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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
157/202

156.九月二十九日 木曜日  トラブル





 とりあえず天城山さんには「あとで生徒会室に行くか電話するから、少し待ってくれ」と伝えてある。

 本当に、マジで気が進まないが……できなくても努力するとまで偉そうに宣言してしまった以上、やるべきことだけはやっておかねばなるまい。

 僕は手に持ったままの携帯を再び開き、とある人物の名前を探す。


 ほどなくそれは見つかる。

 小さなディスプレイに煌々と浮かぶ電子文字の羅列に、やはり迷いが生じるも――迷っている暇も惜しい状況なので、思い切って掛けてみた。

 何せ学園祭は、もうすぐそこまで迫っているからね。今週の日曜日だからね。


 一度、二度と鳴るコール音が鳴るたび、僕の身体の自由が奪われていくような錯覚を覚える。

 まるで音が絡みつくかのように。

 獲物ぼくの身体を縛り付ける蜘蛛の糸のように……


 三コール目で、ついに相手は電話に出た。


「ハァーイ一之瀬クン★ お・ひ・さ★」


 相変わらずの鳩尾をえぐる重低音ボイス――間違いなく、八十一町のモンスター・五条坂光の声である。


 ……あぁ……自らあの人と関わることになろうとは……





「お久しぶりです。夏休みの喫茶店以来ですね」


 嘆いてばかりもいられない。

 上手いこと行けばペナルティなし(きれいなカラダ)で天城山さんを任せられるので、その幸運を狙うしかない。……狙うしかないのだ!


 ――九ヶ姫女学園三大美姫とまで言われるほど有名な天城山飛鳥は、そこらのクラブ、そこらの男子になんて任せられない。そもそも男が苦手な天城山さんには、どこのクラブを紹介してもつらいだろう。どこだろうと男しかいないのが基本なんだから。

 だが、唯一その苦しみとは無縁になりそうな連中がいる。


 そう、ONEの会の皆さんだ。


 基本的に男好き……いや、乙女の心を持っている彼らなら、あるいは天城山さんは平気かもしれない。……まあ一名ほど「どっちもイケる」という特殊すぎる両刀(バイ)な人もいるが……

 だがしかし、逆に彼ら以外考えられない。彼ら以外に天城山さんは紹介できない。そんじょそこらの野郎に会わせたら天城山さんにストーカーができかねない。マジで。

 迷う余地もなく、選択肢は最初から一つしかなかったのだ。


「いきなりすみません。ちょっと頼みがあるんですけどいいですか?」

「頼み? 内容によるとしか言えないわね」


 まあ、そうっすよね。まず話さないと「はい」とも「いいえ」とも言えないっすよね。


「実は九ヶ姫の生徒会が――」


 僕は手短に説明した。

 九ヶ姫の生徒会が、生徒会代表としてクラブの出し物の手伝いをしたいと言っていること。

 説明するまでもなく一般生徒の女子が堂々参加している現状、総責任者である生徒会が不参加なのはどうなのか、という発端から持ち上がった話であること。

 ついでに、経緯はわからないが、生徒会代表と決まった天城山さんは「男が苦手」というウィークポイントがあることも話し、どうして五条坂先輩に連絡を取ったのか、その辺の理由も話した。


 さあ、どう出る五条坂先輩?

 僕は穢れのない身体のままでいられるのか?


 さあ、どうだ!?





「……正直、それどころじゃないのよねぇ」


 その言葉は、知らず冷や汗を垂らしていた僕の予想を超えた。


「はい? トラブルですか?」

「トラブル。……そうねぇ、トラブルと言えばトラブルよねぇ……」


 ……え?


「何かあったんですか?」

「いえ……なんて言えばいいのかしらね。……そう、何もなくなった(・・・・・・・)って感じかしら」


 五条坂先輩の声には覇気がない。ねっとり絡みつくような色気……いや、断じて色気じゃない。まあなんかいつものねとっとした感じもない。

 五条坂先輩はガタイもいいが頭もいい。

 その先輩がこの有様なんて……いったいONEに何が起こってるんだ?


「とりあえずその娘つれてこっち来れば? 会って話した方が早いし」


 ……そうした方がいいかもしれないな。

 ダメならよそのクラブに、なんて選択肢はないのだから。

 あとあの強烈なキャラたちに、天城山さんが耐えられるかどうかもわからないのだから。本決定前に様子見がてら会わせてみるべきだろう。


 ……はぁ……よし、行くか…………あんまり行きたくねえなぁ……





 B組の女神・草津さんに別れを告げ、ついでに焼き方監督兼たこ焼き処理班長の松茂君から何皿かたこ焼きと明石焼きの試作品を強奪して、僕は一路生徒会室へ向かう。

 女神たちの降臨により、今八十一高校は今だかつてない妙な盛り上がり方をしている。

 なんていえばいいんだろう?

 くすんだ男子校臭が漂う大騒ぎではない、どこか浮かれたそわそわした大騒ぎ……いや、中騒ぎくらいだろうか。活気はあるがどこか大人しいこの雰囲気は、なんだかどこか覚えがあるような……あ、そうだ。


 バレンタインの日の男子の浮かれっぷりにちょっと似ているんだ。

 もしかしたら自分の予想し得ない奇跡が起こるんじゃないか、学年で一番人気の女子が自分だけにチョコをくれたりするんじゃないか――そんな放課後には絶望することがわかっているが期待せずにはいられない空気にちょっと似ているんだ。

 小学校高学年から中学校の三年間、僕も期待したものだ。

 ……貰えた試しなんてなかったけど。ちょっと仲がよかった女子が「三倍返しね」と義理チョコくれたくらいである。


 今まさに青春してる奴…………なんとか地獄に落ちないかな。

 今じゃなくていいから。

 将来的な話でいいから。

 ほんとに地獄に落ちないかな。


 そんな微々たる黒いことを考えながら、僕は生徒会室へと到着した。





 ノックすると出てきた隣のA組のカリスマメガネ・矢倉君に天城山さんへの取次ぎを頼む。


「すみません、一之瀬さん。ご足労をお掛けしました」


 天城山さん本人と、今日も護衛で付いて来たのだろう佐多岬華遠の二人が生徒会室から出てきた。


「いえ。こんにちは。佐多岬さんも」


 挨拶を返す天城山さんと、頷くだけで控えた佐多岬さん。……さすがは三大美姫の二人、一人でもすごいのに二人並ぶと……もうすげえとしか言いようがない。どっちか結婚してくれ。


「では佐多岬さん、後のことはお願いします」


 矢倉君が嫌味のない(・・・・・)好青年よろしくなさわやか笑顔で言う。あいつ猫かぶってやがる! 完璧猫かぶってやがる!

 ……まあ、それもそうか。

 女子云々は別としても、他校のお客様相手に普段のあの態度だったら、色々問題だよな。


「あ、矢倉君。これうちの出し物の試作品なんだけど。よかったら生徒会で味見してみてよ」


 さっさと生徒会室に戻ろうとした矢倉君を呼びとめ、僕は紙の平皿にラップを掛けて六段ほど重ねて持っているたこ焼きニ枚と明石焼きニ枚の四皿を渡す。

 矢倉君は、しげしげと湯気の張ったラップ越しにややひしゃげているたこ焼きを見て、腕を組んでニヤリと笑った。


「フン……一服盛ったな? 僕は騙されないぞ」


 いやなんでだよ。


「君一人が相手ならともかく、今は九ヶ姫の生徒会もいるだろ。変なことなんてできないよ。君一人が相手ならともかく」

「……まあ、それもそうだね」


 すんなり納得した彼は、差し入れを受け取って生徒会室へと引っ込んだ。……チッ、やはりさすがはカリスマ……生半可な嫌味なんて蚊ほども気にしないと見える。


 まあ、それはいいとして。

 ここにきた目的を済ませよう。


「お待たせしました。一応、天城山さんが手伝えそうなクラブを探してみました。ただ色々問題があるらしくて――」


 現地で本人たちが事情を説明してくれるそうなので部室に行ってみませんか、と。

 そう説明すると、天城山さんは不安げにチラと佐多岬さんを見て、「わかりました」と答えた。たぶん「部室」という「男がたくさんいる空間」を意識したのだろうと思う。


「大丈夫。相手はONEですから」

「え?」





 詳しい説明は道中でできる。

 そういうわけで、とにかく移動することにした。










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