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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
150/202

149.九月二十四日 土曜日  妖精さんとの出会い





「ちょっ、やめろよー! 俺が何したっつーんだよー!」

「イカサマしてただろーがこの野郎! 俺なんかすでにパンイチだぞ!」

「俺なんてYシャツとパンツだけだぞ! マニアックな脱がせ方しやがって!」

「おいおまえら! 俺を差し置いて脱がすな! ――俺なんかパンツに靴下だぜ!? どう考えても俺が一番アレだろ!? その……アレだろ!」


 一人はパンツ一丁。イヤミなほどに赤いパンツだ。

 一人はYシャツとパンツ。シャツの丈のせいか角度のせいか、一見するとノーパンでYシャツ一枚という非常に扇情的な格好だ。女子なら歓喜にむせび泣き、男子なら号泣レベルの格好と言わざるを得ない。すね毛とか腿毛とか、毛の生えた足が印象的だった。

 一人は上半身裸でチェック柄のトランクス穿いている奴。パンツからすらっと伸びた足の先は年季を感じさせる変色気味の青色の靴下。まったく。女子にしか許されない格好であると法律で定められるべき姿だった。


 そして、そんな半裸族三人に脱がされようとしている男は、全身くまなく半脱ぎにされていた。彼の彼自身を優しく包んでくれるはずのボクサーパンツは、奴らの手により半ば下げられ、抵抗あらわにケツが半分ほどコンニチワしていた。





 ――別になんでもない光景だ。


 たぶん彼らは、教室に残ってマージャンだかカードだかで脱衣ゲームでもしていたのだろう。

 そして不正が発覚し、今まさに三人の愚者(エリート)が、一人の愚者(バカ)に、全裸で晒し者という罰を下そうとしている……そんなところだろう。


 なんのことはない。

 これくらい、いつもの八十一(やそいち)高校である。

 彼らにしてみれば、これさえもただの遊びの範疇を出ない。たとえ彼ら四人が全裸になろうとも、彼らの彼らがポロリしようとも、自分たちも周囲の人間もあまり気にしないだろう。

 教室で行われていた事件が遠慮なく廊下にまろび出ることも、日常茶飯事だ。これにトラブルメーカーが首を突っ込むことで新たな事件に発展するのが常だ。


 いつものことである。

 僕らにとっても、彼らにとっても。

 この程度で驚くような奴は、八十一(ここ)で二学期を迎えてないだろう。


 ただ今日、今、この時だけは、例外であるというだけで。


「ちょっ、マジ離せ! 一瞬離せ! パンツのゴムが切れるから! ほんと一瞬でいいから!」

「うるせーいいから脱げ!」

「ごちゃごちゃ言ってねえで脱げ!」

「こっちは男の服脱がす趣味なんてねえんだよさっさと脱げ!」


 一人は服を死守するので必死である。

 三人は一人の男の制服を剥ぎ取るのに夢中である。

 一人はみんなのために、みんなは一人のために……これぞ八十一流の悲しいワンフォアオール・オールフォアワンである。


 教室から飛び出した彼らは周りのことが見えていない。

 そして僕は、呆然とそれを見ていることしかできないのである。


 ――ああ、さすがは八十一。こんな時でも八十一だ。


 神よ、僕に振り返る勇気をください。

 彼女たちにフォローを入れるための勇気を、ほんの少しでいい、僕にください。


 僕らは動けない。

 彼らは気づかない。


 目の前の裸祭りのごとき騒ぎが、まるで別次元で行われているかのようだ。彼らの声がうるさいはずなのに、超えられない壁に当たって遠く感じられる。

 今この瞬間、僕は確実に絶望を見ていたのだろう。

 リアリティを感じないのは、現実逃避したかったからだ。たぶん。


 そんな静と動のこう着状態の中、一番に動いたのは意外や意外――


「あー! はだかだー!」


 タマちゃんこと出雲たまきちゃんだった。

 指を差してまで悠然と叫んだ彼女。


 そう、僕の女神はここにいたのだ……!


 彼らの動きが止まった。

 驚愕の顔で、僕らを――九ヶ姫女学園生徒一同を見ていた。

 気持ちはわかる。

 僕ももはや否定しがたい八十一っ子だ、この状況に置かれた自分が彼女らに何を見るのか……わかってる。わかってるさ。

 今、彼らも確実に絶望を見ていることだろう。


 いや、彼らにしてみればいつも通りすごしていただけ。九ヶ姫の生徒に限らずとも、ここに女子高生がいるという事実の方がイレギュラーで、絶対的な確率でありえないことだ。ゆえに彼らを責めるのは筋違いだ。


 ただ、ただ――


 ただ、土曜日の放課後に残ってまで脱衣ゲームをやる、八十一校生(ぼくら)のバカっぷりに、……呆れるしかないだろ。


「「――キャーーーーーー!!」」


 彼らは悲鳴を上げて教室に駆け込んだ。

 逃げる姿に男らしさは微塵も感じられなかった。


 だが現れたタイミングも、そのあられもない姿で戯れる様も、垣間見た現実に絶望する眼差しも、絹を裂くような野太い悲鳴も……どこまでもどこまでも八十一魂を感じさせる徹頭徹尾の初志貫徹で一五一十っぷりであると僕は断言できる。

 当然、歓迎はしないけどね! 放課後なんだからさっさと帰れよ!


 彼らが尻尾を巻いて逃げ去った直後、僕は中等部の女神(タマちゃん)に貰った勇気を掲げ、振り返った。





「この学校には妖精が住んでいるんです!! いきなり見れてラッキーでしたね!!」


 もしこの時の僕の発言に異を唱える者がいるのなら、他に何をどう言えばよかったのか、ぜひ教えてほしいものだ。





 額に冷や汗を浮かべているであろう僕が見た、彼女らの反応は……


「……」


 両手で口元を押さえて肩を震わせ笑いを堪えている、九ヶ姫生徒会長・富貴(とみたか)真理(まり)さん。彼らが面白かったのか僕の発言がおかしかったのか……さすがにちょっとわからない。


 副会長・羽村(はねむら)(ゆう)さんは、メガネを外して拭いていた。当然のように普段の氷の無表情のままだった。引くでもなく嫌悪感を見せるでもなく普段通りに……この人はやっぱすげえわ。


 ああ……でも、男が嫌いという天城山(あまぎやま)飛鳥(あすか)は、完全にフリーズしてるな……隣のタマちゃんが「おーい」とか言いながら頬を突付いているが、全然反応がない。目を見開いて前方をまっすぐ見たままだ。……でもさすが三大美姫、驚いた顔も美しい。


 あの状況でアクションを起こしたタマちゃんはいいとして、最後尾で応援団団長・尾道一真と並んでいる佐多岬(さたみさき)華遠(かえん)は、なぜか腕組して頷いていた。


「なかなかいい身体をしている。尾道、彼らをうちの道場に連れて来い」

「断る。てめえの言うことなんて聞くかよ」

「なんだ。可愛くないな。小さい頃はあれだけ可愛がってやったのに」

「言葉が間違ってる。ありゃシゴキって言うんだ」

「…? だから可愛がってやったと言っているんだが」

「相変わらずネジの代わりに筋肉で固定した思考回路してやがる。はっきり言うが華遠、おまえはおかしい」

「おかしいものか。こんな私でもインターネットだってできるんだぞ。壊さずに。優しく」

「普通誰でもできんだよ……」


 ……昔話してる。余裕だな。


 とりあえず「もう帰るうわーん!」という反応がないのでほっとした。「半ケツ出した妖精さんが見えた」ということにしてくれた彼女たちの優しさに甘え、僕は引き続き案内を再開した。





 外来用玄関で僕らの担任・三宅弥生たんと別れた後、僕は案内役として九ヶ姫女学園の皆さんを案内していた。

 八十一高校の生徒会室は、三年生の教室の他、化学室や音楽室といった特別教室がある四階にある。

 僕は生徒会とはまったく縁がなかったので、おぼろげに場所を知っているだけで行ったことはなかった。第一生徒会長の顔も知らないくらいだからね。まあ複雑な構造というわけでもなし、大雑把にでもわかっていれば充分だろう。


 色々な場所から視線を感じる以外は問題なく、移動はスムーズに行われた。

 ……それにしてもいつの間にか慣れ切ったこの高校で、こんなにも緊張感を持って歩いたことがあっただろうか。ぶっちゃけ初登校時より緊張していた。

 危惧していた八十一校生(バカたち)の接触もなく、僕らはものの数分ほどで四階へと到着した。


 そしてあの裸祭り騒ぎである。

 まあ、別に、よくあることである。

 たぶん団長もそう思ったから動かなかったのだろう。


 「妖精さんに会えた」こと以外、特に何もなく、僕らはそこに到着した。


 引き戸のドアに張られたプレートには、「生徒会」の黒い文字。

 間違いなく、ここが目的の場所だ。





 僕はノックしようと軽く拳を握った手を挙げ……そのまま女性陣を振り返った。


「いいですか?」


 念のために断ると、富貴さんは「あ、ちょっと待って」と否を答えた。ポケットから鏡を出して顔をチェックし、髪を直した。

 さすができる女、身だしなみに気を遣うか。

 昨日の僕なんてそんなこと考える余裕もなかったんだけどな……


 富貴さんはそのまま、流れ作業のように羽村さんと天城山さんとタマちゃんと佐多岬さんを見て、違いがさっぱりわからないレベルで前髪を直したり襟を直したりと甲斐甲斐しく世話を焼き、僕を振り返って「お願い」と頷いた。


 今度こそドアをノックする。

 数秒の間の後、静かにドアが開いた。





「ようこそ、八十一高校へ」


 な、なに……!?


 ドアを開けたその人は……あの隣の一年A組のカリスマメガネ・矢倉君だった!









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