼけっとしていたから動くのが遅れた、とは絶対に思えない。

 あの人はやり手だ。様子見していたにしても、やや長すぎる気がする。ただでさえ九ヶ姫介入でこちらの(男むき出しの)学園祭の出し物半分くらいが、却下あるいは変更を余儀なくされたのだ。その辺を加味してもしなくても準備期間の短さは際立っていた。


 だから、急遽決定したとしか思えないのだ。

 問題は、どんな話の流れから、よりによって男が苦手な天城山さんが単身クラブの手伝いになんて送り出されたのか……僕はそこが気になっていた。

 何か狙いがあるのだろうか? 政治的……いや、二校の利害関係の何かしら、とか。


「急ではないんです。最初からこの話はあったんです。でも……」


 天城山さんが憂鬱そうに顔を曇らせた。ああ、切なそうな顔も美少女すぎる……


「……私が返事を渋っていたから、とうとう決断を迫られました。時間がないからそろそろやるかやらないかはっきりさせろと」


 あ、なるほど。最初から打診があって、ついに天城山さんが「やる」と決めたのが昨日今日だったというわけか。

 つまり天城山さんの返事待ちだったと。だから遅れていたと。

 迷った云々で時間が押したのはもういいとして、それより彼女の決断こそ評価するべき点だろう。この男だらけの環境で苦手なのにやろうと決めたのだから、それはすごいことだと思う。その判断にいたるまでに、僕には想像もできない葛藤があったに違いない。


「で、なんで天城山さんが? その、天城山さんは、……アレだし。羽村さんとかならどこに割り込ませても順応できそうな気がするんですけど」


 そう、あの氷の無表情の副会長・羽村優さんなら。

 あの人なら、どこの男どもの集団にぶっこんでも、初日で群れの頂点に立ってリーダーそっちのけで全体の指揮を執っていても全然不思議じゃない。

 彼女らとは付き合いの浅い僕だってそう思うのだ、適材適所を見なかったはずがない。


「この話自体が、私たちが中心になっているからですよ」


 食堂へ向かう渡り廊下から外へ出る。ここから校舎の裏にある八十一山の麓にある古ぼけたプレハブ住宅が、旧クラブハウスである。


「自分で言うのもなんですが……この話は、九ヶ姫女学園で有名な三人が核になっています。いくら九ヶ姫が学校単位で参加することになろうと、中心は変えちゃいけない。それがブレたら目的まで揺らぎますから。

 だから私たち三人は、八十一の学園祭にそれぞれの形で参加しよう、ということになったんです。

 月山さんは、一参加者として。

 佐多岬先輩は、護衛……という意味も含めて、当日は風紀委員として校内を見回ることになっています。

 そして私も、一般参加と風紀委員とは違う形で参加する必要があったんです」


 そういうことか。

 そう、話の核として、三大美姫をうちの学園祭に呼ぶことが目的にあった。それが達成されたら女子もたくさんやってくるだろう、と考えて。

 九ヶ姫生徒会は、そこを厳守しようと思ったのだろう。僕にはちょっとわからないが、その方が利点があると判断したに違いない。


 あの月山凛が一般参加者としてやってきて、佐多岬華遠が風紀委員として校内を見て周り、そして天城山飛鳥に残った枠が「学園祭の手伝い」だったわけだ。

 まあ「有名な三人」と限定してしまえば、適材適所の問題じゃなくて天城山さんにしかできないこと、だからね。


「なんかすみません……」


 安直に三大美姫を呼ぼうなんて決めちゃって。

 ……そうなんだよね。僕がそう決めて動き出したせいで、今から天城山さんが苦労しちゃうわけなのだ。


 こりゃいかんよ僕。

 「できるだけ努力する」くらいで済ませちゃダメだよ。

 それこそ、天城山さんと同じ苦労をするくらいの覚悟がないと、ダメだろ。


「あ、いいんですよ。結局決めたのは私なんですから。一之瀬さんが気にすることはありません」


 天城山さんは優しいな……でもその言葉に甘えたら、それこそ絶対ダメだろ。男としても人としても。





「どうもこうもないのよねぇ」


 ONEの会の部室をノックしたら、ヘビー級の大男――伝説の生き物・五条坂光が出てきた。「外で話しましょう。中は空気が悪いから」というよくわからない理由で、僕らはプレハブ前で顔を合わせた。

 見上げるほどの大きな男を前に萎縮しながら挨拶した天城山さんと、「いい身体をしている……」と言わんばかりにじっと肉体を見詰めている佐多岬さんをさらっと流して。


 五条坂先輩は挨拶もそこそこに、さっき言っていたトラブルのことを話し始めた。


「九ヶ姫の女どもが参加するからって学園祭の出展が大幅変更されたでしょ? ONEの会(うち)はモロにその影響を受けちゃって、参加を認められなかったのよ」


 ……えっ!? 参加を認められなかった!?


「まさか却下されたんですか!? えっと……毎年服を自作してファッションショー的なことしてるとか言ってましたよね!?」

「そのまさかよ」


 五条坂先輩は溜息を吐く。いや、そりゃ溜息も出るだろう。本当にモロに九ヶ姫参加の弊害をこうむってるじゃないか。ONEの会。


「変更は? 他のもので参加したらどうですか?」

「毎年やってたのよ? 代案なんて最初からないわよ。……そもそも、もう参加申請も間に合わないし」


 えーっ!?

 そ、それは……いや、マジで、ほんとに、僕が考えてる以上に大きなトラブルじゃないか……しかももう終わった的で、どうしようもない系の問題じゃないか……


「あの……すみませんでした……」


 天城山さんは居た堪れないと言いたげな顔できっちり頭を下げた。事情の全てがわかったわけじゃないとは思うが、自分たちが参加したから出し物が却下された、というのは伝わったのだろう。


「あん、いいのよ。もう。どうせ私たちは日陰者だもの、期待を裏切られるなんてよくあることよ。日向にいる人の邪魔はしないわ」


 や、優しいな……でもこの状況で優しい言葉とか聞きたくないな……

 だってこれ、結構僕のせいでもあるじゃないか。僕が九ヶ姫の女子なんて呼んでこなければこんなことにはなっていないのだから。

 むしろ攻め……責められた方がどれほど気が楽か。

 ……ちょっと怖いから白状と謝罪ができない自分もイヤだけど……だって言ったら何されるか本気でわからないから怖くて怖くて。さすがに言い出せない。


「でも、みんなはちょっと落ち込んでいるわね」


 五条坂先輩は、背にある部室のドアを見る。「中はお通夜みたいになってるから」と。……そうか。マコちゃんを初めとしたONEの会の皆さんがズドーンと落ち込んでいるのか……


 ……ますます言い出せなくなってしまった……


「私にとっては最後の学園祭だったから、はりきって服を作ったんだけどね……今年はお披露目できそうにないわね」


 や、やめてくれぇ……あなたに沈んだ顔なんて似合わないっての……!


「あの、なんとかならないんですか? 五条坂先輩のパワーで」

「暴力はダメよ。暴力なんて大っキライ!」


 と、五条坂先輩は暴力的なまでの破壊力がある、乙女だけに許される「頬を膨らませて怒りを表現する」というえらいものを見せ付けてくれた。

 ……は、破壊力が……僕みたいに普通の奴が見たら腰抜かしそうになるんだからやめろよ! やめてくださいよ! 時代が時代ならショック死する人が出てくるぞ! ……いつの時代はわからないけどきっとそんな時代が過去か未来には存在してるぞ! それくらいきついぞ!


「あ、かわいい」


 天城山さん!?


 彼女からポツリと漏れた呟きに、僕は我が耳と彼女の正気を疑った。……彼女の美少女然とした横顔は気負いもなくふざけるでもなく至極自然で、プレ○ターを素手で駆逐できそうな男をじっと見上げている。

 冗談言ってるとは思えない。

 むしろ本音が思わずポロリしちゃったという(てい)にしか見えない。


 ……お、女の「かわいい」が理解できねえ……乙女心が全然理解できねえ……!










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