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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
143/202

142.――He meets a beauty on a rainy day. 九月二十三日 金曜日





 本日は雨である。

 一昨日の台風から天気は崩れていて、今週いっぱいは雨が続くらしい。


 これからのことを考えれば天気なんてどうでもいいのだが、この天気こそこれから僕が歩む道を暗示しているかのようで、どうにも気になる。


 本日、九月二十三日は金曜日で、雨で、秋分の日で、祝日で。

 時刻は十一時十五分前で。


 僕はたった一人で、九ヶ姫女学園の校門の前に立っていた。





「――あ、一之瀬? 天城山先輩にアポ取れたよ」


 月山凛からそんな電話が掛かってきたのは、昨日の夜だった。

 ちょうどこちらも、我ら一年B組を中心に動き出していた時だった。僕も僕のやるべきことをやるため、月山さんか清水さんに連絡を取ろうと思っていたのだ。


 僕のやるべきことは、九ヶ姫の有名な三人から、八十一高校学園祭への来場の確約を取ること。


 月山さんの返事はもう貰っているので問題ない。

 あとは天城山飛鳥と佐多岬華遠という、正直僕なんかが話しかけていいのか、と真剣に考えてしまうような美少女と交渉し、来るように説得せねばならない。


 八十一(うち)はもう動いている。

 動いている以上、途中で中止なんてことになったら、今年の学園祭は僕のせいで滅茶苦茶になるだろう。


 「誰のせいか」がグレーならまだ気は楽なのだが、はっきりしちゃってるからなぁ……

 失敗した時のつるし上げを考えると、絶対に失敗できない。

 何より、もうクラス単位で動いているから、僕のせいでB組全体が学校中から恨まれかねない。自分だけの責任になるなら……まあそれも嫌だけど、僕の責任をみんなに押し付けるのも嫌だった。


「でね、一応用件も伝えたんだけど、交渉の実現に当たって条件を提示されたの。これが呑めなければ交渉はしないってはっきり言われたから、やるかやらないかの二択しかないって先に言っておくよ」


 二択の答えに選択の余地はない。

 相手が譲らないと言うのなら……というか頼む側の僕から贅沢など言えるわけがない。


 ただ、提示された条件は、先の選択肢が存在しない二択を強引にでも覆したいほどの厳しい条件だった。





 一、交渉は九ヶ姫女学園内で行う。

 一、交渉が行われる場所が女子高という男子禁制の場であることを考慮し、交渉に参加できる男子は責任者一人のみとする。

 一、学生らしい格好で参加すること。

 一、天城山飛鳥が忙しい身であることを考慮し、正確な待ち合わせ時間を定めない。午前十一時前後に校門前に到着し、しばらく待ってもらいたい。

 一、一つでも約束をたがえれば、その場で交渉は決裂とする。





 というわけで、僕は九ヶ姫女学園の前に立っている。

 三十分前行動に乗っ取って、十時半にはこの場所に到着し、おおよその目安(・・・・・・・)である十一時を待っているという状態である。


 ――はっきり言おう。

 九ヶ姫から、というか天城山飛鳥から提示された条件は、悪意がある。


 まず九ヶ姫女学園内を交渉の場に選んだこと。そこから交渉役一名しか参加を認めないという、明らかにホームとアウェイを意識した環境作り。

 そして「学生らしい格好で参加」とは、「制服着用で参加しろ」という意味だ。僕の場合は九ヶ姫のお嬢様方に嫌われている八十一高校の制服で来い、と。そういうことになる。


 それから一番アレなのが、待ち合わせ時間をはっきりさせなかったことだ。


 僕は見られている。

 すごく見られている。

 どうにもこの交渉、秘密裏になっているわけではなく、九ヶ姫では公開されているらしい。


 今日は祝日、何の用があるのかわからないが、次々に九ヶ姫の生徒が僕の傍を学校へ入っていくのだ。

 まあ多くの女子が空気以下って感じで僕には目も向けずに通過する中、明らかに敵意を含んだ目で見ていく女子もいて……一言で言えば晒し者状態である。校門の向こうでこっちを見ながらひそひそ話している女子もいるし……

 ここまでやっといて悪意がないわけがない。

 ええ、もう、すぐにわかりましたよ。「これは僕の胃が持たないぞ」ってね……!


 ……はぁ。マジで胃が痛くなりそう……なんかさっきから内臓系がきゅーってなってるもん。下から上に突き上げられてるみたいになっててちょっと吐きそうだもん。


 このまま一時間二時間嫌がらせで待たせるのかな、と思ったところで、暇つぶしにひそひそやっている女子のアテレコをしてみる。


 「あの男の子かっこよくなーい?」

 「そうでもないよー。肌が肌色じゃなくて肌紫だったら好きになっちゃうけどー」

 「なんかあの顔見てると、主食は主にワカメって感じがするんだけど。ワカメ顔だよね」

 「それどんな顔?」

 「あんな顔」

 「そうよねー。ワカメ顔よねー。オスなのに米が許されるのは中学生までよねー。ワカメ食ってろって感じよねー」


 などと言っているのだろうか? ガールズトークの内容なんて想像もつかない。だが女子が恐ろしい生き物だということは知ってるぜ……!


 帰りたいという気持ちを無視しながら、そんな愚にも付かないことを考え立ち尽くしていると、


「一之瀬……さん?」


 ん?

 雨音に負けそうなくらい小さく囁くような声に振り返ると…………うん、九ヶ姫の女子が立っていた。


 ……えっと、誰……?


 見覚えが無かった。

 いや……相手が名前を知っている以上、会ったことはあるはずだ。そして学校側から出てきたわけじゃないから、交渉役を迎えにきたというわけでもないはずだ。


「……失礼ですが、どこかで会いましたか?」


 彼女は「いえ……」と言いよどんで、僕の視線を避けるように顔を背け――ようやく記憶の中の女の子と一致した。

 そうだ。僕は正面からこの人を見たことがなかったんだ。


「石川さん、だよね?」


 九ヶ姫の陸上部部員だったはず。同じ一年生で、あの二上一番坂で何回か顔を見ている。確か中等部から参加している黒ぶちメガネ桜井が、「男性が怖いらしい」とか言っていた。話したのもこれが始めてだ。

 まあ、九月に入ってからはジョギングコースを変えたので、こんな時でもなければもう会うこともなかっただろうが。


「えっと……ひ、久しぶり?」


 話したこともなかった相手と、こんな特殊な状況下で会ってしまった。正直なんて言っていいのかわからず、わりとトンチンカンなことを言ってしまったような気がした。

 でも、ほっとした。

 ここには僕の敵だけしかいない、というわけではないことがやっと実感できた。頭ではわかっていても、あまりにも孤立している中では全然それを感じることができなかったから。


 このお嬢様学校には、僕の味方……とは言えないかもしれないが、八十一高校の男子だと知っていても敵だとは思っていない生徒が、ほんの数名くらいはいるのだ。月山さんも清水さんも今日は登校してきていて、どこかにいるはずだ。

 それに天塩川さんも……いや、あの人のことを考えるのはよそう。


 石川さんがどんなつもりで話しかけてきたのかはわからないが、敵意は見えない。僕にはそれだけで充分だった。

 針のむしろにいるのは変わらないが、とりあえずコップ一杯の水は貰えた気がする。これで泣きながら走って帰るまでの時間が延長されたのは確かだ。


「――もう行った方がいいよ」


 こんな晒し者状態の僕に声を掛けてきた石川さんは、今同じ女子高の生徒たちにものすごく奇異の目で見られている。気が弱そうな彼女には苦痛でしかないだろう。


「あ、えと…………はい」


 なおも何か言いたげだったが、僕は首を振ってやや強引に石川さんを行かせた。





 時刻は十一時ちょうどになった。

 僕は相変わらず晒し者になっている。


 とりあえず確信したのは、「守衛さんが僕を捕まえる気はないんだな」ということだ。

 校門入ってすぐのところに警備員の詰め所があるのだ。登校してくる九ヶ姫の女子は、そこに立ち寄って校舎の方へと向かっていく。恐らく生徒手帳の提示をしたりして、身元を証明してから通っているのだと思う。


 僕がここにいることはわかっているはずだ。こんなに目立っているのだから。

 それでも出てこないのは、僕がここに来ることは報告を受けているからだろう。


 ならばちょっと望みが出てきた。

 警備員は、僕がここに来ることを知っている。

 ということは、一応僕は九ヶ姫のお客さんとしてここにいることを、少なくとも警備員は聞いているということだ。

 それは教師たちが出てこないことからも裏付けている。


 つまり、交渉が実現する可能性があるということだ。

 もし交渉する気がないなら、すでにどちらかが出てきて僕は追っ払われるなり警察が来て聴取を受けるなりしているだろうから。


 この仕打ちが、九ヶ姫が八十一高校へ持っている反感と不信感から来ているのであれば、僕は待ち続けるべきである。それこそ誠意の表し方だろう。

 正直心は今にもポキリと折れそうだが、交渉実現の可能性が見えた今なら、もう少しがんばれそうだ。





 それから五分ほどして、校舎からベージュのスーツを着た女性が出てきた。

 まっすぐこちらへ向かってくる。


 ……あれって教師だよな?


 ……あれ? もしかして僕を追っ払いに出てきたのか?










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