151.九月二十四日 土曜日 始まり
「お待たせしました。どうぞ」
僕との話を切り上げた額メガネの矢倉君は、今度こそ九ヶ姫女学園一同を生徒会室に招き入れた。
ちなみに僕は入らない。
僕は九ヶ姫側の要請で付き添い兼案内役を努めただけで、実は微妙に生徒会とは関係ないところで動いている。言わば部外者なので、当然会議に出席なんてできないというわけだ。
それに、ここまで来れば僕の出番はもうないしね。
「さて、私はどうするかな」
生徒会の関係者ではない、護衛として付き添ってきただけの佐多岬さんは、一緒に生徒会室に入るかどうか悩んでいた。
「一緒に行ってください」
放っておいても矢倉君が誘っていただろうが、僕はさっさと入室を勧めた。
「きっと一緒にいた方が、彼女たちも安心しますから」
「うむ……そうだな。そうするか」
佐多岬さんは頷き、後に続いた。
――生徒会長とはもう話が付いているのだ。
正確に言うと、昨日九ヶ姫に乗り込んだ僕が天城山飛鳥と佐多岬華遠の二人に、八十一高校の学園祭に来て欲しいという話を取り付けた時点で、うちの生徒会長は女子向けの学園祭への準備を呼びかける……という約束だったか。
厳密に言うと、まだOKではない。
天城山さんと佐多岬さんの参加は、九ヶ姫生徒会が参加する合同学園祭の開催、という形になって初めて参加になる。
僕との個人的な約束ではなく、公式な参加となるので、不確かな噂ではなく大っぴらに宣伝できるのは利点と言えるだろう。学園祭に呼びたいのは、九ヶ姫の女子限定ではないのだから。それはもう、たくさんたくさん来て欲しいさ。当然ね。
そう、正確にはまだ決まってはいないのだ。
しかし、うちの生徒会長はもう反対はできない……というより、話が来た時点で諦めているだろうと思う。そして今に至っては、諦めるどころか自ら積極的に動き出しているに違いない。
そして今。
校内を歩いてたくさんの八十一校生の前に姿を現した九ヶ姫女学園一同を見た彼らは、昨今まことしやかに囁かれていた噂が真実だと思ったはずだ。
――僕ら一年B組から発信した「女子が参加する学園祭をやるかもしれない」という噂を。僕ら一年B組は、竹田君、西沢君、渋川君の指揮の下、水面下で色々と動いているのだ。
どんな形であれ、九ヶ姫女学園が絡む学園祭ができるかもしれない、という可能性は示された。
これすなわち「中止=暴動」の方程式に他ならない。
もし中止になったとして、うちのバカたちが素直に諦めるとでも? 大人しく泣き寝入りするとでも?
答えは否だ。
その時はきっと、筋も道理も何もかも忘れて、彼らは泣きながら暴れるに違いない。ずるっずるに号泣しながら暴れるに違いない。
すごく簡単に言うと、この交渉が決裂したら八十一で大暴走が起こって学園祭どころじゃなくなるから、生徒会長はもう合同開催を受け入れるしかない、となるわけだ。
「なんだかめんどくせーな」
お客様を目的の場所まで運んだ後、取り残された僕と団長である。妙に寂しく風通しのよくなった廊下にポツンと二人立っている。
そんな中、団長は女子たちが消えていったドアを見ていた。
「なあ、あいつら何しに来たんだ?」
あれ?
「聞いてないんですか? 今日は生徒会長の要請で動いてるんですよね?」
「話が急だったからな。詳しくは聞いてねえ。……華遠が来るってわかってりゃなんとか会わねえように段取り組んだぜ……」
うーん……
「佐多岬さんとは親しいんですか?」
「一応幼馴染ってことになるか。いい思い出なんて一つもねえけどな。――それより一之瀬」
鋭い眼光が僕を射抜く。……あまりの目付きに腰が抜けるかと思った。
「あいつら何しに来たんだ? そんでおまえは何をしようとしてる? 返答次第じゃここで潰してやるから話せよ」
Oh……超怖いんだけど……
だが、想定内だ。
「ちょっと待ってもらえますか?」
「あ?」
「団長以外にも説明しないといけない人がたくさんいますから」
廊下の先、そこかしこの教室、さりげなさを装ってはいるがブリキのロボットみたいにカクカクしたぎこちない動きで通行人に成りすましてここに近づこうとしていたり……という、うちの愚者たちにも、話しておくべきだろう。
そこそこ正確な話をしておかないと、噂だけが暴走してあわや学園祭中止に、なんて危険も……まあ低いとは思うが、ないとは言い切れないし。興奮しすぎた彼らが暴れる可能性なら充分あるしね。
というわけで、僕は携帯を取り出し、彼らを呼んだ。
彼らはすぐにやってきた。
彼ら――一年B組のクラスメイトたちだ。
噂の拡散、各教室の出し物と進展具合のチェック、人脈とコネを駆使した味方集めと、今週の彼らは忙しい日々を過ごしていた。いわゆる下準備をしていたのだ。
僕はそんな彼らに、九ヶ姫女子一同がやってくることを話していた。
ここにいる野郎どもは、一目だけでも九ヶ姫の女子を見ておきたい、という土曜日の放課後という楽しい時間を潰してまで待っていた精鋭たちである。たぶん移動していた僕らをどこかから見ていたはずだ。
クラスメイト全員、とまでは言えないが、半分ぐらいは残っているようだ。
「おい一之瀬! マジじゃねーか!」
他の連中も同様だが、珍しくヤンキー久慈君も大はしゃぎしていた。
団長から「会議中だ、静かにしろ」と注意が入り、興奮覚めやらぬ彼らだが声のトーンは落とした。
さてと。
これから彼らには、これからの流れを噂として拡散してもらうのだ。
まあ、西沢君と渋川君は僕以上に状況がわかっているので、今更僕が話すことは特にないんだけどね。……竹田君はいないな。帰ったか、案外教室で寝てるかもな。
「一之瀬、どうだった?」
西沢君の問いに、僕は「変更なし」と答えた。
「竹田君は?」
「寝てたから置いてきた」
やっぱりか。
「変更はなし。で、もう一度これまでの流れとこれからのことを話しておきたいんだけど、いいかな?」
「ああ。――おい、ちょっと聞いてくれ」
「どの娘がいい!? どの娘がいい!?」「天城山一択!」「俺あのメガネ美人に罵られたい」「ロリでござる! ロリでござる!」「選べるわけないだろー? みんな違ってみんなイイ……全員俺のだ!」――クラブを抜けてきたらしき柔道着姿の大喜多君がボッコボコにされたりもしつつ、彼らは醜い男子トークを切り上げ、西沢君の呼びかけに答えて耳を傾ける。
よし、じゃあ、話そう。
「発端は、ただ単に、うちの学園祭に女子を呼びたいって動機から始まった。今となっては色々な人の思惑も絡んでるけど、根本はそれだけだし、僕らが求めているのも基本的にはそれだけだと思う」
彼らの「そうだそうだー」「そーだそーだー」「なんとか女子の恩恵を独り占めする方法はないだろうか?」などと相槌や茶々が入るも華麗に受け流し、僕は簡単にここまでの流れを話した。
ややこしいことなんて一つもない。
当初の目的通り、ただ学園祭に女子を呼びたいだけである。
九ヶ姫が介入してきたのは、その方がより女子を呼べるからだ。そこには八十一と九ヶ姫の関係修復という狙いもあったりするが、その思惑は正直二の次だ。
だってそれは、僕の……いや、今や僕らの目的には関係ないから。
芯はブレてはいけない。僕らはただ学園祭に女子を呼びたいだけだ。
今日はその見えていた可能性の片鱗が、確信に変わった。それだけのこと。
あとはどれだけ女子を呼べる学園祭にできるのか……そこが僕らの勝負どころだろう。
手早く話を終えると、現実的なエサをチラつかされた彼らは嬉々として噂を広めに行った。
「……という感じなんですけど」
黙って話を聞いていた団長は、腕組して難しそうな顔をしていた。
ちなみにこの人は生徒会室の前に護衛として立っていることを義務付けているようで、ドアに背を向けて張り付いている。まさに鉄壁の守りだ。中には九ヶ姫最強の女もいるしね。
「つまり九ヶ姫の連中は、学園祭を合同でできないかって話し合いに来たわけか」
そういうことになる。今頃はうちの生徒会長の合意を得て、突っ込んだ話をしていることだろう。
「九ヶ姫は、八十一との関係の修復を視野に入れて動いているそうです。今度のことでまた学校間の交流が始まるかもしれません」
九ヶ姫と八十一は距離的にすごく近い場所にあるし、昔は合同でクラブの練習をしたりするほど仲がよかったらしい。仲違いしているよりはいいだろう。うちだって九ヶ姫女学園付近を歩いているだけで通報なんてされたくないし。
「……なんともめんどくせーな」
まあ、団長からすればそうかもしれない。これからも応援団には色々と、こういう形で迷惑を掛けることもあるだろう。
「いいじゃないですか。団長だって合コンとかしたいでしょ」
「したくねーよ。軽い女は好みじゃねえ」
え、ちょっと。
「今時、合コンに参加する女の子なんて普通だと思いますけど……」
「じゃあもっと堅い方が好みだ」
「それに、本気で彼氏欲しくて合コンに参加している女子が、果たして軽い女なんでしょうか? 軽い気持ちで参加してない女子もいると思うんですけど。たとえば事前に好きな人が参加してることを知っていた、とか。団長はそんな女子の想いを無視して『軽い女』と切り捨てるんですか?」
「…………」
……でもまあ、実際軽い気持ちで参加してる女子は多いだろうけどね。女子に限らず男子もね。
僕から言わせれば恋人持ちの男女が合コンに参加してることの意味がわからない。リア充が更なる充実を求めるとかくたばればいいのに。
「おい一年坊。生意気に説教してくれるじゃねえか」
あれ? 団長なんかイラッとしました? 僕はただ女子のすばらしさを説いただけなのに……
「そこまで言うからには責任取るんだろうな? 取らないとは言わせねえぞ」
「せ、責任?」
なんだよ……まさか応援団に入れとか言うんじゃないだろうな……?
「俺が参加する合コンをセッティングしろ。軽い女か否か、この目で確かめてやる」
えー? マジっすかー? マジでー? マジ勘弁してくださいよセンパーイ。それマジ勘弁すよパイセーン。
……などとチャラ男っぽく言えるわけもなく、僕は「まあ、そのうちに……アハハ」と返すのが精一杯だった。
くそっ、名前さえ憶えられてなければすっぽかせるのに。
セッティングなんてしたことないっての……
こうして、八十一と九ヶ姫の合同学園祭の準備が始まろうとしていた。