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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
146/202

145.――He shouted. "No guy!! Yes girl!!!!."  九月二十三日 金曜日





 とりあえずはっきりさせようと思った。

 美少女たちが引くのもお構いなしで、僕は円卓を叩いて立ち上がった。


「僕は女性が好きだ! そして僕の身体は純潔だ!」


 我ながら腹を割ったすごいことを言ったと思う。

 だが、もう恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、そういう次元の話じゃない。


 噂の中では、僕はすでに、男と男性と少年とイケメンとついでにマッチョと殿方と肉体接触的な関係があると。不特定多数のオスと関係がある尻軽のオスと。ここら近隣一帯ではそういうことになっているらしい。

 ね?

 もう恥ずかしいなんて言ってる次元の話じゃないでしょ?


 ――こんなのもう……もう町ぐるみの捏造事件じゃないか!


 君らは楽しいかもわからんよ? とある真実についてチラッと聞いて、結果や過程や結果のその後を話し合って「こうだったら面白いのにねー」みたいに盛り上がっちゃうんでしょ? 盛り上がればいいじゃない。大いに盛り上がればいいじゃない。

 盛り上がればいいさ。僕の噂なんて笑い話が多いんだからさ。


 ――尾ひれを付けなければ好きにすればいいさ!


 人の噂も七十五日とは言うけど、七十五日以内に噂を更新し続けると消えないもんだってことがわかっただけ勉強になったと思えばいいのかな? 


 ――知りたくなかったけどね!


 噂は色々ある。

 だが、とにかく僕が潔白を証明したかったのは、男に興味はないということだ。

 もう他は誤解でもなんでもしてくれて構わない。もう諦めた。もういいよ。


 でも男と関係があるとか男に興味があるとか、その辺は男としてきっちり否定しなければならない。男としてね!


「じゃー男の子の海パンおろしてしゃしん撮ったのはー?」


 タマちゃんの、一歩間違えば痛いところを容赦なくえぐりそうな突っ込んだ発言に、僕は反射的に答えた。


「事故だ! その時僕はその相手にボコボコにされて保健室に担ぎ込まれたんだから!」





 ――僕はもう、語りに語ったね。


 八十一高校は、もう女に飢えすぎてわけがわからなくなっていること。

 かわいい男子は「アイドル」などと呼ばれてアイドル扱いされていること。

 部室前で拉致されてONEの会の皆さんと知り合ったこと。

 それはそれはいろんなことを語りに語ったとも。


 だって今ここで最悪の誤解が解けなければ、女子が来る学園祭が実現しても、僕にはなんの意味もないのだから。

 天塩川さんにフラれた以上、僕にだって次の恋を、それも憧れの九ヶ姫女学園の女の子に恋をする権利くらいあるさ! 男にじゃないぞ? 女の子を好きになるんだ!

 そんな風に意気込んでるのに「あいつ男好きなんだって」「それって『ウホッ』ってことじゃないですかーやだー」と女の子側に噂されてみろ。


 聞こえた瞬間窓から飛べるわ!


 話に区切りがついた時、富貴さんは余裕を取り戻して一つ頷いた。


「――私は一目見た時から信じていたわ」


 嘘つけよ! あんたが一番最初に疑ってたよ! あと語ってる時一番興味津々だったよ!


「すごーい。スーキな高校生活送ったんだねー」


 タマちゃんは終始楽しそうに笑っていた。どう思っているかいまいち読みづらい。

 ……数奇か。

 確かに、我ながら驚くほどいろんな事件に巻き込まれてきたものだ。


()に恐ろしきは異性なき環境か……ほとんど出任せだと思っていたのに、まさか噂の六割以上が本当だとは」


 羽村さんは興味なさそうに言った。でもたぶん興味なさそうに見えるだけだと思う。要所要所で細かくツッコミ入れてたからね。抜け目がないのはもうわかっているさ。

 それと、確かに噂の半分以上は本当だ。だが主に動機と、尾ひれ部分が違うんだよね。でも動機って大事なところよ? 情状酌量が付くか付かないかって分かたれるくらいに。


「…………」


 そして天城山さんはちょっと顔を赤らめて全体的に引いていると。僕が夢見た九ヶ姫のお嬢様像に近いのは、彼女だけのようだ。少なくとも、この場には。


「はぁ……他に何か質問は?」


 僕は溜息をつき、すっかり冷めた紅茶をすする。この紅茶と同じく、僕の鼓動や脈拍や感情もすっかりクールダウンしてしまった。

 え? 今美少女たちに囲まれてる?

 もうどうでもいいわ。

 もうここまでやれば一切気を遣うことなんて存在しないわ。


「質問ねぇ……」


 富貴さんは「何かある?」と、ホームの仲間たちに視線を巡らせる。僕には仲間はいないけどね! いい環境ですね、生徒会長さん!


「一つ不確かな噂を聞いたのですが」


 と、羽村さんが口を開く。


「あなたの男好き(・・・)は、私は最初からダウトだと思っていました。それはあなたにはこの九ヶ姫女学園に好きな女生徒がいる、という噂があったからです」


 ……天塩川さんのことか。


「誰かは問いません。が、この度の交渉を申し出た理由は、その好きな相手を呼びたいから、という至極個人的な理由が動機なのでしょうか?」

「肝試しはそうでした。でも今度のは違う」

「回答は?」

「うちの高校に女子を呼びたい。それだけです。……ああ、個人的に言うと、出会いがあればいいなって感じです」


 もう隠すのも、気を遣うのも疲れたのでやめている。もうなんでもかんでも本心丸投げしてやるわ! もう失うものなんて何もないからね! 恥ならたっぷり、恥を晒す前に晒してたからね!


「ちなみに言うと、好きな人にはもうフラれてます」

「――一之瀬くん」


 富貴さんはテーブルの上に手を組み、真剣な眼差しで僕を射抜く。ちなみにいつの間にか「さん付け」が「くん付け」になっていた。いやまあ、どっちでもいいけど。


「その好きな子にフラれたという話……詳しく聞きましょうか?」

「言わねーよ」


 ツッコミ入れてやったわ。マジ顔してる九ヶ姫の生徒会長サマにツッコミ入れてやったわ。


「アハハハハ! まり先輩フラれてやんのー!」


 しかもタマちゃん指差して富貴さん笑ったわ。……あ、富貴さん笑顔だけどなんかプルプルしてる。あれは内心イラッとしてるんだろうな。


「他に聞きたいことがないなら、そろそろ話をしませんか? さっさと済ませて帰りたいので」





 僕の読み通り、昼食は九ヶ姫側が用意してくれていた。

 やはり最初から、昼を跨いでゆっくり話し合うつもりだったのだろう。


「一之瀬くんには災難だったかもしれないけれど、怪我の功名だったわ」


 僕の災難って自覚があるなら、少しだけ許そうと思う。

 とりあえず富貴さんは、お互い忌憚なく話せるようになったことは歓迎したいようだ。ええいいですよ。もう何も遠慮しませんよ。


 学園祭……じゃなくて、こっちは文化祭か。文化祭で出す予定になっているサンドイッチが生徒会室に差し入れされ、試食がてらそれを食べながら、今度は九ヶ姫側の告白を聞いた。


「――まず……そう、あなたを校門に待たせたこと。あなたが九ヶ(うち)の校門前に辿りついてきっかり三十分、どんな時間に来ようとあそこで三十分待たせるつもりだった。祭日だと言うのにうちの生徒がいっぱい通ったでしょう? 彼女たちは、あなたを選定するために私たちが呼びかけたの。


 確認したかったのは、どのくらい本気だったのかと、あなた自身が持つ特別(・・)の詳細よ。

 まあ後者はあなたじゃなければ確かめる必要はなかったけれど。


 あなたももう知っているとは思うけれど、飛鳥……天城山飛鳥は、この辺では有名だから。おいそれと『会いたい』という要求を『はいそうですか』と呑んでしまうと、これからずっとそんな申し込みがあるかもしれない。逆に、あなただけがそんな特別扱い(・・・・)を受けるのも後々困ると思った。


 それと、一之瀬くんはもう気づいているかもしれないけれど――」


 富貴さんははっきりと口にした。


 「あなたの要求は、そのままでは受け入れられない」と。





 そう、僕はなんとなく気づいていた。

 この交渉、成功するか妥協点を探すかのどっちかになるだろうな、と。特に後者の可能性の方が高いとは思っていたが、どうやら当たりのようだ。


「月山さんと清水さんから聞いた計画としては、九ヶ(うち)の有名な三人を呼ぶこと、でしょう? 確かに飛鳥たちが八十一高校の学園祭に行くとなれば、結構な数のうちの生徒も参加する。

 でも、それはどこまで行っても非公式。たとえそれが売りのようにして噂となって広まったとしてもね。つまり我々があなた方の学園祭に口を出すことのできない、言わばただの外来客に終わってしまう」


 つまり、だ。


「公式に九ヶ姫を招待してほしい、と?」

「そう。はっきり言うと、合同の形にならないかってことね」


 ……ちょっと待て。


「一つ疑問があるんですが」

「何かしら」

「僕は生徒会の一員じゃありません。それに関する決定権を何一つ持ってないんです。なのになぜ僕の他に交渉役を呼ばなかったんですか?」


 学園祭を合同にするだの公式に呼ぶだの、僕がどうこうできる範囲を超えている。僕はあくまでも個人的な話をしにきただけで、八十一高校に関する決定権なんて一つも持っていないのだから。

 富貴さんが無駄なことをするとは思えないので、この話をする相応の理由があるのは確かだ。それを話してもらわないと、僕には何も言えない。


「理由は色々あるの。たとえば、八十一の学園祭まで時間がないとか、さっき言ったようにあなたの本気を確かめたかったとか。でも一番の理由は、合同……あるいは九ヶ姫が八十一の学園祭に一部関わるのであれば、具体案が必要だから。ただ漠然と『こうしたい』って言うより、ある程度企画書をまとめてから『こうしたい』って言った方がわかりやすいでしょ?

 少なくとも、八十一高校の生徒会長は、具体性のない話はしない主義だから」


 ……ん?


「うちの生徒会長、知ってるんですか?」

「まあね」


 そ、そうか……僕は同じ高校なのに知らないんだよなぁ。


「それと生徒会じゃない人から見た八十一高校の様子とかね、直で聞きたかったし。思ったよりいじょ……荒れていないみたいだから、ちょっと安心したわ」


 この人「思ったより異常」って言おうとしてなかった? してたよね? ……言われてもしょうがないとは思うけど、女子の口から出されるとヘコむなぁ。


「とすると、ここで話し合ったことを、今度は九ヶ姫側がうちに交渉しに来る……という形になるんでしょうか?」

「その方がいいから」

「……? どういう意味ですか?」


 富貴さんは紅茶を一含みし、口を開いた。


「あなたたちは確かに加害者だった。でも私たちも過剰防衛しすぎた。それが今のあなたたちと私たち」


 過剰防衛……なんか意外な言葉が出たもんだ。


「うちのバカだけのせいじゃないと?」

「ええ。私の知る限りでは、誰も警察沙汰になるほどひどい絡まれ方なんてしていない。私たちが騒ぎすぎたから警察沙汰になったのよ」


 そういうのが募り募って修復不可能ってくらいにこじれているけれど、と富貴さんはテーブルの上に手を組んだ。


「もう十年以上も前の話だけれど。かつて九ヶ姫と八十一は、色々と合同でやっていたのよ。お互いの高校が徒歩二十分以内という近距離にある以上、今みたいにこじれているよりは友好関係を結んでいた方が、私たちとしてもやりやすい。それに応援団のこともあるし」


 え? 応援団? なんか急に話が飛んだような?


「あら? 知らない?」


 どうやら疑問が顔に出てしまったようだ。


「うちの生徒に近づく八十一校生を、応援団が管理しているのよ。誰々にこんなことをされました、って応援団に連絡を入れたら、八十一高校側で対処する……何代も前のうちの生徒会長がそんなシステムを作り上げたから。

 八十一高校の生徒を守るための処置でもあるけれど、随分強引なやり方をしていると思う。そんなわけで応援団には迷惑を掛けっぱなし。

 彼らのこともどうにかしたいのよ。面倒臭い仕事を押し付けている側としてはね」


 ……ただの不仲ではなく、不仲になるよう仕向けている動きもあった、ということか?

 いや、まあ、どの程度の警察沙汰になったのかは知らないが、女性として過敏にならざるを得ないこともあるような気はする。

 少なくとも昔の生徒会長はそう思っていて、今の生徒会長である富貴さんは「そろそろ仲良くしてもいんじゃね?」派であると。

 確かに、友好関係を結んだ方が色々やりやすいよね。うちの生徒も。この辺歩いてるだけで通報されるらしいしね。よく考えたらひどい話だよね。……通報されても仕方ない気もしないでもないけどね。だって八十一高校の生徒だから。その点に関しては、僕は彼女らよりシビアに見ているかもしれない。

 だって僕らはだいたいバカだから。


「――あなたは誠意を示してくれた。居辛い場所で待ち続け、自分のことも洗いざらい話した。そして何より、うちの生徒とすでに事を成したという実績を作り上げた。

 すごく噂になったのよ? 肝試し。もう行く派と行かない派で校内真っ二つ。いざ終わってみれば今度は行った派と行きたかった派と行かなくてよかった派で三つに割れて、今もなんだかんだモメてるし。

 それに、狙い通りに出会いもあったようだし? 把握しているだけで三人くらいは、知り合った男の子と連絡を取り合っているみたいよ」


 え、マジで!? それってすでに誰かが九ヶ姫のお嬢様と付き合っているってことだろ!?


 …………


 くそっ。こんな形で知らなければ、誰かを特定して潰しに掛かるのに……運が良い野郎だぜ。





「あなたのことはこの場のみんながすでに信じている。あれだけ腹を割って話してくれたんだから、信じざるを得ないわ。

 だから今度は私たちの番。今度は私たちが歩み寄る。関係を修復するのであれば、お互いが歩み寄らないと実現しないから」


 九ヶ姫女学園生徒会長として放った言葉は、相手の心を打つような強い意志が込められていた。


 でも、でもだ。


「僕としてはそこまで考えてなかったんですけど……」


 あくまでも個人的な用事で天城山さんと交渉に来ただけで……もっとスケールの小さい話をしにきたのに。


「簡単に言うとね。私たちの考える合同学園祭のメリットは、単純に三人を呼ぶよりもっと多くの、それこそ九ヶ姫中等部の生徒まで呼べる計画になる、って話なんだけど」


「――やりましょう会長! 僕ら八十一校生一同、あなたを支持する! たとえうちの生徒会長が首を縦に振らなくても! あなたを支持する!」





 決定権?

 そんなのない。


 難しいことはどうでもいい。

 女の子がたくさん来るのであれば、僕はそれでいい!


 僕はただ、学校の意思がはっきりしていることを、ただ事実を言っただけにすぎない。


 だって、女子に飢えた僕らが女の子と共同で学園祭をやるなんて提案をされたら、誰も断らないから。たとえ生徒会長は断ってもね。


 というか、生徒の総意を認めない生徒会長なんて、必要ないね!










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