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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
九月
142/202

141.九月二十ニ日 木曜日




「弥生たん、ちょっといい?」

「あ?」


 無事に台風一過した翌日、不安定な空模様ながらもところどころ晴れ間が見えた。

 そんな朝のホームルームが始まろうというその時、いつもはすでに寝ているクラス委員長の竹田君が、担任・三宅弥生たんに物申した。


「なんだ竹田? 眠いから保健室行きたいのか?」

「それはあとで」

「行かせるかバカ野郎。たまには起きて授業受けろ。他の先生からクレーム来てるんだぞ」

「えー? ……実は起きてるから竹田は放置でいいですよ、って言っといてよ」

「いや本当に起きてろよ……で、なんだ?」


 弥生たんが呆れた顔で先を促すと、竹田君は言った。


「そろそろ学園祭のこと決めたいんだわ。このままだと間に合わなくなっちまうから」


 もし何も言うことないなら今使わせてよ、と。竹田君は眠気にゆらゆら揺れながら、全然覇気とやる気を感じられない口調と態度だ。

 だが言っていることはきっちり真逆である。……この辺のギャップが僕らのハートを鷲掴みしている理由かもしれないな。


「あ、そう? 別に構わないが、静かにな。よその迷惑になるから」


 いや……弥生たん、それはもう「おまえら大いに騒げ」ってフラグにしかなってないよ……





 そんなこんなで、我らB組のリーダーたる竹田君が壇上に立った。

 一応席を外さず隅の方に控えた弥生たんは、ついに攻略本を置いてDSで遊び出した。……音が出ないようにしているところに教師としての気遣いが垣間見えるも、そんな気遣いするくらいなら最初からゲームはしないでほしい。


 僕が「あの人やる時はやるのになぁ」と弥生たんのギャップについて考えている間に、竹田君はさっさと話を進めた。


「おまえらにちっと頼みがある」


 その声はフランクな口調ではなく、結構真面目に響いた。

 いつもの……というかさっきまでのだらけた態度と違うことに気づいたものは、知らず吊られるように表情を引き締める。


「うちのエロ大王が、どうしても学園祭に女子呼びたいって言い出してよ。俺はこれに賛同したんだわ」


 この時点で全員が悟る。「あれ? いつもの竹田と違わね?」と。

 あとエロ大王呼ばわりでなぜか僕に視線が集まっている。

 なぜだ。

 僕そんなにエロくないのに。

 なぜだ。


 ……まあ確かに僕のことですけども!





 今日これから行われる話については、朝のうちに打ち合わせを済ませておいた。

 火曜日に集まったメンツ――クラス委員長の竹田君と副委員長の西沢君、そして自称情報通の渋川君に僕という珍しい組み合わせが、B組の教室の片隅にこそこそ集まっていた。


「生徒会長にはもう話を付けた」


 いきなりそんなことを言い出したのは、竹田君だった。


「ここから先は時間との勝負になるからな。一昨日の放課後には話して、一昨日と昨日の二日で話を決めておいた。昨日一日が潰れたのは痛いが、俺的には結果オーライだな」


 お、おぉ……竹田君が仕事したのか! しかも仕事が早い! ……いつも寝溜めしてるから、こんな時は早いのだろうか?


「さすがだね、竹田」


 西沢君が言うと、竹田君は顔をしかめた。


「超疲れちゃったよ……さすがはこの高校をまとめてる人だけあるわ。カリスマ性半端ねーんだもん」


 ――そう、意外なことに、この八十一(やそいち)高校の生徒会長は毎年必ず優秀な生徒が努めているらしいのだ。

 僕はたぶん、危機感だと思う。

 僕ら(バカたち)一人一人が持つ、「俺このままで大丈夫?」とか「俺なんかヤバくね?」という、普段は見て見ぬふりをしているテストの点数のような危機感こそが、自分たちを導くに最適な、自分たちとは違う頭の良い人を選ばせているのではないか、と。

 だって僕も不安だもん。いろんな意味で。


 生徒会が普段何をしているかはわからないが、この高校が色々な一線を越えないのは、縁の下の力持ちがいるからだ。

 そう、応援団のような。

 でも彼らは基本的に、自発的に動くことはない。誰かの応援をするから応援団なのだ。


 彼らがよく応援する対象こそが、きっと生徒会なんだと思う。

 だってこの高校、混沌は確かにあるが、秩序がないわけではないからね。その秩序を守っているのは、きっと生徒会の一助もあるのだ。


 ……そうじゃなければ絶対に教師側が生徒会潰してるだろうし。

 役に立たないならまだしも、秩序を壊すような、これ以上に八十一高校を荒れた学校にするような生徒会なら、先生たちにしてみればない方がマシだろう。


「ここまでは俺の作戦通りだ」


 軍師渋川は言い切り、僕を見た。


「だがこの作戦の成功は、おまえが九ヶ姫の三大美姫を落とすことが最低条件で成立する。逆に言うとおまえがあの人たちを口説けなければ計画は中止、全ては水泡に帰す……それでいいんだよな?」

「うん」


 僕は迷いなく頷いた。

 そう、最初からそういう方向で話を進めることを、僕は承諾していた。


 この計画を持ちかけた時から、僕は覚悟を決めている。そうじゃなければ提案なんてしなかった。

 問題は山積みだし、不安は大きい。

 どちらかと言うと失敗の確率の方が高いだろう。


 でも僕はもう、覚悟を決めている。

 決めた以上は迷わないし、不安もこぼす気はない。……不安とプレッシャーで夜泣くくらいは許して欲しいが。


「俺たちは俺たちで計画を進める。確証待ちなんてしてたら間に合わない可能性もあるからな。だから途中で中止なんてことになったら……まあ大変なことになるだろうよ」


 わかってるよ渋川君。うちのクラスだけが迷惑をこうむるならまだしも、この話は全校生徒に関わっている。……失敗すれば、軽くて一日全裸くらいの刑は受けるだろう。


 くそっ、男にせせら笑わせるのは耐えられるが、マコちゃんのふしだらな視線にもギリギリで我慢できるが、弥生たんのさげずむような視線には耐えられないだろう……違う意味でも! きっと僕の新しい世界の扉を開けてしまうことになるだろう!

 ……まあそれはあんまり嫌じゃないんだけど。……あんまり嫌じゃないことが問題なんだけど。


「最善を尽くすよ」


 一応、協力者はいるのだ。とにかく会うだけなら容易なはず。あとは土下座してでも頼み込むしかないだろう。


「急げよ? リミットは今週末くらいだと思っておいた方がいい」

「そうだね」


 これから各教室で決まっているだろう出し物の変更があって、これまで進めていた準備が無駄になったりするのだ。

 改めて行われる準備の時間と、あと色々な交渉の時間も必要だろう。そう考えるとあまり余裕はないと思う。


 今話すべきことは、これで終わりだ。

 あとは僕が三大美姫を落としてからしか計画は進まない。


 それがわかっている僕らは、ふっと肩の力が抜けた。


「竹田、よくあの会長と交渉できたね」


 僕はよく知らないが、西沢君は多少生徒会長のことを知っているらしい。どんな人なのか想像もつかないが、この態度を見る限りでは、かなりのやり手と見た。


「決め手があったからな」

「決め手?」


 渋川君が興味を示すと、竹田君は眠そうにあくびをした。


「……『交渉さえせず断ったらうちの○戯王が何するかわかんねーぞ』って言ったら、態度が軟化した」


 …? 遊戯○? あのカードゲームかなんかの?


「ああそうか。あのレジェンド使ったのか」

「というか会長にも効果あったのか……うちのエリートは天井知らずの才能を見せ付けやがる」


 と、渋川君はなぜか僕を見ていた。……え? 何? エリート? ……僕エリートじゃないけど!?


 ――僕は知らなかったのだ。

 夏休みの間にあった、僕が「族とパンクスの抗争を止めた」という事実がレジェンドと呼ばれて噂されて、尾ひれがついて広まっていることを。

 最終的に、「自分の身体を生贄にして五条坂光を召喚するヤバすぎる遊○王」などと呼ばれていることを。


 そしてその噂は、もう八十一高校中に広まっているということを。


 あと富士君がやたら女の子の魅力を語ってアニメのDVDを貸してくれるのは、一応僕の身を、僕の将来を案じて「女の子っていいよ! いいんだよ! だからこっちに戻っておいでよ!」という無用の気遣いから行われているということを。


 僕は何一つ知らなかったのだ。

 もし知っていたら、僕はこの場で、この三人を血祭りに上げていただろうに。偽りの情報に踊らされている連中を正気に戻してやっただろうに。





 そんな朝の会議からこれからの流れを最終確認し、僕らは動き出した。


 壇上に立つ竹田君は、きっと彼にとっても大仕事になるのだろう、だらけた態度はほとんどなかった。眠そうに片目瞑ってなければ完璧だった。


「生徒会長にはもう話は通してある。ある条件を下に、女子を呼ぶ学園祭を目指すことを約束してくれた。――でも俺はそれだけじゃ足りないと思っている。時間も指揮も、何もかもな。

 そこでおまえらにも手伝ってもらいたいんだ。生徒会が動くのは、少なくとも明日以降になる。俺はおまえたちには今日これから動いてほしい。

 これはクラス委員長としてではなく、学園祭に女子を呼びたいって野望を持った一人の男として、おまえたちに頼む。

 ――手を貸してくれ」


 丁寧に頭を下げる竹田君。

 僕はその姿に、やはりリーダーとしての信を置くに足る人材であることを再確認させられた。


 そんな彼に向けられた答えは一つだった。


「答えのわかりきってること言うなよ!」


 誰かが叫んだのを皮切りに、声は上がった。


「女子を呼ぶってか! この野郎しかいない呪われた高校に女子を呼ぶってか!

「え? 女子って何? 食えるの?」

「正気になれ! 女の子は実在するんだ! 幻の存在じゃないんだ!」

「おい! マジでおさわり喫茶の準備いるんじゃねえの!?」

「おまえまだ寝ぼけてるのか!? 触れるわけないだろ……せいぜい踏まれるくらいしかご褒美は貰えねえよ!」


 すごい騒ぎになった。

 それはもう、全校生徒に聞こえているんじゃないかというくらいの大騒ぎになった。





 弥生たんに十人くらいぶっ飛ばされるまで、彼らの狂乱は続いた。


 そして僕は更なる不安に潰されそうになっていた。


 こんなにも皆が期待してしまった計画を、僕が潰してしまうかもしれないのだ。





 ……一日全裸くらいじゃ済まないかもしれないなぁ……










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