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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
148/202

147.九月二十四日 土曜日  会議





 ――まさか、あの時の彼らの気持ちがわかるだなんて、思いもよからなかった。


 まず印象的なのは、真剣を思わせるような鋭い切れ長の瞳。気が弱い者なら目が合うだけで萎縮するだろう。僕は委縮した。左サイドだけ伸ばしたポニーテールに結わえた黒髪は美しく、そのせいか、それとも佇まいのせいか、洋服を着ようが制服を着ようがどこか古風な雰囲気があった。背も僕より少し高い。なんかこう、シュッとした感じだ。

 僕は一目見て、「武士だ」と思った。

 上手く言えないが、なんだかそれが一番近い表現のように感じられたのだ。


 彼女の名前は佐多岬(さたみさき)華遠(かえん)

 古くから伝わる古武術・佐多岬流道場の娘だ。


 九ヶ姫女学園最強の女、といえば、騒ぎ出す者は決して少なくないだろう。


 そう――あの夏祭りの際、うちのバカたちは、この人にカツアゲされるために制服で着ていたのだ。

 今ならわかる。

 僕も、この人にならカツアゲされても構わない。むしろして欲しいとさえ思う。ちょっと凛々しく「財布を出せ」とか言われてみたい。


 やや日本人離れした美貌を持つ月山凛と、大人と子供の中間にいるような不思議な魅力を持つ天城山飛鳥と。


 そしてこの佐多岬華遠は、言うなれば無駄も飾りも機能に不必要なものは全てそぎ落とした、ただただ実用のみを求めた刀身の美しさのようなものを連想させた。





「すみません、お待たせしました」


 今日も曇りで、降ったり止んだりを繰り返す空。

 今はたまたま止んでいて、濡れたアスファルトに水たまりができていた。


 八十一高校の校門前に堂々仁王立ちしている佐多岬さんは、遠巻きに見ている周囲(うちのバカたち)の視線など物ともしない。


「いや。時間通りだ」


 佐多岬さんは女性には珍しい口調で話すが、この人にはよく似合う。

 昨日も思ったが……この人と目が合うと背筋がぞくっとする。なんだろう? 本能的な危機でも感じているんだろうか? それともまさか恋……!? ……好きになってもおかしくないが、たぶん違うかなぁ。ストレートにそのまま本能的な危機を感じてるんだろう。


「予定に変更はないか?」

「大丈夫です」


 僕が佐多岬さんと話しているだけで、周囲の視線がかなりキツくなった。

 わかってるよ。

 君らの気持ちはよくわかるよ。

 だからこそ、今は我慢してほしい。

 これは返って君らのためにもなるのだから。


 ――今日、これから、九ヶ姫女学園の生徒会が学園祭の交渉にやってくるのだ。





 昨日、床張りの道場の前で、佐多岬華遠と初対面を果たした。

 雨降りしきる屋根のある渡り廊下で見る彼女は、なんというか……番傘に着流しで立っているのがすごくよく似合いそうだった。

 今、襟を合わせた道着(どうぎ)を着てるせいかもしれない。


「話は聞いている。生徒会が了承するなら私は構わない」


 その一言で、僕らの交渉は終わった。まるでオークションの即決張りにスピーディな決断だった。


「いいんですか?」

「ああ。ただし私は荒事に多少強い程度で、他のことは何もできない。君の期待通りの働きはきっとできないが。それでも問題ないか?」


 ああ、なんか、根っからの武道家なんだな。時代錯誤……と言いたいところだが、この人が言うと妙にしっくり来る。むしろそう言ってほしいくらいだ。


「ええ、まあ。来てもらえれば僕としては問題ないんですが」

「ならばいい。――天城山、私のことはそちらに任せる」

「はい。会長に伝えておきます」


 僕を案内してきた天城山さんに言うと、佐多岬さんは軽く頭を下げて、道場へ戻っていった。


「……なんかかっこいい人だね」


 あれはすごいな……なんて言えばいいんだろう? 現代日本女性と比べるなら、人種が違うとさえ思える。


「古くから続く道場の生まれで、幼少から武道一本なんだそうです」


 見た目通り強いらしい。

 だろうなー。すげー強そうだもんなー。

 女子に人気あるだろうなー。

 そう言えばあの人、女子が好きとかそんな噂があるんだったな……ぶっちゃけ男やら女やらの枠を超えたところにしか興味がないような気がするけど。

 たとえば、オレより強い奴に会いにいく的な。





 ……というファーストコンタクトを経て、翌日。

 佐多岬さんは、九ヶ姫女学園生徒会の付き添いとしてここにきた。ちなみに八十一からの付き添いは僕になっている。


 「時間がない」と言っていた九ヶ姫女学園生徒会長・富貴(とみたか)真理(まり)さんは、やり手な見た目通り、やり手な交渉術を発揮して、翌日である今日にはこちらの生徒会長と学園祭について話し合う場を設けていた。

 副会長・羽村(はねむら)(ゆう)さんから僕に電話があり、そういうスケジュールが組まれたことと、明日――つまり今日の放課後、僕に出迎えの要請があった。


 帰宅ラッシュになる、放課後のチャイムから一時間後にずらした今が約束の時間である。いや、正確にはまだちょっと早いかな?

 が……どこで話が漏れたのか、それとも無駄に学校に残っていた連中が出てきただけなのか、佐多岬さんはおよそ三十人くらいの野郎たちに囲まれて物欲しげにジロジロ見られていた。きっと彼らは罵倒か叱責か平手を欲して止まないのだろう。あるいは財布を差し出したくてたまらないのかもしれない。ちょっと気持ちはわかる。


「富貴さんたちは?」

「私は様子見がてら先行しただけだ。もうすぐ来るだろう」


 うむ……佐多岬さんは、いわゆる露払い的な目的で先に来て、ここに立っていたのかもしれない。


「尾道は息災か?」

「は?」


 いきなりすぎて、何の話かわからなかった。

 尾道、って……え? 尾道と言えば、あの人か?


「団長のことですか?」

「団長? ……ああ、アレはいつか応援団に入っていると聞いたな。団長になったのか? あの半端者がな……私も歳を取るものだ」


 いや団長はあなたと同い年のはずですが。似合うけど年寄り臭いぞ。……あ、そうか! この人すごい歳上の雰囲気があるんだ! なんなら弥生たんより上に感じるわ!

 もしかしたら、年齢的なアレを感じさせないことこそ、肉体の極みに近い者の特徴なのかもしれない。だって格闘技もケンカも素人の僕でさえ、この人はヤバイくらいに強いことがわかるから。会ってすぐわかったから。絶対に逆らっちゃいけない人だってわかったから。


「団長とお知り合いなんですか?」

「小さい頃にうちの道場に通っていたのだ。あまり才能はなかったが人一倍熱心でな。中学に上がった頃に辞めてしまったが……ああ、そう言えば悠介も八十一の応援団に入ったと言っていたか」

「守山悠介ですか?」


 というと、例の「守山悠介ポロリ事件」で有名なあの人だ。


「悠介とは遠縁に当たる」


 あ、お互い納得の美貌ですね。髪型も若干かぶってるし。……そうだな、言われてみると確かにちょっと似てるかもな。

 それと納得の強さだわ。ボコボコにされたあの時、たぶん守山先輩、手加減してたと思うし。全力はあんなもんじゃないだろうと思う。


「たぶん来ると思いますよ。応援団」


 僕の付き添いなんて紙程度の装甲でしかない。ここにいるのは偏に信頼から任されたことで、腕っ節は度外視だ。佐多岬さんはどんなに強くても、八十一ではお客さん……言うなれば部外者だ。さすがに他校で暴力沙汰を起こせば問題になるだろう。

 何しでかすかわからない八十一高校の愚者(エリート)がまだ残っている。現に周囲にはご褒美を求める奴らが安定した「声かけてくれねーかなー」とか「カツアゲしてくれねーかなー」という顔で見ている。この状況で、何の護衛もなしにこの高校を歩かせるのは危険すぎる。お互いに。


 僕が生徒会長なら、こんな時真っ先に頼るのが応援団だ。

 八十一側としても、九ヶ姫の生徒の近くにいるだけで通報されるなんてむちゃくちゃな現状は、どうにかしたいはずだ。

 もし交渉に応じる旨を伝えておいてすっぽかしたり礼を失することをすれば……まあ間違いなく、愚者(ぼくら)はクーデターを起こすだろう。相手は僕らが求めて止まない女の子だぞ! もう、こう……対応はともかく交渉決裂でも暴れ出す奴が絶対出てくるぞ!


 今日の交渉が成立したら、学園祭の軌道を修正することになる。

 つまり交渉がうまく行けば、遅くても月曜日には九ヶ姫女学園の介入が公表されるだろう。

 噂だけは今まさに広がっているだろうが。


 ……九ヶ姫三大美姫の一人と馴れ馴れしくも一緒にいる、僕の新たなるわるーい噂と一緒にね。


 フッ、覚悟なんてとっくにできてるぜ。





 周囲を見回すが、まだ九ヶ姫生徒会が来る気配がない。

 うーん……少し佐多岬さんと話してみようかな。


 あの噂についても少し探りたいし。だって噂の真相によっては佐多岬さんの心境は複雑だろうし、もしかしたら苦痛でさえあるかもしれないし。

 だがその前に確かめよう。


「佐多岬さんっておしゃべりは好きですか?」


 まさか話をするのがイヤ、ってことは……ないよな? さっき応援団の話もさらっとしたし。……思いっきり必要最低限の会話だったけど。


「嫌いじゃないがおしゃべりな男は嫌いだ」


 Oh……これは暗に「黙ってろ」と釘を刺したのだろうか?

 それとも単純に「おしゃべりな男が嫌い」という、ただの好みの話だろうか?

 勝手な想像に近いが、この人は遠まわしな言い方はしないと思うんだけどな……言いたいことはズバズバ言いそうだし。


 でもせっかくだから勇気を出して聞くぞ。まさかいきなり殴りかかってきたりはしないだろう。


「じゃあ、冗談は好きですか?」


 僕は佐多岬さんとの会話で、緊張感に耐えられなくなるかもしれない。実際ただ隣にいるだけでも圧がキツイ。かなりキツイ。圧が重い。

 これを和らげるために冗談を言ってしまうかもしれないので、先に確かめたかった。まさか冗談言った瞬間蹴られるようなことはないと思うが……


「嫌いじゃないが理解できないことが多い。……ついでに問うが『つっこみ』とはなんだ?」


 え!? そんなこと聞くの!?


「えーっと……広義的には、間違いを指摘すること、かな?」


 うん、たぶんそれで合ってるはずだ。


「間違いを指摘するだと? 具体的には?」


 えらい食いつくな。ツッコミ云々の前に僕の話を聞いてくれよ。つかその話今じゃないとダメ? 後日じゃダメなの?

 ……しょうがないな。なんかでも……あ、そうだ!


「佐多岬さんって寝る時裸ですよね」


 どうだ!

 これの反応で、冗談が通じるか否か、どこまで言えば怒るのか怒らないのか、仮に怒っても「ツッコミ入れてくださいよ」の言葉で言い訳は立つ! あとさげずんだ目で見てくれるかもしれない!

 さあ反応してみろ、武道家女子! 盛大にツッコミを入れてもいいんだぞ!





 佐多岬さんは平然と僕を見ながら、平然と言った。


「――なぜ知っている? 私と家族だけの秘密なのに」


 当たってるのかよ!! マジかよごめんなさい!! あとご馳走様です!!










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