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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
145/202

144.――A woman likes truth.  九月二十三日 金曜日





「イェー! おまえら見てるー!?」


 僕は両腕と背後からのしかかるようにして軽く抱きついている美少女三人を引っ付け、超チャラいダブルピースを構えた。


「九ヶ姫ちょーサイコー! 男どもよ、これがハーレムだぜ! 僕は今日この日のために生まれてきたと言っても過言じゃないね!」


 左腕に絡み付いているのは、フレームのないメガネをかけた美少女。レンズ越しの瞳があの清水さんよりも冷たく感じられる、氷細工のような雰囲気を持つ。こげ茶色のロングを額揃えにした隙のない髪型で、幻想や推測を許さないどこまでも理詰めと現実主義で動いていそうな女の子。きっと素で相手を泣かせるレベルで罵倒できるタイプだ。ただし今は妖艶なる笑みを浮かべている。


 右腕には、元気が服を着ているような、左右にピョコつと跳ねたツインテールがかわいい、大きな瞳が将来必ず美女になるだろうことを予感させる小さな女の子。きっと他人に無邪気に言葉のナイフを浴びせかけ、罪悪感なく傷口に塩をグリグリ塗り込むタイプだ。いるだけで場が明るくなりそうな底抜けの明るい笑顔で、僕の右腕に全身でしがみつくようにしている。


 そして、僕を背後から抱きしめる人。

 つややかな黒髪に小柄な身体。まだ幼さの残る芯の強そうな瞳。大人びているような、幼さも感じるような、なんだかアンバランスなところに言い知れない魅力を放つ美少女。ただかわいいだけではない、ミステリアスな何かを感じさせた。きっと基本的に誰かを罵倒する気はないけど本質的にSなので目立たない程度にチクチクやり続けるだろう。彼女が僕に寄りかかる体重が生々しい。


 僕はハーレムにいた。

 今、間違いなく、ハーレムにいた、


「――おっとこの先は僕たちだけのヒ、ミ、ツ★ じゃあなー!」


 一人思いっきりツボにハマッてる人を除いて、女性三人はさげずむでも軽蔑するでもなく、ただただ真顔だった。


 僕の左にいたのは、通称姫カットと呼ばれる額揃えの茶髪ロングでメガネでめちゃくちゃ冷たそうな人だ。名前は羽村(はねむら)(ゆう)さん。九ヶ姫女学園の生徒会副会長だそうだ。僕より背も高くて、すらっと細くて、なんというか……別次元って感じだ。


 右手にいたのは、ツインテールで身長130前後というかわいい小さな女の子。名前は出雲(いずも)たまきちゃん。誰もが予想できるであろうタマちゃんの愛称で親しまれている、九ヶ姫女学園中等部(・・・)の生徒会長である。なんというか……こんな妹いたら溺愛しちゃうだろうなーって感じで、とにかくかわいい子だ。


 僕の後ろにいたこの人は、もう説明はいらないだろう。

 天城山(あまぎやま)飛鳥(あすか)

 今日僕が会いに来た人物で……海で見たツインテールに結んでいた髪は、僕が持っている写真通り、今日は下ろしている。幼さと愛らしさを強調するツインテールもいいし、少し大人びて見える髪を下ろした今もステキだ。僕としてはどっちも捨てがたいなぁ。


「あははははは!」


 そして、僕の携帯でさっきのハーレムフィーバーを動画に撮っていた、今一人でツボに入って大笑いしているこの人こそ、誰あろう九ヶ姫女学園生徒会長・富貴(とみたか)真理(まり)さんだ。





 時は少し遡る。





「九ヶ姫女学園にようこそ」


 白いテーブルクロスの掛かる円卓から立ち上がったのは、やや長めのショートカットを七三分けした女生徒。あの髪型は無造作に見せかけてセットに時間掛けてるだろうな。

 なんて言えばいいんだろう……顔から瞳から、いっそ全身から知性というものを連想させる女性だった。雰囲気的には、喫茶店「7th(セブン)」でバイト(のようなもの)で毎日見ていた、常連のキャリアウーマンの女性に似ている。


 円卓に着いている残りの三人も相当な美少女だと思うが、この人こそ、このメンバーのリーダーだろうな、というのが一目でわかった。まあ一人立って挨拶してくれたしね。代表っぽく。


「私は九ヶ姫女学園生徒会会長を努めている富貴真理です。この度はご足労いただき恐縮です」


 一礼し、優雅に微笑む。……やり手って言葉がよく似合うなぁ。実際やり手なんだろうけどね。

 よし、僕も一発挨拶しておかないとな。

 ここまで来ておいて、今更腰が引ける理由もないだろう。――動悸はめちゃくちゃ早くなってるけどね! 体感的にはドラムの神のビートに並ぶくらいにね!


「はっ――」


 ヤバイ。初っ端から声が裏返りそうになった。

 ……校門に立たされていたあの時から緊張で喉カラッカラなんだ。仕方ないだろ。

 一応、目立たないよう自己処理はできたようで、彼女たちには特に反応はなかった。ふう……危ねえ危ねえ。必要以上の恥なんて掻いてたまるか。


 僕は一度咳払いをし、改めて口を開いた。


「初めまして。八十一高校一年生、一之瀬友晴です。本日は交渉の場を設けていただき感謝します」


 頭を下げる。

 おし! 完璧! 挨拶に関しては文句ないだろ!

 一瞬ドヤ顔したかもしれないが、顔を上げた時にはちゃんと、いつもよりイケメン度高めの締まった顔をしていた……はずだ。


 その時、ガタッと大きな音を立て――天城山さんが驚いた顔で僕を見ていた。


「い、一之瀬さん!?」


 え?


「やっぱりあなただったんですね……」


 ……え?


「一之瀬さん、まずはお席に――飛鳥。知り合い?」


 生徒会長・富貴さんは突如起こった濁りのような停滞を、一瞬にして浄化して見せた。さすがに仕切りが上手いな。

 だがそんなことより、天城山さんの反応が気になる。


「あの――」


 僕が勧められた椅子に座る最中、天城山さんは生徒会の仲間に説明を始めた。

 例の、僕と海で会った時の話だ。


「皆で行った海で迷子になった時に、一之瀬さんに助けていただいて」


 簡素かつわかりやすい説明である。というかあの時海行ったメンバーここにいる人たちか。


 うん、驚く理由はそれしかないだろう。こんなところでこんな形でこんな再会をして驚いたのだ。それは予想できる。

 ただ、問題は、名前を呼んだことなんだよね。


 僕は海で会った時、自分の名前を教えた記憶がない。……まあもしかしたらテンパッてて何言ったか覚えてないって可能性もなくはないが……うん、たぶん教えてないと思う。というか雑談する理由と時間もなかった気がするし。


「でもあの時、あすか先輩を送ってきたの、女の人じゃなかったですか?」


 と、ツインテールの小さい女の子がいいところにツッコんだ。それはきっと人間殺戮兵器と呼ばれる危険人物のことだね。詳しくは知らない方がいいよ。


「あ、うん、その前にちょっと……色々あって……とにかくお世話になった人です」

「なるほど、それだけわかれば今は充分。残りは後で聞くから」


 言いよどんだ理由はともかく、僕のマイナス情報ではないことは判別した。とりあえず僕が放置されていたことを気にしていたのだろう富貴さんは、「まずこちらも自己紹介を」と、この場を進行させた。





 まず立ち上がったのが、僕の座る椅子の右隣にいるツインテールだ。


「九ヶ姫女学園中等部三年、出雲たまきでーす。タマちゃんって呼んでもいいですよ」


 元気良さそうな女の子だ。……って待て。


「中等部?」

「そうでーす。中等部の生徒会長でーす」


 え、中等部の生徒会長? ……え、なんでここにいるの?


「無関係じゃないのよ。説明は後でするから」


 疑問が顔に出たのか、すかさず富貴さんが補足を入れた。


「わかりました。続けてください」


 タマちゃんが座ると、入れ替わりに僕の左隣の人が立ち上がる。僕が生徒会室に入ってから冷たい眼差しでじーっと見ていた人だ。何気にこの人が一番気になってたんだよね。


「生徒会副会長、羽村優です」


 僕より背が高く、めちゃくちゃ冷たそうな印象が強いのに、声はめちゃくちゃかわいかった。――なんというか、意外だ。

 羽村さんがごく短い自己紹介を終えて座ると、今度はタマちゃんの隣に座っていた天城山さんが立ち上がった。


「天城山飛鳥です。……あの時はありがとうございました。こんなところで会えるなんて……」


 はいそうですね。でも僕はあなたに会えたことより、一人でこんなところまで来ちゃったことに驚いていますよ。フ○ーザの戦闘力53万張りに驚いてますよ。……その後の展開であいつはザコ同然になっちゃったけど……

 それはそれとしてだ。

 良い機会だし、ちょっと気になることを聞いてみようと思う。


「僕の名前は、いつ知ったんですか? あの時自己紹介しました?」

「いえ、送ってくれた女性に聞きました。下の名前までは聞いてませんが、八十一高校の一之瀬さんという方だと」


 ……あ、そうか! それはそうか!

 僕はあの時、一方的に天城山さんを知っているという事実を露呈した。

 単純に、見ず知らずの男が自分のことを知ってるのが気持ち悪かったのだろう。同性としてその辺の心理がわかったら、あの殺戮兵器も教えたのではなかろうか。


「でも、今日来るのがあなただとは思いませんでした。てっきり同じ名前の違う方かと」


 まあそこはいい。

 でも彼女は部屋に入ってきた僕を、僕が名乗るまで見なかったってことだよな? 名乗った名前だか覚えのある声だかで僕を確認し、案の定海で会ったあの人だってことで驚いた、と。

 ……この辺はどういうことになるんだ?

 部屋に入ってきた僕を見なかったってのは、どういう意味がある?


 ……ひそかに枝毛でも探してたのかな? それか「爪伸びてきたなぁ。爪切りてーなぁ。でも爪切り使うと割れたり深爪しちゃったりするんだよなぁ。やっぱヤスリ使うかぁ。ヤスリてぇー。ここヤスリねぇーのぉ?」とか思いながら爪を見てたとか。……うむ、ありえるな。基本的に僕より自分の爪見てた方が楽しいだろうしな。


「まさかあなたがあの一之瀬さんだったなんて……」


 ……あの、なんか、超美少女が僕を見て悲しそうな顔してるんだけど……これもどういう意味だ? なんかがっかりしてないか? 同じ名前で別人のイケメンでも期待してたってことか? ……いや、仮にそう思ってても、顔には出さないだろう。……たぶん。


 最後に改めて会長・富貴真理さんの自己紹介があり、なんとか無事ファーストコンタクトを乗り切った。





 タマちゃんが淹れてくれた紅茶のカップを受け取ったところで、富貴さんは言った。


「まず謝るべきよね。ごめんなさい」


 ……ああ、はい。


「それは今日の歓迎の件ですよね?」

「ええ。――この際だし、こういう機会もなかなかないとも思うし、腹を割って話すわ」


 え、腹を割って?

 ……嫌だなぁ。

 オブラートに包んでさぁ、決定打に欠ける言葉でずるずる長引かせつつ少しずつ決めていきましょうよ……九ヶ(ここ)に長居するのはかなり嫌だけど、辛辣な言葉を投げられて泣きながら逃げ帰る方が絶対嫌なんだから……


「あなたは特別だから。だからどうしてもホームで話がしたかった」


 ん?


「特別って? そう言えば香取先生も僕は特別だって言ってましたけど……」

「……? 知らないの?」


 え?


「何をですか?」


 当然のように訊き返すと、ありあまる余裕とバツグンのカリスマで僕を圧倒していた富貴さんが、初めて十代の、歳相応の顔で一瞬戸惑った。

 恐らく話していいのか判断に迷ったのだろう、意見を求めるようにチラと羽村さんを見た。


 意思を汲んだのが、それとも富貴さん(かいちょう)に言いづらいことを言わせたくなくなかったのか、羽村さんが冷たい印象通り、なんの迷いも感情も見せずに淡々と話し始めた。


「あなたは今年入学した八十一高校一年生の中でもトップクラスの破廉恥さを持っており、男の海パンを下げて写真を撮るという男の敵でもあり、己の身体を生贄にして八十一町の生きた伝説・五条坂光を自在に操るという目的のためなら手段を選ばない蛮勇さを持っている、という華々しい噂を持つ有名人です。もはや特別と言わざるを得ないでしょう」





 …………





「…………………………え?」


 真っ白になった頭で、なんとか僕が言えたのは、それだけだ。

 そして羽村さんは顔色一つ変えず、同じ長文を繰り返した。それはもうかわいらしい声で、冗談抜きでヤバすぎる男のことを語ってくれた。二回も。


 ――そりゃやり手の生徒会長も迷うわ。いくら「腹を割る」とか言った直後でも、こんなこと面と向かって本人に言えるわけないわ。内容が生々しすぎるわ。あと僕が「特別」って意味もわかったし、ここまで極端なホームとアウェーの環境を整えたのも納得したわ。さっきの噂が全部本当なら僕はヤバすぎるわ。いきなり裸になって踊り出しても何一つ不思議じゃないわ。


 というか羽村さんがすげえ。

 人ってここまで感情を出さずに会話できるんだね。


 その羽村さんは、呆然としている僕の前で優雅にカップを傾けた。


「まずお互いが円滑に話し合えるよう、あなたの噂の合否を問いたいものですね。でも黙秘しても構いません。その方が話をしやすいとあなたが判断されるのであれば」


 ……Oh……なんか……衝撃が大きすぎて何を言っていいのかわかんねぇ……


「あたしは学校のアイドルを落として弄んでるってのも聞きましたー」


 タマちゃん……!

 いや、つか待て! こんな話、中学生の前でしていいのか!?


「まり先輩も他にもいっぱい聞いてるでしょー? この際だから全部はっきりさせようよー?」

「……私は、同じクラスのイケメンとやたら脱ぐ友達と女の子みたいな子と、その……デキてる、みたいなことは……」


 …………


 ちょっと待てやおまえら……





 僕は軽くキレていた。

 こんな時に男が言えることなんて、かなり限られる。

 というかあまりにもアウェーすぎて……もう何も考えられなかった。


 だから僕は言ってやったとも。





「真実はいつも一つ!」


 もうコナ○くんで乗り切るしかないと思った。

 理由なんてない。テンパッた僕に理路整然とした理由のある言動なんてできるわけないじゃないか。





 だが甘かった。


「「どれが?」」


 興味津々な彼女らは、僕を逃がしてくれなかった。





 母さん、なんで僕を産んだの?

 僕、平凡な自分の人生にこんな日が来ることなんて、予想もしてなかったよ。










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