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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
155/202

154.九月二十八日 水曜日





 大変なことになった。

 なんかここのところ大変なことだらけだが、本当に大変なのだから仕方ない。


 昨日の放課後、手伝いとして本当に九ヶ姫の女子がやってきた。

 もちろんこの一年B組にもやってきた。

 僕は密かに、月山凛襲来で柳君一人に対するクラスメイトたち、という圧倒的修羅場の誕生かとひやひやしていたが、幸い来たのは僕の知らない一年生二人だった。


 そうそう、昨日の内に僕らの出し物も決定した。

 我らB組の出し物は、「明石焼きカフェ」である。


 まあ正確に言うと、明石焼きだけではなくたこ焼き……に似たものも出そう、ということになった。候補にあった「コスプレ喫茶」「おばけ屋敷」「B級グルメ屋台」の中から、おばけ屋敷を除く二つの案を併せてこの結論に落ち着いたのだ。

 決定打は、やはり「よそのクラスとかぶってる」というのが大きかった。その点、明石焼きメインの喫茶店はさすがによそにはなかった。


 明石焼きは、発案者であるグルメボス松茂君が言うには「色々あるが、たこ焼きに近いものをダシ汁で食べるもの」というものになるらしい。

 そうなんだよね。

 僕はたこ焼きは食べたことあるけど、明石焼きは食べたことないんだよね。

 集計を取ってみると、意外にも食べたことがある派が非常に少なく、出し物として決定したのは物珍しさというポイントもあったと思う。


 というか、僕は勘違いしていたが、明石焼きはたこ焼きとは別物らしい。僕はてっきりたこ焼きをだし汁に付けて食べるものを明石焼きと言うのかと思っていたが、元々の素材からして違うのだとか。そもそも明石市で生まれた明石焼きから今のたこ焼きが生まれたというルーツがあるらしい。

 だが、今回は、ソースとだし汁という簡単な区別をもって、明石焼きとたこ焼きを区別しよう、ということになっている。予算と時間が厳しいので、悲しいが本格的なものは用意できない……ということになってしまった。


 そう、予算と言えば。

 「予算的にタコは仕入れられるのか?」というツッコミも、松茂君の「任せろ」の鶴の一声で解決した。恐らくグルメ的コネクションを使って安く仕入れるつもりなのだろう。タコ以外のものも入れたい、と言っていた松茂君だが、それこそ予算と相談した上で、ということになるだろう。

 ついでに、提案した松茂君が焼き方の責任者となった。

 提案するだけあって当然たこ焼きは作れるし、よく自分で作って食べているらしい。さすがグルメボスだ。


 たこ焼きを焼く班と、当日店ウェイターとして詰める班に別れ、それぞれ準備が始まった。

 実はクラブ所属者は、クラブの出し物があるので、B組に専念はできない。よって帰宅部である僕のような暇人が、教室の出し物にメインで参加することになる。

 クラブ組は心底女子が来ることを羨ましがりながら、それぞれの準備に向かった。限りある資源(おんなのこ)はクラスの出し物の手伝いに参加するのであって、クラブの出し物には関わらないのだ。


 そんな盛りだくさんだった昨日が過ぎた、今日。

 朝っぱらから、また大変な騒ぎになっていた。





「おいおまえら!」


 もうすぐホームルームが始まろうというその時、自称情報通の渋川君が衝撃の情報を持って教室に飛び込んできた。


「手伝いに来てる九ヶ姫の女の情報が全員わかったぞ!」


 な、なん……だと……!?


 かつてこれほどまでに渋川君が光り輝いたことがあっただろうか? いやない。

 まるで光に誘われる夏の虫のように、クラスメイトたちが「うおー」とか「ひえー」とか「マジかよ渋川さん一生ついてくよ俺」とか「果たして幼女が来るのか? そこが問題でござる」とか奇声を上げながら渋川君の周りに集まる。


 僕も行きたかった。

 この純粋なる知的好奇心を満たすべく、エロさと下心の存在しないあくまでも知的好奇心を満たすためだけに、クラスメイトが持ち帰った最重要機密を貪りたかった。


 だが、それは叶わなかった。


「待て」


 ボス松茂が、僕の知的好奇心を許さなかったのだ。彼は見た目の鈍重さにはそぐわないスピードで、駆け出そうとした僕の首根っこを掴んでいた。


「後にしろ。こっちが先だ」

「えーっ」

「えーじゃない。時間がないんだ」


 チッ……仕方ないな。





 教室の後方に陣取っている僕ら帰宅部数名は、たこ焼きを焼くための技術を松茂君に習っている最中だ。もっとも実際焼いて練習するのは昼休みと放課後になるので、今は手順のレクチャーとイメトレだけである。

 たこ焼きプレートは松茂君の私物を持ってきていて、「当日は大きなプレートを借りてくる」とのことだ。どこで借りるかは聞いていないが、まあ松茂君なら大丈夫だろう。こと食に掛けては特に。

 練習用の材料費はB組全員からのワリカンでもう補充してある。あとは実技でひたすら学ぶしかないんだとか。


 結構難しそうだよなぁ、たこ焼き焼くのって。こう、千枚通しみたいなので生地をくるっと回すんでしょ? 僕は自慢できるほど器用じゃないから、習得には時間が掛かるだろうなぁ。


 時間があるという理由で焼き方として集められた僕らは、当然のようにたこ焼きを作ったことなんてない。

 ちなみにメンバーは、僕、ゲーマー大沼君と池田君、中ニ病という病を患っている立石君という、かつてのワーストなメンバーを髣髴とさせる顔ぶれだ。

 更にちなみに、他の帰宅部連中は喫茶店の方に回っている。柳君も(客引き的な効果を狙って)喫茶側に割り当てられた。高井君はよそのクラブの手伝いがあるとのことでそっちに行くらしい。


「手順は憶えたな?」


 えっと、生地、タコ、紅しょうが、天かすの順に入れて、あとは様子を見ながら焼くと。作り方はそう難しくないんだよね。……問題はやっぱり技術だよね。

 というか手順だけ憶えても。やっぱり作っている現場を見ないと、いまいち実感がないかな。まあ昼休みには実技が見られるだろう。


「三日四日で見に付くもんなのか?」


 僕と同じことを考えていたらしき大沼君が問うと、松茂君はニヤリと笑った。


「大丈夫だ。極めたとまでは言えんが、俺は一日でマスターした」


 ……いや、それは君だからじゃないでしょうか。だって松茂君、持久力以外のスペックすげー高いんだから。それと飽くなき食への執念とか。心構えからして違うっていうか。


「いいか、上達への近道はとにかく作りまくることだ。多少失敗しても構わんからどんどん焼け。最初は無理でもいずれ身体が必要な動きを憶える。より的確に、よりスピーディーに動けるようになる。焼き加減も何もかも、きちんと経験を積めば自ずとわかるようになる。よっぽどひどければ俺が修正してやるから、理屈を捨ててとにかく経験するんだ」


 そっか。やっぱり反復練習あるのみか。


「あとのことは任せろ。たこ焼き(しっぱいさく)は俺が処理する」


 いやおい。食う気マンマンか。つかひたすら焼けって。それって自分が食いたいだけじゃないのか。


 にわかに焼き方班に不信感が漂い始めたものの、彼の次の言葉に払拭された。


「ああ、そうだ。草津もこっちの手伝いに入ることになったからな」


 松茂君の何気ない言だが、しかし、僕らには戦慄が走った。


「マジで!? ねえ、マジで!?」

「やる気出たか? 一之瀬」


 マジなんだ!? そうなんだ!?


 ――草津さんは、九ヶ姫から手伝いに来ることになっている女子のことである。もう一人は柿田川さんだ。


 昨日、本当に来たんだけどさ……もう制服姿が眩しくて眩しくて。

 こんなむさ苦しさの極みにあるようなどす黒い男の園に、たった数滴の輝く雫……それが突然降って湧いたように現れた彼女たちの存在なのである。


 失礼があったら女神(じょし)降り立つ学園祭自体が中止になるかもしれない――そんなまことしやかに囁かれる脅し文句も手伝い、どこのクラスも、もう生き神を崇めんばかりの態度で接しているとか。

 特に上級生は、本当に拝み出す野郎が続出しているとか。

 僕ら一年生なんかは、よっぽど特殊じゃなければ、ほんの数カ月前までは共学だったんだよね。だからまだ見慣れているというか、郷愁の念がそこまで高くないのだ。

 しかし上級生は違う。

 ともすれば、一年以上話をしたことがない女子という存在が目の前に……ということになる。


 取り乱しても仕方ないだろう。

 一年以上ごぶさただった同年代の女である。……言い方ちょっと怪しいけど、これが一番リアルな表現だと思う。


 クラスメイトたちの反応も結構面白いものだったが、まあそれはいいとして。


 そんな女神の一人が、僕らと一緒に焼き方で手伝いをするらしい。

 それはもう……テンション上げるな、って方が無理だろ。




 俄然やる気が湧いてきたワーストな僕らを見て、松茂君は「計算通り」と言わんばかりにニヒルに笑っていた。


 べ、別に君のためにやる気になったんじゃないんだからね! 女子のためなんだからね!


 ……いや、ほんとにね。冗談抜きでね。





 だがしかし、この後僕は、またしても絶望の淵にたたき落とされることになる。


 ……なんかそういうのにも慣れてきちゃった自分が、ちょっと悲しかった。










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