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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
156/202

155.九月二十九日 木曜日  挑戦





 この日、一本の電話が僕の運命を狂わせた。

 もしこの電話がなかったら、僕は予定通り一年B組の出し物である「明石焼きカフェ」にて、お馴染みの連中と九ヶ姫からのお手伝い二名というメンバーで、たこ焼きだか明石焼きだかを作るという学園祭を迎えていたに違いない。


 別にそんなのでいいのだ。

 僕は「よーし、このチャンス絶対モノにするぞー!」みたいな意気込みで女の子をナンパしようだとか、とりあえず女子のメルアド集めて全員にアプローチをかけるという数撃ちゃ当たるだろ作戦を決行する気もない。

 大それたことは考えていない。

 ただ、学園祭に女子が欲しかった。それだけだ。

 ……まあ確かに「何かあったらいいな」とは思っているが、それはもう、日常的にわずかに存在する可能性の延長線上にある程度のもの、と言っても過言ではないくらい微々たる期待だ。だって本当に行動を起こす気はないんだから。


 九ヶ姫からわざわざ手伝いに来ている草津さんや柿田川さんと一緒に、当日は楽しめたらいいなと。

 そのくらいのことしか考えていなかった。


 だが、この学校に住まう絶望は、僕のささやかな望みを叶えてくれる気はなかったようだ。


 まあなんかもう知ってたけどね!

 僕のささやかな望みが、希望が叶わないことなんてさ!


 ……知ってたけどね……ほんとに……大それた野望どころか、小さな幸せも望めないってさ……





「一之瀬くん、携帯鳴ってるよ?」

「鳴ってない。それよりこのたこ焼きを見てごらん? ほら、こんなに丸い……まるで草津さんのとげとげしくない性格のようだ………」

「いや、すごく鳴ってるよ?」

「仮に何かが鳴っているとするなら、僕の君に対する気持ちが体内から漏れ出しちゃってるのかな?」

「体内から電子音が出る体質なの? ……もう二分くらい鳴り続けてるけど」

「鳴ってないよ。鳴ってるのは防犯ブザーだよ」

「いやそっちの方が余計気になるよ! いいからもう出てよ!」


 ……チッ、さすがの僕もそろそろ気になるぜ。誰だよこの大事な時に電話なんて……


 ――放課後、かつおぶしの匂い漂う一年B組では、九ヶ姫からやってきた草津紗枝(くさつさえ)さんと柿田川美喜(かきたがわみき)さんを加えた十数名のクラスメイトで、学園祭の出し物の準備をしていた。

 ボーイッシュになっていないショートカットがかわいらしい草津さんを中心とした僕ら焼き方班と、あまり特徴のない普通っぽさが魅力的な柿田川さんを中心とした接客とお茶の淹れ方を練習しているウェイター班と。

 教室の中で大まかに二分された環境の中、各々がだいたい女子の存在を意識しながらがんばっていた。


 大それたことはできない。

 何かあったら女子の参加する学園祭が中止になる可能性があるから。


 そんな互いが互いを牽制・監視するこの状況下で、まず彼女らを本気で口説こうという輩は現れなかった。本心からすればすでに草津さんや柿田川さんを好きになっている野郎がいたりもするのだが、まあ、今はまだ近くで見守るだけで満足できているようだ。


 ウェイター班のアイドルと化している柿田川さんはともかく、焼き方班のアイドルと化している草津さんは僕に程近い場所にいるだけに、やはりちょっと意識してしまう。

 もちろん僕だけではなく、焼き方班ほぼ全員がだ。


 ……意識するのはしょうがないだろう。ここは男子校で、普段は女子がいないのだから。


「はい交代! 邪魔! どけ!」

「ちょ、待ってよ! まだ五分も経ってないじゃん!」


 だが鳴り止まない携帯を抱えたままでは、強引に僕を押し出そうとするゲーマー大沼君の暴挙には抗えなかった。


「いいから行け! 携帯を黙らせろ! シッシッ!」


 くっ……この時間だけを楽しみに今日を過ごしてきたのに……!


 グルメボス松茂君が持って来たたこ焼きマシーンは二台。

 つまり同時に焼き方の練習ができるのは、二名まで。


 限りある資源(じょしとすごすじかん)は等しく均等に与えられるべき――松茂君は、僕らの気持ちをよくわかっている。彼の提案が受けられないわけがなかった。

 よって、一人十分間だけ、ツーショットで一緒に焼き方の練習ができるというスタイルが確立された。

 僕らは昼休みにも練習ができるので、という理由で、男たちは交代交代で焼くが草津さんはほとんど交代なしでひたすらたこ焼きを焼く、という形になっている。

 ちなみに草津さんはもう、しゃべりながらでもたこ焼き作れるくらい上手くなっている。手先が器用なのだろう。僕は……まだ微妙かなぁ。焼き加減に斑があるというか。


 ……はあ。仕方ない。


 僕は諦めの溜息を吐くと、携帯を出しながら教室を出た。





 鳴り始めた頃から考えると、相手はだいぶしつこく粘っているように思う。

 誰だよ、と思いながらディスプレイの名前を確認すると、「富貴真理」の名前が出ていた。


「富貴さん?」


 というと、九ヶ姫女学園の生徒会長だ。確か九ヶ姫の手伝いが入った日から、放課後は毎日生徒会数名で九ヶ姫側の責任者として八十一(こっち)に来ている。進捗具合を見るためにこっちの生徒会と校内を視察しているのを見たことがある。

 とりあえず通話ボタンを押してみた。


「はい。どうかしましたか、富貴さん?」


 問うと、……やや遅れて受話器の向こうからレスポンスが返ってきた。


「すみません。会長じゃなくて天城山です」


 ……え?

 天城山って……天城山飛鳥?

 あの三大美姫の?


「あの、突然すみません。ご迷惑じゃなかったでしょうか?」


 ……ハッ!? あまりの衝撃にちょっと呆けてしまった!

 だって、ほら、もう、声からして美少女美少女した美少女声だからさ! もうほんと僕なんかが聞いていいのかって思ってしまうくらい綺麗な声だからさ! え? 草津さんとの逢瀬を邪魔された恨み? そんなのないよ! そんなのナイヨ! あったとしても一瞬で消し飛んだよ!


「いえ全然。ちょっと驚きましたが」


 だって九ヶ姫に招かれたあの時、天城山さんだけ僕と携帯番号とか交換しなかったから。まず好かれてはいないだろうなと思っていたから。

 嫌われては……うん……嫌われてはいないと信じたいところだよね……というかそう信じようと思う。落ち込みたくない。


「今日はうちの会長と一緒に、八十一高校へやってきています。携帯も会長に借りまして」


 ああ、責任者として来てるのか。天城山さんも生徒会の一員だからね。

 でも大変じゃないのか?


「天城山さん、大丈夫ですか? その……男が、アレなんですよね?」


 彼女は男が苦手らしい。そんな女の子が男の園に来ているのだから……まあ、やはり大変そうだ。


「ええ、まあ、今は会長も副会長も傍にいますし、佐多岬先輩もいますから。ただ――」


 彼女は言いよどみ、二拍ほど間を置いて続けた。


「……その、不躾ですが、一之瀬さんにお願いがありまして。お話だけでも聞いていただけませんか?」


 え? お願い? 僕に?

 ……お願いねぇ。


「何でも言ってください」


 僕は考えるまでもなく、そう応えた。


「僕は天城山さんや九ヶ姫生徒会には、今回のことでかなり大きな借りを作ったと思っています。貸しとか借りとか利害関係があるみたいだからそんな考え方しなくていいと言うかもしれませんが、それでも僕の気持ちは変わりません。

 だから何でも言ってください。できることはやりますし、できないこともできるだけ努力しますから」


 ただし、僕ができることはだいぶ限られるとは思うが。

 ただの一年生でなんの権限もないからね。





 時間にして五分ほどの通話を終え、僕は天城山さんの頼みごとを反芻する。


「クラブ……か」


 どうやら天城山さんは、九ヶ姫生徒会代表として八十一高校のクラブの手伝いをすることになったらしい。現在女子が手伝いに来ているのは教室の出し物だけで、クラブの手伝いには入っていないのだ。

 だが、天城山さんは男が苦手である。

 だからどうしたものかと僕に相談した、と。そんな流れなんだそうだ。


 つまり僕は、彼女が手伝えそうなクラブを探したり、また話を付けたりすればいいってことだな。





 クラブ。

 クラブ……か。


「……うーん……」


 正直、僕には一つしか候補が思い浮かばなかった。


 あまり、いや、全然気が進まないが……でも、やるしかないだろう。





 ……よし、覚悟を決めて、この絶望の学び舎に毒々しく咲き誇るONE(オネエ)たちに連絡を取るか!









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